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関西医科大学第2回市民連続公開講座
「糖尿病網膜症」
関西医科大学眼科学教授 松村 美代
平成11年(1999年)11月27日(土)15時00分〜16時00分
関西医科大学南館臨床講堂
主 催:関西医科大学
司会 松原講師(第2内科学)

 司 会(松原 弘明・関西医科大学第2内科学講師)  最後の講師、関西医科大学眼科学教授の松村美代先生をご紹介させていただきます。昭和49年に京都大学を卒業され、その後国立京都病院、天理よろず相談所病院にご勤務され、またアメリカのコロラド州立大学に留学されております。昨年、京都大学の助教授、そして本年8月1日に関西医科大学眼科学の教授にご就任されておられます。

 本日は「糖尿病性網膜症の正しい管理」ということで、非常にわかりやすく写真を中心にしてお話ししていただきます。先ほどは喉の話で、なぜ耳鼻科に眼が入っていないかという話をされましたが、残りの一番大事な眼のところをお話ししていただきます。それでは先生、よろしくお願いいたします。

 松 村 (関西医科大学眼科学教授) 皆さん、こんにちは。ずっと熱心に聞いていただいて、これが最後の講座になります。耳鼻科には喉も耳も首もあるのに、眼科は眼しかありません。昔から目医者は医者のうちじゃないと言われていますが、私たちは眼のことしかわからないんですね。しかし、今回、眼だけはすべてよくわかるように、絵をいっぱい持ってまいりました。

 レジュメには眼とその中で逆さまに人が映っている絵がありますね。小学校のときに虫眼鏡を持って遠くを見たら、世界が反対向きに映ったということを思い出されませんか。凸レンズで物を見たら反対に映ります。それを倒像(とうぞう)といって、逆さまという字を書きます。

 この絵にあるように、人間の眼の中にも虫眼鏡みたいな凸レンズ(水晶体)が入っています。ですから、眼も本当言えば、やはり逆さまに網膜に映っているんです。物が逆さまに映っている、たとえば人が地に立っているのに逆立ちしているみたいに見えたら、具合が悪く歩けません。本当は反対に映っているんだけれども、眼に映ってから頭までくると、○○さんとか、花がきれいとかわかります。それは、頭までくる長いの経路の間に、反対向いていたのをもう一度ひっくりかえして、ちゃんと地に立っている人に見えるようにうまいことできているからです。それはわかっているのですが、眼から頭に行くまでのどこでそれがぐるっとひっくり返るのか、いまだによくわかりません。最初に戻りますが、私たちは目医者でございまして、眼を離れて脳のこの辺まできたら、どこでひっくり返っているかわかりません。しかし事実はそういうことです。

 きょうの主題は糖尿病網膜症といいまして、病気の名前は聞いたことがあると思います。日本人にはだんだん糖尿病の方がふえてまいりました。そして糖尿病を長い間放っておきますと、あるいは放っていなくてもあまりうまいことやっていませんと、眼がだんだん悪くなるということをご存じでしょうか。頷いておられる方がたくさんいらっしゃるのできょうは嬉しいのですが、ご存じでない方にあまり怖い話をしたくないのですが。

 糖尿病を長いこと放っておくと眼が本当は悪くなることがある、もしかすると失明することがあるということをご存じでない方もたくさんいらっしゃいますので、きょうのタイトルは、プログラムでは「正しい管理」と書いてありますが、「糖尿病網膜症による失明を防ぐために」というタイトルにしました。

( slide No. 1 ) 糖尿病網膜症は失明することがあるかもしれない病気で、それを防ぐためにどうしようかというお話と思って聞いてください。

( slide No. 2 ) 生まれつき眼が悪いのではなくて、生まれたときには普通に見えていたのに、人生の途中で失明することを私たちは「中途失明」と言っています。その中途失明の原因になる病気にはいろいろありますが、現在の日本では糖尿病網膜症というきょうのテーマの病気がトップになりました。前はそんなことなかったんですが。ヨーロッパやアメリカのような世界の先進国では日本と同じようにこの病気がトップです。例に挙げると悪いかもわかりませんが、インドやアフリカや東南アジアなどの開発途上国では、感染症、例えば日本でも昔あったトラコーマなどのバイ菌による病気が今でも原因として多いのですが、先進国では糖尿病網膜症が一番で、実は結構大変な病気です。

