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関西医科大学第3回市民連続公開講座
「麻酔とは? 安全な麻酔を受けるために」
新宮 興(関西医科大学麻酔科学教授)
平成12年(2000年)11月18日(土)15時00分〜16時00分
関西医科大学南館臨床講堂
司会 赤木助教授(整形外科学)
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司 会(赤木 繁夫・関西医科大学整形外科学助教授) 先ほどの松田教授の基礎のお話は我々が聞いていても非常に難しいけれども、非常に大事な領域です。この会場の皆さんの中には手術を受けられた方もいると思いますが、次の麻酔のお話は実感として理解しやすいのではないかと思います。我々外科系にとっても非常にお世話になっている領域でもあります。それでは麻酔科の新宮教授から麻酔の一般についてお話をうかがいたいと思います。よろしくお願いします。

新 宮(関西医科大学麻酔科学教授) 松田先生の最後のほうだけ後ろで聞かせていただきましたが、カリウムチャネルがどうだ、ナトリウムチャネルがこうだという非常に難しい話でした。「この薬を入れるとみんな寝ちゃうよ」というのが麻酔薬ですが、麻酔がなぜ効くか、麻酔薬を使うとなぜ眠るかというのは、実はいまのお話の中のチャネルが関係しています。麻酔薬がこのナトリウムチャネルをブロック(遮断)してナトリウムが細胞内に入れないので、細胞が興奮できない。またカリウムチャネルをブロックしてカリウムが外に出られないということにも大きく関連しています。「本当にそうなのか」と問われると、「よくわかりません」としか答えようがないのですが。

 「麻酔がなぜ効くか」ということがわかればノーベル賞だと言われているぐらいよくわかっていません。人にはなぜ意識があるのか。夜寝ているときの睡眠(自然睡眠)と麻酔で意識が消失したのとはどう違うのか。普通、自然睡眠では叩くと目が覚めます。麻酔中に叩いて起きたのでは手術ができません。そういうレベルで多々話をしています。

 昔やっていた実験では、浴槽の中にオタマジャクシを入れて、その中に麻酔薬を入れるもしくは麻酔のガスをブクブクと入れる。そうすると麻酔がかかって、動いていたオタマジャクシが動かなくなります。そこへ今度は高圧酸素室の2気圧あるいはその倍、あるいは50気圧に圧をぐっと強くすると、そのオタマジャクシが動きだすという現象が見られます。それを「圧拮抗」(圧をかけることによって麻酔から覚めること)といいます。

 それを説明するのに考えられたのが細胞膜上の先ほどのチャネルで、(+)の電荷を持ったナトリウムイオンがすっと入って膜を興奮させる機構です。麻酔薬はその膜チャネルの間隙にいっぱい入ってどんどん狭くするので、ナトリウムがそのチャネルを通って細胞内に入れない。したがって細胞は興奮できず、寝てしまう。そこへ例えば50気圧の圧をかけると、膜自身も小さくなりますが、チャネルを圧迫していた麻酔薬分子そのものも小さくなって、またチャネルが開いてしまう。そうするとナトリウムが細胞内に入って興奮できるので、また泳ぐようになる。

 オタマジャクシが1匹泳いでいる→泳がなくなる→圧をかけるとまた泳ぎだす。その実験から、麻酔薬は膜の中に入ってどうこうするともっともらしく、本当なのか嘘なのかよくわからない話をしていますが、それが麻酔薬の本来の作用機構とも言われています。ですから、松田先生のナトリウムチャネル、カリウムチャネルは麻酔科学にとっては非常に重要なことです。

 また long QT syndrome は不整脈を起こすという話がありましたが、そういう患者さんが麻酔下で手術を受けると、急に心停止することがあります。心停止すると心臓から血液を送ることができなくなるので、心電図でQT間隔が延びている人には、その間隔を縮ませるような薬を投与しながら麻酔をします。それがそういう患者さんに対する麻酔法の大きな、最近特に言われている問題点です。

( slide No. 1 ) 「麻酔とは?」

( slide No. 2 ) これは本学の病院の手術室の入り口です。「中央手術部」の下に「関係者以外立入禁止」と書いています。ゴミなどが手術室で舞っては困るので、手術室を清潔に保つために入室する人をできるだけ少なくしたい。そこで関係者以外は立入禁止にしています。本来であれば、どんな人でも来て手術を見ていいのかもしれませんが、患者さんのプライバシーの問題と、手術室をいかに清潔に無菌的に保つかということで、手術室は基本的に密室になっています。私たち麻酔科医は一日のほとんどをこの密室の中で働いています。

