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関西医科大学第2回市民公開講座−ここまでできる先端医療−
「血液の病気と今日の骨髄移植」
関西医科大学第1内科学教授 福原 資郎
平成11年(1999年)10月3日(日)13時40分〜14時30分
守口文化センター・エナジーホール
司会 岩坂教授(第2内科学)

司 会(岩坂 壽二・関西医科大学第2内科学教授) 最初の講演、「血液の病気と今日の骨髄移植」を始めさせていただきます。「骨髄移植」というキーワードは皆様方にはニュースをお聞きになって多分インプットされていることだろうと思いますが、きょうは「白血病」「骨髄移植」「骨髄バンク」、この3つのキーワードで恐らくお話ししていただけることと思います。
 福原先生のプロフィールに関しては、お手元のパンフレットの1ページ目に載っておりますのでご参照ください。現在は関西医科大学第1内科学の教授として、診療、教育、すべての面で統括していただいています。
 それでは福原先生、よろしくお願いいたします。

福 原 (関西医科大学第1内科学教授) 私は市民講座でお話をさせていただくのは実は初体験でございまして、学長先生からわかりやすくお話をするようにとのご指示をいただいて、それなりに精いっぱい易しくわかりやすくお話しするつもりです。お手元の抄録、概略を読んでいただきますと、正直言って難しい言葉が並んでいて、理解しにくいかもしれません。しかしながら、できる限り易しくお話しいたしますので、おうちに帰って講演の内容を思い出しながら読んでいただければ、かなり理解していただけると思います。

( slide No. 1 ) きょうお話しさせていただきますのは、先ほど紹介がありましたように「血液の病気と今日の骨髄移植」。スライドには私の名前が出ておりますが、教室の仕事の紹介ということでございます。

ヒポクラテス 紀元前 460-375 年4体液説
ウィリアム・ハーヴェー1578-1657 年循環する体液
レーベンフック1632-1723 年顕微鏡の発明
( slide No. 2 ) 最初に難しい名前が出てきましたが、血液学の歴史を簡単に触れさせていただきます。紀元前 460〜375 年、医学の祖と言われているヒポクラテスが「4体液説」という非常に重要な説を唱えました。その「4体液説」というのは、最初に「血液」、その次が「粘液」、その次が「黒色胆汁」、4つ目が「黄色胆汁」という4つのタイプの体液が存在して、人間が活動する上で非常に重要であると述べております。4体液の「粘液」を除くと、近代医学の血液と関係します。「黒色胆汁」も「黄色胆汁」も血液と密接に関係があるということがわかってきています。
 次いで、岩坂教授が専門とする循環器と関連すると思いますが、こういった体液(血液)は循環する、体中を回っている、血管を通じて体の隅々まで行っているということが、ウィリアム・ハーヴェーによって証明されています。
 血液にとってさらに重要なことは顕微鏡の発明です。これによって、血液にはどんな細胞が含まれているかということが、実際に人間の目で見ることができるようになりました。

( slide No. 3 ) 学生の講義に使うスライドを持ってきました。酸素を運ぶヘモグロビンを持った赤い細胞(赤血球)は体内におよそ 500万個/mlあります。真ん中にあるのが好中球(白血球)、小さなゴミみたいなものが血小板。血液を染色すると、顕微鏡ではっきりと非常にきれいに区別することができます。
 赤血球というのは皆さんご存じのように、肺で呼吸をしながら体の中の炭酸ガスを外に出して酸素を体内に運ぶ、酸素交換をする非常に重要な細胞です。白血球は体の外からバイ菌が入ってきた場合、それを食べるあるいは外に放り出す、悪いことをさせないように殺す役目をします。白血球にはいろいろな種類がありますが、これはその中の好中球です。血小板は止血作用ですね。ナイフや鋏や包丁でけがをすると血が出ますが、血小板には血を止める作用があり、血管壁を修復して、これ以上出血させないという機能を持った細胞です。
 この赤血球が減ると、皆さんがよく知っている貧血という病名がつきます。また白血球が減ってくると、ちょっとした風邪でも肺炎を起こして命取りになります。血小板が減ってくると、血小板減少症といいまして、体の中のあちこちに出血斑が出て、これも命取りになります。そういった非常に重要な細胞が血液の中に含まれています。

