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関西医科大学第4回市民連続公開講座
「血液のしくみと病気」
尼川 龍一(関西医科大学内科学第一助教授)
平成13年(2001年)12月15日(土)
関西医科大学南館臨床講堂
司会 西川 光重教授(内科学第二)
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司 会(西川 光重・関西医科大学内科学第二・教授)  ことしの市民連続公開講座のとりの先生、尼川龍一先生をご紹介いたします。尼川先生は京都大学医学部を昭和57年にご卒業になり本学第一内科の助教授でございます。専門分野は血液学、免疫学で、血液学のオーソリティ、オールマイティの先生です。きょうは「血液のしくみと病気」と題してお話ししていただきます。それでは尼川先生、よろしくお願いいたします。

尼 川(関西医科大学内科学第一助教授)
 私の専門は血液の病気ですので、きょうは血液のしくみと血液病についてお話しさせていただきます。血液病はややこしくて難しいと思っている方も多いと思います。実際に難病と言われている病気が多いのも事実ですが、糖尿病や心筋梗塞といった病気に比べて発生してくる頻度が非常に少ないので、皆さんには馴染みがないと思います。きょうは血液とはどういうものかという基本的なことと、血液病になるとどういう症状が出てくるかということをできるだけわかりやすくご説明したいと思います。

( slide No. 1 ) 現在の日本人は「血液」からどういうものを連想するか考えてみますと、若い人では性格判断に使っている血液型が考えられます。またグルメの人ではスッポンの血とか血のソーセージといったマニアックな料理を思い浮かべてよだれを流すかもしれない。しかし大半の方は白血病や貧血という病気、輸血、出血多量、骨髄移植のような治療や病気に関連したことを思い浮かべられるのではないかと思います。だから血液は非常に難しいと思われていますが、言葉としては意外と日常生活の中に浸透しているのではないかと思います。

( slide No. 2 ) 血液を理解していく上で大事なことは血液は一つの臓器として扱われます。ご存じのように血液は全身の血管の中を流れている液体ですが、肝臓や脳、心臓と同じような「臓器」であるという認識が必要です。

( slide No. 3 ) 血液は血球成分と血漿成分の大きく2つから成り立っています。血管の中を流れている血液を考えるとわかりますが、血液が液体であるのはこの血漿があるからです。血漿の中にはタンパク質、糖分、脂肪、ビタミンなど生きていくのに大事な物質が含まれていて、これがなければ人間は当然生きていけません。同様に血球がないと人間は生きていけません。血の球と書いて血球ですが、球状の形をしているものが多く、その本体は生きている細胞です。大きく赤血球、白血球、血小板の3種類の血球成分があり、どれも欠けると死んでしまいます。

( slide No. 4 ) 血液が他の臓器と大きく違うのは人間が生まれて死ぬまで絶えず産生されていることです。骨髄は血球の生誕の地、産生工場であり、血球は全身の骨髄で産生されています。そして血管の中に出てきて、全身の隅々までめぐることになります。その間にいろいろな役割を果たし、役割を終えると人間の体と同じように老化します。そして最後は脾臓で破壊されて一生を終えます。脾臓はわき腹のちょっと上にある臓器です。すべての赤血球、白血球、血小板はこのライフサイクルをとっています。皆さんが一般的に考えられている血は循環している末梢血で、けがをすると出血するのもこの段階の血です。

( slide No. 5 ) 各々の成分について考えてみます。まず赤血球です。これは実際に赤く見える血液細胞です。

( slide No. 6 ) 赤血球は非常に小さくて7/1000mmしかないので、当然肉眼では見えません。電顕写真で見ると、真ん中にくぼみがあって、横からみると円盤状をしているのが特徴です。肺で空気中の酸素を受け取って、その酸素を自分の細胞に乗せて全身の臓器に運びます。赤血球が血管を通って全身の隅々まで行き渡り、全身の臓器に酸素を渡すことで人間は生きていくことができます。実際、赤血球は採取した血液1cc中に50億個ほどあります。非常にたくさんの赤血球が全身を駆けめぐっていることを想像してください。

