司 会(西嶋 攝子・関西医科大学附属香里病院皮膚科部長) 関西医科大学第5回市民連続公開講座にお集まりいただきありがとうございます。本日は香里病院の内科部長と外科部長が皆様がたいへん関心を持っておられる生活習慣病と癌と食生活というテーマでお話しさせていただきます。
それでは最初に内科部長から高血圧と心臓病を中心に、糖尿病、高コレステロール血症を含めた生活習慣病について講演させていただきます。よろしくお願いいたします。
津 田(関西医科大学附属香里病院内科部長)
( slide No. 1 ) 皆さんこんにちは。きょうは「生活習慣病−高血圧と心臓病を中心にして−」というテーマで生活習慣病のいくつかを取り上げて、ごく一般的な病気のお話をさせていただきます。難しい医学用語を使わないつもりですが、わからない言葉があれば遠慮なくご指摘ください。
( slide No. 2 ) 「成人病」という言葉がありましたが、平成8年(1996年)にその当時の厚生省が成人病から「生活習慣病」と改称しようと決めました。「成人病」とか「生活習慣病」は病名ではないので、我々は決して診断名として書くこともないし、また外国にはこれに相当する言葉がありません。「成人病(生活習慣病)」は「加齢に着目したもので、主に脳卒中、がんなどの悪性腫瘍、心臓病などの40歳前後から急に死亡率が高くなり、しかも全死因の中でも高位を占め、40〜60歳ぐらいの働き盛りに多い疾患」と定義され、主に病気の早期発見、早期治療を目的として検診を受けましょうという意味から作られた言葉だと思います。今でも成人病検診という言葉で残っています。
( slide No. 3 ) 病気の発症や進行、予後に関係する要因として大きく、遺伝要因、外部環境要因、そして生活習慣や食習慣の要因の3つがあります。そのうちの生活習慣が極めて大きく関与して発症する病気については、もしそうであれば生活習慣を改善することで病気の発症そのものが抑えられるし、もう既に病気を持っている人ではその進行を抑えることができます。ということで「生活習慣病」と呼び名を変えたこころは、生活習慣を改善して予防しましょうという概念がここにあります。成人病に比べて予防的な意味が強くなりました。
( slide No. 4 ) 言葉だけではなかなかわかりにくいので、生活習慣がどれほど影響するか、一つのデータをお示しします。これは日本人とハワイに住んでいるアメリカ人と日本からハワイに移住したハワイ在住の日系人、要するに純粋に日本人でハワイで生活している人との3者比較です。糖尿病を持っている人の死因の統計で、日本の統計は病理解剖のデータから、ハワイ在住の日系人に関してはハワイ州公衆衛生局の死因調査から引用しました。左が1970年代、右が1980年代です。
日本人は心臓病より脳卒中のほうがずっと多いという背景があり現在でもそうです。欧米人は脳卒中よりも心臓病のほうがずっと多い。1970年代の統計では日本人は心臓病がこれくらいで、脳卒中はこれぐらいです。それに対してアメリカのほうは心臓病がずっと多く脳卒中は少ない。純粋の日本人であってハワイに移住して生活している人は病気のパターンはアメリカ人とほとんど同じになっています。これはまさしくハワイでの生活習慣によってアメリカ人と同じような率で病気を発症するように変化したと言えます。1980年代でもハワイ在住の日系人はアメリカ人と同じようなパターンです。
もう一つ、日本人で1970年代と1980年代間で心臓病がどちらかというと多くなる変化が見られることが問題になっています。これは日本人も食生活の欧米化に伴ってまさしく心臓病が多い欧米のパターンに移っていると指摘されています。このデータは、生活習慣はこのように影響するということを証明しています。
誤解のないように申し上げますが、これはあくまでも糖尿病の人の死因の調査で、一般人を対象とした疾患の頻度では日本人の場合、脳卒中のほうが心臓病より4倍ぐらい多く、脳卒中の国であることには変わりありません。
