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関西医科大学第4回市民連続公開講座
「グルメの代償−食品媒介寄生虫疾患について−」
西山 利正(関西医科大学公衆衛生学教授)
平成13年(2001年)12月15日(土)
関西医科大学南館臨床講堂
司会 西川 光重教授(内科学第二)
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司 会(西川 光重・関西医科大学内科学第二・教授)  皆さん、こんにちは。きょうは寒い中市民講座にお集まりいただきありがとうございます。第4回市民連続公開講座の最終日となりましたが、きょうも2つの講演をお聞きいただきます。前半は西山先生、後半は尼川先生からそれぞれ50分程度お話をしていただいて、その後5分ほど質問を受けたいと思います。

 それでは一人目の西山利正先生をご紹介します。西山先生は昭和57年に本学をご卒業された公衆衛生学の教授でございます。ご専門は感染予防医学、熱帯病学、国際保健医療学。国際的にも広く活躍しておられ、来年早々にはラオスに行かれて現地の視察と指導をされます。きょうは「グルメの代償−食品媒介寄生虫疾患について−」についてお話を聞くことにいたします。私もおいしいものは好きですが、いろいろ問題があるとレジュメで読ませていただきました。それでは西山先生、よろしくお願いいたします。

西 山(関西医科大学公衆衛生学教授)
 私はいろいろ仕事をさせていただいて、自分でも何屋かわからないぐらいですが、きょうは「グルメの代償」という話をいたします。まず私の体型を見てわかりますように、私自身がものすごいいやしいん坊です。しゃべっているか何か食べているか、24時間口を動かしている感じの人間です。でも食べ物には注意しなければならない、ということを覚えて帰っていただきたいと思います。

( slide No. 1 ) 最近は本当においしい食べ物がたくさんあります。昔はおいしいものは高いというイメージがあって、僕が子供の頃、バナナは病気にならないと食べさせてもらえなかった。卵もメロンもそうでした。今は食べ物がたくさんあるおかげで、子供に「バナナを食べるか」と言っても「お腹が張るから嫌や」と言っております。

 テレビでもおいしいグルメの番組は視聴率を稼ぐので、テレビ局でもいろいろな企画を立てています。特に東南アジアに行って昆虫食のような“げてもの”を食べるような番組も結構おもしろおかしく、タレントや漫才師が「気持ち悪い」と言いながら食べているのを見ているのも楽しいものです。その中にある落とし穴について話をしたいと思います。

 最近、非常に新鮮なものが我々が住んでいる守口でもどんどん安価に庶民の手に入るようになりました。それはアメリカがコールドチェーンという概念を出してきて、10年遅れて昭和40年に日本の科学技術庁もコールドチェーンを唱えたことに始まりますが、コールドチェーンは低温食品の配送システムです。つまり魚でもできるだけ新鮮な状態に保つために冷やした状態でそのまま都会に持ってきて、冷やした状態で売ることができます。その結果、昔なら風土病の様相があったいろいろな寄生虫疾患が今では都会で散見されています。そのため、ある意味で私はご飯が食べられます。

 私が生まれて間もない頃は戦後のどさくさになっていましたので、たくさん寄生虫がいましたが、あれよあれよという間にいなくなって、私が医者になったときにはほとんどいませんでした。関西医大を卒業した後すぐに奈良医大に行きまして、その当時、奈良の十津川では寄生虫がたくさんいて、寄生虫を勉強する機会を与えられてこの道に足をつっこんでしまったわけです。それがよかったどうかわかりませんが、今からグロテスクな話になってきます。

( slide No. 2 ) まずスモークサーモンです。写りがよくなくておいしそうではないですね。この会場の方でスモークサーモンを食べたことがないという方はいらっしゃらないと思います。スモークサーモンは本来保存食ですが、その製法には一般的に冷燻、温燻、熱燻という3種類の燻製の仕方があります。冷燻は低い温度の煙で燻す方法で、非常に長い間保存できるサケ・マス類ができます。今でもシベリアではその製法で作っていますが、ただ硬い。