( slide No. 7 ) これはもっと詳しく描いた模式図です。1個の赤血球のだいたい70%は水でできています。残りの30%はヘモグロビンという物質です。赤血球をトラックに例えると、このヘモグロビンは酸素を乗せる荷台になります。肺でヘモグロビンに酸素を乗せて全身の臓器に供給する働きをしています。ですから赤血球のヘモグロビンがなければ組織や臓器は呼吸ができなくて死んでしまいます。二酸化炭素中毒とか一酸化炭素中毒がそうですね。二酸化炭素や一酸化炭素は酸素よりヘモグロビンに乗りやすいので、酸素より先に荷台に乗ってしまって赤血球が酸素を運ぶことができなくなり、中毒症状が出てきます。血液が赤いのは赤血球があるためですが、赤血球が赤いのはこのヘモグロビンがあるためです。血が赤いのはこのヘモグロビンのせいだと言えます。

( slide No. 8 ) 先ほど血球の一生を図示しましたが、もう少し赤血球について詳しく描いています。骨髄の中で産生され、血管の中に出てきて全身に循環します。いろいろな臓器に酸素を運んだ後、古くなると脾臓で死んで棺桶に入ります。生まれてから亡くなるまでの寿命は 120日です。

( slide No. 9 ) 赤血球の病気で一番多いのは貧血です。血液病は非常にややこしい病気が多いと言いましたが、あらゆる血液病の中で多いのが貧血です。この貧血は非常に大事です。恐らくこの会場でも貧血の方が何人かいると思います。

 貧血は結局、いろいろな原因で赤血球の数が減ってしまう病気です。血液は血漿の中に赤血球が浮かんでいる状態で全身をびゅんびゅん循環していますが、正常なら 100cc中45cc分が赤血球で、残りが血漿となります。貧血になると赤血球の数が減るので、血が薄くなるという表現をされますが、その体積が減ってきます。

( slide No. 10 )  なぜ貧血になるのかという原因を考えるとき、先ほどの赤血球のライフサイクルを考えると非常にわかりやすい。要するに、骨髄で誕生するところから血管の中へ入って脾臓で死んでしまう過程のどこかで異常が起こると貧血になります。

 1.赤血球の産生低下。まず骨髄での産生を考えてみます。骨髄で赤血球が作られるためにはその材料と料理の調味料に当たる微量成分が必要です。それが鉄やビタミンB12や葉酸というビタミン類です。こういうのが摂取不足になると、うまく赤血球が産生できずに貧血になってしまいます。もう一つは、骨髄の中にある赤血球の大もとの細胞(造血幹細胞)から赤血球ができてきますが、その幹細胞の数が何らかの原因で減ることがあります。そうすると、その子供である赤血球がたくさんできません。これは治療が非常に難しい再生不良性貧血となります。骨髄の中で何らかの原因があると貧血になります。

 2.出血。血管の中に入った血液が原因になる場合です。けがをしたり胃潰瘍ができると出血します。それが慢性的に続くと当然血液が減ってきます。これは非常に理解しやすいと思います。この原因で一番の多いのは女性の生理出血です。これが多いと大なり小なり貧血になってきます。その他、知らないうちに胃潰瘍、胃癌、大腸癌のような病気が消化管の中にできてくる場合があります。気がつかない間にじわりじわりと毎日出血して、貧血になる場合があります。

 3.赤血球の破壊亢進。正常でも古くなった血球は脾臓で破壊されますが、異常にその破壊が亢進していることがあります。一つには赤血球自体に原因がある溶血性貧血という病気があります。生まれつきあるいは後天的に赤血球の特に膜に異常があって、赤血球自体が非常にもろくなっています。そうすると脾臓で壊されやすくなります。また、肝臓が悪い人、例えば大酒飲みの方、ウィルス性肝炎で不幸にも肝臓が硬くなった方、肝硬変の方では脾臓の働きが正常の人よりも亢進しているので、正常の赤血球を持っていても肝臓でどんどん壊されてしまいます。

 貧血の原因は大きく分けてこの3つに分かれます。

( slide No. 11 )  赤血球は全身に酸素を運ぶトラックですから、その数が減ると全身の臓器や組織が酸素不足になって貧血の症状が出てきます。貧血になると(1) まず体がだるくグターとします(全身性倦怠感)。(2) 目の前が暗くなったりふわふわした浮遊感が生じます。(3) ちょっと動くと動悸がしたり(4) 階段を昇ると息切れがして、場合によっては(5) 耳鳴りや(6) 頭痛がします。これが貧血の症状です。今までこういう症状が全くなかった方にいくつか組み合わさって出現してくると、これは貧血ではないかと考えてお医者さんに相談されるといいと思います。

