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「肝臓の働きと病気」 関西医科大学第3内科学教授・病院長 井上 恭一 平成11年(1999年)11月6日(土)14時00分〜15時00分 関西医科大学南館臨床講堂 主 催:関西医科大学 司会 赤木助教授(整形外科学) |
司 会(赤木 繁夫・関西医科大学整形外科学助教授) 皆さん、こんにちは。きょうは本当にいい天気ですが、たくさんお集まりいただきましてありがとうございます。我々はここで学生に講義をしていますが、学生よりたくさん出席していただいて、熱心に聞いていただけるので我々も感激しています。
プログラムをお持ちだと思いますが、順番を変えさせていただきます。予定では、第2病理学教授の螺良先生から乳癌の話、それから第3内科学教授の井上先生から肝臓のお話を伺う予定になっておりましたが、先に井上教授のほうからさせていただくことになりました。私は乳癌にならないと信じておりますが、螺良先生のパンフレットを読ませていただきますと、男性でも乳癌になるようです。女性にとってはかなり身近な興味のある領域ではないかと思います。
早速、井上先生のお話から始めたいと思います。井上先生をご紹介いたします。昭和36年に京都大学医学部をご卒業になられ、新潟大学、富山医科薬科大学でずっと肝臓の研究を一筋にされてきました。平成2年、かれこれ10年ぐらい前から関西医大の教授としてご活躍でございます。一昨年前からここの病院の院長として本当にお忙しい毎日を送られておられます。我々関西医大の中でも一番偉い先生からまず肝臓のお話をお聞きしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
井 上 (関西医科大学第3内科学教授・病院長) 赤木先生、どうもありがとうございました。一番偉い先生というご紹介でいささか緊張しておりますが、実際はあまり偉くはないのですが。きょう、おいでの方の中には私の外来に来ていただいている患者さんもいらっしゃるようです。いつも関西医大を受診していただいて−−といっても病気になるのも好ましくないことですが、大変ありがたく思っております。関西医大全体としてこれからも皆さん方と一緒に、特に皆さん方の健康の保持に取り組んでいきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
私はご紹介いただきましたように、肝臓の病気のことを大学卒業以来ずっとやってまいりました。きょうは肝臓について、肝臓とはどういう臓器で、どういう働きをして、病気になったときにはどういう状態なのか、あるいはそれに対してどのように治療していったらいいのか、そういったことを皆さん方にできるだけご理解いただけるようにお話ししたいと思います。
( slide No. 1 ) 肝臓はどういう臓器かというのを、まず解剖学的に見ていただきます。これは人間の体を正面から見たところですが、肺、心臓、そして横隔膜があって、そこから下は腹腔ですね。お腹の右上のところに肝臓が位置しております。後ろから見るとこうなっていて、寝た位置で右から見ると、このように位置しています。ここに一部胆のうが見えています。肝臓は1200〜1500gの重さがあり、人間の体の中では一番大きな臓器でございます。
( slide No. 2 ) これは手術などでお腹を開けたときに見えてくる正面の肝臓の状態で、肝臓をちょっと上へ持ち上げてみると、ここに胃袋と胆のうと脾臓があります。持ち上げて見えるところが肝臓の下面になります。
( slide No. 3 ) 肝臓の一番もとをたどっていきますと、一つ一つの肝臓の細胞になります。肝臓の最小単位は細胞ですが、そういうのが集まって肝小葉を作って、これがいろんな働きをします。肝臓の中では、血液は血管ではなくて類洞というところを流れていますが、この血液と肝臓の細胞との間でいろいろな物質のやりとりが行われます。
一番上の図は脂肪が溜まった病的な状態で、脂肪肝の様相を呈しています。
