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関西医科大学第2回市民公開講座−ここまでできる先端医療−
「こんなことも出来る末期ガンの治療」
関西医科大学放射線科学教授 澤田 敏
平成11年(1999年)10月3日(日)14時35分〜15時25分
守口文化センター・エナジーホール
司会 岩坂教授(第2内科学)
(左のスライドを (a)、右のスライドを (b)としています。)

司 会(岩坂 壽二・関西医科大学第2内科学教授) できればきょうは「こんなことも出来る風邪治療」というのをやってほしいものです。猛烈な鼻声で、本来はもうちょっとええ声なんですが。誰も「こんなこともできる風邪治療」というのをやっていただけませんので、さっき薬を飲んできました。
 今度は末期癌という非常に響きの悪い言葉です。それとても、治るとは言いませんが、非常に生活の質が上がって、楽しく生活できる治療法が非常に目ざましく進んでいると聞いています。これは関西医科大学放射線科学の澤田教授にお願いいたしますが、琉球大学放射線科の教授のときからずっとこういうことを手掛けてこられています。非常に聞き慣れない「インターベンション (intervention) 」というキーワードが出てまいります。この言葉は非常に訳しにくい英語ですが、最後にインターベンションとは何かということも理解していただけたらと思っています。
  それでは澤田教授、お願いします。

澤 田 (関西医科大学放射線科学教授)きょう私が皆様に、「こんなこともできる末期ガンの治療」ということについて、お話しさせていただきたいと思います。
 我々は大学病院で患者さんを相手に仕事をしております。我々医師の目的はまず診断でございます。この診断の中にも、ただ単に病気があるなしだけでなく、さらに病気の進展度、病気がどこまで進んでいるかということに対しても努力をいたします。
  一方、診断がつきますと、今度は治療に入ります。我々は最先端の治療を目指して、患者さん方に天寿を全うしていただくように日夜努力をしていますが、残念ながら我々の現在の医学の力では、すべての患者さんが完治するところまで至っておりません。しからばどうするかと申しますと、我々としてはできるだけ癌と共存して、苦痛なく天寿を全うする手段を選ばなければならないのであります。
 このことは最近大きく注目されるようになってきました。すなわち「 Quality of Life(QOL、生活の質)を高める」という言葉であります。QOLを高める、このことは担癌患者さん(癌のある患者さん)が癌を持ちながら普段と変わらない生活をして天寿を全うするということでございます。
 もちろん担癌患者さんは体力が弱っていますので、大きな侵襲(体への負担)を加えて苦痛を取り除くのでは割があいません。したがいまして、できるだけ患者さんに侵襲の少ない方法で苦痛を取り除いて、天寿を全うされるまでの間、普通の方と同じ生活をするということが目的でございます。このようなことに対して私たちは努力をしてまいりました。
  本日はこの一端を皆様方にご披露申し上げて、インフォームド・コンセントでお医者さんが「いろいろな治療の方法がありますよ」とおっしゃったときの一助にしていただければ幸いでございます。

( slide No. 1 (a)(b)) まず、私が所属しているのは放射線科でございます。放射線科と申しますとレントゲン写真でございます。ここに2枚のレントゲン写真が出ておりますが、(a) 胸の正面の写真と(b) 胸の側面の写真でございます。専門家であればどこに病気があるかということは一目瞭然ですが、これを的確に診断するには大変なトレーニングが必要でございます。技術の進歩はこれをいとも簡単にクリアしました。

( slide No. 2 (a)(b)) 一つはMRIあるいはCTの出現でございます。(a) これは最新のCT装置で、患者さんがこの機械の中に入ると、瞬く間に病気の存在がわかります。(b) 原理は、写真を撮るX線の管球が患者さんの周りをぐるぐる回って、患者さんの輪切りの写真をつくり出します。CT装置と申します。

( slide No. 3 (a)(b)) (a) これがCTの写真で、ここに心臓があり、こちらが右の肺、こちらが左の肺で、ここに肺癌がございます。(b) 技術の進歩は立体的に人間の体を写すことに成功しております(SSD法) 。(a) このCTの輪切りの写真では、ここに癌があることはわかりますが、ここに関与している肺の血管はよくわかりません。(b) しかしながら、この肺癌に対してどれだけの血管が関与しているかということが、この立体的な表示では一目瞭然、むしろお医者さんよりも患者さんのほうが先に「ここが悪いのではないですか」と指摘されるようになってきました。
 このように、医学は基礎的な研究と高度の工学的な技術とコンピューターの力を借りて、一昔前とは比べものにならないようなすばらしい診断、病気の存在と進展範囲を一目瞭然にしました。このような診断技術に基づいて患者さんを治療しますが、根治できる病気には限りがございます。そのために根治できない患者さんに対して、我々はその苦痛を取り除き、死の恐怖から救う努力をしているわけでございます。