 赤血球が減ると体が非常に白くなったり眼の結膜が白くなってきます。昔と比べて白くなってきたと自分で気づくあるいは他人から指摘されて病院にやってきて貧血だとわかる場合もあります。ただ色白の人とか白人をつかまえて、「あなたは貧血ですよ」とは言えません。

( slide No. 12 )  2番目の白血球です。実際に集めて見ると白っぽいので白血球という名前も間違いではありません。

( slide No. 13 )  赤血球を「酸素を運ぶトラック」と表現しましたが、白血球は全く違う働きをしている細胞です。これは実は病原微生物や人間の体内にできる癌細胞に対して戦う「兵隊」の役割をしてくれています。人間の体は普段から皮膚に付着したり肺の中に入り込もうとする病原菌にさらされていますが、そういうバイ菌が入ってきても人間が元気でいられるのはこの白血球があるからです。バイ菌や癌細胞を戦車でやっつけてくれます。

( slide No. 14 )  白血球には大きく分けて2種類あります。両方とも兵隊ですが、攻撃パターンが違います。一つは食細胞です。読んで字の如し、微生物や癌細胞をパクパクと食べて殺菌してくれます。その攻撃パターンは敵と見れば何でも攻めていって食べてしまう無差別テロです。それに対してリンパ球はもっとエレガントに洗練されたタイプです。これは敵を選んで、私はこの敵だけを殺しますという強い意思を持った細胞で、飛び道具でやっつけます。具体的には抗体、免疫グロブロンを分泌してバイ菌や癌細胞をやっつけます。

( slide No. 15 )  パックンタイプ(食細胞)には好中球と単球があります。顕微鏡写真で見ると、こういう細胞がバイ菌が入ってくるとそこに出向いていって食べてくれます。これは赤血球です。

( slide No. 16 )  これはマクロファージという食細胞で、実際に異物を食べて非常に歪な形になっていますが、その細胞質には食べカスが残っています。

( slide No. 17 )  同じようにマクロファージです。これは細胞自体を食べています。癌細胞か感染した細胞か、要らなくなった体細胞かもしれません。細胞が細胞を食べるわけです。

( slide No. 18 )  洗練されたタイプでねらい打ちする白血球(リンパ球)の細胞質には顆粒があって、これで相手をやっつけます。

( slide No. 19 )  体内に病原微生物が入ってきたときのイメージ図ですが、食細胞とリンパ球の両方からやっつけてくれます。一つは貪食機能で、一つはねらい打ちをする抗体で、いくつもの機構が備わっているのが白血球です。

( slide No. 20 )  人間の体は一見健康に見えてもどこかの組織で癌細胞が必ず生まれています。ところがそういうことが起こっていても、どんどんふえて実際の癌病巣とならないのはこの白血球がいるからです。食細胞は癌細胞を食べることで、リンパ球は抗体などで常時体内の癌細胞をやっつけているので、皆さんは癌にならずに過ごすことができます。我々健常人の体内の見えないところで白血球は頑張って微生物や癌細胞をやっつけているために病気にならないわけです。

( slide No. 21 )  ところがいろいろな血液病になります。白血球が減るあるいは十分働かない病気が多く、食細胞もリンパ球も全く働かなくなります。そうすると自分で分裂して暴れまわる能力がある病原微生物がふえて、感染症という病気を引き起こしてきます。

( slide No. 22 ) 同じように、リンパ球や食細胞が働かないと、普段やっつけていた癌細胞も増殖してきます。癌細胞も病原微生物と同じように自分をどんどん複製して分裂して増殖する力がありますので怖い状態になってきます。

( slide No. 23 )  そういうわけで白血球が減ると非常に怖いことになります。特に病原微生物が暴れまわる場合、体内のあらゆる臓器で細菌感染あるいはウィルス感染を発症してくる可能性があります。非常に多いのは肺炎で、肺に病原微生物が入り込んでそこで化膿してきます。あるいは皮膚が化膿しやすくなって膿が出てくることもあります。もっとひどい状況では、血管に細菌やウィルスが入って全身の臓器に駆けめぐって全身の臓器が化膿することも考えられます。そういうのを敗血症と言います。今まで全く元気だった人が肺炎になったり皮膚に化膿症ができたり頻繁に発熱するようになると、白血球に異常があるのではないかと考える必要があります。

