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関西医科大学第2回市民連続公開講座
「声がれと喉頭がん」
関西医科大学耳鼻咽喉学教授 山下 敏夫
平成11年(1999年)11月27日(土)14時00分〜15時00分
関西医科大学南館臨床講堂
主 催:関西医科大学
司会 松原講師(第2内科学)

 司 会(松原 弘明・関西医科大学第2内科学講師) 昨年から始まりました関西医科大学市民連続公開講座第2回は、きょうの第3日目で最後になります。昨年は4回連続でありましたが、ことしは3回で終了いたします。去年は生活習慣病に焦点を当てましたが、ことしはいろいろな分野の勉強をしていただこうということで、最初は神経系統、第2回目は肝臓などの癌に焦点を当てました。第3回目は皆さんが感覚として直接感じとれる声がれと喉頭がん、それから眼科領域で一番数が多くなっている糖尿病性網膜症を取り上げました。

 それでは、最初の「声がれと喉頭がん」について講師である関西医科大学耳鼻科学教授の山下敏夫先生を簡単にご紹介させていただきます。昭和41年に関西医科大学を卒業され、それから6年ほど、京都大学、国立京都病院、倉敷病院といった一流の研修病院あるいは国立病院にご勤務されました。ハーバード大学の講師も兼任されております。

 昭和56年に関西医科大学助教授になられ、神戸大学、三重大学の講師も兼任されております。平成5年に関西医科大学耳鼻咽喉科学の教授にご就任されておられます。さらに昨年より関西医科大学の行く道を定める理事にも就任されております。

 今回は「声がれと喉頭がん」ということで、50分前後お話ししていただきます。山下先生、よろしくお願いいたします。

 山 下 (関西医科大学耳鼻咽喉科学教授) 皆さん、こんにちは。耳鼻咽喉科は耳と鼻と、喉と言いましても、喉ちんこが見える上のほうの喉と、きょうお話しするもう少し下にある喉頭をひっくるめて、耳鼻咽喉科と言います。ぱっと顔を見たら、目が鼻の真横にありますね。どうして耳科と眼鼻科にならなかったのか、どうしてと思われますか。鼻と喉が構造的に中でつながっていて、しかも機能もお互いに作用しあっている。耳と鼻の間には耳管という管があり、ご飯を食べたときには耳管が開いたり閉じたりして、耳の中の圧を調整しています。飛行機に乗ると耳が詰まりますね。そのときに唾を飲むとそれが解除されるというのは、その耳管が開いているからです。そのように耳と鼻はつながっています。もちろん鼻と喉もつながっています。鼻水をすすったら喉に落ちてきますね。そういうことで、耳と鼻と喉はずっとつながりがあるから、眼だけちょっとよそに行って、耳鼻咽喉科となっています。

 その耳鼻咽喉科の中でももう少し下の気管や食道も扱いますし、最近では私どもの耳鼻咽喉科は頭頸部外科と言いまして、首から上の眼と脳を除いた部分の腫瘍も扱います。甲状腺とか唾液腺とか、首の周囲にいろんな腫瘍ができます。そういうものも耳鼻科で扱っています。そういう科であることをご認識いただきたいと思います。  動物は聞こえたり見えたりしますが、こうやってしゃべって、お互いにコミュニケーションが取れるというのは他の動物と違う人間の大切なことです。そのコミュニケーションを取るには、声を出してしゃべらないといけない。そしてそれを聞かないといけない。だから耳鼻科は非常に大切な科なのです。

 耳鼻科の宣伝ばかりするわけではないのですが、最近の耳鼻科にはめまいとか耳鳴りのような、高齢化に伴ったいろんな疾患が非常にふえています。それから嗅覚や味覚もあります。昔のように、食べられたらいい、食えたらいい時代と違って、 quality of life(生活の質)を向上するということで、生活の中での匂いとか味覚がものすごく大切になっています。そういう五感のうちの眼を除いた感覚器のほとんどを耳鼻科が扱っています。そういう一面も耳鼻科にはあるとご理解いただきたい。