( slide No. 3 ) これが先ほど申しました人間の眼は逆さまに見えているという図です。眼球を横から見るとこういう丸い形をしています。前から見える黒目の部分はこの絵では角膜です。そして上下にまぶたがあります。そして黒目の中に瞳(瞳孔)があります。瞳は、この絵で言えば黒目の部分に茶色の部分があって、その真ん中の黒いところです。

 その黒い部分は小さくなったり大きくなったりして動いています。明るいところに行くと眼の中に光が入ってきて眩しくてたまらないので、この茶色の部分(虹彩)がのびて、瞳がきゅっと小さくなります。そうすると真ん中が狭くなります。暗い部屋に入ると光がたくさん入ってくれないと見えないので、茶色のところが縮んで瞳が大きくなります。そうやってここに入ってくる光の量を調節しています。カメラで言えば絞りになるところです。

 その奥に凸レンズがあり、このレンズがあるから反対に映ります。その凸レンズを人間の体では「水晶体」と言いますが、水晶体が濁ってくる病気を「白内障」といいます。白内障はしばしばお聞きになると思いますが、レンズが濁る病気で、ものが霞んで見えません。白内障が進んだ方はレンズが濁っているので、レンズを入れ換える手術をします。レンズは代わりがあります。簡単にいえば、濁ったレンズの代わりにきれいなレンズを入れればいいわけです。そんなに簡単にはいきませんが理屈はそういうことで、白内障の手術をすればレンズが換えられます。

 このおじさんがレンズを通して逆さまに映っていますが、映っているところを網膜と言います。網膜はオレンジ色の一番内側の膜で、その外側に1枚、働いている網膜を支えている膜があります。映る網膜はカメラで言えばフィルムですが、実はこの換えはありません。カメラではレンズよりフィルムのほうが安く、使ったらまた新しいフィルムを入れたらいいのですが、人間の眼では網膜から視神経がずっと頭に直接つながっているので、新しいフィルムを交換するようには入れ替えできません。

 糖尿病で起こる眼の病気は網膜症といって、このフィルムが悪くなる病気ですから、極端に言えばフィルムに傷がついたりシミがついたり裂けたりしわが寄ったりします。そのようなことが起こると、うまいこと映りません。フィルムにシミがついていたら映りませんね。入れ替えができないので困ったことだというのはそのような理由によります。

( slide No. 4 ) これは眼底の写真で、網膜の真ん中を前からカメラで写したものです。人間の組織はどこでも血管がないと働くことができません。網膜にも動脈と静脈がありまして、明るいほうが動脈でやや黒っぽい、赤黒い感じのものが静脈です。そしてこの真ん中の白い丸いところは視神経が眼から出ていくところです。

 この写真は大きく映っていますが、1つの写真では網膜の真ん中へんの範囲しか映らないんですね。先ほど、眼を横から見た図で網膜をお示ししましたが、本当は網膜はもっともっと広くて、それを全部写真に撮ればこの講堂の壁面いっぱいぐらいの範囲にならないと入らないぐらいです。その真ん中に視神経や物を見るのに大事な網膜の中心が映っています。

 全体のオレンジ色はいいとして、よく見ると、ここに赤いシミがあります。網膜には普通は赤いシミはありませんが、このシミの部分でちょっと出血が起こっています。ここにもちょびっとあります。出血がちょっとぐらい起こっても全体に映っているので、「ここが見えにくいなあ」ということは全然わかりません。糖尿病網膜症の一番最初はこのようにぷちっと出血が起こるのですが、普通によく見えていて、自分では全然わからない。

( slide No. 5 ) ところが、むちゃくちゃ症状が進んでしまうと、先ほどのと比べると、同じ眼底とは思えないでしょう。くちゃくちゃという感じですね。ここに血管がありますが、血管の走り具合もむちゃくちゃだし、白いものができていますね。こうになると、網膜はしわだらけシミだらけで、ほとんど映らなくなっています。これは糖尿病網膜症がすっかり進んだ人の写真です。