 皆さんは実際に手術室の中がどうなっているのかご存じなくて、かつ麻酔科医が手術の前になって「明日、全身麻酔でやりましょうか」、「局所麻酔で、ちょっとぼやっとする薬を入れますよ」と説明だけして当日になります。つまり麻酔科の医者は術前に患者さんと十分な話をする間もなく、密室の中で仕事をしています。仕事の相手(患者さん)も麻酔をかけられて眠ってしまっているので、どういう状況に自分が置かれて、どういう人がそこで働いているかわからない。ということで、手術室から出てきて足がちょっと動かないとなると、麻酔科医が何か悪いことをしたのではないかとおっしゃる。医療事故が発生すると麻酔科がよく出てくるので評判が悪い。麻酔科医になるのが少なくて私は困っていますが。

 そういう密室性が手術室の一つの大きな問題点になります。せっかくの市民公開講座ですから、麻酔科医はどんなことをしてどんなことを考えているのかということを知っていただきたいということで、きょうのお話をさせていただきます。

( slide No. 3 ) これは心臓手術をやる病院の中で一番広い手術室です。手術台があり、ここに麻酔器があります。ここに患者さんがどういう状態かというのを把握するためのモニターがあります。

 患者さんは裸で手術を受けていますから、体温がだんだん下がってきます。体温が下がってくると、麻酔からなかなか覚めにくいとか心臓の動きが悪くなるとか、いろいろなことが起こるので、ベッドのシーツの下にはお湯が循環する warmer mat が敷いています。温めたお湯をポンプでマットに循環させて体温が下がらないように保温します。

 棚の中にはいろいろな薬や点滴をするための器具等を入れています。

 無影燈。一つのランプで照らすと反対側に影ができて、手元が暗くなります。いくつものランプで照らすと影が打ち消しあって、影がない状態で手術ができます。

( slide No. 4 ) Rotate で来ている研修医ですが、手術をしている間、こういう中で麻酔科医は血圧を測ったり点滴をしたり、モニターを見て患者さんの時々刻々の状態を監視し、かつそれに対して必要な処置をするという仕事をしております。

( slide No. 5 )
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  麻酔の目的
  1.患者さんの苦痛除去
 2.手術をしやすくする
 3.生体管理
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 麻酔の目的は1番にはいかに患者さんの苦痛を除去するか。苦痛を取り除くには意識を低下させる、もしくは消失させることが必要になります。意識があるままで手術を受けると、痛いし、不安ですし、怖い。外科の先生は手術をして病気を治しますが、手術をするためにどうしても痛い思いもしくは苦しい思いを患者さんにさせざるを得ない。患者さんからいかにその苦しいとか痛いという思いを取り除くかというのが麻酔科医の第1の仕事になります。

 2つ目は手術をしやすくする。手術をしているとき、患者さんは意識がないので痛みを感じませんが、手術操作に対して体を動かしたのでは手術になりません。最近は顕微鏡下で手術をすることもありますので、手術のしやすい状況をいかに作るかというのが2つ目の麻酔の目的になります。

 3つ目は生体管理です。患者さんの状態は時々刻々変わります。心臓は規則正しく打っているか。呼吸は自分でちゃんとできているか。こちらで呼吸を止めるときには、こちらでちゃんとした呼吸をさせているか。出血をすればその量に応じて輸血なり輸液をして、十分な血液量を保たないといけない。尿はちゃんと出ているか。体温は36〜37℃ぐらいにキープできているか。そういうふうな生体管理をすることが麻酔の3番目の目的、役割になります。 ( slide No. 6 )
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  麻酔の要素
  1.意識消失
 2.鎮痛
 3.筋弛緩
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 麻酔の要素を考えてみます。まず第1の要素は意識を除くことです。患者さんの意識をなくして不安や苦痛などの嫌な思いをさせない。2つ目は痛くないように鎮痛をすること。3つ目の要素は、骨格筋が収縮して体が動いたのでは手術にならないので、筋弛緩薬を用いて手術野を確保します。

 例えば筋弛緩を使わずにお腹を切ると、切腹したのと同じで、腸が外に出てきます。そういう状態では胃の手術はできません。お腹の中で腸がちゃんと納まった状態でかつ腹筋が収縮しないように柔らかくしておかないと、手術ができない。ですから開腹術では筋弛緩がどうしても必要になります。