( slide No. 4 (a)(b)) (a) もう一つ、立体的なCT(3DCT)では、これは肋骨ですが、このように患者さんの体を立体的な画像で映し出します。(b) ここに血管の解離があります。このように血管だけを縦にずっと並べて、病変のところを一目瞭然に映し出す技術が出現しました。

( slide No. 5 (a)(b)) これから本論に入ります。
 (a) きょう、私がお話し申し上げるメインのテーマはインターベンショナル・ラジオロジー (interventional radiology) というもので、略してIVRと呼んでいます。IVRとはどういうことかと申しますと、従来は外科的な治療が対象となっていました疾患群に対して、「X線透視や超音波ガイド下でカテーテル(細いビニールチューブ)とガイドワイヤー(ピアノ線のようなもの)を用いた低い侵襲で安価な、また苦痛もなく安全で治療期間の短い新しい治療分野」と定義されます。この特徴を生かして我々は末期癌の患者さんを治療します。(b) この適用でございます。 1) 外科的治療にとって代わる分野と、きょうのメインテーマである 2) 従来は積極的な治療の対象とならなかった分野、すなわち癌末期のQOLの向上に、放射線科で行っているインターベンショナル・ラジオロジー(IVR)が威力を発揮します。

( slide No. 6 (a)(b)) これはお腹の血管造影の写真でございます。(a) 足の付け根から細いビニールチューブを入れて、血管を写しています。この方は胃癌の患者さんで、手術後、ここから大出血を起こしています。出血をしますと、再びお腹を開いて血の出ているところを止めるというのが従来の考え方でしたが、現在はこのような出血に対して、再び外科手術を行うことは極めてまれでございます。(b) こちらの写真のように、せっかくカテーテルという細いビニールチューブが入っていますから、そこから血液の流れを止める塞栓物質をちょこっと入れてやりますと、出血部位には血が行きませんので、出血が止まります。
 この血管には脾臓という非常に大事な臓器に血液を供給する役目があったのですが、出血しているからといって、血流をここで止めてしまっていいものかどうかという問題があります。これは大丈夫です。人間の体の中には網の目のような側副血行路があり、比較的太い血管では血を止めても、側副血行路を通って末梢の大事な脾臓に血液が供給されます。
 考えていただければ、体のどこを切っても血の出ないところはありません。一見、血管がないようなところでも、剃刀で切れば血が出ます。ということは、人間の体の内には非常に網の目のような側副血行路(血管のネットワーク)があるということです。したがって、そのネットワークを用いて大事なところには血液が供給されるという原理に基づいて、今日、出血に対しては塞栓物質で血流を止めて止血するという方法が一般的です。こういう方法を行いますと、患者さんに与える侵襲は極めて軽微でございます。患者さんは血管造影による止血をした途端に血圧が上がって元気になられます。

( slide No. 7 (a)(b)) 止血するということは動脈だけではございません。(a) この患者さんは肝硬変の末期で、吐血を起こしました。肝硬変になりますと、肝臓が硬くなって肝臓の中に血が通らないので、肝臓以外のところをバイパスとして通るようになります。本来は細い血管がバイパスとなりますので、そこに大量の血が通るためにだんだん太くなってきて、バイパスが破れて吐血を起こします。
 これも治療にかなり難渋するケースですが、(b) この血管からカテーテルを入れて、このバイパスのところに硬化剤(血が固まる薬)を入れますと、このバイパス自体が固まってしまって、もはやその役目を果たさなくなります。もともと肝硬変でここのところに血が通りにくいので、危険なバイパスだけを硬化剤で固めて、血液は安全なバイパスを通って流れるという治療でございます。

( slide No. 8 (a)(b)) (a) 治療の結果ですが、ここにありましたもろもろとした危険なバイパスはカテーテルから注入した硬化剤で完全に閉塞されて写っておりません。これで患者さんは吐血の危険性から回避されました。(b) CTで造影しますと、術前に見られた胃の静脈瘤を硬化剤で硬化しますと、術後、白いもろもろとしたものが消えました。すなわち、ここには血が通っていません。カテーテルで危険なバイパスを通行止めにすることがいとも簡単にできます。

