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関西医科大学創設70周年記念・市民連続公開講座
「アトピー性皮膚炎」
関西医科大学皮膚科学教授 堀尾 武
1998年11月7日(土)関西医科大学南館臨床講堂
司会 徳永教授(衛生学)

司会(徳永) では2時間目の授業を始めさせていただきます。授業ではなくてお話ですね。皆さん、学生の若い気分に戻られたのではないかと思います。1時間目は大変難しいお話でございました。1日で一番眠い時間帯のはずなのですが、ほとんど寝ていらっしゃらなくて、すばらしいなあと思いました。一段と頭が冴えたところで、2時間目はアトピー性皮膚炎のお話を本学の皮膚科学教授の堀尾武先生にお願いいたします。最初に堀尾先生のご略歴をご紹介いたします。

 堀尾先生は昭和40年に京都大学をご卒業され、それから間もなくアメリカのペンシルバニア大学の皮膚科学教室に2年間留学して勉強されました。帰国後、京都大学で講師、昭和55年に助教授になられました。本学には助教授として来られ、平成6年に教授に就任して今日に至っております。

 先生が来られてからうちの皮膚科学教室もまた一段と診療や研究が活発になりました。先生はもちろん学会のいろいろな評議員、理事をされていらっしゃいます。たくさんありますので省略いたしますが、アメリカの3つの学会にも入っていらっしゃいます。それから昭和59年に日本皮膚科学会賞を受賞され、また外国も含めていろいろな専門雑誌の編集委員もなさっていらっしゃいます。

 ご専門の領域は、もちろん皮膚科全般は何でもされますが、特に紫外線の生物への影響、特に人間への影響を中心に研究をされ、さらに免疫の研究もなさっていらっしゃいます。きょうの1時間目の講義と関係がありますアレルギーの病気のことも研究されております。

 きょうは最近たびたび話題になる患者さんも多いアトピー性皮膚炎という、皆さんには耳慣れているのですがよくわからないところもたくさんあるかと思います、そこに的を絞ってお話をしてくださいます。ご清聴をお願いいたします。


堀尾 

 ご紹介にあずかりました皮膚科の堀尾でございます。本日は本当にたくさんの方々に関西医大にお越しいただきまして、ありがとうございます。少々あがっておりますけれども(笑)。私は学生の講義をここの講堂でします。全員来ますとこれぐらい入るはずなんですけども、いつもこんなに集まらないというのはどういうことなんでしょうか。本日は非常にやる気が出てまいりました(笑)。できるだけわかりやすく話したいと思います。司会の徳永先生は病理学のご紹介はなさったのですが、皮膚科学の紹介が全くなくて、ひがんでおりますけれども(笑)。

 皮膚病というのは(他の科と比べて)簡単だと思っておいでになると思います。2つだけ申し上げたいことがあります。皮膚病の特徴は、実は正確に数えたことはないのですが、500 以上あります。皆さんは皮膚科の医者というと水虫、タムシ、イボ、せいぜいアトピー性皮膚炎ぐらいを診ているんだろうとお考えかもしれませんけれども、500 以上というと、こんなにたくさん病気の出る臓器はどこにもありません。肝臓でも腎臓でも胃でもこんなにたくさんの病気は出ません。ですから簡単に見えているようでなかなか難しいということ。

 それからもう一つ誤解なさっていることは、皮膚科の医者は皮膚だけ、表面だけを診ているのではないかとお考えの方がほとんどかと思いますけども、私たちは皮膚をとおして全身を診ております。患者さんは皮膚に変化があるのに、「これは皮膚病でしょうか」とおいでになります。というのは身体の中が関係していると、皮膚科が診る病気ではないとお考えになっているところがあるようですね。

 しかし、私は大きなことを言いますけれども、いくら全身症状があっても、いくら40℃ぐらいの熱があっても、それにかかわる皮膚の症状があれば、まず皮膚科に来ていただいたほうが早期診断と治療法の決定ができると思います。もちろん私どもでは手に負えない内科疾患と関連のある病気がたくさんあります。幸い関西医大には優秀な内科の先生がいっぱいおいでになりますので、これは私どもで手に負えないなあと思うものには、適当なところにちゃんと紹介いたします。しかし皮膚に症状があったら皮膚科の医者に早くみせていただきたい。きょうの話題と関係ないのですが、ご紹介がなかったので。

 500 もある病気の中から、どうしてアトピー性皮膚炎をきょうの話題に取り上げたかと申しますと、一番多い皮膚病であります。きょうは 100人以上の方がお集まりだと思いますが、20〜30人の方々がアトピー体質を持っておいでなります。これは私たちの調査の結果でありますが、この割合は欧米とほとんど同じです。そういうことで非常に多いということ。

 それともう一つ。悩んでおられる患者さんが非常に多いが故にマスコミがよく取り上げます。残念なことにこの報道は非常に誤解され報道されています。あるいは特殊な例が誇張して報道されているところがございます。

 恐らくアトピー性皮膚炎に関心をお持ちの方の多くは、本屋に行ってアトピー性皮膚炎の本をお買いになったり、ごらんになったことがあると思います。私はつい先ほど東京から出張で帰ってまいりましたが、東京の八重洲口の前にブックストアーという大きな本屋がございますね。そこでアトピー性皮膚炎の本がどれくらいあるかなと思って書棚を見ますと、実にたくさんあります。帰りの時間が3時間ぐらいありますので、代表的なベストセラーになっている素人さんが書いた本……素人さんというと怒られるかもしれませんけれども、ある人が書いた本(本A)ではどんな書き方をしているのか、読んでまいりました。もう各ページ、これは間違いだというのがいっぱいあります。ご紹介しようかと思いましたが、本Aは300 ページほどあり、1時間ではとても言い切れません。それに書いたご本人がいない、弁明のしようがないところで悪口を言うのは卑怯ですから、言いませんけれども。もしお読みになって、これが正しいかどうかは、個人的にでもお尋ねくださればいつでもお答えいたします。

