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関西医科大学第3回市民連続公開講座
「遺伝子異常と不整脈」
松田 博子(関西医科大学生理学第一教授)
平成12年(2000年)11月18日(土)14時00分〜15時00分
関西医科大学南館臨床講堂
司会 赤木 助教授(整形外科学)
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司 会(赤木 繁夫・関西医科大学整形外科学助教授)  皆さん、こんにちは。第3回市民連続公開講座によくお越しくださいました。皆さんは前回来られて、様子はよくご存じかと思います。きょうは前回に引き続きまして、生理学教授の松田先生と麻酔科教授の新宮先生のお二人のお話をお聞きしたいと思います。

 麻酔科は何となくおわかりかと思いますが、生理学はなかなかわかりにくいと思います。臨床という患者さんを診る部門と基礎研究を主にされる部門がありますが、生理学はその研究部門の代表的な領域で、ヒトの生理について研究されている教室です。きょうは「遺伝子異常と不整脈」。私自身もよくわからない領域ですが、心臓の病気と遺伝子が関係しているというショッキングな話です。心筋の活動電位、心臓がどうやって動くかという生理に関してやさしく話をしてくださると思います。それでは松田先生、どうぞよろしくお願いいたします。

松 田(関西医科大学生理学第一教授) 私は大学卒業してから6年間臨床で循環器内科をやっていて、その後生理学の研究、主に心筋のイオンチャネルについての研究をしてまいりました。きょうは「遺伝子異常と不整脈」という題でお話しします。

( slide No. 1 ) 40年ほど前に、同じ家系の人たちが不整脈のために気を失うという発作を繰り返して、最悪の場合は突然死することが報告されました。この人たちの心電図を調べてみると、QT時間が延長しています。家族性に発生することから、この病気は先天性あるいは家族性QT延長症候群と呼ばれ、遺伝子の異常が疑われていました。最近、心筋細胞の膜にあるイオンチャネルの遺伝子の解明が進んで、確かに心筋のイオンチャネルの遺伝子に異常があって、その結果、イオンチャネルに異常が生じたためにこの病気が起きることがわかりました。後から詳しく説明しますが、先に概略をお話しします。
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  遺伝子異常→チャネル蛋白の異常→
  膜電流の異常→心筋活動電位の延長→
  心電図異常→不整脈
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 遺伝子はタンパク質の鋳型ですから、遺伝子の異常が起きるとタンパク質にも異常が生じます。きょうお話しする心筋細胞の膜にあるイオンチャネルもやはりタンパク質ですから、遺伝子異常が起きるとイオンチャネルの異常が生じます。そうしますと、心筋の細胞膜に流れる電流に異常が生じて心筋活動電位が延長し、心電図の異常、不整脈が引き続いて起きることになります。これがきょうの骨子になります。

( slide No. 2 ) 心筋細胞という言葉を既に使いましたが、私たちの体は細胞から成り立っています。細胞がたくさん集まって組織になり、幾つかの組織が集まって器官になります。細胞は細胞膜によって外と区切られていて、その中には核があって、この図では描かれていませんが、ミトコンドリアとか小胞体などの構造物があります。

 私たちの体の60%は水です。水の中には各種の電解質や栄養素が含まれていて、その水のことを体液と言います。体液の 2/3は細胞内液として、残り 1/3は細胞外液として存在しています。

( slide No. 3 ) 細胞は細胞膜によって外と区切られていますが、この図は細胞膜の構造を示しています。細胞膜はリン脂質とタンパク質とからできていて、このリン脂質は○で示している水に馴染みやすい部分と、2本の紐が○から出てくるように描いていますが、水に馴染みにくい部分(==)、この2つの部分からなります。水に馴染みにくい部分は水馴染みにくいもの同士が膜の中で向き合っています。その結果、水に馴染みやすい部分は細胞の外側と内側の水に面するような特有の配列(○====○)を示します。このようにリン脂質が2列に並んでいる構造を脂質二重層と言います。

 この並び方では、真ん中は水に馴染みにくく、電気を通しにくいことを意味します。電気を通しにくい層があって、両側に電気が通りやすい層があることから、これは蓄電池(コンデンサー)に例えられます。