 我々が食べているスモークサーモンは温燻です。60℃前後の温度ですので、熱変成は魚の表面だけで、奥まで熱が通りません。しかし煙の非常にいい匂いが付いて、またそれほど乾燥しなくて非常においしく食べられます。熱燻はぱっと見て鰹のたたきのような感じです。サーモンを鰹のたたきのように非常に高い温度の煙で燻しますので、その表面は熱変成して匂いがついておいしいものです。これは高級な食品で、我々はなかなか食べることができません。

 我々が食べている温燻のサーモンは煙の温度が60℃ですから、魚の中心まで熱が十分に入りません。新鮮な魚に寄生虫のような感染源(病原体)が入っていると熱変成しないために、人間が食べることによって病気になります。そこでここに挙げているように「スモークサーモンは透かして見て食べよう」。

( slide No. 3 ) スモークサーモンでうつるのは一般的に広節裂頭条虫です。最近は日本海裂頭条虫という違う名前を唱えている寄生虫学者もいます。広節裂頭条虫は俗にサナダムシと言われ、非常におもしろい語源があります。茶道に使う茶碗を入れている桐箱をくくっている紐が真田紐ですが、真田幸村が九度山に幽閉されたときにアルバイトで織ったと言われています。それにそっくり似ている虫なのでサナダムシと言われています。ですからこの語源は比較的浅く、1600年代になります。後でこの写真が出ますので見ていただくとわかります。

( slide No. 4 ) これがサナダムシです。黄色く写っていますが、本当は白いんです。この黄色は糞便の色で、写真を撮ったときにはまだ動いていました。朝トイレに行って気持ちよく排便したときにお尻からぶらさがったもので、驚いてちぎって持ってきてくれました。外来で「先生、見てください」、「サナダムシですね」ということから治療を始めました。

( slide No. 5 ) それを染色すると、真ん中に文様があって真田紐によく似ています。これがサナダムシの語源になっています。節々になっていて、この節1つに雄と雌の生殖器が入っているというけったいな虫で、虫1体にこの節が5000個ぐらいあります。長さはだいたい5m、小さいので3m、僕は12mというのを経験しています。  この虫は日本では非常に昔から知られています。奈良医大の校庭のグラウンドを発掘したところ貴族の屋敷のトイレ跡が出てきたので、その土を調べると、この虫卵が出てきました。これは藤原京に住んでいた貴族がサケやマスを極めて新鮮な状態で食べていたという証拠にもなります。この虫卵はたくさん出てきますので、考古学的にもいろいろ追究できるおもしろい虫です。

( slide No. 6 ) 広節裂頭条虫のライフサイクルですが、一番上の人間の体内でサナダムシがわくと、便の中に虫卵が出ます。虫卵が淡水の中に出て発育して水の中に泳ぎ出ます。そしてケンミジンコに食われ、そのミジンコを食べる魚が感染します。この広節裂頭条虫で問題となるのはサケとマスで、特にマスが危ない。サケとマスは兄弟のように近いのですが、違う種類です。日本でとれるマスはサクラマスで、おいしいサケと表現してもいいと思います。サケは秋ザケといって今頃が収穫期です。マスは3月によく収穫され、高くておいしい。この中にプレロセルコイドという幼虫がいて、それを人が食べると虫が体内に入ります。その幼虫は体内に入ったときは5mm程度ですが、3カ月ぐらいで5〜6mになります。ある一定の大きさになると気持ちよく排便したときにお尻から垂れ下がります。

( slide No. 7 ) サクラマスの筋肉(我々がよく食べる身の部分)に感染源のプレロセルコイドがいますが、これを食べると感染します。プレロセルコイドは目視で見つけられる大きさですから、スモークサーモンを透かして見れば虫を見つけることができます。もし虫が見つかれば強くかみ砕いて殺してください。そうするとタンパク源になります。よく噛むのは健康の秘訣であるということがこの虫でわかります。

( slide No. 8 ) これが親虫です。5m級のものでそれほど大きくありません。頭節はマッチの先ぐらいの大きさで、裂けていることから「裂頭条虫」という名前が付いています。