( slide No. 7 )
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  意識消失に用いる薬物(全身麻酔薬)
  1.吸入麻酔薬
   (笑気、セボフルラン、イソフルラン)
 2.静脈麻酔薬
   (プロポフォール、ケタミン)
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 要素の第1は意識消失です。これには全身麻酔薬が用いられますが、どうして効くかは最終的にはよくわかっていません。

 全身麻酔薬を投与する方法もしくは薬の形として、一つは吸入麻酔薬です。麻酔ガスとも言われているもので、呼吸によって体内に取り込ませます。もう一つは点滴で静脈から体の中に投与する静脈麻酔薬。この2つに大きく分けられます。

 吸入麻酔薬では笑気が一番よく使われますが、効力が弱いので、この笑気だけで麻酔をかけることはできません。ですから、セボフルランやイソフルランと一緒に使います。

 笑気だけを吸入すると顔面の筋肉がちょっと引きつったようになり、それがいかにも笑ったように見えることから「笑気」、英語でもそのまま laughing gas と言います。1800年代のヨーロッパでは、笑気をボンベに詰めて全国へ興行として回って、それを吸って笑っているように見えるのを見せ物にしていたこともあります。麻薬みたいたところがあって、吸った本人は非常にいい気分になって痛みもありません。

 セボフルラン、イソフルランは割と最近出てきた薬で、本来は瓶の中に入った液体です。それを気化させて患者さんに吸ってもらうようにしています。

 静脈麻酔薬では最近はプロポフォール、ケタミン。特にプロポフォールがよく使われています。これは牛乳のような白い液体の中に溶かしていますので、いかにも牛乳を入れられているのか……XXX医大の牛乳事故と間違われそうな薬です。

( slide No. 8 ) マスクで笑気と酸素と麻酔ガスの混合ガスを吸っている間に眠ります。大人の場合はほとんど静脈麻酔薬で、静脈路を確保して、そのラインにそっと薬を入れれば眠ってしまいますが、子供の場合は点滴のラインを取ろうにも痛がってなかなか取らせてくれません。そこで、こういうマスクで、時々は無理やり押さえつけて麻酔ガスを吸わせることもあります。

 前に使っていた吸入麻酔薬は刺激性があって、ちょっと吸うと咳き込むことがありましたが、セボフルランは割といい匂いがするので、4、5歳ぐらいになれば「いい匂いがするよ」、「うん」、「大きな息をしてごらん」と言っているうちに眠ってしまいます。だけど聞き分けのない子供は騒ぎますから、それを無理やり押さえつけて、「患者の同意が得られていないけどなあ」と言いながら麻酔をすることもあります。

( slide No. 9 ) もう一つの静脈麻酔は、動かしても血管が破れることのない短いプラスチックのカテーテルを静脈に入れて、そのルートの横から薬を血管に入れて、心臓へ帰って、全身を回って、特に脳に行けば、眠ってしまいます。手から心臓へ行って脳に届くまでにだいたい10秒くらいかかります。ですから効果の早く出る薬でも、どんなに早く寝かせようとしても、入れてから10秒はどうしてもかかります。

 この写真の場合、静脈薬を使いますが、静脈路を取ってすぐに眠らせたいときには、20秒ぐらいで眠ってしまいます。

 指の先に付けているのはパルスオキシメーター、脈(パルス)と酸素(オキシ)のメーターで、これによって1分間に何回心臓が動いているか(脈波)と指に流れている血液中に酸素がどれだけあるかを、時々刻々測定をします。最近、スポーツクラブでは耳に挟んで1分間の脈拍数を調べていますね。あれと基本的には同じような原理です。

 酸素はヘモグロビンによって運ばれますが、そのヘモグロビンのうち何%が酸素と結合しているかを測定しています。 100%はすべてのヘモグロビンが酸素と結合していて、十分酸素があります。50%しか酸素と結合していなければ、酸素飽和度は50%ということになります。だいたい90〜100 %の間であれば、ほぼ動脈血の中に酸素はあると判断します。

( slide No. 10 )
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  鎮痛薬と鎮痛手段
  1.麻薬(モルヒネ、フェンタニル)
 2.局所麻酔、脊椎麻酔、硬膜外麻酔
     (局所麻酔薬)
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 2つ目の麻酔の要素、鎮痛では、鎮痛薬を投与する方法と、もう一つは局所麻酔薬を使う方法があります。

 鎮痛薬としてはモルヒネという麻薬性鎮痛薬が一番よく使われています。皆さんよくご存じのモルヒネです。その他に、モルヒネの 100倍くらいの力価(作用の強さ)があるフェンタニルという薬を、これは麻酔科領域だけですが、使います。