( slide No. 9 (a)(b)) (a) これは腎臓です。カテーテルを足の付け根から腎臓の動脈に入れて造影しますと、ここに大きな血の塊が見えます。これは腎臓の動静脈瘻という病気です。腎臓の動脈と静脈にバイパスができてしまって、静脈が非常に太くなって、そこが破れて血尿を起こす病気です。
 従来、泌尿器科の先生はこういう病気に対して腎臓を取っしまいました。いくら腎臓が2つあるといっても、できるだけ機能を残した治療法が望まれます。もう皆さん、おわかりのように、せっかくカテーテルが入っていますので、この責任血管、すなわち動脈と静脈がつながっている血管だけを詰めれば、正常なところを残すことができます。
 (b) これが治療の結果でございます。同じようにカテーテルを入れて腎臓を写しております。しかし、(a) 左のスライドで見られたような大きな血の塊はもはや見えません。この血の塊の原因になっている血管だけを塞栓物質で閉塞しましたので、この悪い血管には血が行かないようになりました。そのために腎臓の上のほうと下のほうは正常に残っています。
 このように、腎臓の真ん中の動脈と静脈がつながっている血管だけを選択的に分けて治療することは従来では考えられなかったことですが、インターベンショナル・ラジオロジー、すなわちカテーテルを通していろんな操作をすることによって、このような細かい芸当をすることができます。患者さんには侵襲のない治療法ができるようになりました。

( slide No. 10 (a)(b)) (a) お年寄りのお腹の動脈の写真ですが、血管壁ががたがたになって、非常にもろもろです。残念ながら、人間は歳をとると、このような血管になってきます。もちろん赤ちゃんのときはスムーズな滑らかな血管でございますが、歳をとってきますと、主に動脈硬化が原因でこのような血管になってきます。
 このような血管だけであればいいのですが、往々にして血管が詰まってまいります。詰まった先には栄養が届きません。従来は人工血管に置き換えるという治療法で、代用の血管を外科的に埋めて、詰まった先へ血液を供給するという手術が行われました。最近はそれに対しても、このインターベンショナル・ラジオロジーと言われる分野は威力を発揮します。
 (b) こういうビニールチューブの先端に風船がついているカテーテルがあります。この風船を狭いところで膨らませて、狭いところを修復します。

( slide No. 11 (a)(b)) (a) この患者さんでは左足にいく血管が針のように細くなっています。この細いところに風船付きのカテーテルを入れて風船を膨らませると、このように大きく膨れます。左が術前で、右が術後でございます。
 この患者さんはパチンコが非常に好きで、家から 500mほど離れたところにあるパチンコ屋に行くのが趣味なのですが、そのパチンコ屋に一気に行けない。 100mか 150mぐらい歩くとどうしても足が痛くなって、少し休まなければパチンコ屋に行けないんです。どうか先生、パチンコ屋にすたすた行けるようにしてくれませんかとおっしゃる、私には非常に印象深い患者さんです。
 お年寄りです。この部分を修復するには当然人工血管に置き換えるという方法もありますが、それでは侵襲(患者さんの負担)が大きすぎますので、我々のほうで風船付きのカテーテルをこの狭い血管に入れて膨らませて、このように修復しました。
 (b) この患者さんは別の方ですが、足の骨が写っています。足の骨に沿って血管をここまで追えるのですが、ここから先には血が通っておりません。こういう症状にも風船付きのカテーテルを入れて風船を膨らませると、こんなふうにちゃんと通るようになります。カテーテルを操作する時間は大体15分くらいで、もとのきれいな血管に回復させることが可能となります。

( slide No. 12 (a)(b)) 狭い血管を広げるカテーテル操作は腎臓の血管に対しても応用されます。(a) 特にここに書いてありますように、腎血管性高血圧症。この方は腎臓の血管が狭いために高血圧の原因になっています。術前の血圧が 196mmHgでございます。(b) こういう腎臓の血管に風船付きカテーテルを入れて膨らませると、こんなにきれいに修復されます。こちらが術前、こちらが術後でございます。こんなふうに、腎臓にくる血管が修復されますと、術後の血圧は 130mmHgと正常になります。
 多くの高血圧は本態性高血圧と申しまして、はっきりとした原因がわからないのが多いのですが、中にはこのように腎臓の血管が原因で高血圧になっている方もいらっしゃいます。そういう患者さんに対して、放射線科ではX線の透視下で風船の付いたカテーテルを腎臓の動脈まで入れて、狭い血管を広げることで、高血圧が治ります。