 きょうお話しするのは喉頭癌の話です。癌の死亡率が一番高くなりましたが、どうせ早期に見つけられない癌とか、見つかってもどうしようもない癌の話をしても仕方がない。これは運命ですね。ところが喉頭癌はそうではない。まず一つは予防もできるし、見つけやすい。知識さえあればある程度病気にならずに済むし、なっても早く治って声を失わなれずに済みます。だからこそ、皆様方にお話をして理解していただくことで、またそれが皆様方に還元するのではないか。そのような理由で喉頭癌を今回選ばせていただきました。

( slide No. 1 ) また雑談ですが、これは額帯鏡をつけたドクタードールですが、この額帯鏡が耳鼻科のシンボルです。ところが医者全体のシンボルみたいになっているんです。私は学会で外国に行くときにドクタードールを頑張って集めているのですが、この額帯鏡をつけた人形は意外に少ない。他の科の人はこの額帯鏡を使いません。額帯鏡をぶらさげているのは耳鼻科の医者です。

 なぜこのような額帯鏡が要るかというと、耳は2つの孔、鼻にも2つの孔、口は1つの孔が開いています。この孔を額帯鏡に光を集中させて見るというのが基本なんですね。昔の明治には大阪の耳鼻科の会は「五孔会」と言っていました。そういうことでこれがシンボルでございます。

( slide No. 2 ) 喉頭はどこにあるか。いわゆる喉仏ですが、一体どこにあって何をするんだろうということをご説明します。

( slide No. 3 ) ここに喉仏がありますね。男性のは特に大きい。これは甲状軟骨で、ここを触れます。首は脳と体の間の非常に大切なつなぎ目ですから、喉頭は軟骨によってしっかりカバーされています。首を取られると死んでしまいますから、例えばボクシングをやっていてもみんな首を守ります。犬でも熊でも相手をやっつけるときには首を噛みます。そうすると命がなくなる。だから喉頭の辺りを守るために軟骨で覆われています。

( slide No. 4 ) 体を縦に割って見ますと、舌があって、歯があります。これが鼻です。食べ物は口から入ってきて、食道に流れます。息は鼻からきて気管にいきます。そのあたりにあるのが喉頭です。だから喉頭の役目は息(呼吸)の道が1番。それから食べ物が間違ってひょっと気管に入るとむせたり、さらに下にいくと肺炎になりますので、食べるときは喉頭蓋が食べ物が気管に入らないような防御をしています。だから2番目が息の道の防御。3番目が声を出す。ここに声帯があります。これが仮声帯、イ声帯ですが、ここで声を出します。これが喉頭です。

 ここに不幸にして癌ができることがあります。特に声帯のあたりに癌ができやすい。有名な池田首相が喉頭癌で亡くなったときは大変でした。何でも癌ではないかと言われて、僕らは物すごく忙しくなりました。

( slide No. 5 ) 先ほど言いましたような機構で、食べ物は食道へ、息は鼻から喉頭を通って肺に行きます。これを喉頭といいます。

( slide No. 6 ) 喉頭がどうなっているか見るにもいろいろな方法がありますが、簡単には喉にミラーを入れて眼で見ると喉頭が見えます。この声帯が白い帯のように見えます。そして、これが食べ物が気管に入らないための蓋で、こちらが食道です。この声帯は息をしているときは開いていますが、発声するときは閉じます。

( slide No. 7 ) これが声帯の実物です。これはちょっと開き気味ですが、この隙間を呼気(吐く息)が通って声になります。声自身は声帯で出ています。その声を舌で構音して言葉にしています。その際にこの辺の粘膜が微妙に振動します。これは非常に微妙ですから、歌のうまい人は恐らくこの辺の構造が違うと思います。非常に微妙で、そこにちょっとでも変化が起これば、当然喉頭の場合は声がかれます。例えばこの辺が赤く腫れる、あるいは小さいポリープができると、ぴちっときれいに閉じなくなって、いい声が出ない。だからぴちっと閉じない原因があると声がれになります。その一つが喉頭癌です。だけど、声がれを起こす原因は他にいろいろありますので、それを紹介します。