 ということを前置きにいたしまして、最初のスライドをお願いいたします。

スライド1 アトピー性皮膚炎治療に関する混乱
(1) 病因論 
(2) 検査結果の解釈
(3) 治療方針(外用剤vs食餌)
(4) マスコミ報道
(5) アトピービジネス 
(6) 皮膚科vs小児科
  ( slide No. 1 ) アトピー性皮膚炎に関する混乱が非常にあります。その原因はいくつかございます。私は大きなことを言っておりますけれども、実は情けないことに、アトピー性皮膚炎の原因といいますか、発症機序がまだはっきりわかっておりません。そういうことでいろんな論争があるかと思います。それからもう一つ、それが故にいろんな血液検査の結果の解釈というのが誤っていたり、あるいは信じすぎたり頼りすぎたりというところがまた混乱の一つの原因だと思います。それから治療方針が皮膚科の中では決まっているんですけれども、いろんな民間療法の氾濫で治療方針にも混乱が生じております。さらに食餌指導にも誤りとか誇張があります。
 一番いけないのは先ほど申しましたマスコミが正しい報道をしていない。特殊な例を強調しすぎるということであります。
 それからけしからんことに、非常に患者さんが多いものですから、弱みにつけ込んで一儲けしようというアトピービジネスが非常に氾濫しております。それと今は少なくなりましたけれども、皮膚科の学者と小児科の学者の考え方がかなり違っていて、それが混乱のもとの一つでもございます。
 最近、私ども皮膚科の学会ではアトピー性皮膚炎を取り上げてシンポジウムをいたします。そういうときには意見の違う人も必ず入れてディスカッションいたしますと、だんだんと考え方の違いがなくなってまいりました。これはどうして生じたかと言いますと、私ども皮膚科は皮膚の免疫、アレルギーを重要視してものを考えます。一方、内科系の先生はどうしても血液検査に頼りがちであるというところが一つ。それから扱う患者さんの年齢が違います。そうしますと、悪化因子とか原因が違ってまいります。そういう点でやや意見が違っていた時代がありましたが、最近は随分歩み寄ってといいますか、お互いに理解しあえるようになった思っております。

( slide No. 2 )  ( slide No. 2 ) さてアトピー性皮膚炎とはどういうものか。今更とお思いになるかもしれませんけれども、簡単に定義いたしますと、アトピー性皮膚炎は「増悪、寛解を繰り返して、痒みのある湿疹を主病変とする病気であって、(患者さんの多くは)アトピー素因を持つ」(日本皮膚科学会ワーキンググループ)。簡単に定義しますと、当たり前じゃないかとおっしゃるかもしれませんけれども、実は「湿疹を主病変とする」、これが非常に重要なことであります。皆様方が湿疹という言葉をお使いになる場合と、私たち皮膚科医が使う場合と全然違います。

( slide No. 3 ) 皆さん方、一般の方は湿疹という言葉をごく簡単にお使いになります。皮膚に出たものを何でも湿疹と表現なさることが多い。例えば水虫でもタムシでも蕁麻疹でも多形滲出性紅斑でも扁平苔癬でも尋常性乾癬でも、「湿疹」とおっしゃいます。しかし正式には厳密な定義がございます。
では皮膚炎というのはどういう意味かといいますと、ほぼ湿疹と同じ意味であるとご理解いただいたらいいかと思います。

( slide No. 4 ) 湿疹にはどういう特徴があるかといいますと、これには3つの特徴がございます。その一つは「点状状態」、これは非常に細かいものから成り立っています。それから「多様性」。細かいぶつぶつ−−私たちは丘疹と言いますけれども、きょうは専門用語は一切使わないようにします、小さな水膨れ、小さな膿を持ったもの、小さなかさかさ。よく見ますとそういう多様性があること。蕁麻疹の写真を後でお見せしますけれども、蕁麻疹はぽこっと膨れるだけで、非常に単純なんですね。それに比べると非常に多様性があります。それから「痒み」があります。この3つが3大特徴でございます。

( slide No. 5 ) しかし実は自信を持って「これが湿疹だ」と診断できるようになるまでに、皮膚科の専門医になって10年はかかるといいます。何百という病気の中から、これが湿疹だと自信を持って言うのは非常に難しいということであります。
これが湿疹の特徴よく表しているかと思います。小さなぶつぶつ、よく見ますと小さな水膨れ、小さな赤い斑点、こういう点状状態。しかもいろんな症状を持って非常に痒い。これが急性湿疹の特徴であります。しかし湿疹でもものによっては、アトピー性皮膚炎などは非常に慢性に続きます。そうしますと皮膚に少し変化が生じてきます。

( slide No. 6 )  湿疹は本来「湿る」という字を書きますから、じゅくじゅくしているのですが、慢性になると湿疹でありながら乾燥してきます。そして繰り返しているうちに、非常に皮膚が厚くなってまいります。これが慢性湿疹の特徴であります。
 以上のようなことで、「湿疹を主病変とする」は重要なことであります。

( slide No. 7 ) 湿疹と診断がつきました。それでいいかというとそうではありません。湿疹の中にもまたいろんな病気があります。きょうお話しするアトピー性皮膚炎はその代表的なものですけれども、かぶれあるいは日光が関係したような光かぶれ、アトピー性皮膚炎、貨幣状湿疹、自家感作性皮膚炎、脂漏性皮膚炎、神経皮膚炎というものも湿疹の仲間であります。湿疹であり、それがアトピーであるかどうかを診断しないといけなくなります。

( slide No. 8 ) そこで診断基準。これもごく簡単に申しますと、当然「痒み」があり、「慢性あるいは反復性」に続き、「特徴的な皮疹と分布」を示すこと(日本皮膚科学会ワーキンググループ)。特徴的な皮疹は先ほど申し上げました湿疹で、しかも多くは左右対称性に出てきて、ある程度出やすい場所があります。

( slide No. 9 ) まず「アトピー性」皮膚炎であるかどうかという診断をつけないといけない。特徴的な皮疹があり、非常に慢性に経過すると言いました。ですから年齢によってある程度症状が変わってまいります。
 これは赤ちゃんの典型的なアトピー性皮膚炎ですけれども、顔に出やすい傾向がございます。もちろん全身に出る場合もあります。赤ちゃんの場合には湿疹の名にふさわしく、やや湿った感じ、じゅくついた傾向がございます。

( slide No. 10 )  もちろん症状の程度によって出てくる場所も違ってきますが、やはり顔にきつく出ております。もちろん身体にも出ておりますが、顔に出やすいという傾向があります。

( slide No. 11 )  やや年齢がたちますと慢性になってまいります。先ほどもうししたように、あまりじゅくつかない、乾燥して皮膚が厚くなるという症状が出てまいります。先ほどの本Aにはステロイドの副作用だと書いておりますが、大間違いであります。ステロイドの副作用は皮膚が薄くなってきますが、ステロイドを使わないで経過すると皮膚が肥厚してしまうという写真です。