 この脂質二重層の中に島のようにタンパク質がプカリプカリと散在しています。このタンパク質は膜の中にあるので膜タンパク質と言いますが、いろいろな種類があります。これからお話しするイオンチャネルも膜タンパク質ですし、受容体も細胞外から中に情報を伝達する機能を持っている膜タンパク質です。細胞外からやってくる物質と結合して、それがきっかけになって細胞内に生理的な変化を引き起こします。このような膜タンパク質が脂質二重層の中に浮かんでいるというのが基本的な膜の構造になります。

( slide No. 4 )  物質は原子からできています。この原子は正の電荷を持つ原子核と負の電荷を持ついくつかの電子からなっています。原子核の中には陽子と場合によっては中性子が存在します。陽子の数と電子の数が同じですから、原子全体では電気的に中性になっています。

 原子が電子をいくつかなくした場合、陽子の数が電子の数よりも多くなりますから、正の電荷を持つようになります。これを陽イオンと言います。逆に原子に電子がいくつか余分に付くと、負の電荷を持っている電子のほうが陽子の数より多くなりますから、原子が負の電荷も持つようになります。これを陰イオンと言います。

( slide No. 5 )
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      NaCl  → Na(+) +Cl(-) 
  塩化ナトリウム
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 例えば食塩は正式には塩化ナトリウムですが、これを水に溶かすと、正の電荷を一つ持つナトリウムイオンと負の電荷を一つ持つ塩素イオンに分かれます。

 細胞外液の主な陽イオンはナトリウムイオンで、主な陰イオンは塩素イオンであることは、細胞が海水に似た薄まった食塩液の中を漂っているのに例えられ、私たち生命は海から生まれたとする生命の起源を考えると、納得できるのではないかと思います。ナトリウムイオンや塩素イオンの他に体液に含まれる重要なイオンとして、1価の陽イオンであるカリウムイオンK(+)と2価の陽イオンであるカルシウムイオンCa(2+)があります。

( slide No. 6 ) イオンチャネルは左図に示したように、「膜の内外にまたがるイオンの通路を持ったタンパク質」と定義されています。先ほど言いましたように脂質二重層の中に膜タンパク質であるチャネルタンパクが存在することになります。この図の「・」はナトリウムイオンは細胞外液にたくさんあり、細胞内には少ないのを模式的に表しています。右には他のイオンの細胞内外の濃度の違いを活字の大きさで示しています。カリウムイオンは細胞内にたくさんあって、外には少ない。塩素イオンは細胞外にたくさん存在します。カルシウムイオンもやはり細胞外に細胞内の1万倍ぐらいという非常に高い濃度差をもって存在しています。

 細胞外にナトリウムがたくさんあって、内には少ない。逆にカリウムイオンは細胞内にたくさんあって、外には少ない。この細胞内外の濃度差を生み出しているのは、やはり細胞膜に存在しているナトリウムポンプという膜タンパク質があるからです。このナトリウムポンプがエネルギーを使ってナトリウムを細胞内から外に送り出し、カリウムを細胞外から細胞内に汲み入れるということを行った結果、こういう濃度差は生じています。

( slide No. 7 ) イオンチャネルはどういうときに開くかによって2つに分類されます。

 細胞外を基準にして細胞内の電位を「膜電位」と言いますが、その膜電位が変わることがきっかけになってチャネルが開く場合と、チャネルに特定の物質が結合することによって開く場合があります。きょうお話しするチャネルは、細胞内の電位が変わることによって開く「電位依存性イオンチャネル」です。

 細胞が静止している(興奮していない)とき、細胞外を0mVとすると、細胞内は -90mVぐらいの陰性になっています。こういう状況を「分極」していると言います。心筋細胞に周辺から興奮が伝わってくると、-90mV の陰性の値がやや -60mVぐらいに陰性の度合いが減ります。それを「脱分極」と言います。

 -60mV ぐらいになると、生理的に閉じていたナトリウムチャネルが開きます。先ほど説明したように、細胞外のナトリウム濃度は高い。具体的には細胞外の 140mMのナトリウムに対して、細胞内は10mMぐらいの濃度しかありません。物質は濃度が高いところから低いところに自然に移動するので、ここでナトリウムチャネルが開くと、濃度の違いによってナトリウムは細胞外から細胞内に移動することになります。さらに、細胞内は細胞外に比べて -60mVの陰性になっているので、正の電荷を帯びているナトリウムイオンは電気的にも引かれて細胞内に中に入ってきます。