( slide No. 4 ) この血液は血管を流れるときは赤い色をしています。ここに血を固まらせないような抗凝固剤(凝固を防ぐ薬品)を混ぜて、遠心分離(遠沈)してやると、この赤く見える血液はその比重によって血小板、白血球、赤血球に分かれてきます。

( slide No. 5 ) 血管の中を流れているこの赤血球、白血球、血小板を作っている場所はどこかというと、骨の中にある骨髄という臓器です。こういった血球成分を作るもとになる細胞があり、それを私たちは幹細胞と言います。大木を切ってみると年輪があって、幹から枝が出てきますが、赤血球になるにはそのもとになる細胞(赤血球幹細胞)、白血球になるもとになる細胞(白血球幹細胞)、血小板に関しても同じように血小板を作るもとの細胞(血小板産生細胞系幹細胞)があります。さらにここに造血幹細胞があります。これは赤血球のもとになる幹細胞にも、白血球になるもとになる幹細胞にも、また血小板になるもとの幹細胞にも、すべての血液細胞のもとになる細胞のさらにもとになる細胞があって、造血の一番もとになる細胞を私たちは「造血幹細胞」と呼んでいます。そういったものが骨髄に含まれています。
 骨髄にある造血幹細胞からそれぞれ「分化」して、それぞれ機能を持った細胞に成長していきます。このような骨髄と血液の関係が成り立っています。

( slide No. 6 ) この幹細胞をどのように理解したらいいのか。説明が非常に難しいのですが、本を読んでいると、こんな説明の仕方がありましたので、早速スライドにしてきました。
 コピー機でコピーすることは日常的にやられていますが、コピーの大事な原本(A)を何万枚もコピーしていくと、原本が汚くなってきます。そこで私たちは原本(A)をコピーして、その原本(a)に基づいて何回もコピーを取る。原本(a)がちょっとよれよれになってくると、また原本(A)からコピーして、原本(a)を作ってまた何回もコピーする。そうすると原本(A)はきれいなまま寿命がなく保たれるんですね。
 それと同じように、造血幹細胞も骨髄で必要に応じて時々分裂して、それぞれ機能を持ったそのもとになる幹細胞を作っていきます。そこからたくさんの細胞ができてきます。時々分裂して普段はおとなしくしている、そういった非常に寿命の長いおとなしい細胞と理解していただいたらよろしいかと思います。

( slide No. 7 ) 骨髄移植を簡単に書きますと、造血幹細胞を体内に入れるだけのことです。しかしながらその前に、私たちの体は異物が入ってくると拒否する免疫現象をご存じだと思います。外から入ってきた細胞を拒否するという重要な働きがありますので、ここで放射線ないしは非常に強い抗癌剤で生存している造血幹細胞を全部殺してしまいます。またもともと持っている血液細胞も全部殺してしまいます。殺した上でこの造血幹細胞を入れると、体内には血液細胞がないのでたくさん作れという指令が出ます。造血幹細胞(いわばコピー原本(A))からコピーをして、さらに何十回となくコピーをして、体に必要な血液細胞ができると理解していただいたらわかりやすいかと思います。