( slide No. 5 ) 動脈硬化は遺伝的な因子、性別、加齢ような避けられない因子と食事、運動、喫煙、ストレスのような環境因子が加わって進んできます。例えば、男性のほうが動脈硬化の危険因子が高いのですが、男性がいくら化粧して女装しても性別の危険因子から逃れられません。加齢も同様にどうしようもないのですが、生活習慣に関する因子は十分コントロールできます。こちらを制限して病気を発症するあるいは病気が進展するのを防ごうというのが生活習慣病の管理になります。
( slide No. 6 ) 主な生活習慣病として高血圧症、糖尿病、肥満症、高脂血症、動脈硬化、心臓病が挙げられます。またこのような病気がもとになって動脈硬化が進んで、心臓では心筋梗塞を起こしてきます。これらの病気についてつまみ食いになりますが、少しずつお話ししたいと思います。
( slide No. 7 ) まず、高血圧症です。
( slide No. 8 ) 医学が非常に進歩して、確かに科学が進んだ分野では多くのことがわかってきていますが、神様が作った人の体は早々簡単にはわかりません。わからないことがたくさんあります。その一つとして高血圧も非常にありふれた病気ですが、その原因はほとんどわかっておりません。明らかに他に原因があって血圧が高くなってくる高血圧を二次性高血圧と呼んでいますが、通常我々が言っている高血圧は本態性高血圧あるいは一次性、原発性高血圧で、高血圧症の90〜95%がこれです。要するに原因がわかっていません。ただ医学が進んで血圧を上げるいろいろなメカニズムはわかってきています。それに応じて作用機序の異なる薬が出てきて、現在では血圧のコントロールはしやすくなっています。
( slide No. 9 ) なぜ高血圧を放っておいたらいけないか、時代が逆上った話からします。左は収縮期血圧、右は拡張期血圧で、血圧が高くなるほどグラフは右に移動します。血圧測定後1年間に発作を発生した率をグラフにすると、血圧が高くなればなるほど脳卒中も心発作も高くなります。拡張期血圧に関しても血圧が高くなればなるほど悪くなります。日本は脳卒中の国ですので、まだまだ脳血管障害のほうが多いこともわかります。
話が横道にそれますが、血圧と病気の発症はなだらなかな一直線の関係になっています。つまり 140mmHg以下であれば発作をほとんど起こさなくて、それを超えると急にふえるという関係ではないので、正常値を決めるのが非常に難しい。最近では正常値という言葉の代わりに「基準値」という言葉を使っていますが。私が卒業した30年ぐらい前の高血圧の基準値は160/95mmHgぐらいでした。現在は140/90mmHgです。治療を進める上で人為的にどこかで区切って正常と異常と区別しないと仕方がないのですが、医学が進歩してだんだん治療が進歩してくると、いろいろな積み重ねによって正常値(基準値)が変わってきます。最近では血圧は低ければ低いほどいいというのが一つの考え方になって、下がってきています。コレステロール値も同じような関係にあり、当然その正常値(基準値)も変わっています。
皆さん方は非常に正常値を気にされます。我々も数字を気にしていただきたいために説明するのですが、このような関係から正常/異常という言葉に非常に抵抗を感じながら、なだらかな直線関係のどこかで基準を作らないといけません。
( slide No. 10 ) これは日本のデータですが、日本人でも外国人でも上の血圧(収縮期血圧)は年齢が高くなればなるほど上昇します。それに対して下の血圧(拡張期血圧)は60歳をピークにむしろ下がってきます。ですから高齢者の血圧は上の血圧だけが高い高血圧(収縮期高血圧)が一つの特徴になっています。
高血圧治療の歴史の中でいろいろな薬が出てきています。またたくさんの研究の積み重ねから血圧が高いと治療したほうがいいというのは明らかになっています。年をとればとるほど上の血圧が上がるのは加齢による変化だから高くてもいいのではないかということも考えられましたが、それに対してもたくさんの人を対象にした臨床試験が行われて、1990年代の初めに高齢者の収縮期高血圧も治療したほうがいいという結論が出ました。今では高齢者でも収縮期血圧が高い場合は治療するようになっています。
( slide No. 11 ) 血圧を治療すると脳卒中も冠動脈疾患も減るのは明らかで、誰も反対する人はいないと考えていいと思います。