( slide No. 4 ) 肝臓の働きにはいろいろありますが、一つには肝臓の細胞は胆汁を分泌します。胃の細胞から胃液が出る、唾液腺から唾液が出る、それと同じように考えていただいて、肝臓の細胞の一つ一つから胆汁を分泌します。分泌された胆汁は胆管、要するに一つの家から下水が流れ出ているように、−−下水というと多少語弊がありますが、肝臓の細胞が分泌した液をずっと集めて腸に送ります。途中に胆のうがありますが、これは後で説明いたします。
その胆汁の流れは非常に大事で、うまく流れないと、例えば胆汁が流れている細い胆管が詰まると、この胆汁は逆に血液の中に流れ込んで、要するに下水があふれた状態になります。そうすると、その中に含まれる胆汁色素(ビリルビン)が血液の中に溜まって、黄疸という症状になります。肝臓が悪いときに黄疸が出るのはこういう原因によります。
流れてきた胆汁は途中で一時胆のうに溜められて、例えば食事が腸管の中を通ってくると、胆のうがぎゅっと収縮して、胆汁が十二指腸に流れていきます。特に脂肪分の吸収にこの胆汁が非常に役に立ちます。ですから、肝臓が悪くなって、この胆汁の中に含まれている脂肪の吸収に大事な役割をする胆汁酸がうまく出ないという状況になりますと、油っこいものを食べたくないあるいは油っこいものを食べると胃がもたれるとおっしゃいます。他にもいろいろな症状がありますが、そういったものも肝臓病の特徴だと考えていただいていいと思います。もちろん、肝臓が悪いときには油っこいものをあまり食べないように控えていただくのは、そういう機能が落ちているという理由によります。
( slide No. 5 ) 肝臓には普通の臓器と異なって、血管が3本あるという特徴があります。普通の臓器では動脈と静脈ですが、肝臓に入っていく血管には動脈と門脈という2本の血管があり、1本の静脈が出ていきます。ですから、門脈という血管だけが余分に1本あるということになります。 赤く書いているのは動脈で、普通の臓器と同じように、大動脈から分かれて肝臓の中に入っていきます。
( slide No. 6 ) 肝臓特有の門脈という血管が肝臓の中に入っていきます。門脈は例えば大腸、小腸、胃袋あるいは脾臓の静脈、−−動脈血として胃に入ってきた血液は、そこから静脈血として出ていきますが、この静脈血が一度全部肝臓の中へ流れ込みます。この血管が門脈となります。腸管、膵臓、脾臓の静脈もそのまま門脈となって肝臓の中に流れ込んでいます。
これは非常に大事なことであります。例えば食事を摂った後、腸管で吸収した栄養物を全部肝臓へ運ぶ血管が門脈になります。非常に大事な血管ですから、第3の血管と言ってもいいと思います。肝臓が病気になりますと、この血液の流れが変化して、後でお話しいたしますが、非常に重大な役割を演じています。
( slide No. 7 ) 最後の肝静脈は肝臓から出で行く血管で、静脈血は心臓に戻っていきます。
これは胆のうを縦に切った像ですが、肝臓の細胞から分泌された胆汁はこの胆のうの中に溜められます。そして、食べ物が十二指腸に流れ込んでくると、食事性の刺激によってコレシストキニン(胆のうを収縮される物質)が血液の中に流れます。そうすると胆のうがぎゅっと収縮して、ここに溜まっていた胆汁を十二指腸にどっと流します。腸管へ流れ出てた胆汁は脂肪を吸収するために非常に大事な役割を果たします。
それから、この胆汁の中に含まれているもので大事なものに胆汁色素(ビリルビン)があります。この他にも胆汁の中にはいろいろなものが含まれていますが、食物が十二指腸に行きまして、そこに胆汁が混じることによって大便が黄色くなるということは、これで説明がつきます。ですから、黄疸が非常に強いときにはこの胆汁の流れがうまくいっていませんから、便の色が灰白色、いわゆる壁土のような白っぽいお通じが出ます。例えば閉塞性黄疸のときにそういう現象が見られます。
その他に、膵臓に癌ができると、胆管が癌によって外から圧迫されますから、この胆汁の流れがうまくいかなくなります。あるいは胆管そのものに癌ができたとき、いわゆる胆管癌と言われるものでもそうですし、胆のう癌もだんだん大きく広がってくると、胆汁の流れが悪くなって黄疸が出てきます。
もちろん先ほど言いましたように、肝細胞一つ一つが胆汁を分泌していますから、細胞の働きが悪くなるあるいは細胞が潰れるときにも、やはり胆汁の分泌がうまくいかなくなります。急性肝炎、ウィルス性肝炎では肝臓の一番もとになる細胞がやられますので、胆汁は流れ出なくなり、逆にその胆汁の成分が血液中にふえますから、黄疸になります。