( slide No. 6 ) 出血が起こるのは血管の具合が悪いからですが、普通血管は何かしない限り、自分で勝手にふわっと切ったり裂けたり出血したりしません。それなのに糖尿病網膜症のときは血管そのものがだんだん弱くなっているから、先ほどの写真にあったように切ったわけでもない、どつかれたわけでもないのに出血が起こってきます。

 血管の状態をよく見るために造影検査を行います。先ほどの赤かった血管がここでは白く映っています。造影剤を血管の中に注射して、同じように写真を撮りましたら、血管がよく映ります。先ほどの写真ではこんなにいっぱいの血管があるようには見えませんでした。ところが本当はこんなにいっぱいあり、細い血管もよく映ります。この方は医学部の学生で正常の方ですが、こんなに細い血管もきれいに映っています。

( slide No. 7 ) ところが、倍率が違うのでわかりにくいかもしれませんが、この方には白い点々が花が咲いたようにいっぱいあります。先ほどの人の血管はたくさんきれいに映っていましたが、点々はなかった。血管の壁が弱くなると血圧に負けて、血管の淵の弱いところが瘤みたいにぷくっと膨れます。そこに造影剤がいくと、白い点々に映ります。糖尿病網膜症の初期の人は小さな血管の瘤がいっぱいできて、こんなふうに映ります。

( slide No. 8 ) もうちょっと詳しく説明いたしますと、人間の体はどこでも血液がこないと働かない。血液は心臓から動脈で送られてきて、最後は静脈で心臓に帰りますが、送られてきた血液が働く部分は毛細血管といって、とても細い血管です。そこが細くて一番弱いので膨れます。膨れたところは先ほどの写真のように、白い点々になって映ります。

 膨れたところは壁が薄く弱くなっていますから、膨れただけで壁から水が染みだします。台風のときにボロの壁だったら、だんだん滲みだして家の中まで濡れてきます。それと同じように弱い壁からだんだん水が滲みだしてきて、血管の外に水が出ていってしまいます。出ていった水は網膜に溜まっていきます。本当は物が映らないといけないフィルムに水溜まりができた状態ですね。水溜まりほどひどくないかもしれませんが、ちょっと腫れます。蚊に刺されるとちょっと腫れますね。そうすると、網膜では映らないことはないけれども、おかしな映り方をします。

 血管の中には水道の水と違って血液が流れていますから、血液の中に入っている成分も一緒に漏れだして、油分や大きなたんぱく質が溜まったりします。もっとひどくなると出血も起こります。

( slide No. 9 ) 今の説明でわかっていただけたように、黄色いところは一緒に漏れだした油が溜まってしまってひっついて取れなくなった、赤い点々は出血して一緒に赤血球も出てしまった状態です。こうなると別に失明はしませんが、映りにくいだろうということはわかりますね。フィルムにシミがいっぱいついている状態と思ってください。

( slide No. 10 ) そういう状態を「単純糖尿病網膜症」と言います。単純糖尿病網膜症の簡単な説明はレジュメの中にも書いております。単純といっても単純ではないのですが、これからお話しするもっとややこしい状態よりは単純なので単純網膜症と言います。この状態では映りが悪くなるので視力は落ちますが、失明することはない。全く見えなくなるという心配はありません。

( slide No. 11 ) これはもうちょっと進んだ病状の方で、造影の写真です。白い点々は同じようにいっぱいありますが、真っ黒に抜けてしまったところもあります。血管があればこんなふうに白く映るはずですから、真っ黒なこの範囲はひとつも血管がないということです。生まれつき血管がないということはないので、あった血管が詰まって血液が流れてこなくなった状態です。これでは造影剤は行きませんので白く写りません、真っ暗に写ります。どこも働くためには酸素が一番大事で、血液から酸素をもらっているわけですが、ここやここでは必要な血液がこないと酸素がない。こういうところがだんだんふえてきます。

( slide No. 12 ) そういう酸素がない、血管が潰れたところを「無血管領域」と言います。血管がない、だだそれだけの意味ですが、実はそうではないんです。