( slide No. 12 ) したがって高血圧の治療の目的は、なぜ血圧が上がって高血圧になるのかその原因はわかりませんが、血圧を薬や生活習慣の改善等で正常に保つことによって高血圧による合併症を防ぎ健康を維持して快適に生活をするということになります。
( slide No. 13 ) 最近では血圧は低く保つほうがいいという考え方から、基本的には基準値を140/90mmHgとして、これ以下とすることを降圧目標とします。
( slide No. 14 ) 皆さん方は脈拍が変動することは十分ご存じで、緊張したり運動すればふえて、寝ているときは逆に遅くなります。それと全く同じように血圧も非常に変動しています。診察室に入っただけで血圧が高くなる現象があります。白衣を見ただけで血圧が高くなる「白衣高血圧症」と呼ばれていますが、その血圧だけを見て高血圧の治療をすると、家庭での血圧は低いので血圧が下がりすぎて困ることが起こります。そういうことで最近では家庭で血圧を測っていただいています。体重計は一般家庭には必ずあると思いますが、それと同様に血圧計を用意してもらっています。もちろん病気のない人は必要ありませんし、ストレスを感じるほど気にされる必要はありませんが、少なくとも高血圧の治療を始めた方は測定してチェックすることが大事です。治療をしていく上でも非常に参考になります。
一つ覚えていただきたい数字をここに示します。家庭での血圧は低くなりますので、2000年の日本高血圧学会から出た高血圧治療ガイドラインでは家庭血圧の正常値を135/80mmHgとしました。市販されている血圧計には上腕に巻くものと手首で測るものと指先で測るものがあります。全くの健康チェックのためであればどこで測ってもかまいませんが、少なくとも高血圧の治療を始めた方は正確に測るために上腕に巻く血圧計を使っていただきたい。価格は高くなりますが、高血圧治療ガイドラインの中でもそういう血圧計を使うように書かれています。ここでのポイントは血圧計を手元に置いて、家庭でチェックすることです。
( slide No. 15 ) もう一つ、高齢者の高血圧の目標値について紹介します。日本のガイドラインだけ、60歳代、70歳代、80歳代と年齢が高くなるにしたがって目標血圧もちょっと高めにしています。世界保健機関/国際高血圧学会のガイドラインやアメリカのガイドラインでは年齢で分けていません。日本独特の高齢者高血圧治療ガイドラインで、個人的には好きなんですが。これは2000年時の数字ですが、70歳代では 150〜160mmHg 以下、80歳代では 160〜170mmHg 以下、下の血圧は90mmHg以下を目標にすればよく、非常に個人差が大きいので十分考慮しなさいと付記されています。
( slide No. 16 ) ところが今年になって老年者用の新しいガイドラインが出ました。最初にお話ししましたように、差し障りがなければ下げれば下げるほどよいというのが大きい考え方ですので、70歳代では 150mmHg以下、80歳代では 160mmHg以下を目指しなさいと改定されました。
こういう数字を知っていただいたほうがいいのでお話ししますが、私自身が診療しているときにきちんと守っているかというと、なかなか辛いところがあります。非常に厳格なアメリカや欧米でもガイドラインの達成率は50%程度と聞いています。言い訳にも何もならないのですが、一生懸命これをめざして治療しなさいということであり、皆さん方にも数字を知っておいていただきたい。
ただし特に高齢者の場合、急いで治療すると下がりすぎてむしろ脳梗塞を起こす危険性があるので、日本のガイドラインだけ高めに設定したり幅を持たせています。ですから一番大事なことの一つは、皆さんも医者も血圧を急いで下げようとする傾向がありますが、それはなるべく避けて2、3カ月かけてゆっくり下げることです。そのことも是非知っておいていただきたい。