( slide No. 24 )  3つ目は血小板です。実際に血球成分の中で一番小さい。

( slide No. 25 )  赤血球は7/1000mmと言いましたが、血小板はもっと小さい。学生さんと顕微鏡実習で見ていると「これはゴミですか」と言います。「これは生きていく上でなくてはならないものだ」と言いますが、これが血小板です。

( slide No. 26 )  血小板は出血を止める「消防隊」の役目をしています。けがをして血管が破れるとそこから出血します。小さい傷なら勝手にかさぶたができて血が止まることは経験されていると思いますが、そのかさぶたが血小板そのものです。血中の血小板がここに集まってきて凝集してかさぶたを作り止血します。ですから血小板は火事を消す消防隊の水みたいなものだと私は思っています。

( slide No. 27 )  ところが血小板が少なくなると、けがをしても血小板がそこに集まってこなくなり、かさぶたを作りたくても作れなくなります。そうすると止血ができなくなって非常に怖いことになります。いわば水の出ない消防隊と考えていただければいいと思います。

( slide No. 28 )  血小板が減ると血が止まりにくくなり、またちょっとしたことで出血しやすくなります。もっと血小板が減ると、何もしていないのに勝手に出血するという怖い状態になります。多いところは鼻血、歯を磨いたときに歯茎から出血する、皮膚にも紫色の点状の出血斑が出てくることが多い。ひどい場合には何もしなくても脳出血を起こしてきます。出血症状が出てくると血小板がおかしいのではないかという一つのサインですのでご注意いただきたいと思います。

( slide No. 29 )  3種類の血球について、そしてその血球がそれぞれ減るとどうなるかというお話をしました。実際に血液の病気は私らでも覚えきれないくらいたくさんあり、見たことのない血液病もあります。

 基本的に血液病になると、大なり小なり赤血球減少、白血球減少、血小板減少の3つの症状の一つあるいはそれが組み合わさって出現します。ですからこういう症状が出てくると、もちろん皆さんでは診断できませんが、血液病ではないかと疑って血液の専門医を受診していただきたいと思います。これが血液病の症状で、早く見つけるための基本です。

( slide No. 30 )  白血病は白い血の病気で、白血球は白い言いましたが、それがふえる病気です。

( slide No. 31 )  白血病とは何か。先ほど白血球は骨髄でできると言いましたが、骨髄の中の一個の白血球が癌化することによって一個の白血病細胞になります。これが第一段階で、遺伝子異常が原因だろうと言われています。たとえ1個の癌化細胞ができても先ほど言いましたように、正常の食細胞やリンパ球がやってきて殺してくれる可能性がありますが、その攻撃をうまくかいくぐる能力のある白血病細胞が出てくる場合があります。そうすると、正常の免疫監視機構を逃れてふえて、骨髄の中で充満して末梢血に出てきます。それが白血病です。もともと白血球ですから白っぽい色をしています。実際に白血病の患者さんの血液を採取すると、正常の人と全く違って白〜灰色をしています。

( slide No. 32 )  これが骨髄の中の白血病細胞で、正常ではなかなか見られない異常な形をした白血球がたくさん充満しています。

( slide No. 33 ) 骨髄で白血病細胞が充満して末梢血に出てきますが、骨髄がそのような細胞で充満すると、非常に圧排されて正常の赤血球、白血球、血小板の血球成分の産生が抑制されます。そのために貧血、白血球減少、血小板減少という症状が起こってきすま。実際に白血病はこういう血球減少の症状から見つかることが多い。

( slide No. 34 )  ということで血球減少による症状から白血病の話をしましたが、皆さんが興味を持っているのは実際の日常生活上の注意でおどろおどろしい血液病が予防できるかどうかだと思います。

( slide No. 35 )  いきなり答えですが、予防可能な病気とそうでない病気があります。種類から言えば予防できない病気のほうが圧倒的に多いのですが、貧血のある種のもの、例えば鉄欠乏性貧血は非常に予防しやすい病気です。