( slide No. 13 ) この模式図をもう一度見てください。動脈から流れてきて静脈に帰っていくその途中の毛細血管が、先ほどは壁が悪くて膨れて水漏れしていましたが、今度は詰まって流れなくなりました。そうすると腫れどころではなくて、この組織には血管がないから酸素がこない。この組織は「えらいことだ。働きたいのに酸素がこない。大変だ」と悲鳴を上げて、血管を早いこと生やしてほしいという信号を送ります。信号が送られるとやたら血管が生えるのですが、その話を今からします。

( slide No. 14 ) 血管を生やしてほしいという信号のことを「血管新生因子」(新しく血管を生やすための因子)と言います。それが血管が潰れたところの網膜から出ると、血管は生えます。結構なことではないかと思いますが、そういうわけにはいかない。

( slide No. 15 ) 今度は血管新生因子が出て新たに血管は生えてきた方の写真ですが、こういうのはもともとあったよい血管です。ここも普通の血管です。ところが、下のこの辺を見てください。何か箒ではいたような赤い筋がたくさん見えます。こんな筋状の血管は最初はないんですが、この辺りにもこの辺りにも変な血管が生えています。しかも白いものまでできています。この白い紐みたいなものもできてしまった。

 血管新生因子が生やしてくださいと言ったからですが、因子が働いて新生血管が生えてしまった結果です。

( slide No. 16 ) 今度は模式図でお示しします。先ほどの眼は横を向いていましたが、今度は寝ていると思ってください。上が黒目の表面で光は上から下に入ってきます。そしてここに立っていたおじさんは下の網膜に映ると思ってください。

 そうすると、新たに生えてきた血管はそこらへんで毛糸の玉みたいにふえて、網膜の内側にある寒天みたいな組織(硝子体)と網膜とをつないでしまいます。でもこの血管は、もともとあった血管のように丈夫で長持ち、しっかりしたものではなくて、にわか作りですからぼろなんです。ですので、何も起こらないのに、しょっちゅうプチプチ切れて、出血を起こします。新生血管は目的からいうと結構なことですが、勝手にしばしば出血しますので、全然いいことない。

( slide No. 17 ) 先ほどの方はしばらくすると、こんなに大きな出血が起こりました。できそこないの新たにできた安物の血管は勝手に破れて出血を起こすので、こんなふうに眼の中に出血します。この辺の網膜には点々と出血がありますが、それでも一応まだ映るところもありますので、物は見えています。もちろん 1.0の視力は無理ですが、まだ 0.2ぐらいは見えています。きのうまで 1.0の視力だった人が突然 0.2になれば誰でもわかりますが、長い年月かけてじりじり進むと、0.2 だというのがわからないのかなあという程に気がつかないものです。初めて来られて、こんなになっていたという方も実はしばしばいらっしゃいます。こんなになるまでなぜ気がつかなかったのだろうと、皆さんはこの写真から思われるでしょう。でもゆっくり進展するとそういうものなんです。

( slide No. 18 ) 出血を起こしてもいけないし、できた血管はへなへなですから血管だけで立っているのがしんどいので、それを支えるために結合組織という柱みたいなものができます。そして、その柱がそのうち縮んできます。硝子体は寒天やゼラチンみたいな組織だと言いましたが、それと網膜とをできた血管がひっつけてしまって、血管を支えている柱がぎゅーっと縮むと、網膜は一緒に引っ張られて浮き上がります。網膜はここにきれいに張りついて平坦でないと物がきれい映りません。網膜がその下の膜から剥離しているので、この状態を「網膜剥離」と言います。網膜剥離は別の原因で起こることのほうが多くて、普通は糖尿病が原因で起こるのではないのですが。この場合、でき上がってしまった血管に引っ張られて起こるので、「牽引性網膜剥離」と言います。そうすると、こんなふうにぐにゃと曲がってしまって、出血が起こらなくても映らないので、これまた具合が悪い。

( slide No. 19 ) この方の眼底は、この辺は普通のオレンジ色に近い色をしていますが、ここから向こうはできあがった組織で網膜がぐっと引っ張られて浮き上がり、白くなっています。それでもこの辺は見えています。そうすると、やはりそんなにむちゃくちゃ悪いとは自分では思えないわけですね。意外とそういうものです。