( slide No. 17 ) 高血圧が起こってくると動脈硬化が起こりやすくなって病気を発症しますが、高血圧そのもので特有の症状が出るかというと、出ないと考えていいと思います。高血圧の患者さんはしばしば頭痛、めまい、耳鳴り、肩こり、手足のしびれという症状を訴えますが、それについて男性女性それぞれ約 260名を対象に高血圧の有無で検討しても何も関係がありませんでした。ですから高血圧特有の自覚症状はない、逆に言えば、症状がないので血圧を測らないとわかりません。ですから必ず測ってください。
( slide No. 18 ) 高血圧には特有の症状がありませんが、一方で治療をしたほうが明らかによいというデータがありますので治療を開始します。誰しも何らかの症状があって、それが嫌だから薬を飲むのですが、症状もないのに薬を飲むというのはなかなかたいへんなことです。ここでお話しするのはコンプライアンス compliance という言葉です。「服薬コンプライアンス」というのは医者が書いた処方どおりに患者さんがきちんと薬を飲んでいるかどうか。実際に薬をきちんと服用していると「コンプラアンスがよい」、他方もらってもくず箱に入って飲んでいないと「コンプライアンスが悪い」と表現します。高血圧の治療について、食事と同じような感覚で薬を飲んで血圧を正常に保っておけば、脳卒中や心筋梗塞が起こらないということがわかっていますので、いかに指示どおりに飲んでいただくかというのが大きな問題でした。
服薬コンプライアンスをよくするために製剤上のいろいろな検討がされています。昔と今ではご存じのように、飲む回数と飲む時間に明らかに差があります。朝1回だけが一番よく、朝昼晩と1日3回飲む薬では昼の飲み忘れが一番多い。私が卒業した当時、高血圧の薬は1日3回の薬がほとんどでしたが、現在では3回の薬はありません。1日1回か1日2回の薬です。これは何とかしてきちんと飲んでいただきたいためです。もちろん副作用が出れば中止しますが、副作用が少なくて1日1回か2回の内服で済むように、薬もいろいろな製剤上の工夫がされています。1日1回でよい薬がふえてきて、現在ではそういう薬が主流になっています。
( slide No. 19 ) 食塩を話をします。左は世界のデータ、右は国内のデータです。食塩の摂取量と高血圧の関係を検討すると、食塩をたくさん摂取すると高血圧の頻度が高くなります。これは昔からわかっていて、特に日本では東北地方に脳血管障害が多かったのですが、街ぐるみで減塩運動が繰り広げられて血圧の変化に現れています。全国的な話でも、脳卒中は10年ぐらい前の死亡原因の1位でしたが、だんだん下がってきて、現在の1位は癌になりました。これは高血圧が十分に治療されたために減ってきたと言われています。食塩とはかなり密接な関係があります。
( slide No. 20 ) 日本食は動脈硬化に関しては非常に健康食と言われていますが、唯一問われているのは食塩の摂取量かもしれません。1987年には11gまで下がってきましたが、また最近ふえてきているので注意が必要です。一応勧められているのは7g/日ですが、無理であれば10gまで下げるように推奨されています。
( slide No. 21 ) 食塩の量は私よりも女性のほうが詳しいと思います。最近では食塩の添加量を書いている食品もたくさんありますので参考にされたらいいと思います。(めやす量:しょうゆ小さじ1杯1g、ソース大さじ1杯1g、みそ汁1杯 1.8g、梅干し1個 2.5g、ラーメン1杯5g)
( slide No. 22 ) 海水にはもちろん塩が入っていますが、それ以外の自然の食品にはほとんど塩分が含まれていないので、調味料として塩を追加しないかぎり0.5g/日ぐらいしか摂取しません。ソロモン諸島の人たちや南アメリカのヤムマムインディアンという原住民は食塩をほとんど摂取しないことで知られています。
これは古い1978年に発表されているデータですが、食塩をほとんど摂取しない人たちが見つかったので、その人たちの血圧を調べました。年齢と血圧のグラフで、右が男子、左が女子です。130/80mmHgあたりで、140/90mmHg以上の高血圧の人はほとんどいません。我々文明社会に生きている者にとって年をとると血圧が上がるのは常識になっていますが、この人たちでは年をとっても血圧が上がる傾向はありません。この人たちには動脈硬化という病気はほとんどなく、高血圧にならないのは食塩を摂取していないからだと言われています。