 ですから濃度差の違いと電気的な力の両方が働いて、大量のナトリウムが細胞外から細胞内に入ってくることになります。

( slide No. 8 ) 細胞内の膜電位が静止時から興奮したときにどのように変わるのか経過を示した図です。分極しているときは -90mVぐらいの陰性の値を示していますが、ナトリウムチャネルが開くと、ナトリウムが細胞外から中にどっと一時に入ってきます。そうすると細胞内の電位は0mVを通り越して、逆に正の値の取ることになります。これで細胞が興奮したあるいは活動電位が生じたことになります。

 ナトリウム電流(Na電流)が流れたことに続いてカルシウムイオンが外から内に入ってきます。きょうの話とは直接関係ないのですが、心筋は筋肉の一種ですから、カルシウムイオンが細胞外から細胞内に流入して細胞内カルシウム濃度が静止時の10倍くらいに高くなると、これがきっかけになって収縮します。

 一たんプラスになった後、膜電位は0mV付近で一定の値を取ります。これをプラトー層と言います。このプラトー層を持つのが心筋の活動電位の大きな特徴になっています。

 膜電位は0mV付近でずっと止まっていますが、そうこうするうちに今度はカリウムイオンチャネルが開きます。先ほど言いましたようにカリウムは細胞内にたくさんあって細胞外には少ない。ですから、カリウムチャネルが開くとナトリウムとは逆に、細胞内から外にイオンが移動することになります。この正の電荷を持ったイオンが外に流れだすので、細胞内の電位はもとの -90mVの値に戻ります。これを「再分極」すると言います。

( slide No. 9 ) 心臓は右心房、右心室、左心房、左心室の4つの部屋からできています。心臓を取り出して細胞外液に似た組成の人工液に漬けておくと、心臓は数時間動き続けます。心臓には自分で興奮する(電気的な活動をする)ことができる力を持っているからで、「自動能」があると言います。

 心臓の興奮が最初に起きるのは上大静脈と右心房の境目にある洞房結節です。ここでまず自発的に活動電位が生じ、この興奮は心房に伝わります。少し遅れて心房筋で活動電位が生じます。その次に心房と心室の境界面にある房室結節が興奮します。この後、ヒス束を通ってプルキンエ線維を伝わって、最終的に心室筋に伝わります。

 ピンク色で示している細胞は自分で興奮を発してその興奮を伝えることができる細胞で、「刺激伝導系細胞」と言います。それに対して黄色で示している心房筋、心室筋の細胞は収縮をすることによって血液を拍出する心臓としての役割をする細胞で、刺激伝導系細胞と普通の筋細胞の役割分担をしていることになります。

( slide No. 10 )  私たちの胴体は電気をよく通しますので、心房筋、心室筋の興奮や再分極を体表面から記録することができます。それが心電図です。誰もが今までに一度は心電図の検査を受けられたと思いますが、心電図はP波という小さな波形とQRSという波形とその後にしばらくおいてT波という波形が生じます。このP波は心房が脱分極するときに記録される波形です。QRSは心室筋が興奮しはじめてから心室内を伝導するときに生じる波形です。T波は心室筋が再分極するときに生じる波形です。

  先ほど言いました房室結節、ヒス束、プルキンエといった刺激伝導系細胞の興奮はその細胞数が少ないのと、心臓の中心部に存在しているために心電図は記録できません。心電図で記録できるのは大量に存在する心房筋と心室筋の電気現象になります。

 この2つの図の対応からわかりますように、このQT時間は活動電位の立ち上がりから再分極が終了するまでの活動電位持続時間にほぼ一致します。

( slide No. 11 )  QT時間が延長しているということは活動電位が延びていることと等しいということがおわかりいただけたかと思います。心筋活動電位の成り立ちから考えますと、活動電位が延びるのは内向きに流れる電流が流れ続けるか、あるいは再分極を引き起こす外向きのカリウム電流(K電流)が小さいか、いずれの場合でも延びるだろうと推測されます。

 実際に、先天性QT延長症候群の家系で見つかった遺伝子異常では、心筋細胞でNa電流の持続やK電流の減少を引き起こしていることがわかりました。

( slide No. 12 )  遺伝子とタンパク質の関係について簡単に説明します。タンパク質はアミノ酸が長くつながったもので、ここにはアミノ酸の構造式を示しています。真ん中の炭素原子にアミノ基 (−NH2)、カルボキシル基(-COOH)、水素原子(H)、そしてR(側鎖)が結合しています。すべてのアミノ酸に共通しているのは右の部分で、側鎖の違いで20種類のアミノ酸に分類できます。アミノ酸は隣同士のアミノ基とカルボキシル基が結合して、それが長い鎖状につながってタンパク質ができます。