( slide No. 13 (a)(b)) 次は皆さん方がご関心のある肝臓癌でございます。(a) こちらは肝臓とその割面の絵でございます。この肝臓癌の特徴はこのようなもので、(1) 手術可能な症例は、残念ながら、約半分くらいしかない (51%)。患者さんが2人いらっしゃったら1人しか手術できる方がいらっしゃらない。
  肝硬変から肝細胞癌になってきますから、肝硬変は肝癌の発生母体です。いつ何時、どこから肝細胞癌が発生してもおかしくないということですから、いくらここで切ってしまっても、残った肝臓から癌が発生してきます。もう一つの特徴は肝細胞癌は肝臓の中にすぐに転移します。肝臓を全部取ってしまうわけにはいきませんので、手術ができる患者さんは少ない。
 (2) もう一つ、いくら手術をしても1年後には約半分の人が再発するという結果が出ております (55%)。これも肝硬変という前癌状態から肝細胞癌が発生しますので、手術をしてもその効果が十分発揮されないということでございます。
  (b) このために我々はカテーテルを肝臓に行く血管のところまでもっていきまして、そこから抗癌剤を注入し、そしてまたこの肝臓癌を栄養している血管を塞栓させて兵糧攻めにします。

( slide No. 14 ) 肝細胞癌には大きな特徴があり、(3) 正常の肝臓そのものもは肝動脈に加えて門脈という2つの血管に支配され、栄養されております。一方、(4) 肝細胞癌は主に肝動脈から栄養されています。したがって、肝動脈を塞栓する治療法をしても、正常な肝細胞には門脈から十分に血液が供給されます。

( slide No. 15 (a)(b)) (a) これは肝臓に行く血管の血管造影ですが、ここに大きな肝細胞癌があります。この大きな肝細胞癌を養う肝動脈をカテーテル的に塞栓します。(b) ここから先には血液も栄養も行っていません。したがって、一部の肝臓を含んで肝細胞癌が完全に虚血に陥って、やがて死んでいきます。
 もちろんここを止めるときには肝細胞癌だけではなくて、その周辺の血管もある程度詰まっていますが、正常の肝臓は2本の血管から栄養されていますので、この周囲をある程度含めて血管を詰めてしまったとしても、肝臓のダメージはそれほどではありません。したがって、この肝細胞癌に対する治療法が成立します。

( slide No. 16 (a)(b)) 次はリザーバーといわれる治療法でございます。肝臓に対しては肝細胞癌あるいは転移したきた癌がよくありますが、この方も癌末期の状態でございます。このために抗癌剤を肝臓の動脈から注入しますが、毎回肝臓の血管に針を刺すわけにはいきません。(a) そこで、肝臓の動脈にカテーテルを留置して、その一端を体外に出して、肝臓にお薬をポンプで注入するという治療法が以前から行われておりました。この方法では、チューブ(カテーテル)の一端を体の外に出しますので、普通の生活を送る、例えばお風呂に入ることもできません。
 (b) そのためにリザーバー(袋のようなもの)が考えられました。この袋を体の中に埋め込んでいます。袋の一端はカテーテルという細いチューブにつながっていて、その先端はずっと肝臓に入っています。ここのリザーバーの表面にはシリコンのゴムがついていまして、これは何回針を刺しても漏れないようになっています。したがいまして、リザーバーに(経皮的に)注射針でお薬を入れますと、お薬はこのチューブを通ってずっと目的の癌のところに常に注入されるというものです。

( slide No. 17 (a)(b)) (a) これはリザーバーを埋め込んだところです。埋め込むためには少し、大体5cmぐらいでしょうか、局所麻酔で体を切って、リザーバーという袋を入れます。(b) これがそのX線写真で、カテーテルはこのリザーバーからずっと肝臓癌のところまで先端が届いています。したがいまして、一たんこの袋を埋め込みますと、上から注射器で薬を注入するだけで、薬は常に肝臓癌のところに届きます。このようなリザーバーの埋め込み術も肝細胞癌あるいは肝臓の転移に対して非常に有効な治療法になっています。
 リザーバーの埋め込み手術を受けた患者さんはもちろん家に帰られて普通の生活をしていただいて結構です。1週間に1回あるいは2週間に1回だけ病院の外来に来ていただきまして、お腹の上からリザーバーめがけて抗癌剤の注射をすることによって、患者さんのQOL(生活の質)を保ちながらあるいは苦痛を除きながら、肝臓癌あるいは転移癌と共存することが可能になっています。