( slide No. 12 )  膝の裏、肘の裏に出やすくなってまいります。

( slide No. 13 ) 「アトピーの子は鳥肌みたいだ」とお母さんがよくおっしゃいます。これがその状態ですが、やや浅黒い肌に小さな点々とした白いものが目立ちます。実はこれは毛の穴で、ここに角質がたまりやすい傾向があります。いわゆる鳥肌、私どもはアトピー皮膚と呼んでおります。アトピーの特に子供さんにはほとんどこの状態の肌が出てまいります。私どもは保育園、幼稚園、小学校、中学校の検診に行きまして、5、6千人の生徒の肌を見せてもらいました。こういう肌を持った人を全部ピックアップしていろいろお話を伺いますと、ほとんどがアトピーの方です。特に冬になると目立ちます。子供の頃に冬、こういう肌をしている方は間違いなくアトピー体質を持っておられます。

( slide No. 14 )   最近比較的少なくなりましたけれども、「ハタケ」というのをご存じだと思います。やはりちょっと浅黒い肌で少し色が抜けたような感じ、擦るとかさかさとしたものが出てくる。ハタケのある子供さんもほとんどというか、すべてアトピー体質を持っておられます。実はこれは軽いアトピー性皮膚炎が治った跡で、しばらく色が薄くなることがあります。ハタケを持っている子供さんはアトピーです。

( slide No. 15 )  それから耳切れ、これも子供さんのアトピー性皮膚炎によく出る症状です。慢性に続いている皮膚炎は割れやすいものですから、下着とかセーターを着るときあるいは寝るとき、耳が刺激されてこういう症状が起きます。耳切れを持った子供さんもまずアトピーです。

( slide No. 16 )  さらに年齢がいきますと……。最近大人の非常に治りにくいというか、治しにくいというか、治しに来られないというか、そういうアトピー性皮膚炎がふえております。重症の方が最近目立つように思います。

( slide No. 17 )  あまりじゅくじゅくとしない、湿疹でありながら湿っていないという感じであります。

( slide No. 18 )  顔のほうに出やすい、これもなぜかよくわかりません。ただどうも昔に比べまして、毎朝シャンプーをされ、しかも十分に水洗いをしなくて、電車の中でもぷんぷん匂うほどの……、そういうことも影響しているのではないかと思います。それからステロイド恐怖症から、顔面に塗りたがらない患者さんがふえたために、重症のまま放っておかれるということもあるかもわかりません。顔面の治りにくいアトピー性皮膚炎というのも比較的多いように思います。

アトピー性皮膚炎の皮膚症状
乳児期 浸潤傾向
幼少児期 乾燥傾向
思春期・成人期 皮膚の肥厚
( slide No. 19 )  アトピー性皮膚炎の皮膚症状をまとめますと、赤ちゃんの頃は湿った傾向があり、頭とか顔に始まるあるいはそこに出やすい。時にはもちろん身体とか手足にも出てまいります。もう少し年齢がいきますと、乾燥傾向が出てきます。首とか膝の裏、肘の内側に出やすい。これは汗による刺激が関係しているのではないかと思います。それからもう少し年齢がいきますと、皮膚がごわごわになってしまって……この本Aには「ごわごわはステロイドの副作用」と書いてありますが、間違いです。治療しないとこういうことになるということであります。

( slide No. 20 )  先ほどの定義のところで「アトピー素因を持つ」と言いましたが、アトピー体質を持った方には実に多くの病気が出ます。その中で特に多いのは気管支喘息。アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、こういったものは花粉症と言われますが、こういう粘膜のアレルギー症状、それとアトピー性皮膚炎。これらを本人あるいはその家族が持っておられる体質を「アトピー素因」と言っております。

( slide No. 21 )  血液検査の特徴もいくつかございます。これはアトピー性皮膚炎というよりもアトピー体質の方の特徴であります。これは重要なことだと思います。アトピー性皮膚炎の特徴だと勘違いしておられる方もあるようですが、これはアトピー素因を持った方です。というのは何のアトピー性の病気も出ていない方、あるいは皮膚炎がなくても花粉症だけの方でも出る特徴だということです。

血液検査の特徴
1.血清IgE抗体(RIST)高値
2.環境抗原、食物抗原に対するIgEスコア(RAST)高値
3.好酸球数増加 

  まず血液中のIgE抗体が非常に多い。IgEというのは後で申し上げますが、あるタイプのアレルギーに関係する抗体です。それから全体のIgE抗体が高いだけではなくて、いろんな環境抗原、例えばスギの花粉、ダニ、家の埃、あるいは時には牛乳とか卵とか、そういったものに対するIgE抗体が高い傾向にあります。

これは何度も強調したいことですが、その高いものがアトピー性皮膚炎の原因というわけではないんです。例えば卵に非常に高いIgE抗体を持っている、卵が原因だから卵をやめなさいというのは誤った指導だと思います。それはまた後で申し上げます。

 それから好酸球。白血球にもいろんな種類があって、その中の好酸球が高い傾向にあります。これはすべての患者さんが高いわけではありません。全身非常につよいアトピー性皮膚炎を持った方でも、好酸球数が全く正常であることがあります。これも直接原因に結びつかない、直接的な証拠にならないが、原因でないということを裏付ける事実かと思います。全く正常の方でも非常にきついアトピー性皮膚炎の方がございます。

 血液検査の結果を誤解といいますか、過信してはいけないということだと思います。

( slide No. 22 )  アトピー性皮膚炎の患者さんが来られますと、私どもも一応参考のために、あるいはアトピー性皮膚炎かどうかということを診断するために、血液検査をいたします。しかしこれは決して原因を見つけるための検査ではありません。血液検査では原因はわからないとお考えいただいたほうがいいと思います。

 例えば米に対するIgE抗体が高い、だから米をやめなさい、ヒエとかアワを食べて本当に細くなって……。あるいは卵、牛乳に出るからケーキもアイスクリームもやめなさいと言われて、子供さんから食べるという最大の楽しみを根拠なく取り上げてしまうのはいけないと思います。

 ではどうしたらいいか。私どもは検査結果は参考にいたします。もし卵に高い値が出てもやめなさいとは、私でなくても多くの皮膚科の医者は言いません。「食べてみなさい、そして翌日来なさい。」と言って悪くなっているかを確かめます。そういうことをいたしますと、ほとんどの患者さんは悪くなることはありません。