死因としては例えば原虫などの感染症で亡くなることが多いのですが、この人たちは不健康かというと決してそうではなく、健康に生活しています。例えば走ったり跳んだりする体力測定をするときっと我々より優れていると思います。
( slide No. 23 ) ついでにその人たちのコレステロールを測定すると、120mg/dlぐらいです。先程の正常値や基準値の話にも関係してきますが、動物としての人間の体はこれでもいいはずだと思われます。ただし今の時代から食塩のない世界に逆戻りはできないので、せいぜい摂取量を制限するという形で対応することになります。
( slide No. 24 ) 高血圧の薬物治療を始める前に非薬物療法として生活習慣の改善をしなさい、例えば肥満の改善や予防、節酒(日本酒で1日1合ぐらいまで)、規則的に運動をしよう、減塩しよう、禁煙と必ず言われます。
( slide No. 25 ) 次に心臓病の話です。
( slide No. 26 ) 心臓病の中で動脈硬化が関係してくるのは冠動脈疾患の狭心症や心筋梗塞です。心臓は筋肉でできていて、その筋肉を養っている動脈を冠動脈と言います。右の冠動脈と左の冠動脈は途中から2つに枝分かれしますので、冠動脈は大きく3本の枝として考えています。
( slide No. 27 ) これは私が普段臨床の外来診察室で狭心症とか心筋梗塞の患者さんに冠動脈造影について説明するときに使っている本から引用しています。心臓はこのような筋肉でできていて、心臓の筋肉を養う冠動脈が心臓のすぐ外側を走っています。心臓の中には血液が溜まっていますが、この中の血液から直接酸素や栄養素をとるわけではなく、他の臓器と同じように一たん心臓を出て冠動脈を流れている血液から栄養素等を受け取ります。
狭心症や心筋梗塞という虚血性心疾患は冠動脈の動脈硬化によって起こってきます。動脈硬化が起こると血管の内腔がだんだん狭くなってきて、例えばここで完全に詰まってしまうとここから先には血液が流れなくなります。この動脈から酸素や栄養素をもらっていた心筋の一部が壊死してしまうのが心筋梗塞です。そこまでいかなくても狭くなって血液が十分に流れなくて、一時的に心臓の筋肉に酸素不足が起こるのが狭心症です。
血管が詰まったために酸素が流れてこなくなると、血管から栄養素をもらっていた筋肉が死んでしまって心筋梗塞になってしまいます。脳の血管で起これば脳梗塞、腎臓の血管では腎梗塞という診断名になります。それに対して狭心症はあくまでも一時的で、せいぜい長くても30分くらいの発作で治まってしまいます。狭心症と診断するためにはこの30分の間に心電図をとるなどしないと証拠がつかめません。もともとの心電図は正常な方が多く、筋肉に酸素不足が起こっているときに胸が苦しくなって、そのときだけ心電図に変化が出てくるので、発作が終わってしまうと症状も消えて心電図も正常化してわかりません。証拠をつかまえるためには発作をつかまえないといけないので、なかなか診断が難しい。そのために24時間の心電図検査をしたり、運動によって発作を起こす狭心症であれば運動負荷試験をやったりします。
最終的に治療方法を決めるために、この冠動脈を直接外から見ることができないので、入院して冠動脈造影検査をします。例えば血管に動脈硬化の病変が見つかった場合、治療方針として大きく3つあります。一つは薬物療法。もう一つは狭いところをバイパスして血管をつなぐ手術。これは全く外科的な治療です。もう一つは狭いところに管を通して風船で膨らませる治療法で、これは内科でできます。どの治療法が適切かという判断はあくまでも冠動脈造影の検査結果から検討します。
( slide No. 28 ) 見た目にもいかにも不健康そうな男性です。たばこを吸いながら深酒して脂っこいものを食べています。冠動脈の病気は動脈硬化で起こってきますが、その原因を危険因子(リスクファクター)と言います。その因子にはたくさんあって、高脂血症、高血圧、耐糖能異常(糖尿病)、肥満、家族歴、喫煙、加齢など。昔から高脂血症(高コレステロール血症)、高血圧、喫煙を3大危険因子と呼んでいましたが、最近ではこれに糖尿病が加わて4大危険因子とも言われています。糖尿病はいろいろなところで重要視されてきています。