胆汁を分泌することは一つの非常に重要な肝臓の働きで、特に脂肪分の消化吸収に役立てることになります。
( slide No. 8 ) これがいろんな肝臓の働きを描いた図です。一つはいま言いましたように、bile drainage(肝臓の細胞が胆汁を分泌) することで、胆汁が流れていくところが胆管になります。
もう一つ大事なのは detoxication(解毒作用) です。体にとって有害な物質を体の外に出すという働きが肝臓の非常に大事な機能になっています。例えば食物が胃袋から小腸、大腸を通って大便となりますが、その中にはいろいろな食べ物のカス(老廃物)がありますし、腸管を通っている間に腸内細菌によって人間の体にとって有害な物質がいっぱいできてきます。これらが門脈をたどって肝臓に流れてきます。肝臓が有害な物質を分解しないでいると、腸管から吸収された栄養物と一緒に有害な物質も全身に巡り、行き渡ります。
肝臓では腸管から吸収された物質が運ばれてくると、肝臓の細胞の中で胆汁中に出していくかあるいは水に溶ける無害な物質に変換して血液中に出していけるように代謝する働きがあります。
一番いい例として、おしっこに出る尿素があります。アンモニアが腸管で作られますが、これが肝臓の細胞に運ばれて尿素(ウレア)に合成されて、ウレアが血液を介して尿中に排出されます。アンモニアという有害な物質がウレアというものになって体の外に出ていきます。その他にも筋肉が働くことによっても、いろいろな老廃物が出てきます。
そういったことで、人間の体が生命現象を営んでいる間にできてくる老廃物を胆汁のほうに流すかあるいは尿のほうに流すかという2つ代謝系、解毒という作用があります。
その他に、糖分(グリコーゲン)をため込むとか、脂肪分をため込むとか、あるいはタンパク質を作ることも非常に大事な働きです。作られるタンパク質の典型がアルブミンですが、肝臓が悪くなってアルブミンというタンパク質を作る能力が、全くなくなるわけではないのですが、落ちてまいりますと、血液中のアルブミンの量が減ってきます。20年ばかり前に「タンパク質が足りないよ」というコマーシャルがありましたが、アルブミンが足りない状態になりますと、血液が薄くなって、要するにしゃぶしゃぶになってしまいます。そうすると、血液中の水分が血管の外に出やすくなります。肝臓が悪いときに見られるお腹に水が溜まったり足がむくむという現象は、タンパク質、特にアルブミンが足りなくなることによって起こってきます。これは後でお話ししますが、肝臓の病気の一つの兆候になります。
また、血液を凝固させる働きを持つ凝固因子というタンパク質もほとんどが肝臓で作られています。これが肝臓で作られなくなって血液中の量が少なくなると、出血したときに血液が固まりにくくなります。そうすると、ちょっとしたことで出血して止まらなくなります。それも一つの肝臓病の症状として出てまいります。
その他に抗体を作る機能があります。抗体は外からいろいろな有害な細菌などが入ってきたときに防ぐ役割をする、やはりタンパク質ですが、これも肝臓のクッパー細胞 (Kupffer stellate cell)で作られます。
これは赤血球ですが、赤血球は骨髄で毎日少しずつ作られて、古くなったものは壊されていきますので、少しずつ入れ替わっています。赤血球の寿命は平均すれば 120日と言われ、骨髄で作られてから 120日ぐらい経つと壊れていく運命にあります。その古くなって役に立たなくなった赤血球を壊す役目が肝臓のクッパー細胞にあります。
赤血球の中にヘモグロビンがあることはご存じでしょうが、このヘモグロビンが壊れると先ほど言いましたビリルビンができてきます。つまり、赤血球が肝臓の細胞の中で壊されて、胆汁色素に作り替えられて、それが胆汁のもとになります。壊される場所は肝臓だけではなくて、脾臓も含めたいわゆる網内系で壊されます。ということから、胆汁色素(ビリルビン、黄疸のもとになる物質)の一番のもとのまたそのもとになっているのが赤血球ということになります。
その他に、肝臓には血液が非常にたくさん流れておりますので、非常に蓄積されているような状態でもあります。