 しかし先ほど言いましたように、小児科と私たち皮膚科が診る患者さんとはやや違います。2歳までのアトピー性皮膚炎の方は牛乳とか卵にやや出やすい傾向があります。しかし血液検査で出たからといって、すべてやめる必要はないと思います。まず試してみることです。大人の場合、食べ物で悪くなるアトピー性皮膚炎は1000人に2、3人あるぐらいです。

 血液検査をしますけども、これを誤解というか過信してはいけない。では誤解というのはどういうことかということを、今からお話ししたいと思います。

( slide No. 23 )  確かにIgEはアレルギーを起こす抗体で、アトピー性皮膚炎もアレルギー性の病気だと思います。ですからアレルギー検査をして結果が出たのに、これが原因でないということはどういうことかと疑問に思われると思います。

 といいますのは、アレルギーといってもいろんなタイプがあります。これは昔からの分類ですが、I型からIV型までございます。

タイプ反応様式抗体の種類 代謝的疾患
アナフィラキシー型 IgE 蕁麻疹 気管支喘息
II 細胞溶融型 IgG・IgM(補体)     
III 免疫複合体IgG・IgM(補体)   
IV細胞性免疫型Tリンパ球接触性皮膚炎

そしてIgEは皮膚病でいいますと、アレルギー性鼻炎もそうなんですけども、蕁麻疹に深くかかわる抗体です。アトピー性皮膚炎と蕁麻疹とは似ても似つかない病気で、全く違った機序で発病してまいります。ということでIgEが高いのは一体何を意味するのか。この血液検査の結果には一体どういう意味があるのかということを深く考えないといけないと思います。

 アトピー性皮膚炎は湿疹のグループだと言いましたが、その湿疹の特徴に「かぶれ」がございました。かぶれというのはIV型のTリンパ球が一番重要な役割をしているアレルギーのタイプなんです。ですから全く違ったタイプの検査をして、それが高いからと早合点をしてはいけない。

 ここで申し上げたいのは、アトピー性皮膚炎はIgEを主体とするI型のアレルギーではないということは確かです。しかしIgEが全く関係していないというわけではないように思います。最近の免疫学によりますと、ある程度湿疹タイプの皮膚病にもIgEが関係しているのではないかということが言われ始めております。ですからIgEが全く関連していないと言っているわけではありませんが、I型のアレルギー反応ではないことは確かです。

( slide No. 24 )  これが蕁麻疹です。多様性がなく、一時的に皮膚がぷくっと膨れるだけです。1時間か2時間しますと跡形もなくなってしまいます。ある皮膚科学者あるいは免疫学者はI型アレルギーの後、出てくるいろんな化学物質が皮膚炎を起こすと言っております。これは実験的には確かなのですが、純粋なI型アレルギーである蕁麻疹をいくら引っかいても、湿疹には決してなりません。跡形もなく1時間か2時間で引いていきます。それはなぜか。

( slide No. 25 )  蕁麻疹がどうして起こるかという機序はすべてわかっております。皮膚の中には肥満細胞があり、この細胞にIgEがくっつきます。例えば卵に対するIgEがくっつきます。そこに卵の抗原が入ってきたときに、この細胞の表面で抗原と抗体が結合いたします。そうしますと肥満細胞の中の顆粒が外に出てくる「脱顆粒」という現象を起こします。その脱顆粒という現象に伴って、痒みの原因であるヒスタミン等が出てまいります。そのヒスタミンには血管を拡張させる、あるいは神経を刺激して痒みを出すという作用があります。血管の透過性を高め、血管の中の液体が外に出て皮膚との間に水たまりを作るだけです。ですから1〜2時間で完全に引いてしまいます。ここにはリンパ球とか多少出てきますが、そうした細胞は出てきません。水たまりなんです。ですから私たちの皮膚に食塩液を注射しますと膨れますが、1〜2時間で跡形もなく引いてしまいます。それと同じことが起こっているわけです。

 また最近の免疫学によりますと、これだけではなくて表皮にもIgEがくっつく、これも事実です。そして湿疹タイプのアレルギー反応も起こしうるということも、最近報告が少し出始めました。ですからもう5、6年待っていただければ、これが関与しているかしていないかという話ができるのではないかと思います。何度も強調したのは、蕁麻疹タイプのI型のアレルギー反応ではないということであります。

( slide No. 26 )  もう一度IgEタイプのアレルギーとそうでない湿疹タイプの違いをごらんになっていただきたいと思います。左は蕁麻疹、右のアトピー性皮膚炎、湿疹とは全く別物であります。蕁麻疹の病気の検査をして、それが原因だと早とちりしてはいけない。

( slide No. 27 )  そこでわかっていることは、いろんな環境抗原あるいは食べ物に対するIgE抗体が高い傾向にあります。これは事実であります。しかし、血液検査で証明された抗体と皮膚炎がどのように関係するのか、あるいは全く関係ないのか、これが情けないことにまだわかっていないんです。ですからわかっていないということがわかっていないといけないと思います。わかっていないことをわかったように話をしてしまうと、誤った食餌指導、生活指導をすることになります。

( slide No. 28 )  アトピーは最近非常に話題になっておりますが、これは大昔からある言葉です。実は1923年、Coca & Cookeが初めて使った言葉であります。どうしてこんなことを持ち出すかといいますと、この出発点からアトピー性皮膚炎は仲間が違うということを言いたいわけです。

 その前に「アトピー (atopy)」は、これは余談ですが、ギリシャ語で「A」は「ない」、「TOP」は「場所」、「Y」は「状態」という意味からきています。「持って行き場のない病気」という意味なんですね。英語で「a strange disease」、日本のお医者さんが「不思議な病気」と訳していますが、それは英語の読み間違いであって、「strange」には「不思議」という意味の他に「見慣れない、見たことがない」という意味があります。昔、ヒッチコックの映画で……この程度の年齢の方ならわかるかと思いますが、『見知らぬ乗客』というのがございました。もとは「 stranger passage 」といいましたが、「不思議な人」という意味ではないんですね。「今まで見たことがない」という意味なんですね。

ですからアトピーは「今までなかった病気」という意味で、古くからあります。似た言葉でユートピアと(utopia)いう言葉も同じ語源です。「この世に存在しないもの」なんですね。