( slide No. 20 ) 血管が生えてくる、細胞が増殖することから、そういうのを「増殖(糖尿病)網膜症」と言います。血管だけではなくて、それを支えるための柱みたいな線維性の膜も生えてきます。先ほどのは増殖に比べると相当単純なので、単純網膜症と言いました。

( slide No. 21 ) 血管は網膜だけに生えるかというと、そうではない。もっとややこしくなります。眼の部分写真ですが、ここが瞳で、黒目があって、この茶色のところは黒目の中にある虹彩です。この人は病気ではありません。

( slide No. 22 ) 隅角というのはちょっとややこしいので、虹彩を見てください。ここにも新たに血管が生えます。

( slide No. 23 ) 同じ場所をものすごく拡大して写真を撮っています。ここに赤いのがあるのがわかりますか。瞳の周りに茶色の虹彩という組織がぐるりとあって、そこに赤く血管が生えている状態です。血管新生因子が出たらここにも生えます。普通はありませんが、ここに生えてしまうと、−−写真ではここしか撮れていませんが、この組織(虹彩)は網膜とつながっているので、そこにも生えていると考えられます。

( slide No. 24 ) このおじさんがまた出てきましたが、前のほうだけを拡大した図です。黒目があって、瞳、凸レンズ(水晶体)、そして眼の中には水が入っています。眼の中の水を「房水」と言います。この水は虹彩の裏側にある工場で作られて、この細い隙間を通って黒目のすぐ内側のところ(前眼房)にしばらくの間いて、仕事をしています。そして古くなった水は、黒目と白目の境目にある細い通路(ジュレム管)を通って血管の中に捨てられます。外に出ている涙とは違った経路です。そういうふうに、房水も作られて出ていくまでの循環をしています。人間の体は大体どこでも自動調節していますから、適当な量を作って適当な量を捨ててバランスを保っています。だから大体一定量だけ溜まるようにできています。

 ところが虹彩に血管が生えますと、生えてきた血管が捨てていく経路の出口を塞いでしまいます。作るほうはそんなことは知りませんから、いつもと同じだけ作るわけです。入れ物が一緒なのに出口が塞がれていますから、水が溜まりすぎて眼圧が高くなります。眼圧がすごく高くなると、神経は圧に負けてしまってやられて、それも失明の原因になります。したがって、ここに血管が生えたらまずい、生えてくれたら困るわけです。網膜だけではなくて、虹彩に生えても具合が悪い。

( slide No. 25 ) 新たに生えてきた血管によって起こる病気を「新生血管緑内障」と言います。「緑内障」は眼圧が高くなって具合が悪くなる病気で、普通の緑内障ではこんなに厄介なことはないのですが、新生血管が原因で起こった緑内障は大変厄介で、私たちが治療するのに困ります。これももしかすると失明するかもしれない。

 整理をすると、血管新生が起こって増殖網膜症になったら失明するかもしれない。新生血管緑内障になると失明するかもしれない。最初にお話しした単純網膜症では映りが悪くなって視力は少々落ちますが、失明することはない。

( slide No. 26 ) それを整理しますと、単純網膜症はいま言ったとおりで、そこまでせっぱ詰まっていませんので、焦る必要はありません。増殖網膜症になれば緊急で、ゆっくり待ってられない。焦って一生懸命治療をしないと、そのまま放っておいたら近いうちに失明する可能性が高い。

 糖尿病網膜症はそういうふうに範囲が広くて、このことを正しく知っていないと、糖尿病網膜症と聞いただけで失明するかもしれないと焦ってしまう方もいらっしゃいます。そんなに急がなくても、ちゃんとやれば大丈夫というものと、本当に急がないといけないものとに分けて考えないといけません。急ぐほうでのろのろしてもいけないし、急がなくてもいいのに焦るというのも神経質すぎるということですね。

( slide No. 27 ) こういうことにならないようにするにはどうしたらいいか、ということを今からお話しします。もしかすると「レーザーで焼いてもらいました」という話を聞かれたことがあるかもわかりません。「レーザー光凝固」というのがあります。レーザーは細いビームで光が出てくるものです。