( slide No. 8 ) 例えば声帯が腫れる。腫れるだけで、左右の声帯が引っついても、この間に隙間ができて声がかれます。また、ポリープのような邪魔物があるとちゃんと閉じてくれなくて隙間ができるから、声がかれます。歌を歌いすぎるとか、学校の先生が声を使いすぎると、両方に小さい結節(唱者結節)ができて、それだけで声がかれます。

喉頭癌と鑑別を要する病気
急性喉頭炎、慢性喉頭炎、声帯ポリープ、
声帯結節、喉頭良性腫瘍、声帯麻痺  
 喉頭癌と間違いやすい病気を挙げております。急性あるいは慢性の喉頭炎というのは、風邪を引くと誰でも声がかれますが、そのときに急性の喉頭炎を起こしています。カラオケを歌いすぎて声がかれたというのも急性喉頭炎です。それから声帯ポリープ、結節、腫瘍でも良性腫瘍、それから声帯が麻痺して動かない声帯麻痺。これらを簡単に説明いたします。

( slide No. 10 ) 白い声帯が赤く腫れています。急性喉頭炎です。こういうときも声がかれます。

( slide No. 11 ) ポリープがあると声帯が閉じません。このようなポリープは簡単に取れます。

( slide No. 12 ) これもポリープですね。これが邪魔になって声帯が閉じない。

( slide No. 13 ) これもポリープですが、先ほどのようにポロンとあるのではなくて、富士山とまではいいませんが、山裾のあるようなポリープです。

( slide No. 14 ) 声帯自身がポリープ様といって、声帯自身がぶよぶよに腫れてしまっています。声を使われる方によくある状態です。このようにぶよぶよに腫れてしまうと、当然いい声が出ません。先ほどのポリープは全身麻酔をして顕微鏡のもとで全部きれいに削ります。ええ加減に外来で削ると、削りすぎて逆に隙間ができることがありますので、きれいに削ります。ところがこのような状態のポリープを削ると声帯全部がなくなりますので、切開して、中の水分を全部吸い出す手術をします。それで声がきれいになります。

( slide No. 15 ) これもポリープですね。

( slide No. 16 ) これまでのは片方(一側)のポリープですが、この写真のように上から 1/3のところで両側にできるのがあります。これはよく声を使う歌手とか学校の先生に非常に多い声帯結節と言われるもので、ひどい場合にはメスできれいに切り取りますが、それで治ってしまいます。

( slide No. 17 ) やんちゃくれの子供、小学生の初めの頃の子供が声をからしていますね。そういうときにはやはりこういう結節ができていますが、放っておいても知らない間に大体は治ります。

( slide No. 18 ) これは声帯全体が真っ白くなっています。これは前癌状態の白板症と言いまして、声帯の粘膜が角化してしまう特殊な病気で、比較的よく見られます。

( slide No. 19 ) これも白板症です。やはりちゃんと取り除かないと、将来癌になる可能性があります。

( slide No. 20 ) これは癌のように見えますが、乳頭腫という良性腫瘍です。こういうのができると当然声がかれます。

これまでお示ししたのは、声帯が腫れているから、あるいは何かができているからぴちっと閉じなくて、声がれになる状態でした。もう一つ、最後に癌と違って声がれになるのは声帯が動かない場合です。

( slide No. 21 ) 上が頭で、肩、首、喉仏の軟骨があり、この中に声帯があります。声帯を動かす神経(反回神経)が、例えばこの近くの甲状腺に腫瘍ができたとか他のものでやられてしまうと、声帯も神経によって動いていますから、声帯が閉じてくれません。そうすると、普通ならば左右が動いて合わさるのですが、こちらが動いてもこちらが動かないから隙間ができます。