( slide No. 36 )  1.鉄欠乏性貧血。予防可能な代表的な病気として鉄欠乏性貧血があります。鉄は食物、(1) 多くは牛肉、豚肉、鹿肉、イノシシ肉のような獣肉に含まれていて、基本的にはそこから摂取します。ですから(2) 過度のダイエットや偏食される方は鉄欠乏性貧血になりやすく、こういうのを避けるという日常の心掛けが必要です。(3) 妊娠中の女性や育ち盛りの少年少女は相対的に鉄欠乏状態になりますので、肉類を多く摂取する必要があります。意外と頑強な男の子が「ふらふらする」と言って来院して採血すると鉄欠乏性貧血になっています。体が大きくなりすぎて、鉄の摂取が追いついていないんですね。子供さんをお持ちの方は注意していただきたいと思います。(4) 生理の多い女性は大なり小なり貧血になっている方が多い。あまりにも生理が多すぎる場合には子宮筋腫などの可能性がありますので婦人科を受診していただきたいと思います。また(5) 便が真っ黒なときは胃腸からの出血の可能性がありますので検査が必要です。ただご存じと思いますが、赤ワインは鉄分が非常に多いので、飲むと便が真っ黒になります。それから(6) 慢性的な痔の出血も鉄欠乏性貧血になる原因の一つですので、早く治療する必要があります。

 ただし鉄欠乏性貧血にいったんなると、なかなか食べ物では治療できません。そこまで多量の鉄分は含まれていないので、きちんと鉄剤を飲んで治療しないといけません。

( slide No. 37 )  2.葉酸欠乏性貧血と3.ビタミンB12欠乏性貧血。葉酸やビタミンB12といったようなビタミン類の欠乏によっても貧血になります。ビタミンは赤血球だけでなく、白血球とか血小板の産生にも必要ですので、ビタミンが欠乏すると白血球減少、血小板減少も同時に起こってきます。いずれにしてもビタミンは肉や緑色野菜に多く含まれているので、偏食やダイエットをしないということが大事です。菜食主義者の方は比較的なりやすく、アルコールばかり飲んでご飯をあまり食べない人も知らず知らずの間に貧血に結構なっています。

 また、胃の病気で全摘手術を受けてその後放ったらかしの方が多いのですが、胃がないとビタミンB12は全く吸収されません。人間の体は胃があって初めて食物からビタミンB12を吸収する機構になっているので、胃を全部摘出する手術をしたまま3年、5年何もしないで放っておくと必ずビタミンB12欠乏性貧血が出てきます。ですから手術後は必ずビタミンB12製剤を筋肉注射しないとしんどいことになります。胃を摘出された方は注意してください。

( slide No. 38 )  4.薬剤起因性血球減少症。もう一つ、比較的予防可能あるいは留意するものとして薬による血球減少症があります。薬と血球減少症との関係は人間の体質に関係していて、アレルギー体質と言ってもいいかもしれません。ですからこの薬を飲んだから減るというのは、その頻度も非常に低く全く予想がつきません。薬によって血球減少症が起こってくるのはある意味で交通事故みたいなものです。

 しかし交通事故のような貧血になる確率をできるだけ低くすることは可能だと思います。速度を守って車を運転するように、みだりにたくさんの薬を内服しすぎないことです。世の中には薬好きの方がたくさんおられて、何十種類もの薬を飲んでいる方がいます。そういう方はやはり交通事故に遭う確率も高くなります。病気になったときにはお医者さんに相談して処方してもらった薬をきちんと飲むという心掛けが必要です。

 それから実際に血球が減っていることがわかった場合、薬のチェックが必要です。普段飲んでいる薬や最近新しく飲みはじめた薬によって血球減少の症状が起こっている可能性があります。

( slide No. 39 )  残念ながら、予防できない血液病がたくさんあります。例えば再生不良性貧血、溶血性貧血、特発性血小板減少症、骨髄異形成症、白血病、悪性リンパ腫など、こういった病気は日常生活の注意で予防することが不可能ですから、病院の先生に治療してもらう必要があります。これらの病気は貧血、白血球減少、血小板減少の症状が出てきたときにいち早く病院に行くことで比較的早期発見につながります。血液病には昔なら治らなかった病気が多いのですが、最近では治療法の進歩が著しく、決して悲観することはないと思います。