( slide No. 9 ) この頭節を走査電顕像で見ると、すっと裂けています。これは目ではありません、ゴミです。一生懸命洗ったのですが、ゴミが残ってちょうど目のように見えます。断腸の思いです。

( slide No. 10 )  虫卵には蓋があります。見取りにくいと思いますが、糞便を圧閉して透かして見ています。

( slide No. 11 )  この治療法にはプラジカンテルという錠剤を飲んで治療する方法と、こういうふうにレントゲンの透視下に治療する方法があります。透視下で見ると、腸は本来なら造影剤が充満して白く写りますが、虫がたくさん黒く写っています。こういうふうな状態で出します。造影剤でやると虫を生け捕りにできますので、我々のような虫がかわいいと思っている人間は非常に楽しい。とった後も研究室で1週間ぐらい生きてくれますので、いろいろ刺激したりして実験ができます。できるなら僕は生かしてとりたいのですが、この方法は十二指腸まで挿管して造影剤を入れるので患者さんにはしんどいかもしれません。薬で治療する場合は水で錠剤を飲むだけで済みます。どちらの治療法を選択しますかと尋ねたときに虫を見ながら治療できる方法を選ばれると、僕にとっては嬉しい。

( slide No. 12 )  「ドジョウの丸飲み、精がつかずに虫が付く」 サナダムシの次はドジョウの話です。気の向くままに順番を並べてしまいましたので、話があっちこっちに行って申し訳ない。

( slide No. 13 )  昔から柳川なべがあるように、皆さんドジョウを結構食べています。このへんでは京橋の居酒屋で飲ませてくれます。僕が京橋を歩いていると、「兄ちゃん、兄ちゃん、精つくで」と言われるんですね。僕も最近やっとわかってきたのですが、仕事の帰りはしんどくて、そのときに「精つくで」と言われると非常に心を誘うというか元気になるなら飲んでみようかと思うようになります。飲むのはだいたい居酒屋ですから酒が入っていて、面白半分で飲むこともあります。そういうことは非常に危険であるという話です。

( slide No. 14 )  顎口虫ですが、後の写真でだいたいわかると思います。日本で見られる顎口虫は有棘顎口虫、剛棘顎口虫、ドロレス顎口虫、日本顎口虫の4種類です。古典的に最初に見つかった顎口虫が有棘顎口虫です。その次の剛棘顎口虫は日本産のドジョウでも感染しますが、輸入ドジョウでも感染します。今から15年ぐらい前には中国や台湾からドジョウが輸入されて、それを丸飲みしてこれに罹りました。ドロレス顎口虫はヘビから感染するものです。ヘビを生で食べる人がいるんですね。これもドジョウと同じで「兄ちゃん、兄ちゃん、精つきまっせ」という言葉にやられるんです。「マムシは元気つくで」と言われると、そうかなと思います。マムシには顎口虫の他に後で出てくる虫もいます。マムシなんかは生で食べるものではない。虫の勉強をやっていると、やはり人間は火を通したものを食べなければならないというのがよくわかります。日本顎口虫は三重県産のドジョウでよく罹ります。

( slide No. 15 )  どういうふうなライフサイクルかというと、一般にイヌとかネコが多く、動物の胃の中に住んでいます。そして虫卵が便の中に出て、それが雨に流されて池などに流れ着いてケンミジンコに入ります。ケンミジンコからこれを食べるドジョウに入って、幼虫が発育して、このドジョウを人間が食べてもうつるし、このドジョウを食べる鳥も罹ります。蛙もケンミジンコを食べますので、そこでも集積され、蛙を食べるヘビにも集積されます。

( slide No. 16 )  最終的にイヌやネコがヘビや蛙を食べるのですが、その親主に入るまで親虫にならず幼虫のままでうろうろしています。人間に入ったときも幼虫のままでうろうろしています。これが人間に病害をもたらす時期の第3期幼虫です。