( slide No. 18 (a)(b)) その結果です。(a) これが肝臓で、この黒い部分は大きな癌でございます。(b) リザーバーで治療すると、肝臓癌はこんなふうに小さくなります。
 抗癌剤を普通の血管注射と同じように静脈から注入する方法では高濃度の抗癌剤が病変(癌)に届きません。癌の近くまでカテーテルを留置して、そのカテーテルの一端に袋を付けて、その袋に薬液を注射するたびに癌に高濃度の薬がいくという工夫がなされるようになりました。

( slide No. 19 (a)(b)) ステントが出てきました。これは金属のバネの筒のようなものです。これがどうして役立つかと誰しも思われるかもしれませんが、これが非常に大きな威力を発揮します。
 (a) ステントはカテーテルの中に折り畳んで収納されていて、患部で開きます。したがって、こんな大きなものを我々外科医でない者でも体の中に入れることができるようになりました。細いチューブの中にステントを折り畳んで、そして後ろからずっと押していきますと、(b) チューブから出たときに自らぽこっと広がります。

( slide No. 20 (a)(b)) ステントにはもう一種類ございます。先ほどから申しております風船付きのカテーテルに巻き付けて、風船を膨らますことによって金属のステントを大きく広げるという方法です。
 このようなステントを癌で狭められたところに入れて、押し広げて患者さんの症状を除くという治療法が行われるようになってきました。

( slide No. 21 (a)(b)) 非常に局所的な写真でわかりにくいかもしれませんが、左右の足にいく血管の造影でございます。(a) こちらが右の足にいく血管、こちらが左の足にいく血管ですが、右の足にいく血管が全く途切れております。(b) 足の下から造影しますと、ここでぷつりと切れております。本来ならばこの血管はずっと大動脈につながらなければならないのですが、ここで切れています。こういう血流のない人は非常に歩くときの障害になります。従来は外科的な手術をして人工血管に置き換えていましたが、我々のほうでステントを使って治療することができるようになりました。

( slide No. 22 (a)(b)) 先ほど申し上げましたステントを足の付け根から(バルーンカテーテルで)入れます。そうしますと今までなかったところに新たな血管を作ることができます。

( slide No. 23 (a)(b)) この患者さんには右の足にいく血管に高度の狭窄がありますが、こういう患者さんに対してもステントを入れますと……

( slide No. 24 ) ……このようにきれいに、先ほどの細い血管が太くなります。

( slide No. 25 (a)(b)) ステントの一番のトピックスは大動脈瘤の治療にあります。大動脈瘤というのは太い血管の壁が弱くなって瘤(こぶ)のように膨れる病気でございます。この病気は大変怖くて、破裂するとすぐに死んでしまいます。(b) これが動脈瘤の模式図です。従来はお腹を開いて人工血管に置き換えていましたが、最近では膜を張ったステントを動脈瘤をまたいで入れます。そうしますと血液はこのステントの中を通りますので、薄い動脈壁に血圧がかからなくなって、動脈瘤が破れる心配はなくなります。こういう治療法がどんどんやられるようになっています。
  (a) この方は66歳の女性で、胸部の大動脈瘤の拡大という病気です。昭和58年に胸部の解離性大動脈瘤を指摘されておりましたが、そのまま放っておかれたわけですね。解離の末梢部に瘤を形成していたのですが、この瘤がだんだんと大きくなった(増大傾向)ために、ステントによる治療をすることになりました。

( slide No. 26 (a)(b)) これが実際の写真です。(a) ここに瘤、胸部の大動脈瘤があります。こんなふうになりますとすぐに破裂してしまいますので、これまでは瘤のところを切って人工血管に置き換えておりましたが、これは大変大きな手術になってきます。ここにチューブ(カテーテル)の線が写っていますが、このカテーテルの中にステントグラフトを入れて、瘤のところまでもってきて開いて筒を作ります。
  (b) これが完成したところです。筒の中を血液が通りますので、この瘤のところにはもう血液がきません。経カテーテル的に筒状の人工血管を動脈瘤の中に押し込んで、そして瘤のところに血圧がかからないようにして、瘤が破裂することを予防する、こういう治療法ができるようになっております。