( slide No. 40 )  最近の血液病の治療の進歩を示しています。昔では考えられなかったような新しい治療法、治療薬がたくさん見出されています。例えば30年ぐらい前では白血病や悪性リンパ腫は非常に怖い病気で、残念ながらそう診断されることは死を意味していました。現在でも確かに相当に怖い病気ですが、いろいろな治療法の進歩があって、かなりの方が完全に治癒して社会復帰できるようになってきました。

 骨髄移植に代表される幹細胞移植、お年寄りにもできるミニ移植も最近非常に話題になっています。新しい抗癌剤もたくさん出てきています。最近新聞を賑わせたリツキサン(リツキシマブ)という悪性リンパ腫に効く抗体の薬もあり、慢性骨髄性白血病に効くグリベック(イマチニブ)も最近発売されました。またあちこちの大学の最先端研究で癌細胞に対するワクチンが開発され、ワクチンによって白血病細胞を殺すという方法も考えられています。また樹状細胞という免疫細胞を患者さんに戻すことによって癌がやっつけられるのではないかというので、世界のあちこちで研究されています。

 30年前、40年前では全く考えられなかったような新しい治療法がたくさん出てきているのが血液病の分野です。白血病や悪性リンパ腫のような怖い病気と診断されても決して悲観されることはないというのが現状でしょうし、5年後、10年後ではさらに治療成績がアップしていることはまちがいないと思います。

( slide No. 41 )  最後に骨髄移植について、その概念をお示しします。白血病になると骨髄に白血球細胞が充満しますが、この細胞を大量の抗癌剤と放射線を全身に照射することによって全部殺してしまいます。これをやって白血病細胞だけがなくなったらいいのですが、他の正常な細胞も死んでしまうので、放ったらかすと人も死んでしまいます。そこで他人の骨髄細胞(幹細胞)を入れることによって造血を再開させようというのが骨髄移植の最初の概念です。肉を切らせて骨を断つというのではなくて、放っておくと全部死んでしまいますが、他人の幹細胞を入れることによって亡くなった白血病細胞に代わって正常の造血細胞を産生させる、いわば補充療法です。

 ただし骨髄移植のドナーとレシピエントの白血球の型がかなり一致していないと危ないんですね。兄弟で合う確率は 1/4しかありません。4人兄弟いてやっと1人合うかどうか。もちろん一人っ子ではありませんし、2人兄弟でも確率は25%です。そのために骨髄バンクが全国のいろいろな方の白血球の型を調べておいて、たまたま白血球の型がうまく合えばその方から移植することになります。

( slide No. 42 ) きょうは赤血球、白血球、血小板について、血球の基礎をお話しさせていただきました。赤血球は全身に酸素を運ぶ「トラック」、白血球は微生物や癌細胞と戦う「兵隊」、血小板は出血を止める「消防隊」に例えて説明いたしました。血液病になると、大なり小なりこれらが減ってくる症状が組み合わさって出てきます。そういう症状があればいち早く病院に行ってほしいというのがきょうのテーマになります。

( slide No. 43 )  最後に第一内科を宣伝させていただきます。私の専門である血液内科、肺の病気に関係する呼吸器内科、リウマチなどの膠原病内科。ここには専門のスタッフが何人かいます。感染症も扱っています。白血球が減ると感染しやすいことから非常に関係が深い。肺はバイ菌の入り口ですから感染症患者が多く、リウマチも免疫異常ですから感染症を起こしやすい。3つの科のスタッフは感染症も扱っています。血液病だけではなくて、このような病気がある場合には是非とも受診していただきたいと思います。ありがとうございました。

司 会 尼川先生、ありがとうございました。血液の中の「ミクロ決死隊」の正体とその病気についてわかりやすく話をしていただきました。

質問1 血液をさらさらにしないといけないとよく言われます。そのためには水分の補給に注意しないといけない。そのへんはどういう役目になるのでしょうか。

尼 川 脱水症状を防ぐためですから、今の血球の話とはダイレクトにはつながりません。脱水症状になると血球の密度が濃くなってきますので、赤血球や血小板が塊を作りやすく、細くなったあちこちの血管で詰まりやすくなってくきます。特に動脈硬化がある方は血管が非常に細く脆くなっていますので要注意です。その他にも、腎臓の働きが悪い方ではしっかり水分を摂ることによって尿をたくさん出して、腎臓を保護するという意味もあります。