 もう一つの重要な鎮痛手段は局所麻酔薬を使う方法です。痛み刺激は皮膚を初めとする身体の各部分から脊髄を通って脳へ伝わって各種反応を引き起こします。そこで刺激が脳に至るまでのいずれかの場所で遮断されれば、反応を起こす原因を軽減することができます。

 脊椎麻酔(腰椎麻酔、脊髄麻酔ともいう)は脊髄に入ってくる神経をブロックします。例えば足の痛みは、足の知覚神経の神経根が脊髄に入って、脊髄から脳へ伝えられています。脊髄の周囲には脳脊髄液があり、背中から針を入れてその髄液が戻ってくれば、針先が脊髄の外側にきちんとあるということがわかります。それを確認してから局所麻酔薬を入れると、脊髄に入っていく神経が遮断され、痛いという情報が脊髄に行かない。それが脊椎麻酔です。

 硬膜外麻酔は、脊髄を包んでいる袋のような膜を硬膜といいますが、その外側に局所麻酔薬を入れて、脊髄に入っていく神経の信号を遮断しようとするものです。

 局所麻酔薬は、先ほどの松田先生の話とつないで言いますと、ナトリウムチャネルを遮断する薬です。痛い、触っている、冷たいなどの情報は神経を介して伝達されますが、その伝達は神経細胞のナトリウムチャネルが開いてナトリウムが流入することによって信号化され伝えられています。電線ケーブルの中を電気が流れるのと基本的に同じ考え方です。その伝達を局所麻酔薬はブロックします。

 ですから局所麻酔薬を皮膚に注射すればそこの神経の興奮を抑えますし、脊椎麻酔では脊髄に入っていく神経根を、硬膜外麻酔は硬膜外で信号伝達をブロックしようというやり方です。

( slide No. 11 )
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  硬膜外麻酔
  1.脊髄に入る信号(痛みなど)を遮断する
 2.カテーテルを背中から留置し、持続的に
   薬物を投与することが可能
 3.術後の鎮痛にも使用できる
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 最近は硬膜外麻酔と意識を消失させるための全身麻酔とを組み合わせる方法が一般的になっています。麻薬性鎮痛薬を使わずに。これは昔からやっていたのですが、保険では全身麻酔のみもしくは局所麻酔のみでしか請求できなかった。ところが昭和天皇が病気されて手術を受けられたときに、硬膜外麻酔と全身麻酔を併用して以降、硬膜外麻酔+全身麻酔が保険でも認めらました。これは、合併症があることにはあるのですが、患者さんにとっては楽な方法です。

 まず、手術後にもカテーテルを硬膜外腔に入れるので、そこで局所麻酔薬は痛いという信号をブロックして、脊髄及び脳に全然伝達しない。しかも痛いという刺激によって起こる、例えば血圧が上昇する、体を動かすなどの(反射的な)生体反応を、「痛み刺激」情報そのものを入力するところでブロックするので、治療上身体の有害な反応を抑えることができます。

 2つ目はカテーテルを背中から硬膜外のところへ針を留置しておくと、持続的にいくらでも好きなときに追加することができます。24時間であろうとも、半月であろうとも、1年でも投与することができます。

 この方法は痛みを取り除く手段であって意識を消失させることはないので、術中だけでなく、術後にも痛みを軽減することが可能になります。

( slide No. 12 )  このカテーテルの先は背中から硬膜外腔に入っていますが、ここにフィルターがあって余計なものが入らないようにしています。この風船の中には痛み止めの局所麻酔薬と、時には麻薬を一緒に入れます。この写真のは 100ml容量ですから、1時間で2mlで50時間分、丸2日間の薬が入っていることになります。風船はしぼんでいこうとしますから、術後丸2日、痛み止めの薬が持続的に硬膜外腔へ入ります。

 もう一つ、この黒いボタンを押すと、リザーバーに入っている薬も一緒に送ることができます。この風船から局所麻酔薬が1時間に2mlずつ入りますが、それでも痛いときには、患者さんが自発的にこのボタンを押して(1時間2ml)+(自分の押した分の薬)を入れます。こうして痛みを軽減します。この方法を、患者さん自身で痛みをコントロールする方法という意味で patient controlled analgesia (PCA)と言います。

 こうしますと、術後、痛いときにナースコールを押さなくていもいい、看護婦さんも一々行かなくても済む。研究者はボタンを押した回数を測定することで、新しい麻酔方法もしくは新しい術後の鎮痛方法の研究ができます。例えば今までなら10回押していたのに2回しか押さなくなった。ということはこの鎮痛法がずっと優れていると判断できます。