( slide No. 22 ) これが反回神経麻痺という喉頭麻痺です。固定でもちょうど真ん中(正中位)で固定してくれたら、片方だけ動いても閉じます。こういうラッキーな例もありますが、大体は中間位固定あるいは複中間位固定です。だからいくら片方の声帯が正常に動いて寄ってきても、片方が動かないので隙間ができます。反回神経麻痺、神経がやられてしまって動かないので声がれになります。 こういうものが全部声がれの原因です。だから声がかれるかといってすぐに喉頭癌というわけではありません。

( slide No. 23 ) 次はいよいよ喉頭癌の話です。

( slide No. 24 ) 喉頭癌では声帯にできる癌が一番多いのですが、癌ができると当然邪魔になって隙間ができます。しかも癌が大きくなれば神経もやられて全然動かなくなって、もっとひどい声がれになります。また、声帯は呼吸の道ですから、癌がどんどん大きくなると息ができなくなります。さらに神経麻痺から動かなくなると、誤嚥するといって食べ物が気管に入ってしまうようになります。

だけど言いたいのは、本当に小さい米粒より小さい癌ができても、声がかれます。米粒大の癌ができても、そんなに早期に発見できる癌はあまり他にありませんが、喉頭癌の場合は声がかれるので、非常に早期に発見できます。例えば頬の大きい空洞にできる上顎癌では、そこに癌が発生して症状が出るまでにはこんなに大きくならないと自覚できません。だから発見されたときにはなかなか治りにくい。

ところが喉頭癌は幸い小さい初期でも声がかれるので発見しやすい。うまく早く見つければ、喉頭を取り除くことなく声が残ります。喉頭癌をきょうお話ししたかったのはそういう理由からです。

癌でも癌になったことがわからないものが多く、いくら知識があってもなってしまうものは仕方がない。いくら予防してもなってしまいますから。癌になって治らないものをお話ししても仕方がない。しかし、喉頭癌はそうではない。小さくても症状が出るし、皆様方もおかしいなあと気づくことができます。

喉頭癌の発生率
10万人に対し5人 
耳鼻科領域癌の1/4  
欧米の1/3〜1/4 
男女比は10:1 
50歳以上が95%
発生率、どのくらいあるかということですが、10万人に5人ぐらい。これは10万人の団地があるとすれば毎年5人ぐらい喉頭癌になる率です。ですからべらぼうに多い数ではありません。

欧米では結構多いのですが、日本では少ない。
耳鼻科領域の 1/4と書いていますが、耳鼻科の内腔の問題で甲状腺とか唾液腺を入れると、1/10ぐらいになります。
それから重要なことは男女比10:1。男は損ですね。女がぎょうさんかかる癌もありますが、喉頭癌に関しては男はえらい損です。覚えといてください。
そして50歳以上が95%。これは他の癌も同様で、癌年齢と言いまして、もちろん若い人がなる癌もありますが、大体50歳以上。これは一般的なことです。 男女比が10:1であるということは特徴的です。

喉頭癌の誘因
10万人に対し5人 
1) 喫煙(非喫煙者の30倍)  
2) 大気汚染(都市に多い)
3) 遺伝、音声酷使、飲酒  
4) 性(2次性徴) 
 たばこ指数=1日の本数×喫煙年数
癌の誘因。例えば甲状腺に癌ができても、なぜできるかわかりませんので、予防のしようがない。ところが喉頭癌の誘因はかなりよくわかっています。一番大きいのが喫煙、たばこを吸うことで、たばこを吸わない人の30倍あります。肺癌−たばこ、たばこ−肺癌と言われていますが、肺癌よりも喉頭癌のほうが本当はうんとたばこの影響を受けます。なぜ肺癌ばかりが注目されて喉頭癌が言われないかというと、肺癌の発生率が高く、喉頭癌はそんなに多くないからだと思います。しかし、喉頭癌だけに関して見ると、肺癌よりもたばこの影響がうんと大きい。