骨髄移植療法の歴史
序 章:広島・長崎への原子爆弾
黎明期:実験的骨髄移植/血液型(白血球)の発見
確立期:骨髄バンクの事業
発展期:医療としての骨髄移植
( slide No. 8 ) 抄録にも書いておりますが、我々日本人にとって非常に残念な、非常にきつい骨髄移植の原点があります。広島と長崎に原子爆弾が落とされて、たくさんの人が亡くなりました。骨髄移植は、放射線をあてて体中の血液細胞を殺してしまった後に、造血幹細胞を入れて新しい骨髄細胞を作ってやるという方法ですが、原子爆弾が落とされた当時、造血幹細胞という知識がなかったので、致死量の放射線を浴びた私たちの同胞はたくさん命を落としました。
 アメリカの研究者たちがそれを客観的な非常に厳しい目で見て、ネズミで実験を始めました。ネズミに放射線をあてて原爆と同じような状態にして、他の元気なネズミの骨髄とか脾臓細胞を入れると、入れないネズミはみんな死んでいくけれども、骨髄ないし脾臓細胞を入れたネズミはピンピンとしている。そういったことから実験的な骨髄移植が始まったわけです。
その後、白血球にも赤血球と同じように血液型(HLA)があることが発見されまた。誰の骨髄を入れてもいいというわけではなくて、血液型を合わせることで、合った人の骨髄のみの移植が可能であるということもわかってきました。
 そうしてくると、輸血の現状と照らし合わせて考えていただいたらおわかりかと思いますが、ボランティア(ドナー)の血液型を調べてたくさん登録しておいて、病気になったときに患者さんの血液型に合った骨髄をいただく。そういった骨髄バンクの事業が始まり、骨髄移植が初めて社会の善意によって支えられた医療として成り立ってきました。そういった歴史がございます。

( slide No. 9 ) 骨髄移植と一口で言いましても種類があります。ここに4種類書いております。(1) 自家の骨髄移植は自分の骨髄を採っておいて戻す方法。後でご説明します。(2) 同系骨髄移植は一卵性双生児(遺伝学的に全く同じ双生児)の間の方法。これは自家の骨髄移植と全く同じで、血液型は問題になりません。
 (3) 同種骨髄移植には(a) 同胞(ご兄弟)の間の移植、それと(b) 一族、血縁のつながりがある方の間の移植、それと(c) 骨髄バンクの血のつながりのない非血縁者間での移植があります。同胞間では 1/4の割合で血液型が合うと言われております。血縁者間に関してもそれなりに一致する割合が高い。しかしながら、骨髄バンクに登録していただく意義は、全く血液型が合わない人にも医療として公平に骨髄を提供できるようなドナーの善意によって成り立つ移植であります。きょうお話しするのはこの同種骨髄移植が中心になります。
(4) 異種の骨髄移植。最近心臓とか肝臓で話題になっていますが、ブタの心臓を人間の心臓と入れ換えるような、種が違った場合の骨髄移植もあります。

( slide No. 10 )  1997年の同種移植の現況をある雑誌から取ってきました。円グラフでは、黄色の79%が白血病の治療に使われています。青の9%は悪性リンパ腫、緑の7%は先天性疾患、5%は再生不良性貧血。
 病気の名前が出てきましたが、この白血病は、学生の講義に使う白血球の標本をお見せしましたが、あの細胞が癌化する血液の癌で、無限にふえてきます。リンパ腫というのは白血球の中のリンパ球が同じようにたくさんふえて、体のあちこちにグリグリを作る病気です。再生不良性貧血は、私は名前をうまくつけたものだと思いますが、「血液細胞を再生するのが非常にへた」な病気で、貧血がメインの症状として出てきます。これこそ幹細胞が異常に弱くなってきてうまく機能しない。リンパ腫は幹細胞が癌化してふえてきます。先天性疾患も同じように何らかの機能不全であります。

( slide No. 11 )  これはイメージをちょっと頭に入れてもらうために用意した白血球細胞の写真です。先ほど、いろんな種類の病名がありましたが、白血病は骨髄の中の白血球のもとになる幹細胞が癌化してたくさんふえて血管にあふれてきて、体の臓器のあちこちで増殖してくる病気です。