( slide No. 29 ) 冠動脈の危険因子について、アメリカのデータですが、高血圧や高コレステロール血症、糖尿病、喫煙などの因子が同時にたくさんあればあるほど心臓の病気を起こしてくる率が上がってきます。
( slide No. 30 ) 久山町研究は日本の有名な疫学研究の一つですが、日本においても当然のことながら、高血圧、喫煙、高コレステロール血症のような危険因子がたくさんあればあるほど心筋梗塞の発症頻度は高くなってきます。
( slide No. 31 ) これらの因子はそれぞれ単独でも危険因子となるのですが、それがたくさん重なるとそれ以上に危険になってきます。さらにぐあいが悪いことに、いくつかの危険因子がしばしば同時に起こってくると考えらています。例えば肥満と高血圧が合併することはしばしばあり、昔から知られていたことです。
( slide No. 32 ) 肥満、高血圧、高脂血症、糖尿病は個々の病気として診断されますが、しばしば高い頻度で合併して起こってきます。また別の表現として、マルチプル・リスクファクター multiple risk factor 症候群とも言われています。新聞でもときどき掲載される言葉です。危険因子がたくさん合併して起こってくる症候群で、これらを一つの病態として考えなければならなくなります。
( slide No. 33 ) 以上のことから心臓の病気を予防するためのポイントをいくつか挙げますと、生活習慣を改善しましょう。
( slide No. 34 ) 食生活を見直しましょう。
( slide No. 35 ) 自分に合った適当な運動をしましょう。
( slide No. 36 ) そして禁煙しましょう。
( slide No. 37 ) 次に糖尿病です。
( slide No. 38 ) 糖尿病は血液中のブドウ糖が高くなる病気です。
正常では血液中の余分な糖は膵臓からインスリンというホルモンが分泌されて、それによって細胞の中に取り込まれます。何らかの理由でインスリンが少なく不足すると、ブドウ糖が細胞内に取り込まれずに血液の中でたまって高血糖が起こってきます。またインスリンが正常に出ても、その働きが悪いとやはり同様に高血糖になります。
( slide No. 39 ) 血糖の正常値は空腹時(絶食時)に測定して110mg/dl以下で、この値が126mg/dl以上またはブドウ糖を飲んで30分後、1時間後、2時間後に血糖を測定して、2時間の血糖値が200mg/dl以上なら糖尿病型と診断されます。
( slide No. 40 ) これはかわいらしい、決して憎めない好感の持てるおじさんですが、あまり背景はよくありません。糖尿病は高血糖になる病気ですから、頭の先から爪先までいろいろな合併症が起こってきます。
( slide No. 41 ) 糖尿病の3大合併症として糖尿病性神経障害、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症が有名です。最近では糖尿病性腎症は腎不全が進行して人工透析にいたる原因疾患の一番になりました。糖尿病性網膜症は失明に至るようなかなり強い障害を起こします。糖尿病に特有の3大合併症の他に、非常にしばしば動脈硬化を起こして、心臓では心筋梗塞、頭では脳梗塞、足の血管では閉塞性動脈硬化症という切断まで至る合併症があります。
( slide No. 42 ) 先程言いましたように、心臓の危険因子には糖尿病を初めいろいろな因子がありますが、糖尿病で困ることがいくつかあります。
( slide No. 43 ) 心筋梗塞や狭心症を起こすと胸が痛いというのが特有の症状ですが、糖尿病を合併しているとそういう症状が伴わない、言わば無痛性になることが多い。理由はわかりませんが、これが一つの特徴になっています。症状がないので患者さんにとっても不安ですし、我々も手の打ちようがありません。
( slide No. 44 ) もう一つは軽症糖尿病の場合。糖尿が軽いからまだ安心かというと実はそうではありません。