この Coca & Cooke は実は花粉症に対してアトピーと言いました。どうも同じ家系で花粉症にかかる人が多い。それまで言われていなかった病名もついていなかったものですから、こういう言葉で表現したわけです。そのときにアトピー性皮膚炎はアトピー疾患の仲間に入っていなかったんです。

ところが1932年、その10年程後に、ニューヨーク大学の非常に偉い皮膚科の教授Sulzberger が「アトピー性疾患(花粉症)は湿疹がよく出るから、これもアトピー性皮膚炎の仲間に入れよう」と、10年後に仲間入りしました。私はこれは仲間に入れなかったほうがいいんじゃないかと思います。といいますのは花粉症とアトピー性皮膚炎の発症機序は違うと思います。アレルギー性鼻炎は純粋なI型のアレルギー、先ほどのIgEが非常に重要なアレルギー反応だと思います。アトピー性皮膚炎は先ほど申し上げたとおりであります。それをひっくるめてアトピー性疾患としてしまうものですから、アレルギー性鼻炎とその皮膚炎が同じ機序で起こってくるのではないか、同じ原因で起こってくるのではないかと、勘違いしがちであります。

 私は何年も前に「アトピー性皮膚炎はアトピー性疾患か?」という妙な論文を書いたことがありますが、それはそういう意味なんです。

( slide No. 29 )  さて注意事項1ですが、粘膜アレルギー、つまり花粉症はアトピー性皮膚炎を診断する上で、そういう素因があるかどうか参考にはなりますが、しかしこういった病気がすべて同じ機序で発症していると考えべきではないと思います。

( slide No. 30 )  注意事項の2ですが、血液検査の結果を過信といいますか、むしろ誤解だと思いますが、誤解して生活指導してはならないと私は思います。

アトピー性皮膚炎の治療
1)ステロイド外用
2)ヒスタミン剤、抗アレルギー剤内服
3)ステロイド内服は避ける
(部位、範囲、年齢等により選別)
( slide No. 31 )  さてアトピー性皮膚炎の治療ですが、まずステロイドを塗る。ここで皆さん、ぎくっとされた方がおいでになるかと思います。それは、専門家でない人たちがステロイドの副作用をあまりにも誇張しすぎて、あるいはステロイドの副作用でないものを副作用だと思っておられたり、マスコミが誤って報道する、ということが原因しています。ステロイドが怖いというのは日本だけの現象なんです。

 世界的に共通している現在の治療法はステロイドを塗ることです。塗り方はもちろん優しくはありません。どんな薬にも副作用が出るとお考えいただいていいと思います。それは使い方によります。

 それから痒みが出たら抗ヒスタミン剤とか抗アレルギー剤、ほぼ同じ薬なんですが、を飲んでいただく。ただステロイドの内服は、慢性に経過する病気ですから長期間服用するようになり、いろんな副作用が出ますので、原則として避けます。この本Aには「塗り薬によって体がぼろぼろになる、自分の副腎皮質ホルモンの機能が低下する」ということを繰り返し書いてあります。しかし私どもが行うステロイドの塗り薬でそんなことは決して起こりません。私たちはどのステロイドを1日にどのくらいの量でどこに塗ったらどういう影響があるかということを十分知った上で使っております。

( slide No. 32 )  ステロイドが悪いといいますが、実はいっぱいございます。強いものから弱いもの、中間のものまでいろんなものがあります。

( slide No. 33 )  これは文字か細かくて読めないと思います。出そうと思いますと、それくらいたくさんあります。大体私たちは強さに応じて、それは副作用も強いという意味ですが、I〜V群の5段階に分類しております。しかしその中にもいろんな薬がございます。全く同じ程度の作用を持っているわけではなく、それぞれ多少は違います。

( slide No. 34 )  主成分だけではなくて、べとべとする軟膏のもの、さらりとしたクリームのもの、あるいはその中間のもの、液状のもの、スプレー、貼りつけるもの、いろんな剤形があります。この組み合わせでいきますと100 種類を超えると思います。一口にステロイドが悪いとかステロイドがいいと言っても、100 種類もあるわけですから、要は使い方なんですね。症状によってあるいは適用範囲によって、適当なものを使うということであります。

( slide No. 35 )  使い方ですが、これは皮膚科の医者に任せていただきたいのですが、非常に症状がきついときには強力なステロイドを使います。私どもには、これぐらいのものを1週間使ったらこの程度になるだろうという予想がつきます。ですから1週間後あるいは少なくとも2週間後ぐらいに必ず来ていただきます。よくなっていたらマイルドなものに変えます。

 しかしアトピー性皮膚炎はよくなったり悪くなったりします。悪くなったら再び強いものを使いますが、そうしているうちにだんだんこの波が小さくなって、症状が軽くなってまいります。そうすると非常に弱いものあるいは非ステロイド系に変えることができます。

 ですからステロイドの副作用が怖いということで、非常に強い症状のときに恐る恐る弱いものを使っていたのでは効きません。結局、だらだらと長く使ってしまいます。ですから強い症状のときは思い切って強いものを、使い方のよく知っている先生に教えてもらって使うということです。いい状態のときに強いものを使う必要はありませんから弱いものにします。強いものでも副作用が出ますし、弱いものでも副作用が出ますが、その使い方をうまくやればステロイドが怖いと恐れることはありません。

( slide No. 36 )  この方はステロイドを長年顔に塗りつづけておられました。そうしますと皮膚が薄くなってしまいます。よく売れている本Aの「皮膚がごわごわになるのはステロイドの副作用」というのは大間違いです。実際は薄くなります。血管が開いてきて赤ら顔になります。これがステロイドによる副作用の典型的なものです。(酒さ様皮膚炎(rosacea-like dermatitis)写真)

 この方は実はアトピーではありません。化粧かぶれか何かで皮膚科にかかられてステロイドを塗ると非常によくなったので、その後も化粧品代わりに使っておられたんですね、薬局で売っていますから。ですからこの症状は自分でおつくりになったんです。これが典型的なステロイドの塗り薬による副作用です。

 この治療は簡単に、といいましても長い場合は1、2カ月かかります。ステロイドをやめていただくと、一時もちろんドンと悪くなります。それを数日間耐えていただきますと、薬による副作用ですから、こういうものは薬をやめれば治ります。