( slide No. 12 )  白血病を治療するためには、いろんな抗癌剤を組み合わせて治療する化学療法が、今までの一般的な最高の治療法でした。患者さんの骨髄に白血病細胞がこれだけありますと、いろんな抗癌剤を組み合わせて白血病細胞をたたくわけです。しかしながら、白血病細胞はもともとの患者さんの骨髄からできたものであり、なかなか白血病細胞を根絶することは難しい。
 そこで、骨髄移植が全面的に利用される革命的な治療法として浮かび上がってきました。これは、白血病細胞も患者さんの正常な骨髄細胞も一緒に殺してしまいます。考えみれば非常に乱暴ですが、そうすると、ともかく残っていた癌細胞はすべて死んでしまいます。そこに他の健康な方からいただいた白血球の型の合う骨髄を移植して一定の期間が経つと、いただいた方(ドナー)の骨髄が全く同じように正常に機能しはじめます。
 同じ白血病の治療法でも化学療法による白血病の治療と骨髄移植による白血病の治療は根本的に違います。化学療法は患者さんのもともとある骨髄を維持しながら治療する方法ですが、骨髄移植は患者さんの骨髄、白血病細胞もろとも消してしまって、新しい健康な骨髄をいただいて、それを治療に使います。
 先天性疾患、再生不良性貧血も同じように患者さんの骨髄を消してしまって、正常な方の骨髄に置き換えます。きょうは骨髄移植のお話をもう少しします。

( slide No. 13 )  まず患者さんの骨髄と癌細胞(白血病細胞)を全部殺すために、全身に放射線照射(total body radiation)をします。ここに放射線科のドクターがおられます。

( slide No. 14 )  先ほど学長先生から東海村の原子炉燃料の事故の話をされましたが、放射線照射は非常に副作用が強い。肺は放射線に非常に感受性があって、非常に治りにくい肺炎になって命を落とすことがわかっていますので、全身に放射線を当てるは肺を防御しています。こうして、全身を回っている白血病細胞と骨髄を壊してしまいます。

( slide No. 15 ) 患者さんにそのような処置をしている間に、骨髄バンクを通じて骨髄を提供していただく方(ドナー)に短期入院していただいて骨髄をいただきます。その処置をしている私たちのチームのドクターですが、ドナーから抜き取る準備を進めています。

( slide No. 16 )  お尻の骨から骨髄細胞をいただきますが、1本目が取りおわって濾過して点滴用のパックに移して、2本目の採取をしています。

( slide No. 17 )  そうやっていただいた健康な善意ボランティアの骨髄を、普通の点滴セットと同じような形で、患者さんに静脈を通じて点滴をします。このときの患者さんの骨髄はもうカラカラになっていて、白血病細胞もほぼ絶滅されている。このときに、骨髄組織を投与しないと、感染症とか出血によって必ず命を落とします。ドナーからいただいた骨髄を戻すと、それが再建されて感染症とか出血から助かるだけではなく、癌細胞も消滅します。

( slide No. 18 )  これは第1内科の6S病棟という非常にきれいな建物が建っておりますが、そこの6階の完全無菌病室です。このような部屋でテレビでも見ながら大体1〜2週間、回復を待ちます。看護婦さんやドクターがこの部屋に入るときには完全消毒した手袋、マスク、頭巾を被って、患者さんといろいろお話をしたり検査をします。1〜2週間で白血球、血小板がふえてくるとこの部屋を出て、準クリーンな部屋(無菌病室ほどではないのですが、一般病室よりも清潔な部屋)に移ります。

( slide No. 19 ) 6S病棟のドアの向こう側(京橋側)にある無菌室に入るときには、ドアを境をして、消毒をしてマスクをして患者さんにバイ菌をうつさないように注意します。

( slide No. 20 )  こうして骨髄移植が成功したとしても、他の方の骨髄をいただくという非常に乱暴な治療をしますので、副作用がいろいろあります。これは難しいのですが、皆さんにも是非知っておいていただきたいと思いますので、あえてこのスライドを使いました。
 移植片対宿主病(GVHD)というのがあります。患者さんとドナーの白血球の型を合わせても、検査レベルで合っているのに過ぎないだけで、人間の体は非常に複雑ですから、どこか変わっているところが必ずあります。そういったドナーの骨髄が入りますと、そのドナー方の細胞がホスト側(患者)の組織を攻撃します。急性に起こる場合と慢性に起こる場合がありますが、免疫抑制剤、その他のいろいろな薬に進歩によって、GVHDも以前に比べれば副作用ははるかに軽減されつつあります。