 この後、僕が何を言うか想像つくと思います。たばこをやめたら喉頭癌が予防できますね。もちろん大気汚染もある程度考えられていますし、声の使いすぎとか、遺伝やお酒も多少影響します。お酒は喉頭癌には多少であって、喉頭の回りの下咽頭(食道に入っていくところ)で発生する癌にはものすごく悪い。食道癌もお酒がかなり原因します。

 それから男性か女性かによって先ほどの発生率も10:1でした。多少ホルモンの影響があるようです。問題はたばこ、喫煙です。

 たばこ指数というのがあります。1日何本吸うか、それを何年やっているかから求めます。大体たばこを吸う人は1箱〜2箱。1箱で20本。そして20歳ぐらいから吸いはじめて、癌年齢の60歳で40年。20本×40年=800 となります。大体たばこ指数が 400で要注意、800 になるとかなり喉頭癌になりやすい。自分で計算してみてください。800 を超えているという方もおられると思いますが、どうですか。こういうことが非常に喉頭癌には影響します。だからたばこをやめようということですね。

 ええ恰好していますが、私も吸っていました。6年前からぴたっとやめておりますので、今は声を大きくしています。

( slide No. 27 ) ちなみにたばこの話ですが、最近、男性の喫煙率は下がってきています。しかし問題は女性の喫煙率がふえていることです。しかも、この実線は20〜29歳ですが、若い女性がたばこを吸うようになりました。若い女性でも年をとっていくので、将来は恐らく女性の喉頭癌がふえて、10:1であった比率がそのうち5:1ぐらいになるのではないかと思います。

 これは日本たばこ産業のデータですから嘘かもしれません。本当はもっと吸っているかもしれません。アメリカでは最近ものすごく吸わなくなって、喫煙率はうんと少ない。ところがアメリカは悪くてね、自分のところでは吸わなくて、たばこ会社は発展途上国に輸出して大儲けしているんですが。アメリカあるいは欧米でも減っています。日本でも男性は減ってきましたが、女性、しかも若い女性にふえているのが残念です。

( slide No. 28 ) 前のスライドと同様です。喫煙者数は60歳代の女性ではどんどん減って、若い20歳代がどんどんふえています。

( slide No. 29 ) たばこを吸っている家族が横にいるだけで、いろんな影響があります。ご存じのとおりだと思います。

( slide No. 30 ) 例えば、母親がたばこを吸うか吸わないかで比べると、たばこを吸っている母親から生まれた子供は体重も身長も非常に低く、小さい子供が生まれるという恐ろしいデータもあります。

喉頭癌の症状
1) 嗄声
 ガラガラ声(粗造性)
     ↓
          カサカサ声(気息性) 
1) 喫煙(非喫煙者の30倍)  
2) 咽喉頭異常感(声門上癌)
3) 呼吸困難 
4) 誤嚥 
 喉頭癌の症状では声がれがあります。嗄声(させい)は声がれのことで、非常にガラガラしたあるいはカサカサした声になります。それからもう一つは、できる場所がちょっと違うと、何か喉が詰まった感じ、何かいつも意識がある、唾を飲むといつもひっかかる感じ、そういう咽喉頭の異常感が初期にあります。声帯は息をする道ですから、腫瘍がどんどん大きくなると息ができなくなります。それから神経が動かなくなって、食べ物が気管に入ってしまう(誤嚥する)ようになります。

 だけど、ほとんどこの嗄声あたりで見つかります。先ほど言いましたように小さいものでも声がかれるからです。声がかれても放っておく人もいっぱいいますが。カラオケに行って声がかれたのは大丈夫なんですよ。声がかれると何でも喉頭癌というわけでもない。風邪をひくとある程度声がかれます。風邪が治ってそれが治まればいいわけです。

 しかし何もないのに、癌年齢で男性でたばこ指数の高い人の声が、少しずつかれてきて、治らなくてますますひどくなる。こういうのは喉頭癌を疑って耳鼻科に行かないといけない。若い女性がたくさんおられますが、家に帰って家族の人によく注意をしてあげてください。