( slide No. 17 )  この虫は結構悪さをします。この方の場合は皮膚の下を這っています。向こうから這ってきて、皮膚に爬行疹を作ります。体のどこを這ってもいいのですが、一番多いのが皮下です。

( slide No. 18 )  これも皮下を這っている写真ですが、このへんにいます。皮膚を切開して虫を取り出すと治るのですが、この虫は逃げ足が早くて、麻酔をかけている間に逃げてしまうので、ゲットするのが非常に難しい虫です。何べんも失敗して、皮膚科の先生に「この虫はよく逃げますからできるだけ大き目にとってください」とお願いしたら、女性の先生で思い切りよく結構広く取ってくれました。「これだけ取っても大丈夫ですか」「大丈夫です。皮膚はうまく切ればうまく引っつくんです」。ほとんど傷跡が残らないように取ってくれまして、餅屋は餅屋ですね。

( slide No. 19 )  顎口虫の基本的な行き先は皮下と顔で、この方は顎口虫によって顎と口が腫れています。切開して取り出してもいいのですが、なかなか逃げ足が早いので切れません。

( slide No. 20 )  ということで、これに効く薬があるかといわれれば、よくわかりません。ドジョウは生で食べないということを覚えておいてください。検査方法には数種類あります。

( slide No. 21 )  これはドロレス顎口虫の断面図です。「徳島産のマムシのぶつ切り」と患者さんは言っていました。生きているマムシをブチブチと切ってパクパクと食べたところうつった。皮膚を思い切り切って、その中から虫がいるところをやっと見つけ出してきました。輪切りの非常に珍しい写真で、僕はうまいこと出てよかったと非常に喜んでいます。「これで治りますか」「この虫はうまくいきました。でも2匹いると知りません」、ドジョウとかマムシは生で食べるとだめですね。

( slide No. 22 ) 皮内反応を見ると、このへんに発赤が見えています。これによって診断がつきます。

( slide No. 23 )  こちらは血液検査の一種でオクタロニー法です。ここに薄いバンドがあって、これで診断できます。

( slide No. 24 )  顎口虫症の治療法には外科的摘出の他、内服治療は不確実です。先ほどの顔が腫れた方は大阪狭山市の居酒屋でドジョウを丸飲みして感染しましたが、外科的な治療ができないので、サイアベンダゾールという薬を仕方なく飲ませました。それから5年経過していますが、虫が出ていませんので効いたと思います。教科書的にも医学的にも確実な内服治療薬はありません。

( slide No. 25 )  ドジョウとかマムシはげてものですが、げてものが好きな人はそれをげてものと思っていない。僕らが外来で「げてものを食べましたか」と尋ねても「そんなもの食べていません」と答えます。それでもよく聞いてみるとヘビを食べています。「ヘビはげてものではないんですか」「普通の食べ物です」、いつも食べているのでこういう会話になるのですが、“げてもの”という表現が曖昧です。

 「ホタルイカのおつり」 ホタルイカは本当に“げてもの”ではありません。私も食べたことがあります。ホカルイカはきれいでかわいくておいしいけれども、生で食べてはいけないという話です。ホタルイカは富山でよくとれます。日本人はホタルイカをもともと生では食べなかったんです。ところが今から十数年前、東京の旅行会社が富山でホタルイカがとれる時期にそれを食べるツアーを企画して、旅館に刺し身を希望して、生で食べるようになった。それからホタルイカの生食いが始まったと富山医科薬科大学の先生から聞きました。ところが初めは何もなかった、というより多分いろいろな病気があったと思いますが、違う病気と勘違いされて診断がつかなかったと思います。どうやらホタルイカを食べると後で腹痛が起こったり皮疹が出るらしいということがわかってきて、ホタルイカが注目されてきました。

( slide No. 26 )  旋尾線虫の幼虫はホタルイカから人間の体内に入ります。親虫は何かまだわかっていません。

( slide No. 27 )  これは奈良県の症例で、ホタルイカを生で食べて皮疹が出ています。このへんで売っているホタルイカ10頭から20頭を調べると、この虫が必ず出てきますので、生で食べるものではありません。