大きく分けまして、胆汁を分泌する、抗体を産生する、赤血球を壊す、いろいろな物質を溜める場所になっている、いろいろな物質が足りなくなると補充する、解毒作用、こういうものが肝臓の主だった働きです。いずれも非常に大事な働きで、「肝心(腎)かなめの肝臓」と言われますが、「かんじん」と書くときに心臓をとるのか腎臓をとるのか考え方があるようですが、「肝心(腎)」と、いずれにしても肝臓は非常に大事な臓器であると言えます。
( slide No. 9 ) これは胆汁色素が流れていく道です。ここに書いてありますように、肝臓あるいは脾臓で赤血球が壊れて、ビリルビンという胆汁色素が作られて、それがずっと肝臓に運ばれてきて、肝臓の細胞に取り込まれて、そこから細い管を流れて、途中に胆のうがありますが、胆管を流れて腸に出て、便になります。一連の流れはこのようになっています。
ところが、一連の流れの途中で胆汁の流れが絶たれる、流れがうまくいかなくなることがあります。例えば膵臓癌や乳頭部癌ができるとか、あるいは胆のうに石ができて詰まっても、この胆汁の流れはうまくいかなくなって黄疸が出てきます。あるいは肝炎になって肝臓の細胞がやられると、この胆汁が作られなくなるために逆流して黄疸が出るということもあります。これが肝臓病の一番大きな症状である黄疸の一つの原因になります。
( slide No. 10 ) この図はいろいろな病態で、肝臓が悪いとどういうことが起きるかということを描いています。例えば赤血球が非常に壊れやすい病気があります。こういう場合にもビリルビンという胆汁色素がたくさん作られますから、血液中にふえて黄疸が出てきます。
先天的な黄疸もございます。
肝臓の細胞が壊れる病気や、胆石やびらんができたときには胆汁の流れがうまくいかなくなって、やはり黄疸が出てきます。
これは膵臓癌ですが、胆管が非常に膨らんでいるというのがおわかりいただけると思います。癌のために胆汁が流れにくくなって黄疸が出てきます。これらが黄疸の出る原因になります。
肝臓病の原因 |
1.ウィルス性肝疾患 A型〜G型 |
2.自己免疫性肝疾患 (a) ルポイド肝炎 (b) 原発性胆汁性肝硬変(PBC) |
3.先天性肝疾患 (a) ウィルソン病 (b) ヘモクロマトーシス (c) 糖原病 |
4.その他 |
自己免疫性肝疾患にはルポイド肝炎と原発性胆汁性肝硬変という2つの病気があります。罹患するのは8割程度が女性で中年の方に多く、患者数はウィルス性疾患に比べるとずっと少なくなります。自己免疫疾患というのはリウマチとかSLE(全身性エリテマトーデス)という病気を聞いたことがあるかもしれませんが、要するに自分の体の中にあるリンパ球が自分の体の成分を壊しにかかる病気と思っていただいたらいいと思います。本来、リンパ球は外敵(例えば細菌やウィルス、あるいはいろいろな有毒な物質)が入ってきたときに、それを排除するような防衛的な役割をしています。こういった病原微生物の攻撃に対して対応するためのリンパ球が自分の体の成分を攻撃するのが自己免疫疾患で、ルポイド肝炎は肝臓の細胞を攻撃する病気だと考えてください。原発性胆汁性肝硬変(primary biliary cirrhosis、PBC)は胆管を攻撃する病態になります。この2つが自己免疫性の病気です。
その他に、先天性の肝臓病。ウィルソン病は体内にある銅の代謝異常症です。ヘモクマトーシス(血色素症)。glycogen storage disease (糖原病) は糖質が肝臓の中に溜まる病気です。こういった先天性の病気があります。
その他にたくさんの病気がありますが、日本では大部分がウィルス性の肝臓病であると言われています。大体8、9割はウィルス感染によって起こる病気だと考えていただいてよろしいかと思います。
( slide No. 12 ) 肝炎ウィルスは今のところA型からG型まで見つけられています。一昔前まではA、B、C、D、E型の5つと言われていました。その後にF型、これは本当はよくわかっていません。それからG型が出てきて、これは存在が確認されています。その他に最近ではTTVというウィルスがあることがわかってきています。ですから、A〜E型の5つに、あと2つか3つの肝臓病を起こすウィルスがあるということになっています。
A型のウィルスは一昔前にはやったことがあります。生ガキなどの貝類を食べたときに、その中にウィルスが潜んでいて、2週間ぐらいで肝炎を発症します。