 現在アトピー性皮膚炎でステロイドの副作用が出たと言っているのは、これとは全く違うものです。それは勘違いで、アトピー性皮膚炎が治っていないだけなんです。その見分けはやはり皮膚科の専門医でないと難しいのではないかと思います。このような典型的な副作用の症状を私たちは20〜25年前、かなり見ましたが、最近こういう症状が見られなくなりましたので、若い先生たちは本当のステロイドの副作用を知らないものですから、なかなかわかっていただけないところもあります。

( slide No. 37 )  もう一つのステロイドの副作用で、これは塗り薬だけではなくて、飲んだ場合にも起こります。ステロイドニキビも副作用の一つですが、これも簡単に治すことができます。

( slide No. 38 )  ステロイドでも、もちろん副作用が出ますから、適当なものを使わないといけない。私どもはどういうものを参考にして決めるかと言いますと、もちろん症状の程度、きついか弱いか中くらいか。経過ですね、この方はどのくらい続いているのか。範囲はどの程度か。全身に出ている場合に、いくらひどいと言っても一番強いステロイド軟膏を2回も3回も塗り続けたら、飲んだのと同じ副作用が出ると思います。ですからどの程度なのか。出ている場所はどこか、どこに塗るのか。手のひらと顔では薬の経皮吸収が全く違います。手のひら、手の甲のアトピー性皮膚炎では一番きつい塗り薬でも副作用は出ません。それから年齢によっても薬の経皮吸収が違います。この方は何歳かというようなことを考えて選択しています。

ステロイドを使用しないことによる弊害
カポジ水痘様発疹症
伝染性膿痂症(とびひ)
アトピー性白内障
網膜剥離、不眠、イライラ
( slide No. 39 )  私たちが最近見る機会が多くなったのは、ステロイドによる副作用よりも、ステロイドを使わないことによる副作用といいますか、弊害というものをよく見ます。これは「脱ステロイド」「ステロイドは悪い」ということを宣伝するものですから、こちらがせっかく薬を出しても使わない。そのためにいろんな弊害が出てきました。
 カポジ水痘様発疹症、これは聞き慣れないかと思いますので、後でご説明いたします。あるいはとびひ、白内障。この本Aには「白内障はステロイドのせいだ」と書いてありますが、アトピー体質の人には白内障が出やすい傾向があります。しかも顔のアトピー性皮膚炎をちゃんとよくしておかないと、白内障にかかりやすいというデータも出ております。網膜剥離、これもこの本Aではステロイドが悪いと書いてありますが、違います。ステロイドを使わなくて、顔がぐしゃぐしゃになったままでいるから起こりやすい。それからよく眠れませんからイライラする、仕事もできない、勉強もできない。これがまたアトピー性皮膚炎を悪くするわけです。このような患者さんが非常にふえております。

( slide No. 40 )  今からカポジ水痘様発疹症の説明をいたします。「熱の花」です。皆さんの中にも出る方がいるかと思います。普通「熱の花」というと単純ヘルペスウィルスというウィルスが原因なのですが、口の周辺に出て5日ぐらいですっかり治ってしまうんですね。ところが……

( slide No. 41 )  アトピー性皮膚炎をきれいに治療しておかないと、ここに出たものがこんなに広がってしまいました。脱ステロイドをしたところ、ひどい顔面のアトピー性皮膚炎がでました。39〜40℃くらいの熱が出て、時には命にもかかわることがあります。もちろんウィルスの治療をして、ステロイドを使いました。非常に美人な方なんですね。数年前に来られましたけれども、ステロイドを使って、今は全く治療の必要がない状態にもっていくことができました。

( slide No. 42 )  9歳の子供ですが、白内障が出ております。この方は何カ月か前にやはりステロイドが悪いということを吹き込まれて、全く漢方薬に変えられました。一遍に悪くなり、ほとんど同時に白内障がきてしまいました。もちろん漢方薬が悪いと言っているのではありませんが、うまく治療しなかったために早く出てしまいました。

( slide No. 43 )  これは実はとびひです。この方も顔のアトピー性皮膚炎をステロイドでうまく治療していなかったために出ました。

 とびひは従来子供の病気なんですね。ところが最近大人のしかも連鎖状球菌によるちょっとたちの悪いとびひがふえてまいりました。ほとんどがアトピーの方です。ちゃんと治療している方には滅多に出ません。連鎖状球菌のとびひですと、子供のブドウ状球菌によるものよりも全身症状も出てまいります。

( slide No. 44 )  この方もちゃんとした皮膚科のお医者さんで治療しておられたのですが、報道か何かでステロイドの塗り薬をやめてしまわれて、別の市販のスキンケアのようなものを薬局で購入して使われたのですが、悲惨な状態になってしまいました。よく調べてみましたら、後で変えられた塗り薬によるアレルギー性のかぶれだったんですね。アトピー性皮膚炎が悪くなっているのではないんです。

( slide No. 45 )  今までアレルギーという点からアトピー性皮膚炎を説明してまいりましたが、それだけではありません。アトピーの方はアレルギーとはまた違った要素でアトピー性皮膚炎を悪化させていることもあります。

 アトピーの方の皮膚は乾燥しているので、皮膚のバリアー−−皮膚は体を守るために外からのいろんな刺激、化学物質の他に紫外線あるいは細菌、カビ、そういうものを防いでくれています。その働きをバリアーといいますが、アトピーの方はこのバリアーが少し弱い。ですからいろんなものに負けやすい、刺激を受けやすいということがあります。

( slide No. 46 )  顕微鏡で皮膚を見ますとこんなふうに見えます。一番上は角質といいまして、実は垢ですね、放っておくとやがては消えてしまう死んだ細胞です。ところが死んでからもバリアーとして非常に重要な働きをしています。

 最近垢擦りというのがあって、この大切な働きをしているバリアーをわざわざお金を払って擦り落としている方がいるんですね。ひりひりして真っ赤になって病院に来られる方はありませんけども、やめてください。外からいろんなものが入ってくるのを防いでくれる非常に大切なものです。

 ところがアトピーの方は、この角質細胞の間を煉瓦をくっつけるように埋めているセメントみたいなもの(セラミド)が足らないので乾燥しています。剥がれやすく、ものが通過しやすい状態になっているから刺激に弱い。通過しやすいということは皮膚の水分が抜けるということですから、ドライスキン(乾燥肌)の原因にもなります。なぜ乾燥肌なのか、どうして弱いのか、というのはセメント物質(セラミド)が足らないからです。