( slide No. 28 ) 眼の外側からレーザーのビームを当てて、眼底で光の焦点を結んでパッパッパッと焼いていきます。それをレーザー光凝固と言います。

( slide No. 29 ) この人は既に白いものが溜まって、赤い出血も出てきています。でも大して悪いことはありません。この状態でも、ちゃんと眼科にかかって糖尿病もきちんとコントロールしていれば、失明しません。

( slide No. 30 ) この白いポツポツはレーザーで焼いた直後の跡です。レーザー治療は熱凝固ですので、焼くとしばらくやけどみたいなものができます。やけどができて、その腫れているところと思ってください。これが、時間が経ちますと……

( slide No. 31 ) ……だんだん黒くなって瘢痕になってきます。手でもやけどをすると最初は水膨れができますが、そのうちだんだん固まってきます。眼では固まってくるとこのように黒くなります。すごく悪そうなところを焼くわけですが、焼いたところでは物は見えません。でも一つ一つが非常に小さくて、隙間がいっぱいあるので、全部足すとあまり感じないんです。これだけ焼けて見えないポイントができるわけですから、多少暗くはなりますが、ここが見えないというふうには感じません。すごく拡大した写真を見ていただいていますが、一つ一つはミクロンの大きさで、1mmもありません。これが 1.5mmですから、それと比べると随分小さくて、ご自分では感じません。適当な時期にこういう治療をすれば結構病状をとめられます。

( slide No. 32 ) この方の造影では黒くて血管がないところがいっぱいあります。この辺りには正常の血管がありますが、あまりきれいに見えなくて真っ白になって、おかしな血管がたくさんあって、血管のないところもたくさんあるという方です。こういう具合になると血管新生因子はいっぱい出ていますから、それこそ緊急事態です。

( slide No. 33 ) ああいうふうに血管が全くないところはレーザー光凝固で全部潰していかないと、血管新生因子は後から後から出てきます。レーザーの目的は他にもありますが、新生血管因子が出てややこしい血管が生えてこないように、血管のないところを焼きつぶしていくというのが、最大の目的です。きょうはこれだけを理解してください。後のことは忘れていただいて結構です。血管のないところは仕方がありません。多少のことは犠牲にして、全体を助けるという考えです。

( slide No. 34 ) 糖尿病では網膜症でなくても腎臓のためにも神経のためにも何のためにも血糖のコントロールは一番大事です。糖尿病網膜症にも血糖のコントロールはすごく大事です。しかし、ああいう状態になってしまってから治療を始めても、ある程度病態が進行していますから、一生懸命血糖のコントロールをしても、すぐにはだめなんですね。この写真のように進んでしまいますと、それから血糖をコントロールしても、眼は残念ながら、よくなりません。

 それではコントロールしてもしょうがないではないか、とは思わないでください。残念ながらすぐにはなりませんが、放っておいたらますます悪くなります。眼が悪くなってもまだ腎臓は大丈夫か、他の臓器にもいろいろ影響がありますから、コントロールは大事です。

 「コントロールしていたのになぜよくならないのでしょう」としばしばおっしゃいますので、きょう是非とも理解していただきたいのは、進んでしまったものはコントロールしても元には絶対戻らないということです。

 そしてしばらくの間、いくらやっても病気は前を向いて進みます。コントロールしてもレーザーで治療しても進みます。自動車でも思いっきり進んでいるときに、なんぼブレーキを踏んでもぱっととまりません。必死でブレーキをかけても、しばらく進んでからとまります。それと同じように、しばらく進んでいる間は仕方がない。急きょ治療を始めても悪くなるというときに、そこでやめたら本当に悪くなります。ブレーキを踏んでいるけれども進んでいるというときにやめるとだめなんですね。まだ進んでいるけど、これは仕方がないと思って治療を続けていかないと、果てしなく続きます。

( slide No. 35 ) こういう状態になるまで気がつかない人がいますから、こういう状態になってしまった人は血糖コントロールしてもあかんし、レーザーしてもあかんのやろかと思わないで、それはそれで多少は方法があります。