B型は昔は家族内感染と呼んでいたことがありました。主にお母さんから子供へいくウィルスがB型ウィルスですが、家系内で肝臓の病気の方がたくさん出てくる、遺伝ではないかと思うぐらいに患者が出る家系がありました。これにはどうもB型ウィルスがかかわっているのではないかということがわかってきています。主にお母さんから子供に、特に赤ちゃんのときにウィルスが感染して住み着いてしまうという状況になりますので、それを防ぐためのワクチンあるいはHBグロブリンといった感染を防ぐための手だてがちゃんとできております。最近ではこのB型ウィルスの感染者は少なくなっています。
もう一つがC型ウィルスで、これが最近の肝臓病では一番大きな要素を占めております。日本では肝臓病の方の7〜8割になっています。外国では、例えば韓国とか中国とか東南アジアでは今でも半数以上がこのB型ウィルスによると言われ、逆にアメリカとかヨーロッパではこういったウィルスはもともと少ないと言われております。
最近の日本ではC型肝炎ウィルスの感染が肝臓病の一番大きな原因になっています。あとD型あるいはE型はほとんど問題になりません。D型はB型ウィルスを持っている人が新たになる感染で、デルタ型肝炎というのがありますが、日本ではほとんどございません。E型はインドとかアフリカとかアフガニスタンという地域に多く、これも日本ではほとんど問題ありません。
問題になるのがC型で、一番多い。A型はたまに爆発的に流行することがありますが、生ガキを食べて肝炎になることがちょこちょこ報告されています。大部分はこのC型です。
肝臓病の診断 |
1.自覚症状 倦怠感、食思不振(油物)、易労感、黄疸、膨満感、やせ |
2.他覚所見 皮膚の色つや、黄疸、腹水、浮腫(むくみ)、 振戦(ふるえ)、脳症(指南力低下、計算力低下) |
3.検査法 (a) 尿検査 (b) 血液検査 (c) 色素排泄能 (d) 画像診断(超音波、CT、MRI)(e) 肝生検(バイオプシー) |
我々の前に患者さんがお見えになりますと、肝臓病の患者さんでは肌の色つやが非常に悪い。皆さんもおわかりだと思いますが、顔色が悪い、肌の色つやがあまりよくない、何となくくすんで暗く輝きがない。相撲取りでも肌の色つやがいいから体調がいいでしょうと言いますが、それと同じように、肝臓が悪いと皮膚の症状として出てまいります。
黄疸が出ると、もちろん自分でもわかりますが、外から見るとよくわかります。特に目の白目のところが黄色くなるのが特徴です。白目のところにはたくさんの弾力線維があり、そこにビリルビン(黄疸のもとになる色素)がつきやすいということがあります。
お腹に水が溜まります。先ほど言いましたが、肝臓で作られるべきタンパク質、特にアルブミンが足りなくなると血液が薄くなって、血液の中の成分がお腹に溜まってきます。むくみも同じで、足に出てきます。
そして手のふるえ。振戦(しんせん)という言葉を使いますが、鳥が羽ばたいているような感じあるいは飛行機のフラップから flapping tremor、鳥が羽ばたくような形で手が震えます。これが脳症の一つの症状です。
肝臓には有害なものを無害なものにして、おしっこだとか胆汁中に出す働きがありますが、肝臓が悪いと、肝臓で処理されるべきいろいろな物質が肝臓を通り抜けて、全身に回り、一部は頭に行ってしまいます。それによっていわゆる指南力−−これは「ここはどこでしょうか」というような場所に関する指南力あるいは時間に関する指南力、要するにオリエンテーションですね。今どこにいるのかわからなくなりますし、ベッドの上がトイレだと錯覚しておしっこをしてしまうこともあります。あるいは計算力、暗算の力が落ちます。特に引き算が苦手になるようです。普通ならば暗算でできるような簡単な計算でもできなくなります。肝臓病の患者さんが脳症の症状を呈すると、肝性脳症と言いまして、頭の働きが鈍ることになります。その他、出血しやすくなるなどの症状が出てきます。
検査法として、まずおしっこを調べます。黄疸が出てないかどうか。そして血液検査をして、血液中のタンパク質、特にアルブミンがどの程度含まれているかを調べます。あるいは色素排泄能と言いまして、人間の体にとって無害な色素、よく使われるのはICG(インドシアニン・グリーン)という色素ですが、これを注射して15分後に何%ぐらい血液中に残っているかということを試す試験があります。一部の患者さんにはこのICGに対して過敏な方がおられますので、そういう方にはこの検査は避けるべきですが。ICGを注射しますと、胆汁色素(ビリルビン)と同じ経路をたどって腸管に出ていきますので、肝臓の働きを全体的に見るには一番いい機能検査になります。(血液中に多く残っていると肝臓の働きが悪く、少ないと正常に機能していることになります。)