( slide No. 13 )
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  手術野の確保(筋弛緩薬)
  1.運動神経−骨格筋間の伝達回路により
     骨格筋の収縮を阻害する
 2.呼吸筋麻痺:呼吸停止を起こすため
     人工呼吸が必要
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 手術野を確保するために筋弛緩薬を使います。私たちは手を動かそうとするときに、脳から手を動かせという指令を筋肉まで伝えていきます、脳→脊髄→運動神経→筋肉(骨格筋)。筋弛緩薬は運動神経と筋肉との接合部(信号を伝えるところ)での伝達を阻害する薬で、それによって骨格筋の収縮を阻害します。運動神経と骨格筋との間をブロックするのであって、運動神経が行っていない心臓を止めることもありませんし、消化管などの平滑筋には作用しないので、腸や胃の動き、血管の収縮の動きにも影響しません。

 ところが呼吸は、自分で息をしようとすると大きな息ができます。横隔膜に行っている横隔神経、肋間筋に行っている肋間神経を通じて筋肉を収縮させて、私たちは呼吸をしています。筋弛緩薬は全身に投与することになるので、全身の骨格筋が動かなくなり、呼吸は止まります。愛犬家殺人事件でしたか、筋弛緩薬のサクシニルコリンを盗み出して殺人を犯したという事件がありました。そのように筋弛緩薬は毒薬ですが、麻酔科では必要に応じて使わなければなりません。

 呼吸筋が麻痺すれば自発呼吸ができませんので、手術中は当然人工呼吸器で呼吸を管理することになります。筋弛緩薬を入れたときには必ず人工呼吸が必要ですが、全身麻酔をするとすべての例で筋弛緩薬を使うかというとそうではない。例えばヘルニアや乳房の手術など、体表面の手術では筋弛緩の必要がなく、患者さんが動かなければ手術ができます。だけど開腹手術の場合は筋肉を柔らかくしておかないと手術野が確保できないので、筋弛緩薬を使って人工呼吸をするのが一般的です。

 もちろん盲腸(虫垂炎)の手術のときにはお腹を開きますが、脊椎麻酔をすれば、手術をする部位に行っている知覚神経と運動神経とを一緒に麻痺できるので、足も動かないし一緒に筋肉も柔らかくなります。脊椎麻酔が効いている場所で筋弛緩が得られるので、ヘルニアや帝王切開の手術もできます。

( slide No. 14 )  人工呼吸をするときには、まず呼吸する道を作ります。普通は口から気管に挿管して、その管は麻酔器とつながっていて、こちらでバッグを押すなどして人工呼吸をします。この写真は気道を確保するためのラリンゲルマスクという特殊なマスクですが、通常のマスクで呼吸をしてもいいですし、もっと言えば路上で心停止した人に mouth to mouth で人工呼吸をする要領で呼吸をさせることが必要になります。

 この前、喘息の患者さんで絆創膏を切るときに間違えてチューブを切った事件がありました。気管には換気用のチューブともう一本、膨らませて肺に入れたガスを漏れないようにするチューブがあって、こちらのチューブを切ったので、肺がとても硬いと入れたガスが口からどんどん漏れてきます。それが直接の死因なのかどうかわかりませんが、十分な換気ができなかったと新聞に報道されていました。多分ここのチューブで、大もとのチューブではないと思います。

( slide No. 15 )
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  生命維持
  1.呼吸:外界から酸素を取り込む
 2.循環:酸素を身体各部へ運搬する
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 患者さんの苦痛を除く、手術野を確保することの他に、時々刻々と変化する患者さんの状態をモニター(監視)して生命を維持していくことが重要になります。

 生命維持にどうしても必要なのは酸素です。人間は酸素を呼吸によって外界から肺に取り込んでいます。ですから呼吸がちゃんとできているか、もしくはこちらがさせているか。2つ目は循環で、肺に取り込んだ酸素を全身に運搬する循環がどういう状態か。この循環の中に運ぶ媒体である赤血球、ヘモグロビンも含めることができます。この2つが生命を維持する上で重要なものです。これを時々刻々監視すること、そしてそれがおかしければ直ちに対処すること、それが麻酔科医の大きな重要な仕事になります。