( slide No. 36 ) こういうふうにできてしまったものを細かい細い器具を眼の中にいれて取っていきます。ここは引っ張り上げられている網膜ですが、これをきれいに取って、元に戻す手術があります。

( slide No. 37 ) この手術で採ってきたものは血管新生因子でできた組織ですから、生えてきた血管がいっぱいあります。血管と、赤いのは赤血球です。いかにもそういう状態です。

( slide No. 38 ) この人もこういうものができて、血管が生えて網膜が引っ張り上げられているので、手術すると、……

( slide No. 39 ) ……消えてなくなってきれいになりました。しかし、病気になる前の元通りになるわけではない。この黒い瘢痕のように、レーザーでこんなに焼きつぶしてしまわないとだめなわけです。そうすると、この方は失明せずに済んで、多少は見えています。でも元に戻るわけではありませんから、こういう状態にならないでくださったほうがもちろんいい。でもなってしまった場合にはあきらめないで、こういう方法でとめることもできます。ここまで進行しても一応9割の人はとまります。それでも1割の人はとまりません。

( slide No. 40 ) 糖尿病網膜症にならないようにする一番大切なことは、もし糖尿病になっていらっしゃっても、概略ですが、血糖値を空腹時で110mg/dlぐらい、ヘモグロビンA1cを 6.5以下にずっと維持してくださったら、ほぼならないと言われています。糖尿病になると眼が明日悪くなるということではありません。糖尿病にいつなったかさえわかる人はいません。いつの間にやらなっているわけですから、気がついたら糖尿病だった人は、これからいつ網膜症になるかわからないので、きちんと眼の検診を受けていただく。もし眼が悪かったということがわかっても、最初にお話しした単純網膜症のうちだったら、空腹時で110mg/dl、2時間値でせいぜい180mg/dlぐらいまでにコントロールできるように頑張っていただいたら、ややこしい状態にはなりません。少々進んだとしても失明するようなことにはなりません。糖尿病になったときは仕方がありませんので、皆さん、頑張ってください。

( slide No. 41 ) そして、すっかり進んでしまうと、コントロールしても網膜症は進行します。「一生懸命血糖をコントロールしたら、そのほうが悪くなりました」とおっしゃる方がいますが、コントロールしたから悪くなったのではなくて、ブレーキをかけてもまだとまっていない状態だということをわかってほしい。コントロールしたら悪くなった、治療を始めたら悪くなった。そこでそういうふうに信じてやめてしまったら、永遠にとまらないということもわかってほしい。当分の間は病状は進みます。一生懸命やっても当分は進むけどもどこかでとまる、しなかったら永遠に進む、ということを私はわかってほしい。

( slide No. 42 ) そして眼底検査を受けてください。何度も申しましたように、最初は症状がないから自分では全然わからないんです。ものすごく長い間よく見えていましたと必ず皆さんおっしゃいます。でも普通の糖尿病の人で眼底出血などが起こっていませんよと言われた人は、年に1回受けてください。

ちょっと出血がちらちら出ています、でも増殖にはなっていないという人は、その人の程度によって違いますから、診ていただいた先生の指示で大体3カ月〜6カ月に1回ぐらいは受けてください。皆さん3カ月でよいというわけではなくて、網膜症の程度に応じて月に1回という方もあるかもしれません。

そして子供さんのときに起こった糖尿病の方は中学生になったら毎年受けてください。 これを是非守ってくださるといいなと眼科としては思います。

( slide No. 43 ) 最後に糖尿病網膜症は眼だけ治療してもだめ、内科だけというのもだめです。両方ともお互いにコミュニケートして、一番大切なことは患者さんご自身ですね。自分の糖尿病の具合はどうなっているか、そのために食事は、治療は、運動はどういうふうにしたらいいかきちんと主治医に聞かれて、こういうふうにやっていますということを眼科にも教えてほしい。眼科も今の眼底はこのようですとお話ししますし、皆さんが持っておられる糖尿病手帳に書き込んでもらうのが一番忘れない方法だと思います。

 司 会 松村先生、どうもありがとうございました。

 質問1 糖尿病になるとよく白内障になると言われますが、今のお話の網膜症と白内障とは別のものですか。白内障はレンズの病気ですね。網膜はどうもなくて、レンズが年齢的に曇ってくるということがありますね。