その他、脂肪肝や癌ができているかどうか、肝硬変になっているかどうかを調べるには、超音波エコー法、CT、MRIという画像診断法が使われます。
肝臓の一部を採ってくる肝生検(バイオプシー)という検査を行って、肝臓がやられている具合、病気の程度を顕微鏡下で見る方法もございます。
こういったことが肝臓病の診断のために行われる検査になります。
( slide No. 14 ) 肝臓の表面は正常ではつるっとしています。
( slide No. 15 ) 急性肝炎になりますと、一部の細胞が壊れて軽い凹凸が出てきます。
( slide No. 16 ) 慢性肝炎になりますと、肝臓の細胞が壊れた後に線維化といって、コラーゲンを主とした線維物質がだんだんふえてきて、肝炎から肝硬変にだんだんと進んでいきます。
( slide No. 17 ) 肝硬変になりますと、表面は筋子のようなぶつぶつになっています。この一つ一つが再生結節ということになります。
( slide No. 18 ) 肝臓の病気で一番最後にいきつく先は肝硬変になります。それによって肝臓のいろいろな働きが全部やられることはもちろんですが、それ以外に肝硬変になりますと結節ができて肝臓自体が固くなって、血液がこの中を通らなくなるという厄介な現象が現れます。
肝臓の血液の流れが悪くなる、車で言えば渋滞が起こるわけですね。血液の流れが悪くなって渋滞が起こると、うまく肝臓の中を通っていけないし、心臓に戻ることもできなくなります。これがうまくいかないとみんなバイパス(裏道)に行くわけですね。渋滞が起こると、どこかにスキはないか、裏道で早く行けるところはないかというのを探すのと一緒です。
その場合に厄介なことは、食道の静脈へバイパスを求めて流れていきます。食道の静脈を通って心臓に血液が戻るという経路ができてしまいますと、食道の静脈に静脈瘤ができてきます。程度が軽ければいいのですが、肝臓の病気がだんだん進行して血液がうまく流れなくなると、バイパスに流れる血液量がだんだんとふえてきて、最後には静脈瘤がパチンと弾けて破れます。例えばおトイレで気張ったとき、かたいものを食べたときなど、血管が怒張して静脈瘤になっていますから、何かした拍子に弾けて破れます。これはえらいことで、肝臓の病気から血を吐いて命を落とすことになります。ですから肝硬変になると、肝臓の働きが落ちるということの他に、血液の流れが異常になって、それが致命傷となって命がなくなるということがしばしば出てきます。
最近では、食道の静脈瘤を固める方法(食道静脈瘤硬化療法)で静脈瘤が破れないようにする手だてを講じております。
肝硬変という場合には肝臓の働きと血液の流れという2つの面があるということをご理解いただければよろしいかと思います。
( slide No. 19 ) どんな症状が出てくるか。例えば肝硬変になりますと、男性の患者さんでは gynecomastia (女性化乳房)、女性のようなおっぱいになります。男性にも女性ホルモンがありますが、肝臓が正常ならば肝臓で壊されます。ところが肝臓の働きが落ちると女性ホルモンが体の中に溜まってきて、女性のようなおっぱいになります。あるいは vascular spidar(クモ状血管拡張症、クモのような痣(あざ))ができたり手掌紅斑など、こういったものは女性ホルモンに関係すると言われています。むくみが出るとか、出血しやすくちょっとしたことで血が止まらない。これらはアルブミンや凝固因子が作られないことが原因します。それから男性患者ですと、女性ホルモンが関係していますが、性的なインポテンツになる。性ホルモンを運んでいるタンパク質がたくさんふえることで、活性化した性ホルモンが血液の中に落ちると言われますが、要するに、性的な機能の低下があります。あるいは肝臓の中を血液が通りにくいので、お腹のところの血管を通って心臓に戻る。ですからそこの血管が怒張したり(食道)静脈瘤ができてきます。