( slide No. 21 ) さらに、大変なことは長い間に渡って、細菌性、真菌性、ウィルス性の感染症があります。そのへんの健康な人では決して病気にならないバイ菌が患者さんを苦しめます。これに関しましても抗生物質、さらにはいろいろお薬の指示療法によって乗り切ることことが普通になってきています。

( slide No. 22 )  これは白血病患者さんが骨髄移植を受けた場合と従来の化学療法で治療した場合の治療効果をグラフでみたものです。簡単に説明しますと、横軸に1〜6年までの期間、縦軸は生存率で、5年生存率は骨髄移植治療を受けた患者さんでは大体47%、従来の化学療法では23%の成績が出されています。この数字だけを見ると、皆さんは効果に大した差がないではないかと思われるかもしれません。しかしながら、この移植療法が非常に進歩してきたのはここ数年で、これは5、6年前を追跡しておりますので、こういうふうになっていますが、数年前に移植した現在の患者さんのデータを取れば、はるかに骨髄移植治療の生存率が上がると言われております。

( slide No. 23 )  骨髄移植と言いますと、私たち第1内科、6S病棟のドクターと看護婦さんの共同作業だけと考えるのは間違いです。私たちの大学であれば、第1内科の医師団と看護チームが一緒になって患者さんに対して骨髄移植による治療をしますが、実は骨髄バンクが成立して初めてこの治療が成り立ちます。一卵性双生児はそんなにたくさん、というよりむしろ稀ですので、医療として成立するには社会の支援が必要です。国民の善意に基づいた骨髄バンクが1993年に日本で設立して、それによってこういった骨髄移植が社会的な医療として成立しています。ドナーの方に入院していただいて、麻酔科の協力を得て骨髄を採取します。さらに放射線科、中央検査部、輸血部、血液センター、その他諸々の数えきれないぐらいの多くの方々の支援があって、初めてこの骨髄移植という治療法は成り立つと理解していただいたらよろしいかと思います。

( slide No. 24 )  ことしの骨髄移植財団の報告によりますと、30万人の登録を予定して、現在12万人ちかくになっているようです。骨髄バンクを通じて移植が行われたのは設立以来2000名を突破して、年間 400人ぐらいの骨髄移植が行われています。私たちの大学では昨年は大体20例の患者さんに骨髄を移植しました。したがって、 400名のうちの20名、1/20は全国的に見て5〜10番目の間で、骨髄移植を一生懸命やっている医療施設だと評価されております。
 骨髄移植はドナーの善意に頼った医療ですが、そのドナーの方々が骨髄を提供したときにどんな気持ちになったかというのが統計になって出ております。麻酔をしてお尻から骨髄液を採りますが、麻酔が醒めた後、ちょっと痛い。それに関してどうだったかと尋ねますと、「大したことがなかった」というのが44%、「普通」が40%、「思ったより痛かった」というのが14%になっています。
 「血液型の合ったあなたの骨髄液をいただかないと患者さんが困るんです。もう一度骨髄液を提供していただけますか」と尋ねたときに、日本の国民の登録した方の73%の方が「もう一度必要ならば提供してもいい」という、大変すばらしいドナーのお気持ちがここに表れていると思います。

( slide No. 25 ) 骨髄移植の話をざっと述べてまいりましたが、もう一つ、造血幹細胞は何も骨髄だけにあるわけではないということがわかってきております。  これは先ほどの血液の成分に使った図ですが、白血球分画に造血幹細胞が少し含まれていることがわかっています。それならば、何もドナーに痛い思いをしていただかなくても、自分の血液から採ったらいいではないかという考え方が自然に生まれてきます。