( slide No. 16 )
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  手術時の侵襲(ストレス)
   痛み刺激・組織破壊・出血・血流遮断・低体温
   ↓
   神経系・内分泌系・免疫系反応
   ↓
  循環・呼吸・血流量・水分分布・ホルモンなどの変動
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 例えば宇宙旅行では気圧の変化があるとしても、患者さんが眠っていて血圧はいくらで……とモニターしながら行くのは、麻酔科医の立場から言えばそれほど難しくないと思います。ところが手術はそれとは全然違う状態です。

 つまり、患者さんは手術中単に眠っているわけではなくて、外科の先生が実際に手術をしているということが大きな問題なのです。体に加わってくるストレス(侵襲)が時々刻々変わっています。

 出血をしない手術もありますが、あるときはどっと出血し、病巣を摘出し、摘出した標本を病理検査に出して、悪性か良性か鑑定し、癌ならば広く取るから手術はしばらく休憩するということもあります。手術中、同じ刺激が患者さんの体にずっと加わっているわけではなく、ある時は加わり、ある時は休み、ある時は非常に強い刺激に変化します。

 それに応じて患者さんの血圧は上下に変動しますので、患者さんにとって非常によくない。いかに平均化したより安定した状態にするか、それが麻酔科医の非常に重要な生体管理の中心になります。ですから宇宙旅行で何の刺激もなくてすーっと行っているのではなくて、時々刻々変化して加わわる患者さんへの刺激、もしくはそれに対する生体反応をこちらでいかにコントロールするか。

 その手術の侵襲にはどのようなものがあるか考えてみますと、当然一つには痛み刺激があります。切るので組織が破壊されます。出血。時には血管を切ってその先を血流遮断します。血流をクランプして、再灌流させることもあります。そのときにはその先の組織は一時的な虚血状態になります。それから低体温も重要なストレスになります。

 こういうストレスに対して生体は神経系、ホルモン(内分泌)系、もしくは免疫系を介していろいろな反応を起こします。それによってさまざまに変化します。例えば心拍数がふえる・減る、血圧が上がる・下がる、呼吸が速くなる・大きくなる・小さくなる、血液量も出血した量によって変わり、血管外へ水分がどんどん漏れ出ていったり細胞内に貯留したり、水分の体内分布も変化します。それからホルモンも変化します。これらを麻酔科医は常に監視しています。

( slide No. 17 )
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  麻酔中のモニター
  心電図・血圧・経皮的酸素飽和度・体温・
  尿量・出血量・血液検査(血液ガス分布・
  血球数・電解質・血糖など)・吸入酸素濃度・
  呼気炭酸ガス濃度・麻酔ガス濃度・気道内圧・
  換気量・筋弛緩モニター・食道心エコーなど
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 麻酔科医は手術中の時々刻々と変化する生体の反応、生体徴候を、目視が一番ですが、それ以外にいろいろな機器を使って監視します。身体反応は患者さんの持っている持病や年齢によってその程度が異なり、個々の患者さんにとって最も適切と思われる値に調節します。

 心電図。血圧。経皮的酸素飽和度は多くは指のところで、何%のヘモグロビンが酸素と結合しているかを見ます。体温は多くの場合は直腸温、膀胱温もしくは食道温です。ですから患者さんが眠ってしまってから、お尻から体温計を入れて何℃か測ります。

 尿量は体内に水分がちゃんとあるかどうか、腎臓がちゃんと働いているかどうかをモニターするために測定する必要があります。「おしっこをしたい」というのは強い刺激で、そのために血圧がどんどん上がってくることもあります。そういう余分な刺激を与えないためにも、カテーテルを尿道から膀胱に入れて、膀胱にどんどんたまってくる尿を外に出します。出ていれば腎臓はきちんと働き、血液が全身を循環していると判断されます。このカテーテルに体温計をつけて膀胱温を測定することもあります。

 出血量。吸引したり、ガーゼが何gになったかで出血量を計算して、循環血液量から何%の血液が失われたかわかります。体重の約7%が血液量ですから、例えば50kgの人では3500mlの血液が体内にあります。この人が1000mlの出血をすると、持っている血液量の約 1/3量が失われたことになります。

 血液検査のうちの血液ガス分析とは動脈血を採取して、その中に含まれている酸素であるとか炭酸ガスを測定します。赤血球、白血球、血小板、ヘモグロビンはいくらかという血球関係、ナトリウムやカリウムなどの命にかかわる非常に重要な電解質も測定します。それから血糖値。血糖があまりにも高いと昏睡になるし、低すぎても昏睡になります。