いろいろな症状がいっぱい出てきます。これが肝硬変のときの症状です。
( slide No. 20 ) もう一つは肝性脳症という状態です。急性肝炎あるいは肝硬変でも肝臓の働きが悪くなってくると、肝不全という状態になっていろいろな症状が出てきます。特に脳症というのが非常に大事になってきます。
肝臓病の治療法 |
1.安静 |
2.食事療法 |
3.薬物療法 (a) ミノファーゲン注射 (b) コリン製剤 (c) 肝水解物 (d) 漢方薬(小柴胡湯)(e) インターフェロン |
------------------------------------ 慢性肝炎 肝癌 /60-80 \20-40 / 急性肝炎 肝硬変 \20-40 自然治癒 (%) ------------------------------------ |
( slide No. 23 ) 急性肝炎からこういう経路をたどっていきますが、最後には肝臓癌ができてきます。
( slide No. 24 ) こういうことで、肝臓病の診断と治療の中で、肝臓癌を治療することも非常に大事な我々の仕事になってきています。
( slide No. 25 ) このように癌ができてきます。
肝臓癌の治療法 |
1.エタノール注入療法 |
2.マイクロ波凝固療法(関西医大方式) |
3.TAE療法 |
4.化学療法 |
5.放射線療法 |
6.手術 |
( slide No. 27 ) インターフェロンという薬を使うことによって癌の発生が予防されるのではないか。最近、岐阜大学ではビタミンAを使う方法も行われていますし、小柴胡湯を使うことによって癌の発生を予防できるとも言われております。
ということで、肝臓の働き、肝臓の病気、そしてそれに対する治療法について大まかにお話ししました。このへんで終わらせていただきます。ご清聴どうもありがとうございました。
司 会 どうも先生、ありがとうございました。
質問1 きょうのお話から外れるかもしれませんが、肝機能検査でGPT、GOPがありますね。その他にγGTPがありますが、GPT、GOPが正常であってもγGTPが高いというのはどういうときでしょうか。アルコール性とも言われていますが、他にどのようなことがありますでしょうか。
井 上 γGTP(γ−グルタミルトランスペプチダーゼ)という酵素は胆汁の流れと同じように胆管の中を流れていく酵素ですから、我々は胆道系酵素と言いますが、胆汁が流れる道(胆道系)に何かの障害があったときに、黄疸が出るほどではないけれども、そういう酵素が血液の中に出てくるということが一つ。
もう一つは肝臓の病気がだんだん進行してくると、肝臓の中で線維成分がふえてきて、最終的には肝硬変になることが多くあります。γGTPが高いと肝臓の線維化が起こっているという一つの指標にもなります。
それからもう一つは、肝臓癌のときにγGTPが上がります。
アルコール性のときにもおっしゃったように、しばしば非常に高い値が出てきます。正常値は男性の場合60〜80IU/lですが、この場合は例えば 800IU/lとか 900IU/lとか、正常な人の10倍ぐらい上がってきます。
それ以外に何か訳がわからないけれども、γGTPだけが高いということがあります。これは今のところよくわかっていません。
質問1続 薬の副作用だという話も聞いていますが。
井 上 先ほど言ったような肝生検という肝臓の一部を採ってくる検査をしても、胆汁の流れ道に障害もないし、お酒も飲んでいない、癌もできていない。いろいろなことを調べても異常はないけれども、γGTPだけが高いというのがございます。それは事実ですが、なぜそうなるのかということについては、正直なところわかりません。
質問1続 GPT、GOTが正常値であって、γGTPだけが高い。今おっしゃったようにアルコールも飲まない。それから他には薬の副作用かなという話はありますが、はっきりわからない。何だろうなあと。
井 上 心当たりはないわけですね。
質問1続 そうすると注意のしようがないのですか。高い数値が出ても先生は心配ないとおっしゃるのですが。
井 上 あなたご自身のことですか。
質問1続 そうです。
井 上 恐らく心配いらないと思います。高い数値がどれぐらい続いていますか。もう10年以上ですか。大体 150IU/l前後の方が多いのですが、そこまでいっていない?