 今まで遺伝子という言葉を使ってきましたが、遺伝子の本体はDNA(デオキシリボ核酸)です。先月の公開講座でDNA鑑定の話を聞かれたと思いますので、ある程度ご存じかと思います。このDNAがタンパク質の設計図、鋳型になります。アミノ酸のつながり方はDNAを構成する4つのヌクレオチドの配列に基づいています。3つのヌクレオチドの組み合わせが1つのアミノ酸を意味する暗号になっています。

 細胞の核の中でDNAをもとにして伝令リボ核酸(mRNA)が作られます。このmRNAは核の外に出て、リボゾームという粒子の表面に結合します。もう一つ、別のRNA、転移リボ核酸(tRNA)があります。このtRNAはアミノ酸を分配する機能を果たしています。このtRNAはmRNAの暗号に合致したアミノ酸を分配していきます。このmRNAの上でDNAの情報に基づいてアミノ酸が次々とつながっていくことでタンパク質が合成されます。

( slide No. 13 )  ですから、正常でないDNAヌクレオチドをもとにすると、正常でないタンパク質ができることはわかっていただけたと思います。

 ヒトの心筋のナトリウムチャネルは2016個のアミノ酸からなっています。そのアミノ酸は大まかに、6回膜を貫通する部分を一まとめにして、4つの部分に分けて考えられます。

 この正常でない遺伝子がもとになってできたタンパク質がどういう機能を持っているかを調べる方法として、アフリカツメガエルの卵母細胞を利用します。この卵母細胞に、あらかじめわかっているDNAをもとにして、mRNAを人工的に合成します。この合成mRNAをカエルの卵に注入して2〜3日間孵卵器の中に入れておくと、カエルの卵はよそから入ってきた自分のものではない合成mRNAにあったタンパク質をせっせと合成します。それがカエルの卵母細胞の細胞膜上に移動して、チャネルタンパクとして発現します。

 ですから卵母細胞に膜電位固定法という電気生理の実験を行うことによって、目的とする遺伝子からできたチャネルの機能を調べることができます。

 正常の遺伝子がもとになってできたナトリウムチャネルを流れる電流は、ここのところで膜電位が変わっています。細胞外から陽イオンが流れ込むときを下向きの振れで表します。正常の場合、Na電流は一瞬流れるともう流れなくなります。それに対して、3番目と4番目のグループのちょうどつなぎめのところのアミノ酸が3つ欠損している異常なチャネルタンパクを流れる電流では、正常の場合と違って、内向きの電流の値は小さいのですが、ずっと流れています。

 この結果、陽イオンが細胞外から細胞内に流れ続けることで活動電位持続時間が延びることがおわかりいただけると思います。

( slide No. 14 )  もう一つ、K電流が少なくなった場合があります。再分極を起こすK電流には2種類あります。ゆっくり流れるK電流(IKS)はKvLQT1という遺伝子とIsKという遺伝子がもとになった2種類のタンパク質でできています。KvLQT1がもとになってできたタンパクは6回膜を出たり入ったりするタンパク質です。それに対してIsK遺伝子からできたタンパクは膜貫通が1回の非常にシンプルを形をしています。このIsKタンパクは主になるタンパクのマクロ的な働きをしていると考えられています。

 KvLQT1のタンパクとIsKタンパク、それぞれ4つが一組になって一つのチャネルを作っていると考えられます。KvLQT1とIsK遺伝子のいずれかに異常があれば合成されるチャネルタンパクにも異常が生じますが、今までに見つかっている症例ではKvLQT1の異常がIsKの異常に比べてずっと頻度が高い。

( slide No. 15 )  もう一つの、前の電流に比べると比較的速く流れだすK電流(IKR)はHERG遺伝子をもとにしたタンパク質で形成されています。この図ではここの正常のアミノ酸はA(アラニン)ですが、V(バリン)に置き替わった例を示しております。このような異常が見つかっています。先ほどと同じようにアフリカツメガエルの卵母細胞に合成mRNAを注入して、その表面にチャネルタンパクを出現させ、電気的に解析します。