( slide No. 26 )  末梢血に含まれる幹細胞移植は現在では自己移植(自家骨髄移植)にたくさん行われております。末梢血幹細胞の同種骨髄移植は保険の問題、国の政策の問題がありまして、まだ一般化しておりません。一般的には自己移植、特に半分以上(52%) が悪性リンパ腫の治療に使われています。その他、乳癌、肺癌にもこの自己移植が使われています。白血病では13%です。

( slide No. 27 )  末梢血に含まれている造血幹細胞は採取されて癌の治療に使います。採取する方法ですが、通常の化学療法を行うと白血球、血小板ががたっと減ります。血液をふやす造血因子(最近では遺伝子工学的に製品化されて日常的に使われている薬)を減った造血幹細胞が回復する時期に投与しますと、一次的にわっとふえてきます。それを取り出して冷凍保存しておきます。患者さんには普通使っている化学療法と比べものにならないほどの抗癌剤を入れて治療します。それによって普通の治療ではやっつけられない癌細胞をやっつけることができます。
 そのまま放っておくと、先ほどの骨髄移植と同じように、患者さんの骨髄は破壊されてしまっているので死んでしまいます。そこで、保存しておいた自分の造血幹細胞をもう一度自分の体に戻して、それによって元の体に戻っていきます。そういった理屈で行う治療です。

( slide No. 28 )  患者さんはここでテレビを見ながら、側には若い研修医がお話をしながら、機械を使って患者さんから末梢血幹細胞を採っています。

( slide No. 29 ) これが関西医大に入っている最新鋭の COBE spectra という幹細胞を採ることができる非常に高価な機械です。

( slide No. 30 )  すべてコンピューター制御されていて、幹細胞の入った分画のみを遠心分離(遠沈)して取り出します。

( slide No. 31 ) これがそうですね。ちょっと白っぽい血液が分離されてきます。

( slide No. 32 )  これに細胞が壊れないように凍結保存液を注入します。

( slide No. 33 )  これを−80℃の冷凍庫に入れて、患者さんが必要になるまで保存しておきます。必要になったときに患者さんに点滴で戻します。

( slide No. 34 )  これはちょっと古いスライドですが、CT (computerized tomography)をご存じでしょうか。悪性リンパ腫があります。これがおへそで、これが脊椎で、ここにちょっと腎臓がありますね。これがお腹の中にあふれている悪性リンパ腫の塊です。これを先ほどの移植治療すると、この癌の塊がこうなってきます。まだ残っているように見えますが、実際に開腹して調べると、焼けただれた癌のカスだけが残っています。癌細胞はほとんどありません。この方は1993年の患者さんで、今も元気で日常生活を送られている女性です。治療後のCTではおへそがもっとはっきり見えますね。

( slide No. 35 ) これが末梢血幹細胞移植を行った悪性リンパ腫の患者さんの生存率です。幹細胞移植と大量の化学療法を組み合わせて治療した患者さんの3年生存率は62%で、3年目あたりで生存率がフラット(平坦化)しています。5年近くなっても62%という数字は変わりませんので、再発したり亡くなったする方がいないということを示しています。しかしながら、以前の標準的な治療を受けた患者さんでは、年月が経つほど再発して亡くなっていきますので、生存率が下がってきます。幹細胞移植はこれだけ治療効果があるということを示しております。

( slide No. 36 )  これは実はヨーロッパ全体の統計ですが、日本も大体似たような傾向があります。主に悪性リンパ腫に使う自己幹細胞移植は1997年では12,199名を超えております。同種骨髄移植は 4,751名で、両方一緒にすると17,000名に近づいています。1983年、1991年、1997年と年ごとに世界でこの治療法が一般的になり、何も珍しい特殊な治療法でなくて、骨髄移植も末梢血幹細胞移植も普通の治療になっていることを示したくてこのスライドを使いました。

( slide No. 37 )  先ほどの赤血球、白血球、血小板、血漿の血液の成分分画ですが、白血球分画の中には幹細胞だけではなくて、さらに樹状細胞 (dendritic cell) というひげをたくさん生やした細胞が混じっていることが最近わかってきております。私たちの研究室でもこの樹状細胞を臨床に使うための研究を進めておりますが、まだ実用化にはほど遠い。しかしながら、アメリカでは既に実験的な治療法として使われています。