( slide No. 28 )  このような皮疹です。この虫はあまり逃げないので、皮疹の先を切ると虫に出くわします。外科的摘出が比較的容易です。皮膚に出た場合はいいのですが、腹痛を起こして腸閉塞を起こすことがあります。そのときは腹開するために思い切り切られて傷跡が残ります。ですからホタルイカも生では食べない。十分に湯がいて熱変成を加えてからきちんと料理して食べてください。

( slide No. 29 )  うまいこと採れたなあと僕は満足しています。この皮疹を最初に見たとき、我々は顎口虫を思い浮かべます。旋尾線虫が世に知られていなかった頃、第1例を富山医科薬科大学の先生が報告しているのを私は学会で見て、それがどういうわけか頭に残っていたんですね。数年経ってこの症例のこの切片を見て、これは旋尾線虫だと診断したという自慢の話です。この症例にはいい思い出がたくさんあります。

( slide No. 30 )  この虫は外科的に摘出するしかありません。困った病気です。

( slide No. 31 )  「生肝は貧血の薬ではない」 次は生肝です。生肝を食べた方はいらっしゃいますか。BSE(牛海綿状脳症、狂牛病)の絡みで今の日本人は牛肉を食べないようになっていますが、以前から牛が好きな民族で、結構よく消費されています。その中で生肝を食べる人がいます。僕は生肝でいろいろな病気がうつることをよく知っていますから、絶対に生肝を食べませんが、なぜか食べる人がいます。若い女性でも生肝を食べる人がいます。「好きだから食べているんですか」「違います。貧血だからお母さんから食べるように言われています」。要は薬と間違っています。今から生肝で感染した2つの症例のお話をします。後者は大阪の病院事務長で「もともと私は虚弱なので生肝を食べていました」と言っていました。いろいろ聞いていると途中から機嫌が悪くなって、「生肝が悪かったのか」と怒りだして、途中で切り上げて帰ってしまわれました。

( slide No. 32 )  生肝で罹る虫の一つがこのイヌ回虫(蛔虫)です。結構ご高齢の方がおられますので、昔、回虫に感染してマクリを飲んだ方が結構いると思います。イヌにも回虫がいます。そのイヌ回虫が人間に感染した場合、人間の体内では親虫にならずに幼虫の状態でいろいろなところに行って、イヌ回虫症を起こします。

 感染源は砂場の砂で、イヌは公園の砂場を自分のトイレと思っています。ネコもそうです。糞便した中に虫卵がいます。砂場で子供が遊んで家に帰ると、子供は手を洗うのが面倒なので、その手でお菓子をつまんだりして感染します。もう一つの感染源は牛の肝です。この2つの感染ルートが重要で、怖い病気です。

( slide No. 33 ) ライフサイクルです。イヌ、特に子犬に親虫がいます。母イヌには親虫はいませんが、幼虫がいて、胎盤を通して子犬に感染します。幼虫は体内で親虫となって便に虫卵を出します。子犬は非常にかわいい。子供はよくさわりますのでよくイヌ回虫症が起こります。専門的に言えば幼虫包蔵卵を経口摂取することによって感染します。またイヌが草の上で糞便をした後、その草をウシが食べるとウシの肝臓にイヌ回虫の幼虫が集積され、その肝臓を人間が食べて感染します。砂場の砂よりもウシの生肝のほうが危ない。

( slide No. 34 )  イヌ回虫症の重症例です。二十歳ぐらいの女性ですが、兵庫医大の先生が寄生虫症を見つけて、「虫ならムシ山だ」と奈良医大にいた僕に電話がかかってきました。西山とは呼んでくれないんですね。これを見ると、肝臓の中にたくさんの幼虫が住んで炎症を起こして、小さな病変をたくさん作っています。