 吸入酸素濃度。普通、大気中には20.9%の酸素が含まれていますが、麻酔器で酸素と笑気、もしくは酸素と空気を組み合わせて、いま何%の酸素を吸わせているかをモニターします。これは非常に重要です。それから呼気炭酸ガス濃度、患者さんが吐いた息の中に炭酸ガスがどれだけあるか。

 麻酔ガス濃度。気道内圧。1分間あたりの換気量、何リットルの呼吸をしているか。筋弛緩モニターは筋弛緩薬が十分効いているか、そろそろ自抜気浪燭、どういう合併症があるか、どういう手術法なのか、術前の評価をします。その次に患者さんのところへ話をしに行きます。歯がぐらぐらしていると、口の中に金属を入れることもありますから、歯が抜ける可能性がありますよとか。一番重要なのは日々の生活の中で、息苦しいとか何か異常はありませんかと聞くことですね。それと患者さんと医者との、極めて短い時間ですが、人間関係を作る。これが3つ目の術前訪問、診察です。

 それらをもとにして麻酔の計画を立てます。その次に実際に使用する麻酔機器、その手術に必要な機器、薬物等を準備して、麻酔をします。最後に術後訪問、診察で、術後何か変わったことがなかったかどうかもう一度診て、もし何かあればそれをフィードバックします。

( slide No. 28 )
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  術前の情報
 1.日常生活制限の理由
 2.合併症(高血圧、虚血性心疾患、
       糖尿病、気管支喘息等)
 3.本人の過去の麻酔経過
 4.親族の麻酔経過(悪性高熱症)
 5.最終飲食時間
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 安全な麻酔を実施する上で術前の情報として、麻酔科医が患者さんからどうしても知りたい極めて重要な情報の第1番目は日常生活制限の理由です。ずっと寝たきりの状態なのか、階段を歩いてどうもなく元気な人なのか。階段をどんどん歩いても長距離を歩いても息切れ、動悸、胸痛などがなければ、十分耐えられる心肺機能を持っているので、手術を受けても大丈夫です。かなり大まかな言い方ですが。

 2番目は、「高血圧、虚血性心疾患、糖尿病、気管支喘息などの合併症を持っていますか」、「今までに何か言われたことがありますか」。患者さんによって、あるいは合併している病気によって、同じ痛み刺激をしても反応が違います。これを事前に知っておくと、血圧が上がるかもしれないと予測ができ、前もって血圧を下げる薬を準備もしておきます。糖尿病の人であれば血糖値をコントロールするためのインシュリンを当然準備しておきます。喘息発作が起こったときにはどういう薬がいいのか。普段のときでも単に吸入だけで鎮まるのか、点滴静注してやっと治るのかということも知りたい。

 それから本人が以前に麻酔を受けた経験があれば、そのときの経過はどうだったか。親族、家族など、血縁の人が手術を受けて何かなかったか。何事もなく無事に経過した場合には手術・麻酔薬に対する特異反応が発生する可能性は低いと判断できます。特に悪性高熱症という、麻酔によって非常に高熱になる死亡率の高い遺伝性の疾患があります。うちのおじいさんが前に手術を受けたときは非常に熱が出て、手術も途中で中止したというのであれば大変なことで、それに対して十分検査をする必要が出てきます。

 最後は最終飲食時間。交通事故でもそうですが、最後に食べたり飲んだりしたのはいつなのか。場合によって胃の中に残っている可能性があります。

( slide No. 29 )  本学の病院では水曜日と金曜日に、主に子供の鼠径ヘルニアの日帰り手術をしています。3日もしくは1週間前に診ておいて、当日の朝病院に来て麻酔手術をして、しばらく回復室で過ごして帰っていただきます。子供が多いのでご機嫌をとるために看護婦さんがこんなものを描いてくれました。以上です。

司 会 どうもありがとうございました。いろいろなお話をフランクに聞かせていただきました。

質問1 4年前に歯を治療を受けたときに笑気麻酔をしたのですが、10分ぐらいすると急に息ができなくなって苦しい思いをしました。そのときに腹式呼吸をマスターしていて結局20分後ぐらいで平静になったのですが。その帰りに、幸いお世話になっている病院が近かったので、そこで心電図を取ってもらったんです。心電図には異常がなくて、苦しかったのは呼吸困難になったからではないかと。看護婦さんがそのときに背中をさすりながら「酸素が足りなかったのね」とおっしゃるんです。