( slide No. 45 ) 糖尿病性網膜症、腎症、神経障害の3大合併症は糖尿病を発症してから10年あるいは20年という単位で合併症を起こしてきますが、心筋梗塞や脳梗塞という動脈硬化に関係する病気は糖尿病になる前の境界型という段階からしばしば起こしてきます。これは以前からわかっておりましたが、最近特に注目されています。
( slide No. 46 ) 空腹時血糖値が正常でも、ブドウ糖負荷試験2時間値が高いと死亡する確率は2倍になります。
( slide No. 47 ) これは1997年の厚生省の調査で、正常値の人と糖尿病の可能性を否定できない人(糖尿病予備軍)と糖尿病が強く疑われる人で比べています。この糖尿病予備軍と言われる人は糖尿病とは診断できないので糖尿病の薬で治療することは保険上はできません。そのような予備軍の人の心臓病の発症頻度は糖尿病での頻度に近いことがわかっています。それが一つ問題になっています。
( slide No. 48 ) 空腹時血糖だけでなく食後の血糖も非常に重要ですから、絶食時と食後に血糖値を時々チェックしていただきます。ただ糖尿病の治療に関しては心臓病のとき以上に食事と運動療法がまず基本になります。それでもコントロールできない場合には薬物治療になります。
( slide No. 49 ) 糖尿病治療のポイント。悪化させないために食生活を見直しましょう。
( slide No. 50 ) 適当な運動をしましょう。
( slide No. 51 ) 軽い糖尿病でも薬物治療の対象になることがあります。
( slide No. 52 ) 血糖も測定しないとわからないので、定期的に通院して適当な指示を受けましょう。
( slide No. 53 ) 糖尿病のコントロールの指標の一つとして知っておいていただきたいものに、ヘモグロビンA1cがあります。血糖は1日の中でもものすごく変動するので1回の測定では糖尿病の状態を正確に把握できません。それに対してヘモグロビンA1cは最近の1〜2カ月の平均の血糖値の変化を知ることができます。もし糖尿病になったらこの数字を覚えてください。血圧の数字、体重、後で出てくるコレステロール値と同じように知っておいてほしい数字です。ヘモグロビンA1cの8%以上はコントロール不可です。正常は5%ぐらい、大雑把には 6.5〜7%だとまあまあでしょう。私が診ている糖尿病の患者さんのコントロールがすべてうまくいっているかというと、先程の血圧のコントロールと同様にどちらかというとそうはいきませんが。(優:5.8%未満、良:5.8-6.4%、可:6.5-7.9%、不可:8.0%以上)
( slide No. 54 ) 最後に高脂血症の話です。
( slide No. 55 ) 高脂血症は血液中にコレステロールや中性脂肪のような油分がふえてくる病気です。
( slide No. 56 ) 高脂血症が長く続くと血管壁に脂肪が溜まって動脈腔を狭くします。会の初めに日本人の生活習慣の欧米化ということを話しましたが、それがコレステロール値にも現れています。アメリカ人の男性女性のコレステロール値、日本人の男性女性のコレステロール値を比べると、向こうは一生懸命啓蒙、治療して平均が下がっていますが、日本は逆に上がっています。特に我々よりも子供の世代でその傾向が出てきています。子供が大人になったときにアメリカと同じように心臓病がふえないように、できるだけ食生活を見直しましょうというのが目下の目標になっています。
( slide No. 57 ) ことし日本動脈硬化学会からコレステロールに関する治療ガイドラインが正式に発表されました。コレステロールの基準値は220mg/dl、中性脂肪は150mg/dlです。昨年6月頃に案が発表されたときには基準値は240mg/dlでした。これは新聞にも報道されましたが、その後いろいろなことがわかって220mg/dlとなりました。基準値がころころ変わるのはどうかと思われるかもしれませんが、高血圧に関して基準が変わっているのと同様に、コレステロールに関しても数字と疾患の発症の関係から人為的にどこかで区切らざるをえません。