( slide No. 35 )  この症例では皮下に幼虫が這って出てきました。このへんに発赤があります。

( slide No. 36 )  もう一つは腋の真ん中に発赤があります。

( slide No. 37 )  それぞれ生検するとイヌ回虫の幼虫が検出されて、診断できました。

( slide No. 38 )  イヌ回虫症に効く薬はあまりありません。ジエチルカルバマジンという薬が効くと言われていますが、いろいろ治療した経験で効いたという経験はありません。先ほど出てきたサイアベンダゾールは効きましたが、教科書に書いているので挙げています。

( slide No. 39 )  次に、生肝でうつる肝蛭という虫です。文字通り肝臓の蛭で、親指の先から木の葉ぐらいの大きさの大きな寄生虫です。牛の肝臓に寄生します。

( slide No. 40 )  この症例はウシの生肝を食べた会社員です。明治大学登山部の出身で植村直己の後輩です。非常に血の気の多い男ですが、生肝が好きでした。生肝を食べて肝蛭に感染して高熱が出て入院しています。ここに病変があります。虫がここに巣くって炎症を起こしています。

( slide No. 41 )  そのときの血清診断です。肝蛭という抗原に対して抗体が非常にできて沈降線ができています。

( slide No. 42 ) これは奈良県御所で見た例です。もともと牛や羊、奈良公園の鹿も肝蛭を持っています。そのライフサイクルはまず草食動物の肝臓に巣くります。そして便の中に虫卵を出して、その虫卵が淡水に入って幼虫が大きくなってモノアラガイという貝に入ります。その貝の中で増殖して、6月後半の夕立のある日に貝から出てきて、水中を泳いで水草に引っつきます。このとき幼虫はメタセルカリア(被嚢幼虫)の状態ですが、これを食べることによって感染するのが肝蛭です。

 その被嚢幼虫は、田んぼの側溝でお百姓さんがおにぎりを食べた後、手を洗って草で手を拭いたりすると手に付きます。それを口に入れて感染します。草食動物は水辺の水を飲んだついでに近くの草を食べることによって感染します。

 これは人間から出てきた虫卵で、非常に珍しい。他の虫の虫卵と比べて倍くらいの非常に大きな虫卵です。日本で虫卵が出てきた症例は数例しかなくて、そのうちの1例というのも自慢の種です。私は60日間毎日この人の検便をしてやっと手に入れました。今から18年前の症例です。

( slide No. 43 )  「上海蟹の恐怖」 グルメの人は上海蟹(シャンハイモクズガニ)をよく知っていると思います。上海では生のカニをだしの入った醤油につけて食べます。そうすると見事にうつる病気です。モクズガニは奈良県では当麻さんのお祭り、三輪さんのお祭りでも出ています。大阪では大念仏のお祭りでこの蟹を生きたまま売っています。海水ぐらいの塩味で茹でますと赤くなって身もおいしい。きちんと熱変成して調理すればうつりません。私も子供の頃これをよく食べています。その頃は虫がいるとは知りませんでしたが、僕は感染していないことを確認しています。

( slide No. 44 )  このカニはウェステルマン肺吸虫を持っています。このモクズガニ以外にサワガニにもいます。

( slide No. 45 )  これが肺吸虫です。コーヒー豆くらいの大きさで、おもしろい恰好をしています。

( slide No. 46 )  名前のごとく肺に寄生しています。

( slide No. 47 )  この肺吸虫は肺に入る場合と他の場所に行く場合があります。この人の場合、頬に入りました。

( slide No. 48 )  頬から取り出した幼虫です。これも18年ぐらい前の症例だと思います。虫卵です。

( slide No. 49 )  これは皮膚にきた症例です。皮下を這って、ここが盛り上がっています。この中に虫がいます。

( slide No. 50 )  この虫の治療は薬を飲めばうまくいきますので、簡単に治ります。ただ頭に飛ぶとちょっと怖いですね。京阪本通の人が京橋の居酒屋で、サワガニが目の前で動いているのを見て、「兄ちゃん、それは食べられるか」「食べられまっせ」というので、箸でつまんで渡されて、それを口に入れて見事に感染しました。頭の中にウェステルマン肺吸虫が飛んだ例を経験しています。