 それまでは無事に快適に過ごしていたのですが、それ以来笑気ガスを全く受け付けられなくなっています。その代わりシタネストを使うのですが、これは高血圧の人には効果的だと聞いたのですが、血圧が 140mmHgぐらいから 200とか230mmHg に上がって、心臓が脈打つのが見えるぐらいです。それでも歯学部ではそれを使っているので、「次は麻酔しますね」と言われるとすごく覚悟が要ります。それに代わる血圧が上がることのない薬がないでしょうか。

新 宮 シタネストはプロピトカインという局所麻酔薬で、歯科領域では割と使われています。麻酔科でも医科麻酔と歯科麻酔とはちょっと違って、歯科ではよく使っても医科領域ではあまり使わない薬です。その副作用としてヘモグロビンが変化することがあることはあるのですが、それが直接のものかどうかわかりません。

質問(続) ヘモグロビンが変わるというのは量が……。

新 宮 ヘモグロビンの中の鉄は Fe(2+) の状態で酸素と結合しています。それが酸素が結合しにくい Fe(3+) に変わって、ヘモグロビンはメトヘモグロビンに変化します。それがシタネストの副作用として知られていますが。

質問(続) それは患者側にどういった症状になって表れますか。

新 宮 運搬している酸素量が減ることは起こりえます。(それで血圧が上がる)可能性はありますが、それが直接的な原因かどうか言えません。笑気麻酔によって息がしにくくなったというのはよくわかりませんね。

質問(続) それは1回きりでしたが、苦しかった経験からノイローゼ気味になって、受け付けられません。いくら吸っても酸素が入ってこない。帰りにすぐに内科で心電図を取ると「大丈夫です」ということでしたが。そのシタネストも怖くなっています。

新 宮 他の局所麻酔薬に代えることも手段としてあります。シタネストに代わるものとして一番よく使われているのはリドカイン(商品名キシロカイン)です。

質問(続) 歯科の先生は高血圧の人にはシタネストのほうがいいとおっしゃいます。

新 宮 高血圧だからどうこうというのはあまり関係ないと思います。高血圧で困るのは、基本的には局所麻酔薬と血管収縮薬を混合する場合で、血管を収縮させて血圧を上げるのでよくありません。

質問(続) シタネストには血管収縮薬は入っていないんですね。

新 宮 キシロカインが一番よく使われる薬です。

質問(続) 骨粗鬆症の治療で、ペインクリニックで麻酔を長期に使うと肺炎になりやすいということを最近耳にしましたが、どうでしょうか。

新 宮 それは私は知りません。

質問2 麻酔は体質によって効く人と効かない人がいるというのは本当ですか。

新 宮 例えば「私はお酒を飲みますから麻酔はかかりにくい」と言いますが、お酒を飲む人と飲まない人とを比較した場合、個人差の範囲に入ってしまいますので、実際には違いはないと言ってもいいと思います。アルコールによって肝臓の酵素が変化をしていて、麻酔薬はその肝臓で代謝されるのですから、酵素によってなかなか代謝されない。だから少量でもずっと残っているのではないでしょうか。作用が長引くということはあり得ますが、実際にそれが問題になることはありません。

 最初に test doseといって少量入れて、すこしぼやっとする人、しゃきっとして何ともない人、それだけでこてっと寝てしまう人とさまざまですから、その反応を見て、それに追加をする恰好で麻酔をします。実際の臨床では、患者さんが眠るまで薬を入れて、麻酔から覚めない量をちゃんと維持していますから。患者さんの体重が50kgだから何mg、それだけしか投与しないということはありません。

 手術中は血圧とかいろいろなモニターで監視しながら量を調節していますから、麻酔に効きやすい効きにくいという個人差は当然ありますが、それは手術をするときには問題にならない。それほど気にしなくてもいい。

質問(続) 麻酔が切れるのが早かったので、すぐに痛み止めを打ってもらったのですが、それで効く効かないの体質があるのかと思いました。

新 宮 覚めるのに遅い早いはあります。患者さんによって違います。

 最近の麻酔の流れは「いかに早く覚ますか」です。患者さんは「嫌な思いをさせないで、もっと寝かして」と思うかもしれませんが、いかに早く覚まして、より早く日常生活に戻すか。 fast track という言い方をしていますが、できるだけ早く日常生活に戻れるようにしようという考え方が主流になっています。

 そのときに痛みが出てきたのでは困るので、術後の痛みを抑えるにはどうしたらいいか、薬によって鎮痛できても呼吸抑制がきたらどうするかなど、そういうことを考えていくのが主流です。

司 会 ということですから、安心して手術を受けてください。それではどうもありがとうございました。

この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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