( slide No. 32 ) 先ほど白板症と言いましたが、ごく初期の喉頭癌です。こういう白いものができています。当然こういうものがあるので声がかれます。

( slide No. 33 ) これは典型的な初期のものです。これぐらいですと、ここが出っ張っているので声がかれますが、まだ声帯も動いていますし、そんなにひどい声がれではないですね。この辺りで本当は見つけると、放射線治療(コバルト照射)だけで90何%治ってしまいます。そうすると、後は普通に声が出ます。

( slide No. 34 ) これを放っておいて、声帯が動かないようになると取ってしまわないと仕方なくなります。この場合、少なくも片方だけは取らないといけない。だから前のスライドの時点で見つけてほしい。

( slide No. 35 ) もっとひどくなると息もしにくくなります。

( slide No. 36 ) これは全体に腫瘍になっています。

( slide No. 37 ) これも全部腫瘍で、息をする道はわずかになっています。こうならないうちに見つけようということです。

( slide No. 38 ) これが先ほどの弁で、ここに声帯があるべきですが、完全に腫瘍で埋まってしまっています。この辺で少し息ができるかなあという感じですね。

( slide No. 39 ) 実際に気色のいい写真ではありませんが、喉頭癌はそれほど稀ではありませんので、よく覚えておいてください。

喉頭癌の治療
1) 初期癌には放射線 
2) 中期癌には部分切除  
3) 進行癌には喉頭全摘出
 喉頭癌の治療について、初期癌には放射線治療。人間にとってしゃべってコミュニケーションをとることがいかに大切か。この時点でまず癌にかからないようにする、例えばたばこをやめる。若い息子さんやお孫さんにたばこをやめて、できるだけ喉頭癌にならないように言ってください。しかし、なってしまったらできるだけ早く見つける。

 初期癌ならば放射線治療で治ります。多少ひどくなると、全部取らないまでも半分だけ取るとか少し削るあるいはレーザーで焼くなどの方法があります。声はかれますが、完全に出ないようにはならない。しかしさらに進行してしまうと、喉頭を全摘出術といって、喉仏のところの軟骨も一緒に全部取ってしまいます。これは、息をするためにここに孔を開けて、食べ物は口から鼻からでも要するに管1本で食道につながるという手術になります。そうすると声が出ません。ここに孔を開けておられる方がいますが、非常に大変です。何度も言いますが、早く見つけることです。

 癌は治ったけれども、声帯を取ってしまってしゃべれなくなったというのでは、医者としてあまりにも無責任ですね。何をやってもいいというのではなくて、その人の機能を保ち、生活の質を守る必要があります。この喉頭を取った後も、何とかして声を出そうと工夫をしています。

( slide No. 40 ) 食べ物は食道、息は気管でしたが、手術のした後の呼吸はこの孔からするので、気管への道がなくなっています。このように完全に別れてしまって、声の出しようがない。

 そこで声を出す方法として、まず食道発声があります。取った後の粘膜をこの図では広く描いていますが、実は薄くてペロペロなんですね。ここのところで声帯みたいに咽頭の粘膜がぴたっと合っています。そこに空気が通ると音がでます。

 その音を出す空気をどこから持ってくるかというと、簡単なのは食道発生と言いまして、食道の下に胃がありますが、胃の手前の絞られているところに空気をいっぱい風船みたいに溜めるわけです。ここに溜まった空気をげっぷの要領でうまいこと発声するときに出します。これが食道発声で、トレーニングするとかなりよくしゃべられます。

 そういうトレーニングをするために、関西医大では関西コウユウ会が毎週土曜日の午後からそういう方のために講習会とリハビリを一生懸命やっております。話がそれますが、そういうときには僕らはとてもよう教えません。前に喉頭を取った人が先生になります。そうやってトレーニングしたら、空気を飲み込んで食道に空気を溜めて、それをうまいことげっぷの要領で出しながら喋られます。