( slide No. 51 )  鹿児島にお嫁に行った若い人で、妊娠して里帰りしていました。ウェステルマン肺吸虫はサワガニやモクズガニから感染しますが、イノシシの肉からも感染します。そのイノシシの肉によって感染した例です。鹿児島の田舎のほうに住んでいて、嫁いだ家のお父さんがイノシシをとってきたんです。イノシシ肉は臭みがちょっときついのですが、とってすぐは臭みがほとんどなくて、柔らかくておいしいらしい。みんなと一緒に食べて、この人だけかわいそうに肺吸虫に感染しました。

( slide No. 52 ) 血清診断です。

( slide No. 53 )  これは脳に虫卵が行った例です。

( slide No. 54 )  プラジカンテルという薬で治療します。

( slide No. 55 )  その他、ヘビ、カエル、スッポンの話です。マンソン裂頭条虫が鳥のササミとかカエルやヘビを食べるとうつります。(マンソン孤虫症)

( slide No. 56 )  これも幼虫の状態で体内を這います。

( slide No. 57 )  この症例では乳房にいます(乳房移動性腫瘤)。この虫は柔らかいところに行きますので、お乳によくいきます。鳥のササミを生でお醤油につけて食べると罹ります。特に京都近辺や高槻の田舎では地鳥のササミを生で食べることがありますので、感染します。

( slide No. 58 )  これは出てきた虫体です。サナダムシの一種です。

( slide No. 59 )  組織染色するとこのように出てきます。

( slide No. 60 )  「ユッケのツケ」(牛肉は狂牛病だけではおまへんで)

( slide No. 61 )  ユッケの牛肉から感染する無鉤条虫というサナダムシの一種です。

( slide No. 62 )  朝起きると毎日パンツの中で動いている 1.5cmぐらいの虫です。

( slide No. 63 ) なかなかグロテスクな虫ですが、これが成虫です。牛肉を生であるいはほとんど熱調理していない rawの肉を食べるとうつります。

( slide No. 64 ) 頭に4つの吸盤があります。

( slide No. 65 )  「鰯のぬた(酢味噌あえ)はおいしい」 イワシはすぐにあしが付きますが、とってすぐの生のイワシはとてもおいしい。

( slide No. 66 )  それをやるとまた変な虫、大複殖門条虫というサナダムシに罹ります。これは先ほどのサナダムシの体と違います。

( slide No. 67 )  頭は裂けていますが、その溝が深い。それが先ほどの広節裂頭条虫(サナダムシ)と違うところです。コイワシクジラに住んでいる条虫と形態的にも遺伝子的にもほとんどかわりませんので、イワシから感染するのであろうと言われていますが、生活史は解明されていません。日本ではこれまでに 280例くらい出ていますが、日本以外の国では出ていません。というので私は大阪湾でとれたイワシで感染した 268例目の症例を持っています。

( slide No. 68 )  「無農薬野菜の落とし穴」

( slide No. 69 )  無農薬野菜を非常に信仰するナチュラリストと称する親が2歳の男の子に離乳を目的として野菜のすり身を食べさせたところ、そこに回虫の虫卵が混じっていて、この男の子から13匹出てきました。上が雄、下が雌で、雌のほうが大きい。回虫にはペニスがあるので雄雌がはっきり分かれます。線虫は割に雄雌がはっきり分かれます。

( slide No. 70 )  内視鏡で見ると胆嚢の中で回虫が動いていたという像で、やっている人がびっくりしたという大和高田の症例です。

( slide No. 71 ) 「本場のキムチ」 時間がありませんので、この話は次の機会にさせていただきたいと思います。これで終わります。

司 会 西山先生、どうもありがとうございました。食材に隠された怖い話が出てきました。西山先生がこんなに弁舌爽やかな先生とは初めて知りました。

質問1 キムチが好きでよく食べるのですが、キムチは怖いのですか。

西 山 結論だけ申せば、キムチからいろいろな虫卵が出ているのを見ています。ここに検疫所に勤務されている共同研究者の石田先生がいらっしゃいますが、正規ルートで輸入されるキムチについては検疫所で法律の規定に則って何千とある中から無作為抽出でサンプリングしてチェックして日本に入らないようにしています。公式には日本に上陸していません。ただ僕の経験から一番問題になると考えられるのは、韓国に出かけておいしい本場のキムチをお土産で持って帰ってきたものです。それを食べて病気になったのを聞いています。日本産のキムチは大丈夫ですし、正規ルートで輸入されるキムチは検疫所がありますから大丈夫ですが、本場のキムチをお土産で持ちかえった場合は危ない。