( slide No. 47 )  先ほど治療のことを言いましたけれども、薬ではなくてやはり日常のスキンケア、注意も必要かと思います。

 一つは刺激に弱いから刺激になるものを避ける。それにはいろいろございます。例えば襟、首の回りが刺激されてアトピー性皮膚炎が悪くなっている方はよくあります。毛糸のとっくりセーターとか、そういったものを着ると、アレルギー反応ではないのですが、刺激によって悪くなります。それからジーンズ。非常に堅いものですからその刺激で悪くなっている方もあります。下着もできるだけやわらかいもの。靴下のゴムにも気をつける。毛布のちくちく、いろいろあります。

 ヘアースタイルも重要ではないかと思います。アトピー性皮膚炎が顔に出ておりますと、どうしても隠したくなるので前髪を垂らしている方がいます。ほとんど額が一番ひどく出ておりますから、気持ちはわかるのですが、早く適当な治療をして髪を上げていただきたいと思います。これも顔面のアトピー性皮膚炎がなかなか治らない原因ではないかと思っています。シャンプー・リンスで洗うということは大切ですが、しかし匂いをぷんぷんさせるような洗い方ではいけないと思います。赤ちゃんが食べこぼしを口の回りにくっつけているのも原因になるかと思います。

( slide No. 48 )  くっついてしまったものは早く除くこと。そのためには入浴が大切です。あまりひどいとなかなかお風呂に入りにくいというか、怖がる方がございます。最近は皆さん入っていただけるようになったと思いますが、アトピー性皮膚炎は悪くても毎日入っていただく。あるいは夏、汗をかいたらシャワーを昼間でも浴びていただく。石けんを使って汗、油を落としてください。

 いろんな石けんが出ております。私はほとんどの場合は普通の石けんでいいと思います。ところが一稼ぎしようというビジネスがございます、アトピー用の石けん。もちろん全部が全部悪いわけではないです。ですから「どういう石けんを使ったらいいか」「この症状ではこれがよろしいでしょうか」と、皮膚科の医者に相談してから使ってください。本当に一儲けしようというけしからんものがいっぱい出ておりますので、広告だけで決めないでください。毎日石けんを使って入浴するということであります。

( slide No. 49 )  角質の防御作用を補強します。乾燥しやすいのでいろんな保湿剤があります。もちろん真っ赤になって炎症がある場合は保湿剤だけでは無理ですから、皮膚科の医者の指導を受けてください。この状態で保湿だけでいいかどうか。その辺にある安いワセリンでも結構な場合もあります。尿素軟膏を使う場合もあります。またヘパリン類似物質というものも、どこの皮膚科でも置いています。

( slide No. 50 )  いろんな民間療法を私たちはアトピービジネスとよく言うのですが、全部が全部悪いと頭から非難はいたしません。本当に何百年何千年を経てきた民間療法は、今はわかっていなくても何か効く理由があるはずです。すべてを否定するわけではありませんが、多くの場合はよくするどころか悪くするものが多いと思います。

 お風呂の中にヨモギやニンニクを入れる。塩揉みをする、これはとんでもない話です。イオン水、○○プルーンと言いますね、馬油、クロレラ。私はこれらには全く意味がないように、また病院にかかるより高いお金がかかると思います。漢方は民間療法ではありませんが、漢方だけでうまくいくものなら全世界で漢方をやっているはずです。中国でも漢方だけという医者は非常に少ない。つい2週間ほど前、北京でお話ししてきましたけれども、中国の先生方と話しても漢方だけでやっておられる先生はほとんどいません。漢方が悪いと言っているわけではありませんが、やはり普通の治療法と併用しながらやっていくといい場合もあります。しかし多く場合は害のほうが多いように思います。

( slide No. 51 )  なぜ多くの民間療法が出てくるか。一つはビジネスのためです。もう一つは、一番最初に申し上げましたように、アトピー性皮膚炎というのはよくなったり悪くなったりを繰り返すのが特徴であります。何か悪くなったときに、食べたものややったことが原因だと思い込んでいる人がいます。「これがどうも怪しい」と言ってこられた場合に、もう一度して試してみてください。本当に再現性があるかどうかを確かめないといけないと思います。

 これから悪くなりそうな時期に卵で一たん悪くなったら、卵をやめ、ケーキもだめ、アイスクリームもだめ、これではかわいそうです。もう一度やってみますと、「どうも関係なかったようです」と言う患者さんが非常に多い。また逆に放っておいてもよくなるときに、民間療法の何かをやりますとよくなった、ですから効いたと思い込んでいる方が多い。もう一度やってみると、全然関係ないあるいは悪くなることもあります。

 要するに再現性があるかどうかを調べないといけないということです。多くの場合は、偶然そのときにやったことが悪者になったりいい者になったりしていくということが非常に多いように思います。

( slide No. 52 )  最後に私どもの宣伝なんですけども。  アトピー性皮膚炎の治療について、これまで申し上げました。ただ非常に重症で仕事もできない、通院で少々のステロイドを塗ってもよくならないという方は入院していただいています。私のところでは、ある薬を飲んでいただいて特殊な紫外線を当てるという紫外線療法をしております。これが第1の治療法だとは決して申しません。先ほど申し上げた普通の治療法ではうまくいかなかった重症の患者さんが絶えず何人かは入院しておられます。

( slide No. 53 )  少し例を挙げますと、真っ赤でステロイドを塗っているだけではなかなか治らないという方、1カ月から2カ月かかりますけれども。私たちはアトピー性皮膚炎を治すことはできませんが、普通の生活をしていただけるいい状態にはもっていけると思います。といいますのはアトピー性皮膚炎にはアトピー素因、アトピー体質があって生まれてから死ぬまで変わりません。体質改善という言葉をよく聞きますが、私どもは決して使いません。ただ体質が変わらなくても病気は治ります。アトピー性皮膚炎は必ず治ります。ですけども、これは普通の生活ができる状態にまでもっていってあげる、それで2週間に1回ぐらい通っていただけるようにするようにしているわけです。ただ必ず治ります。

( slide No. 54 )  この方もきつい状態で、これも紫外線療法だけで治しているわけではありません。前から継続して副腎皮質ホルモン(ステロイド)の塗り薬を使っております。さらに紫外線を加えた治療です。ステロイドはもちろん弱いものに変えられます。