 ところがこの方法は年とった方にはトレーニングが難しく、成功する方が半分ぐらいです。別の方法−−これは残念ながら私どもが開発したのではなくて、米国で開発されたものですが、日本では私どもが最初に取り入れて一生懸命やっている方法があります。

 これは空気の道、こちらは食べ物の道。この間に孔を開けておきます。ここへ特殊な器械を入れて、空気の孔を手で塞ぐと、肺からの呼気が食道のほうに抜けます。これは正常の呼気で声を出すのと近い状態になります。ここで粘膜の間を空気が通って音を作って舌で構音する。食道と気管の間に孔を開けると、唾が気管に入ってむせるので、唾が入らないけれども空気だけこちらにいくという装置を作ります。

( slide No. 41 ) 話が戻りますが、これが食道発声です。空気をここに溜めて、溜めた空気をげっぷの要領で出して音を作ります。

( slide No. 42 ) 一方、先ほど言いましたのは、この間に孔を開けて、このような特殊な器具を入れます。そうすると、空気はこの間を通りますが、食べ物は入らない。というのはここに一方にしか開かない弁があるからです。

( slide No. 43 ) こういう弁があって、空気は向こうに行くけれども、食べ物や唾が絶対に入らないようになっています。

( slide No. 44 ) 上が頭、肩ですね。首のここに息をするための孔が開いています。ここに弁を付けて、手で押さえると非常にいい声が出ます。全く普通の人と変わらない、声がれの人とかわらない声になります。しかも食道発声と違って、ずっと長い間しゃべりることができます。普通の営業マンでもこれで生活している方がたくさんおられます。

( slide No. 45 ) しかも必要なときにはその上に特殊な弁を装着すると、手で一々押さえなくなくてもいい。息をするときはここから空気が入って、声を出すときには内圧が高まって弁が自然に閉じて、手ぶらでしゃべれます。

 結局、ちょっと放ったらかして喉頭癌が進むと、喉頭を取ってしまわないといけなくなります。取ってしまってもそのまま放ったらかすのではなくて、少しでも声を、ただ普通の声ではないし、押さえたりしないといけないので非常に不自由ですが、それでも声をちゃんと出す。もちろん電話もできます。喉頭を取った人もちゃんとしゃべっておられますが、非常に不自由です。そういうふうに私どもも生活の質の向上を図るように一生懸命考えております。

 言いたいのは、まずそうならないように。原因がかなりはっきりわかっているので、たばこをやめることです。今さらやめても、と言われるかもわかりませんが、少なくも家族の人にそういうことをお話ししてほしいと思います。

 それから不幸にして癌になったら、できるだけ早く見つけてほしい。それが声がれという症状で見つかります。だから問題は、覚えておられますか。男性で、50歳以上で、たばこを吸っていて、声が少しずつかれてだんだんひどくなってよくならない。この4つが揃うと、これはちょっと怪しいのではないか。その辺りのことを十分留意されて、受診してください。耳鼻科に来られたら一目でわかりますし、小さければ放射線治療で治ります。かかってしまったら、喉頭が残るようにできるだけ早期に見つけてほしい。そうすると大切な声が守れます。

 これが私のきょうの結論でございます。お帰りになってまた何かの機会にご家族にでもお話しいただいて、声がなくならないようにどうぞ注意してください。

 司 会 ありがとうございました。ご質問があればお受けいたします。

 質問1 白板症についてよくわかりました。治るということも声が残るということも治療法もよくわかりました。白ハン症のハンの文字が「板」か「斑」なのか、2つ耳にしたことがあります。どちらが正しいのでしょうか。古い先生に伺いますと「板」と、若い先生では「斑」とおっしゃいましたので。