( slide No. 58 ) これもややこしい表ですが、ことしの動脈硬化学会のガイドラインのコレステロールの管理基準値です。高コレステロール血症を治療する際にこれは心臓と直接関係しているので、心筋梗塞や狭心症という心臓の病気を合併しているかどうかで変わります。合併していると一番厳しい180mg/dl以下を目指します。コレステロール以外の動脈硬化危険因子としては加齢、高血圧、糖尿病、喫煙、冠動脈疾患、肥満、家族歴、低HDLコレステロールが挙げられています。そしてこの因子がいくつあるかでランク分けされて、目標とするコレステロール値が変わってきます。
ここで一つ覚えておいていただきたいのは、糖尿病は非常にリスクの高い疾患として考えられていて、糖尿病があると他の危険因子が何もなくてもコレステロールはB3ランクの200mg/dl以下を目標にします。高血圧治療ガイドラインでも糖尿病があるとそれだけで管理基準が1ランク上に上がります。
( slide No. 59 ) 同じく動脈硬化学会のガイドラインに書いていることですが、ライフスタイルに禁煙、食生活の是正、適正体重の維持、適当な運動の4つが挙げられています。ここで適正体重の計算の仕方を覚えておいてください。身長(m)×身長(m)×22で、例えば身長が1m60cmだとすると、1.6 ×1.6 ×22が標準体重になります。適正なカロリーは運動したり労働の重さで係数が変わりますが、標準体重×30ぐらいです。例えば標準体重が60kgだとすると、60×30=1800kcalになります。
( slide No. 60 ) 運動療法。早足とかジョギング、水泳、サイクリングという全身運動がよく、1回30分以上、3〜6回/週、 180分/週以上やりましょう。脈拍がだいたい110/分ぐらいになる強さの運動です。
( slide No. 61 ) 最後のスライドです。きょうは代表的な生活習慣病として高血圧、高脂血症、耐糖能異常(糖尿病)などの病気についてお話しさせていただきました。日常臨床で我々は例えば高血圧症の診断のもとに治療を行っています。それぞれの病態に対して確実に対処することがもちろん必要ですが、生活習慣病の根っこには共通の因子があることを忘れてはなりません。マルチプル・リスクファクター症候群という言葉をご紹介しましたが、これらはばらばらではなく共通の病態がありそうです。その共通の病態について我々の知らないことがこれから明らかになることもありますが、生活習慣が大きく関与していることは現在はっきりしています。したがって生活習慣を改善することによってこういった病態もよくなります。
話があちこちばらばらになってまとまりのない話になりましたが、生活習慣の改善の重要性を強調してこのお話を終わります。皆様方の健康のお役に立てば幸いです。どうもご静聴ありがとうございました。
質 問 愚問ですが、日本では古来「敵に塩をおくる」という言葉があり、武田信玄が上杉謙信に塩を送った話もあります。食塩は生活にとって貴重品ですが、最近の医学ではそのへんはどんなぐあいなのでしょうか。
津 田 なかなか難しい質問で、先に結論を言いますとよう答えられません。もともと海中に住んでいてそこから上陸したという生物の起源の話になりますが、体にとって食塩の摂取量と血圧は明らかに関係があり、それを制限すればよくなるというのは事実です。ただ今の我々にとって塩は生活必需品には間違いありません。運動して汗をかくと必要になります。
先程食塩を摂らない種族を挙げました。基本的に私たち人間は本来の生物として塩なしでも生きていけるはずだと思いますが、他のホルモンを調べてみると我々と違うこともあります。我々の今の生活から食塩を除くというのは、猿の惑星のように本当に破壊されて御破算にされないないかぎりないだろうと思います。何でもかんでもあきません、制限してくださいというのは本来好きではありませんが、健康のために欲を抑制することで対処しないといけない。それしか方法がないだろうと思っています。武田信玄の話については答えられませんが、食塩をたくさん渡して殺そうとしたわけではないと思います。
司 会 何か疑問がありましたら関西医大の内科でも香里病院でも来ていただきましたら答えさせていただきます。どうもありがとうございました。