( slide No. 55 )  アトピー性皮膚炎に関する問題点をもう一度復習してみますと、どうも日本特有の「ステロイド恐怖症」が邪魔をしています。マスコミとか医者でない人、本Aの著者は文学部を出ておられるそうですが、「これは医者のせいである」というようなことを書いています。その結果、医者が不信に……。確かに私たちはいい状態にするだけで治せませんから、大きなことを言っておりますけども。患者さんの気持ちはよくわかりますが、時間をかけてじっくりと説明すると、ほとんどの方が納得していただけますが、「医者不信」がどうも広がっているようです。そのために「民間療法が氾濫」して、「重症のアトピー性皮膚炎」の一つの……すべてとは言いませんけれども、原因になっていると思います。

( slide No. 56 )  最後にもう一度繰り返しになりますが、むやみに食餌制限をしない。食餌制限を絶対にしないということではありません。本当に原因であるかどうかというのは血液検査だけではわからないので、ちゃんと調べるということです。

 毎日お風呂に入って、石けんを使って清潔にしてください。

 皮膚と皮膚のアレルギー、免疫をよく知った、そしてステロイド軟膏をうまく使ってくれるお医者さんにかかっていただきたい。

 最近アレルギー科というのがときどき出ておりますが、これもちょっと注意をしていただきたいと思います。私たち皮膚科もアレルギー科を出したいのですけども、喘息の患者さんが来たら私たちは診ません、小児科の先生とか内科の先生に紹介して診ていただきます。ところが喘息などのアレルギーの専門の科の先生のところにアトピー性皮膚炎の方が訪ねられても……、もちろん優れた先生もいらっしゃいます。皮膚のアレルギーを専門にしたアレルギー科の先生に診ていただきたいということであります。

 皆さん、いろんなマスコミとかちまたに出回っている本で得られた知識と大分違うようなことを言ったと思います。ですからいろんな質問もあるかと思います。どうぞ質問していただいて結構です。

 質問1 20、30年前はアトピー性皮膚炎のことはこれほど言わなかったのですが、最近特にここ4、5年よく言われるようになったのは原因があるのでしょうか。

 堀尾  しょっちゅう受ける質問なのですが、正確な答えを私は用意できません。アトピー性皮膚炎の症状がきつくなっていることはあるかと思いますが、そんなにふえていないと思います。
 症状がきつくなった原因はいろいろあると思います。不適当な治療、ストレスもよく言われます。それからいろんな化学物質、あるいはダニがふえた。ダニに限らず、終戦直後は疥癬、シラミとかありましたね。あれはほとんどなくなったのですが、ある殺虫剤に発癌性があるとかいろんなことを言われて、いい殺虫剤が消えていってしまいました。最近昆虫の勢力が強くなって、またアタマジラミとか疥癬がふえております。そういった理由でダニがふえ、それに対するアレルギーがふえたとか。あるいはシャンプーとかリンスとか、昔なら石けんで済ませたものを、刺激になるものを使いはじめたという要素もあるかと思います。わからないことがたくさんあります。アトピーそのものはふえていないと思います

 質問2 きょうは皮膚科の先生ということで今回の講義もそれを主に訪問させていただきました。アトピーではないのですが、皮膚が弱くてある時期薬で治ってまた出るということは、反復性のお話で納得したのですが。ただ、今かかっている先生を変えたほうがいいかどうか。同じ先生に治るまで時間をかけるよりも、また違う角度で別の先生に診てもらったほうがいいという話を聞いたのですが、いかかでしょうか。

 堀尾  答えにくい質問ですね(笑) 皮膚科の専門医なら大体私が紹介したような治療法をしておいでになると思います。ですからそのためにお医者さんを代わられる必要があるかどうか。アトピー性皮膚炎も個人差が非常にありまして case by case ですので、一口では申し上げられないと思います。大切なことは個人差がございますので、本に書いてあったことがすべての患者さんにあてはまるということではございません。やはり相談は主治医にしていただきたいと思います。

質問3 温泉療法との関係はどういうふうに考えたらいいのでしょうか。

 堀尾 この本Aの著者は温泉を経営されている文学博士でございます(笑) 悪くはないと思いますが、温泉だけで治すことは難しいと思います。アトピーの方は刺激に弱いですから、いろんな成分が入った温泉では返って悪くなることがあります。だけど気分転換という面では非常によろしいですね。ただ温泉が治したと思い込んで……例えばこの著者は温泉の水を販売しておられるようですけども(笑)。やはり気分転換が加わらないと水だけをかぶっていても無理ではないかという気がいたします。悪くなる場合も結構あるということを覚えておいていただきたいと思います。

 質問4 私の孫は小学4年生で、お医者さんにかかっているのですが、なかなか治らないということで、最近薬草を燃やしてその煙をかけて治すというのを……

 堀尾  私はそれを聞いたことがありませんし、その煙というのはどんな成分が入っているかも知らずに私が無責任に答えるのも難しいですが、本当に効くものならば江戸時代や明治時代でもありませんし、全国に広がる、全世界に広がるはずなんですね。一概にどういうことをやられているのか知りませんけども……

 質問者 相当時間がかかると言われております。やはり……

 堀尾  そうですね、しておられる先生を前にして話すのならいいのですが。時間をかけると放っておいても治ります。先ほど必ず治ると言いましたね、ただいい状態にできるかどうかですね。

 質問5 周りの誰よりも蚊に刺されやすいのですが、刺された跡が異様にぼこぼになるのもアトピー体質でしょうか。

 堀尾  アトピーの方に多いですね。虫に刺されれば誰でも痒いのですが、それがいつまでも治らないのでしたらアトピー体質があるでしょうね。これは虫に対するアレルギーがあると思います。ただ痒いだけではなくて、蜂に刺されてショックで死ぬ方がおりますね、あれもI型のアレルギーがあってそういうことになるわけですね。アレルギー反応を持った方はなかなか治りにくいです。

 質問者 その場合、ステロイド軟膏を塗布すればいいのですか。

 堀尾  そうですね、虫退治がどうしてもできない場合。できたものに対してはステロイドを塗れば効いてきますけれども。どのステロイドを使うかは症状によって違います。



「がんの予防と治療(前立腺癌)」松田公志泌尿器科学教授
「骨髄移植と臓器移植」池原 進第1病理学・移植センター教授
「アトピー性皮膚炎」堀尾 武皮膚科学教授
「神経症」木下利彦精神神経科学教授


この講演記録は、市民ボランティアの方々が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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