( slide No. 38 )  原理的に言いますと、骨髄移植とか末梢血幹細胞移植とか、癌細胞をたたくいろいろな治療を行っても、どうしても再発の問題は残っています。病気を再発させないようにするにはどうしたらいいかというのが、私たちの血液腫瘍科という診療領域の大問題になっています。  骨髄移植(造血幹細胞移植)で白血病、固形癌、悪性リンパ腫のかなりの数を治す方向に向きましたが、やはりまだ2、3割の方は再発してきます。再発するということは、まだたたききれていない、まだ体の中に癌細胞が残っていることを意味します。その残っている細胞から再発させないようにするにはどうしたらいいか。
 それには、世界の潮流として免疫療法が研究されています。強い治療をした後、患者さんにはしばらく体を休めていただいて、再発する前のその間に、自分の樹状細胞やリンパ球−−免疫担当細胞と理解していただいていいと思います。その免疫担当細胞を先ほどの細胞分離器で採っておいて、癌細胞そのものないしはその成分に in vitro(試験管内) でいろいろ工夫して、免疫担当細胞に癌に対抗できる作用を持たせて、それを in vitro(試験管内) でふやして患者さんに戻してやる。免疫という人間が本来持っている自然の力を利用して、体内にほんのわずか残っている癌細胞を再発させないようにしてしまう。 そういう治療法が世界中で研究されております。日本人には少ないのですが、メラノーマ(黒色腫)という皮膚癌に関しては、この治療法が非常に有効だということがアメリカで証明されております。この他に白血病、癌、悪性リンパ腫にも、この治療法を応用しようと、世界中が研究しているところです。

( slide No. 39 ) これは6S病棟の私たちのスタッフですが、岸本講師を中心にして山本くん、宮崎くん、松本くん、非常に頼もしい移植チームです。こちらは婦長さん、副婦長さん、それと優しい若い看護婦さんが一緒になって患者さんの治療にあたっています。

インフォームド・コンセント
1.現在の状態    病名、病型、病期など
2.今後の予後    今後の予測モデルに基づく予後
3.治療の現況    標準的治療/他の治療法、
薬剤の副作用
4.なぜ入院が必要か 治療期間、入院期間
5.期待される治療効果寛解率、治癒率
6.一般的事項    治療の中止、中断の自由
  ( slide No. 40 ) 私が大学を卒業したは昭和45年ですから、大体今から30年ぐらい前になります。私たちが大学を卒業して研修医になった頃、白血病、悪性リンパ腫と診断するということは、患者さんに「もう数週間以内に死ぬよ」という死の宣告をすることと同じでしたので、患者さんに病名を伝えることはありませんでした。伝えようとしてもなかなかできない。それによって自ら命を絶つ方も多数おられました。
そういったことで、いろいろごまかした診断をつけてまいりましたが、最近の医学の進歩によって、私たちは患者さんに正確な病気の現状、その診断名、その病気の進展度、こうやればここまで治る可能性があるという治療法など、全部お話しして、患者さんがドクター、看護婦さん、ご家族と相談して、患者さんが主役となって私たち医療サイドが支える医療が成り立つようになりました。
非常に難治性の病気もそういう時代になってきたと思います。これは骨髄移植だけではなくて一般的ないわゆるインフォームド・コンセント(informed concent)に関する項目です。患者さんにすべてお話しして、患者さんが主役になって、共に病気に打ち勝つ戦いに臨むという時代になってきたということを、皆さん方にお伝えできれば第1内科の者として大変うれしく思います。

司 会 血液の病気を正しい血液で治すという非常にわかりやすい治療法だと思います。これからしばらく休憩を取ります。先生にはフロアに下りていただきますので、もしご質問がありましたらお尋ねください。

この講演記録は、ボランティアの方々が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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