質問2 回虫をお腹に入れてダイエットに使うとか回虫がいればアトピーにならないとか言われていますが、どうでしょうか。

西 山 藤田紘一郎先生が割によく言っています。非常にかわいがってもらっている先生です。藤田先生は日本人はあまりにもきれいになりすぎて、細菌や寄生虫に暴露される機会があまりにも少なくなったので、逆に人間が弱くなっているのではないかという考えを持たれている人です。思考の根底がそこにあると思います。

 ところが例えば回虫に罹って本当に病気にならないかと言えば、僕はそれはまちがいだと思います。アトピーに関しても、奈良医大のときに科学技術庁からお金をもらって花粉症と回虫症の相関を見るプロジェクトに参加しましたが、結論的に言えば相関はありませんでした。サナダムシに感染している98kgの二十歳の女性も見ています。「これにかかって3カ月ですが、痩せましたか」「痩せていません」。実際に痩せていませんし、痩せるものではありません。そういう話はとっつきやすく話題になりやすいのですが、現実とはかけ離れています。

質問3 今の食品は生で食べる人も多いし、無農薬野菜も出回っています。ほとんどの方は寄生虫あるいは虫卵を持っている可能性がありますね。

西 山 ほとんどの方というのは言い過ぎだと思います。ただ回虫症は都市部で散見されます。散発に出ているので、スーパーに流れた野菜の中に回虫の虫卵が入っていたということにほぼまちがいありません。それ以外に感染源は考えらまれせん。

質問4 自分の体内に虫卵があるかどうか、寄生虫がいるかどうかチェックする方法はありますか。

西 山 かなり専門的な医師の診断を受けたほうがいいですね。というのは一般的なお医者さんのほとんどが回虫(症)を見たことがない。日本のお医者さんはそういう状態になってしまいました。僕も日本のお医者さんですが、医者になってすぐに十津川村や下北山村など回虫、鉤虫、鞭虫など古典的な消化管寄生虫がたくさんいた地域に放り出されて、そこの住民の検診をして治療してきた経験があります。そういった経験を持った医者が見ないと診断ができないと思います。

質問5 食品について、予防する策としてこちらが避ける以外にないんですね。  西 山  野菜はよく洗う、火を通したものを食べる、よく噛む、そしてよく手を洗う。人間が食生活をする上で基本的なことを忠実に守っていれば感染するものではありません。ただいい加減になると感染する可能性がまたふえてきたということです。

質問6 魚を酢に漬けると虫が死ぬと言われますが、どれくらいですか。

西 山 寄生虫を酢に入れると死ぬという話はほとんど考えられません。というのは寄生虫が人間に寄生するのに必要な条件として胃酸を通らないといけません。胃酸に抵抗性があるものだけが人間に感染する寄生虫として生き残ることができます。胃酸は酢よりも酸性が強いので、酢でしめることによって防止できるということはありません。酢によって寄生虫に感染しない、とは考えないほうがいい。

質問者 冷凍するとどうでしょうか。

西 山 先ほど出しましたホタルイカですが、富山県でとれたホタルイカは富山県の条例で24時間以上凍結します。そうすると旋尾線虫は死にます。−20℃で48時間凍結するとアニサキスも死にます。しかし酢の中では問題なく生きています。凍結という方法は寄生虫に感染しないための一つの重要なポイントであり、割に効果があると思います。

司 会 他にも質問があると思いますが、時間になりましたので、これで終わらせていただきます。西山先生、どうもありがとうございました。

この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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