( slide No. 27 (a)(b)) (a) 次は上大静脈症候群(SVC syndrome)と呼ばれる疾患でございます。この患者さんは肺癌です。肺癌がだんだん進行してきますと、周りのリンパ節に転移をします。リンパ節はもともと血管の周囲に多いので、リンパ節が大きくなってきますと、(b) このように血管を締めつけてきます。そうすると、この静脈血は心臓に戻ることができませんので、顔とか腕とか首が腫れてきます。こういう患者さんに対して、これまでなかなかよい治療がなかった。もちろん癌の末期ですから大きな手術をするわけにはいきません。

( slide No. 28 ) そこでこの血管にステントを入れますと、狭いところが広がり、顔の腫れが止まります。

( slide No. 29 (a)(b)) これがわかりやすいと思います。この方は非常に若い胃癌の患者さんです。(a) この若い患者さんはある日、足がこんなふうに腫れた症状で受診されました。下腿の浮腫です。腫れてもいいのではないかとおっしゃる方がいるかもわかりませんが、ここまで足が腫れますと、患者さんはベッドから起き上がることができません。極めて苦痛です。
  (b) 実際に足の血管造影しますと、この静脈がここでぷっつりと止まっています。リンパ節の転移によって静脈が押さえられて、血液が心臓に帰ることができないので、足が腫れるわけです。もちろんバイパス手術をすればいいのですが、そんな苦痛を与えるわけにはいきません。患者さんの体力が弱っていますし、早く治さないといけないわけですね。

( slide No. 30 (a)(b)) (a) そのためにステントを入れます。そうしますと、ぷっつりと止まっていた静脈がこんなふうに広がってきます。(b) 1週間後には患者さんの足の腫れは全くございません。ここにぷちっと蚊が刺したような後がありますが、これがステントを入れた孔でございます。たったこれだけのことで、こんなふうな芸当ができるようになっております。

( slide No. 31 ) 次は閉塞性黄疸です。肝臓では消化液の一種である胆汁が生成されますが、胆汁が通る胆道に癌ができますと、胆汁が消化管のほうに流れることができません。そのときには、消化管に流れるべき胆汁は血液中に漏れだすために、顔が黄色くなって黄疸という症状が表れます。従来はその胆汁を体外に出すために、患者さんは胆汁の採液瓶を持って歩かなければなりませんし、もちろんお風呂に入ることもできません。

( slide No. 32 (a)(b)) それでは患者さんの quality of life(生活の質)を高めることはできませんので、(a) ステントを静脈の場合と同じように、癌で狭くなった胆道の中に入れて、胆道径を広げます。(b) これは胆道用に作られたステントで、使用前はこんなふうに折り畳んだ状態ですが、このカバーを引っ張ってきますと、筒状の金属が延びてきます。

( slide No. 33 (a)(b)) (a) この方は非常に高度な黄疸の患者さんで、チューブが3本入っていて、その端は体の外に3本出ています。黄疸はなくなっているのですが、この状態では患者さんの生活の質が極めて悪い。(b) このチューブを通してステントを入れますと、患者さんの体からチューブが外せました。今までは癌で詰まっていたのですが、胆道にステントを入れて拡張すると、胆汁は正常の経路である十二指腸に流れています。この治療ができるようになっております。

( slide No. 34 (a)(b)) 次は食道癌でございます。(a) これは患者さんにバリウムを飲んでもらって食道を写した食道造影です。本来、食道は太いのですが、ここのところに癌ができたために細くなって、食べたものが通らなくなっています。(b) こういう患者さんに対しても食道用のステントが出ています。ステントはチューブの表面に糸で巻き付けてありますが、食道のところにこのチューブをもってきて、この巻いてある糸を外していくと、金属のステントがチューブから外れて、狭くなった食道を広げて、食べたものが通りやすい状態にします。
 手術のできる食道癌の方にはもちろん手術をしていただきますが、手術ができない人にとっては大変な苦痛でございます。この方法は患者さんの命を永らえるという積極的な使用ではありませんが、患者さんがものを自分の口から食べるという満足感は、死ぬまでこれで保つことができます。