 ここで細胞内は正の状態に脱分極しています。そしてカリウムが時間の経過とともに増加して流れだします。これが正常の場合で、外向きに流れる電流によって心筋細胞は再分極します。異常がある場合には、比較すると明らかなように、外向きの電流は非常に小さくなります。

 ここに線が何本もありますが、これは細胞内膜電位の脱分極の手をいろいろ変えたために生じた違いです。それでも一応大まかに、これだけの外向き電流が流れるのに対して異常の場合は流れていないということになります。

( slide No. 16 )
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  内向き電流が流れ続ける
 (+外向き電流の値が小さい)
 → 活動電位が延びる
 → QT延長
 → 不整脈
 → 失神発作、突然死
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 内向き電流(Na電流)が流れ続け、外向き電流(K電流)の値が小さくなるという遺伝子異常に起因して膜電流が異常になり、再分極が遅れて活動電位が延びます。この点線で示したのが異常の場合ですが、この活動電位が延びるのに一致して心電図のQT時間も延びます。また、活動電位が延びると再分極の途中で早期興奮分極という異常な脱分極が発生して、これがきっかけになって不整脈が生じることになります。

 正常の場合では、一秒間に1回ぐらいの割で規則正しく心臓は興奮しているわけですが、QT延長症候群の患者さんに不整脈が起こったときの心電図では、こういう不規則な波形が生じます。電気的な興奮が心筋に伝わり、心筋が収縮することによって血液を送り出すというのが心臓の機能になります。不規則な興奮状態では十分な血液を心臓から送り出すことができなくなり、例えば脳が血流不足に陥ると失神発作を起こします。場合によっては心停止あるいは突然死になります。

 きょうお話ししたQT延長症候群は1万〜1万5千人に1人という頻度で起きる病気で決してよくある病気ではありません。ですが、40年ぐらい前から報告されていて、つい最近、病気の原因がはっきり解明されたので紹介しました。心臓は血液を送り出すだけではなく、それに先立つ電気的な興奮を起こしています。その活動電位、それを体表面で記録した心電図、心臓の電気的な活動について多少理解していただければ幸いです。

司 会 どうもありがとうございました。外国に行ったような気分にさせる、なかなか難しい話だったと思います。こういう基礎医学があって我々の臨床があります。

質問1 血圧が高くてカルシウム拮抗剤を飲んでおります。いまのお話からすると、カルシウム拮抗剤はカルシウムイオンが細胞を興奮させるのを抑制させようというのが狙いなのでしょうか。

松 田 そうです。これまでは心臓の細胞で話をしましたが、血管平滑筋の細胞にもカルシウムイオンが関係します。血管平滑筋の細胞外から細胞内にカルシウムが入ってくると、それがきっかけになって収縮します。そうすると血管の半径が小さくなって血圧が上がりますので、カルシウム拮抗剤を飲むことによって血管平滑筋の収縮を抑えて、血圧を下げていくことになります。ですから恐らく心臓の血液を送り出す作用もちょっと抑えられています。

質問(続) それと骨を形成しているカルシウムとの関係は?

松 田 いまお話ししたカルシウムはイオン化したCa(2+)の形のカルシウムです。私たちの体内には他にタンパク質と結合したカルシウムもあります。骨の中にあるカルシウムはそういう状態で存在しています。血液中のカルシウム濃度もある一定の濃度に保たれるのですが、例えば足りなくなれば骨から溶けだして補充します。

質問2 レジメの図1ではナトリウムは外から中へ入るばかりで、カリウムは中から外へ出るばかりです。生体はバランスをとっているはずですから、それを相殺する働きはどこかにありますね。

松 田 それはナトリウムポンプと呼ばれるものです。チャネルを流れるイオンの移動はエネルギーを使わないで、濃度の高いところから低いところにあるいは電気的な力で移動します。ナトリウムポンプはやはり細胞膜に存在して、エネルギーを使って濃度勾配とは逆方向に動かします。ナトリウムチャネルが開いて細胞外から細胞内に入ってきたナトリウムイオンは、ナトリウムポンプで細胞内から外に出されます。カリウムは逆に外から中にエネルギーを使って取り込まれます。細胞内濃度をそうやって保っています。

質問(続) それは同じ細胞の中に起こっているわけですね。

松 田 ナトリウムポンプはほとんどすべての細胞に存在している装置です。

司 会 人の体は不思議なもので、海の中に生きていたというのも印象的です。それでは先生、ありがとうございました。

この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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