 山 下 「斑」も別に悪くはないのですが、正確には「板」です。両方使えます。

 質問2 私は50歳以上で男性でたばこは吸いません。だけど事務所で隣にヘビースモーカーがいて、煙がしょっちゅうこちらきます。私はカラオケもやりません、大きな声で話をすることもありません。だけど、2〜3週間前ぐらい前から声がれがしょっちゅう起こります。今は耳鼻科に通っておりますが、ポリープも癌も心配ないと言われて、薬だけいただいています。でも、声がれは治らない。特に夕方になるとひどくなり、喉がからからになってしまいます。何か原因があるのでしょうか。

 山 下 そのお声を聞いておりますと、癌の声ではありません。

 質問2続 私の若い頃はマイクがいならいぐらいいい声が出ていました。大きな声も出ます。今でもそれはできますが、声がかれるのはここ3週間で、ずっとそういう状態が続いています。他に考えられるようなことがあれば教えていただきたい。

 山 下 実はあなたの喉頭を私自身が診ておりませんので、非常に無責任なことですが、喉頭は鏡でも見えますし、最近は簡単に鼻から細いファイバーを入れて見ると、ものすごくきれいに見えます。恐らく耳鼻科にかかって大丈夫だと言われたら、少なくともこういう明確な、器質的といって癌とかポリープのようなものができているということはないと思います。

 そうすると、では何かということですね。それは拝見しないとわからないのですが、例えば失礼ですが、加齢によっても神経がすこしずぼらしたりします。先ほど神経麻痺という完全に動かくなく症状をご説明をしましたが、神経の一部が少しルーズになってぴちっと閉じなくなってくる、これを喉頭内筋麻痺と言いますが、こともあります。年をとってきますと、体が痩せていくのと同じように声帯自身が痩せて萎縮すると、隙間ができることも考えられます。それから筋肉が弱って肺全体に力がないので、前のように声がでないということもあります。

 だから必ずしも病気でなくても多少高齢化に従って、あなたはそれほどご高齢ではありませんが、声がれはあります。あまり続くようでしたら拝見させていただきます。

 質問2続 毎月1回1時間ぐらいお経を読んでいます。昔は口の中に唾液が溜まらなかったのですが、途中で唾液が出て、その処理ができなくなって、溜まるようになりました。これは年齢的なものですか。

 山 下 なかなか難しい質問ばかりされて……どうでしょうね。一つには多少年齢的なこともあると思います。唾をしっかり飲み込む力が弱いとか、唾液の性質も変わってきます。唾液は1日にものすごく多く流れているわけですが、年をとってくるとだんだん出にくくなります。出にくくなると少し粘って、きれいな澄んだものでないということも考えられます。あなたはそんなに高齢とは思いませんが、そういうこともあります。

 質問2続 先生のおっしゃる高齢とはどのぐらいからでしょうか。

 山 下 高齢の定義はなかなか難しいですね。

 質問3 先ほどの方と関連しますが、私の主人がすごくたばこを吸います。子供と私の前では吸わないでくださいと頼んでいるので、あるときはホタル族になるんですが、朝起きて一番は外が寒いので、どうしても目の前で吸うんです。炊事場に来て、換気扇とたばこの間で私は炊事をしていますので、全部私や子供の周囲を通過するんです。以前に、吸っている人よりも煙を吸ったほうが体に悪いと聞いたことがあります。その辺を詳しくお聞きしたいと思います。

 山 下 私はそのことは詳しくありませんが、やはり吸っている本人が悪いのは確実です。だけど、カラで燃えている煙が悪いとも言います。問題は、たばこを吸うのは絶対にあかんかというと、その本人の好みのことがありますので、少なくとも周りの他人に迷惑をかけないようにという義務はあると思います。

 喉頭癌に関してはっきりいえば、その程度で発生率が上がるとは思いません。自分が吸うのではなくて、周りが吸うことでいろいろなことがありますよというスライドを1枚出しましたが、そういう意味では赤ちゃんがいる家庭ではホタル族になってもらうのがいいと思います。喉頭癌に関しては、横で吸われたから私も喉頭癌になるということはまずないと思ってください。

 司 会 それでは時間になりましたので。山下先生、どうもありがとうございました。

この講演記録は、ボランティアの方々が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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