( slide No. 35 ) 患者さんの狭い食道にステント巻き付けたカテーテルを入れて、ここにステントが入っています。
 食道癌のCTでは、食道壁が癌のために厚くなって、食道の内径が狭くなっています。これにステントを入れますと大きくなります。これで十分口からものが入ります。

( slide No. 36 (a)(b)) (a) 食道癌が進行してくると、食道に孔ができて、食道と気管あるいは気管支が交通することがあります。ちょっと考えていただければわかると思いますが、我々はたくさんの唾を出します。無意識のうちに唾を飲み込んでおりますが、こういう患者さんは唾すら飲み込むことができません。飲み込むとゴホンゴホンと咳が出ます。ものが食べられる、食べられないの騒ぎではなく、自分の唾さえ飲み込めないという極めて悲惨な状態です。

( slide No. 37 (a)(b)) これを何とかしないといけないので、いろいろ考えられました。食道造影をしますと、ここに瘻孔(ろうこう)が開いていて、気管、気管支が写っています。この孔を何とかして塞がないといけない。従来、この孔を塞ぐよい方法がなかったのですが、(b) ステントにカバーを付けまして、物理的にこの孔を塞いでやろうという治療法ができております。

( slide No. 38 ) 同じ患者さんですが、ステントのカバーはレントゲンで写りませんので、先ほどのステントと見栄えはしないと思いますが。この患者さんはここに孔が開いていて、この孔が気管あるいは気管支と交通していたのですが、カバー付きのステントを食道に入れることによって、この瘻孔が塞がれて、患者さんは唾を飲み込むことはもちろんのこと、普通のご飯も食べられるようになっています。

( slide No. 39 (a)(b)) これは肺癌の末期の患者さんです。この写真は暗くて悪い写真のようにお思いになるかもわかりませんが、ここの気管あるいは気管支を見ていただくために、わざとこういう写真にしています。 ここに細い黒い線が見えると思います。これは空気が通る左の主気管支ですが、非常に細いんですね。右の主気管支は全く見えません。これは癌が非常に進行してきたために、このへんの気道系をぎゅーっと締めつけている状態です。
 この状態も極めて悲惨な状態です。「真綿で首を締める」という表現がありますが、これと全く同じ状態が起こっていて、多くの患者さんは人工呼吸器によって呼吸を管理されています。正常な意識では苦しくて耐えられないので、麻酔薬で意識を落として人工呼吸器で呼吸を管理して命を永らえるという方法しかなかったのですが……

( slide No. 40 (a)(b)) ……先ほどのステントを入れることによって、癌によって狭くなった気道を広げることが可能となっております。左の主気管支、右の主気管支とも見えております。

( slide No. 41 (a)(b)) (a) 気道のステントを細いチューブに折り畳んで入れていきます。(b) これがチューブからステントを離したところです。気道の末梢と右の主気管支と左の主気管支、細いところはステントによって広げることが可能になっています。この患者さんは意識を取り戻して、送管チューブが抜かれております。

( slide No. 42 (a)(b)) もう一例、お見せします。(a) 気道の内視鏡写真ですが、気道が三日月のように細くなっています。この患者さんは私の外来にいらっしゃったのですが、よくここまで放っていたなあというぐらいの苦しい状態でした。(b) 早速ステントを入れました。そうしますと、これだけしか開いていなかった気道径がこんなに大きくなりました。

( slide No. 43 ) CTで見ますと、左がいらっしゃったときで、三日月形に気道がへしゃげております。このへしゃげた原因はその横にある肺癌のリンパ節転移です。このリンパ節転移が大きくなったために、この気道は押されてへしゃげてしまい、呼吸困難が起こっています。ということで、この気管にステントを入れますと、こんなに大きく気道径が広がって、呼吸が楽になってきます。

( slide No. 44 (a)(b)) この気道用のステントによる治療は癌の原因療法ではありません。したがいまして、癌はどんどん転移しあるいは大きくなってきます。(a) この患者さんでは頭の骨にも転移がきました。(b) そして腰骨にも転移がきました。このスライドで私が一番強調したいのは、ズボンをはいているということで、普段は自宅で生活をしていらっしゃいます。そして悪いときにあるいは1週間に1回だけ病院に来られて治療をされています。
 ここまで癌が進展しますと、癌をやっつけて、この方を延命させようとは考えません。痛みのある骨転移に対して放射線治療をして、苦痛を取り除きながら自宅で普通の生活をしていただいて、天寿を全うしていただくという治療方針を取っていきます。もちろん気道にはステントが入っていますので、呼吸困難はありません。