質問2 私の孫は20年前に1歳半で白血病でなくなりました、和歌山医大に7カ月入院して。その後、子供が3人できました。最初の子供が白血病で亡くなっていますので、あとの3人がその血を引いていることはありませんか。

尼 川 それはなかなか難しい問題です。癌になりやすい遺伝子パターンを持った家系が実際にあることはありますが、私たちが白血病を見ている限りでは、発生頻度が正常の人よりご兄弟で多いかというと、そんなことはありません。特殊なタイプの白血病では認められているのですが、一般的な普段見るような骨髄性白血病やリンパ性白血病では兄弟間での発症はないと思います。

質問3 幼若白血球が出た場合、マクロファージも連動して低くなったり高くなったりするのですか。白血病などの血液の病気が全くない場合に、一度マクロファージが働かなくなると、どれくらいのサイクルで改善されるのでしょうか。

尼 川 白血病がなくてマクロファージが弱った場合ですか。

質問者 はい。マクロファージが5から1.24になったんですね。2.2 以下で lowに出ています、私自身。娘は10以上です。このときに幼若白血球が同時に出ました。

尼 川 幼若白血球が末梢血に出てくるのは比較的まれです。やはり何か白血病でない理由が考えられます。例えば感染症か体内に何かできているか、発熱しているか。そういうときにはマクロファージだけでなくいろいろな白血球が活性化されて骨髄の中でふえてきます。それが血管の中に出てきて、幼若白血球が出たと判断されたと思います。

質問者 その場合、マクロファージはふえるのですか。

尼 川 マクロファージはなかなか血管の中には出てきません。実はマクロファージは血管の中ではなくて組織や臓器、つまり血管の外で働いています。外からは見にくいのですが、実際に感染症が起こったときにはマクロファージが活性化されてパクパクと菌を食べてくれていると思います。

質問者 数値で高くなったり低くなったりするのは、どういう意味がありますか。貪食作用が落ちているのですか。

尼 川 白血球数が減っていること自体異常ですから、それは……

質問者 白血球数は正常なんですが、分解したときにマクロファージが少なかったり多かったり、時として幼若な細胞が出たり。数値は5000〜6000です。

尼 川 それは単球ですね。単球は正常な我々でも日によって、そのときの体調や体内をめぐるホルモンで多少変動します。実際に白血球 100個のうち常時血液中に出ているのは1個か2個なんですね。それが10個も20個にもなると感染や、怖い話ですが白血病のが考えられます。

質問者 それはふえたときですか、減ったときですか。

尼 川 ふえたときです。減ったときはわからないことが多くて、単に日常の波の一つなのか実際に単球が作られなくなる病気なのか。ただ、それが回復してくると問題ないと思います。

質問者 それは改善されたのですが、どれくらいのサイクルで発生するのか、次の結果が気になります。

尼 川 単球が骨髄で産生されて血液中に出てくるのは数日後です。1カ月も2カ月も長引くことはありません。

質問4 白血病というとすぐに放射線をイメージするのですが、医療関係では胸部レントゲンやCT、検査を受ければ受けるほど被爆があります。全国で原子力発電所があり、飛行機に乗っても自然放射線があり、土地柄によっても放射線がかなり大量にある地域があります。メキシコは多いようです。また野菜を食べても放射性カリウムがあります。便利になればなるほどあらゆるところで放射線や電磁波を浴びる機会が多くなって不安です。放射性被爆と白血病の危険性をどのように……、避けることはできませんが。

尼 川 放射性被爆による白血病はやはり広島、長崎の原爆による白血病の発症率から医学的にも生物学的にも統計上高いことがわかっています。まちがいなく放射線を浴びると白血病を発症するのはまちがいない。おっしゃっるように大昔と比べて日常で我々が放射線を浴びる機会は多いと思います。それをどうするかというのは難しいと思います。症状が出てきたときにいち早く疑って受診するしか方法がないでしょうね。

司 会 時間ですので、これでこの講演を終わらせていただきます。尼川先生、ありがとうございました。

 これをもちまして今年度の第4回市民連続公開講座を終わらせていただきます。皆様どうもお疲れさまでした。

この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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