 松 村 白内障はレンズの濁る病気で、年齢とともに濁っていくという方が一番多い。ですから、糖尿病の方ももちろん白内障になりますし、糖尿病でない方でもなります。しかし、若いときから糖尿病があった方は普通の方よりも早い。子供のときから糖尿病になった方は20代でも起こる人がいます。白内障があるから網膜症があるというのではないので、そのような心配はありません。

 質問1続 そうすると糖尿病で白内障になるというのはないのですか。

 松 村 糖尿病の場合、白内障の発生は普通の年齢よりも早まります。

 質問1続 そのときは網膜もやられているのでしょうか。

 松 村 必ずしも並行していません。やはりそれは診ないとわかりません。

 質問2 私はもともと近視が非常に強くて、小学生のときから眼鏡をかけていました。50歳代から糖尿病になって血糖値が440mg/dlぐらいになり、今はコントロールできているのですが、香里園の病院で5年ほど前に白内障の手術と、左眼にレーザーをかけて完全に見えるようになっています。視力が 0.5〜0.6 ぐらいで、先生の顔がはっきりきれいに見えます。そして、山口先生に右目のレーザー手術していただきました。でも見えないんですよ。これはどういう原因でしょうか。弱視だと言われましたけど。

 松 村 それはどうなんでしょうか。本当は私があなたご自身の眼を診ないとわかりません。山口先生はよく診てくださっているから、きっとなぜ見えないかはよくご存じだと思います。よほど近視が強かった人は普通の人と同じほどは見えないと思います。多分そちらが原因かと思います。

 質問2続 レーザー治療はもう一度受けることはできますか。

 松 村 レーザー治療はひどかった近視が原因で見えないのには効きません。先ほどのは糖尿病で起こってくる眼底出血のお話で、多分あなたの原因とは違うと思います。

 質問3 眼圧が上がるということは眼が痛いと自覚できるかどうか。それと最近の話題のドライアイについてですが、これについてはどうしたらいいでしょうか。

 松 村 眼圧はよほど高くならないと痛くならないので、自覚症状としては初めはわかりません。きょうのお話は糖尿病と関係のある眼圧のお話をしただけで、一般的なお話に広げないで考えでないでほしい。

ドライアイは簡単に言うと涙が減ってきて眼が乾くという病気です。糖尿病の人は普通の人より多少涙が少ないという人が多いことは多い。ご質問はドライアイだからどうしたらいいかということですか。

 質問3続 ドライアイの総論でいいのですが、コンピューター時代であって、結構モニターを見ている機会が多いものですから、私の生活の範囲でちょっと気にかかることがあります。

 松 村 ドライアイで症状のない人は何も気にすることはありません。どうもシバシバして渇き気味だという人は自分で意識して瞬きをするのが一番簡単な方法です。何か一生懸命ものを見ていると、例えばコンピューターをじっと見ていると開けっ放し。人間の眼は数秒に1回は必ずパチクリやって、そのときに瞼で涙が動きます。一生懸命になると蒸発しますから。一番最初に自分でただでできる方法は、パチクリやってしょっちゅう休むことです。それでだめなときは一回診てもらって、人工的に涙を足す方法もあります。

 質問4 香里園の病院で参天製薬のサンコバという目薬をいただいていますが、それは抗生物質でしょうか。

 松 村 サンコバ? 申し訳ありませんが、それは直接お聞きになってください。推定で私がお話しして、もしその推定が間違っているといけませんから。

 司 会松村先生、どうもありがとうございました。

 ご苦労さまでした。これで市民市民連続公開講座の全課程が終了いたしました。 ただいまから2回以上受講されました方に市民公開講座の岩坂壽二委員長から修了証書を授与いたします。……

 岩 坂   ……自分の勉強の成果ということでお受け取りください。

 来年もお近くの方等々もお誘いの上、お出でいただきければと思います。我々にもまたいろいろ不備な点もあるかと思いますが、そういうところを少しずつ補って、公開講座を永く続きあるものにしたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。

 司 会  これで終了いたします。

この講演記録は、ボランティアの方々が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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