( slide No. 45 (a)(b)) (b) この患者さんの左の肺は真っ白です。なぜかと申しますと、左にいく気管支に癌ができて、空気が通らなくなったためにX線写真では真っ白になりました。こういう状態では患者さんは苦しくて大変です。

( slide No. 46 (a)(b)) ステントを入れますと、真っ白の肺がきれいに改善されて、空気が入るようになります。(a) こちらのスライドはこの患者さんに対してステントを入れているときの様子を写した写真です。口から、細いピアノ線のようなガイドワイヤーを入れます。そうして風船付きのカテーテルを入れて風船を膨らましますと、ここにくびれがあります。ここのくびれのところに空気が入らない原因があるということを見つけまして、ここをねらってカテーテルの中に折り畳んだステントを誘導していきます。そしてくびれのところでステントを広げますと、狭い気管支が広がります。
 (b) こういう状態からこんなふうな状態になるんですが、見ていただきたいのは、この白いところがだんだんとなくなってきていますね。ガイドワイヤーを入れてバルーンで広げてステントを入れた途端にもう空気が入りはじめるわけです。

( slide No. 47 ) この患者さんの肺には今まで空気が入らなくて真っ白でした。そういうところにはこういう汚い痰がいっぱい詰まっています。ステントによって気道を広げますと、すぐに楽になると申されますので、側臥位(横向き)にして背中をとんとんと叩くと、痰をいっぱい出されます。すなわちステントによって気道が開いたために息ができるようになっています。そして今まで肺に溜まっていた痰がどんどんと出てきて、一呼吸一呼吸、患者さんが楽になっていかれる、こういう治療ができるようになりました。

( slide No. 48 (a)(b)) このへんで私の話を終わりたいのですが、最後に、(a) この患者は私の患者さんで、非常に長いことつきあって非常に仲良しになりました。本当はあなたに全国各地に行っていただいて、こんな治療がありますよと言っていただきたいのですが、行っていただくわけにはいきません。あなたのメッセージを私が伝えますよ、という気持ちで記念写真を撮らしていただきました。手に持っていらっしゃるのがステントです。
 この方は食道癌の患者さんで、ご飯が食べられないので食道にステントを入れました。やがてしばらくしますと、太い静脈が詰まって、この方の顔が腫れてまいりました。そのために静脈にもステントを入れました。しばらくしますと、呼吸困難が出てきました。そのため左右の肺の空気の通り道、主気管支にもステントを入れました。3カ所にステントを入れて天寿を全うされた方です。3回目の左右の主気管支、空気の通り道にステントを入れたときに、一緒に写真を撮りましょうといって撮らしていただいた患者さんです。
 このように今日、放射線科において特にインターベンショナル・ラジオロジーという新しい治療法は患者さんに与える侵襲(体への負担)が極めて少ないので、体力が弱った癌末期の患者さんの症状をとるのに大きな威力を発揮して、患者さんに大いに喜んでもらっています。
 こういう治療法があるということを皆さんにご披露申し上げて、今後の参考にしていただきたいと思って、きょうやってまいりました。これで終わります。

司 会 現在の死亡原因疾患のうち、肺癌は胃癌よりも多くなって第1位になりました。癌にも、福原教授がお話しされた白血病のように、悪性腫瘍の癌細胞を殺してしまった後に血液を総入れ替えする造血幹細胞移植という方法と抗癌剤による化学療法とを組み合わせて、ほぼ完治する例もあります。
 そういうふうに、高度先進医療とは完全に治す治療法でもありますが、また患者さんに非常に優しくなくてはならない。そういう優しくなくてはならない治療法の一番進んだ分野が、澤田教授がお話ししましたインターベンション、ステントというものです。糞詰まり状態というのはどこであろうとも苦しいものですが、それを最新の機器と道具を使って広げて開放していく。我々が目指すものは完治ということもありますが、また苦しんでいる人を見殺すことがないようにというのも高度先進医療の一つの役目です。
 いまお話ししましたお二人の教授にはそれぞれの役目がありますので、それぞれの役目を理解してご相談いただけたらと思います。どうもありがとうございました。

この講演記録は、ボランティアの方々が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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