質問1続 大きな数字ではないのですが、範囲からちょっと出たぐらいで、機械的にH、highの判断ですね。それが続くものですから。先生は心配ないとおっしゃるのですが。
井 上 気になさらなくてもいいかと思います。
質問2 C型のウィルス性肝炎になる一番大きな原因は何でしょうか。
井 上 C型肝炎ウィルスが体の中に入る原因は昔は輸血でした。今から10年前、1989年からC型肝炎ウィルスの血液スクリーニングが始まっております。当時、健康なドナー(献血された方)の血液を調べると、全国平均で大体 1.4%いました。もちろんC型肝炎ウィルスに感染している方には血液センターから通知が行きますので2回目から献血しませんし、スクリーニングの精度が上がって、だんだん減ってきます。大体 1.4〜1.5 %が始まった当座の検査のデータです。
肝臓癌ができている患者さんは最近ではC型が多いのですが、そういう方のお話を聞きますと、輸血歴のある方が大体50%弱です。では、残りの50%はどこから来るのか。これが今のご質問だと思います。これが非常に千差万別です。もちろん夫婦間の感染あるいは家族内の感染も可能性としてはあるとは言われていますが、B型に比べてずっと低い。
もう一つは、昔、予防注射のときに消毒やウィルスのことなんか頭になくて、1本の針でたくさんの人にやったという時代がありました。そういうことも原因だと言われています。他に入れ墨とか覚醒剤とか。特に最近のアメリカでは drug user、麻薬の注射によって起こるということが言われています。日本では覚醒剤はあるかもしれませんが、麻薬は非常に少ないと思います。
原因がある程度わかるのは、半分弱が輸血、さらにその半分くらいはいろいろ探してみると、こうではないかという何らかの原因があるだろうと考えられますが、それ以外の全体からすれば 1/3ぐらいはほとんどわからない、というのが現状です。
質問3 脂肪肝の場合、肝臓に蓄積された脂肪は体重を減らすだけでなくなりますか。他に肝臓から脂肪を除く方法があるのか、あるいは脂肪肝が継続すると肝炎になっていくのかどうか。
井 上 最近ちょこっと言われることでは、我々の言葉で non-alcoholic steatohepatitis(NASH)、日本語にすれば脂肪性肝炎になると思いますが、脂肪肝と肝炎が合併している病気があります。だけども、大部分の方は脂肪をとれば肝炎を起こすことは滅多にありません。一部の方にどういうわけか肝炎が起こることがあります。
最近、京都大学で行われている生体肝移植がございます。例えば、お母さんに肝臓をあげたい、ところが息子さんは太っていてエコーで調べると脂肪がいっぱいついているということがたまにあります。脂肪肝があるとドナーになれないので、京都大学ではそういう方には非常に厳しいトレーニング、水泳と食事制限で脂肪を減らしてから肝移植のドナーになっていただくように指導をします。多くの場合、脂肪は減ると京都大学の先生はおっしゃっていますね。
もちろん、先天的な脂肪の代謝異常という病気もあります。例えば、中性脂肪が非常に多くてなかなか減らないという方の肝臓に脂肪が溜まった場合には、ダイエットとか運動だけでは減らない可能性があります。その場合の治療法は非常に難しいと思います。
質問4 単純な発想で申し訳ないのですが、急性肝炎になって、自覚症状も全部パーフェクトに出て、画像診断で肝臓がでこぼこになっているとして、その後の治療で治癒したときに、肝臓の形はでこぼこのままで正常に働いているのか、もとのきれいな滑らかな肝臓に戻るでしょうか。
井 上 要するに肝臓の働きと形態についてですが。肝炎の場合でも非常に強い肝炎があります。劇症肝炎に至らなくても、例えばGOT、GPTが4000とか5000IU/lと、非常にべらぼうに高い値を示す場合があります。そういう場合には肝臓の細胞がかなりたくさん壊れていると考えられます。でこぼこができるのは、そこに非常に線維成分が強く出てきて臓器の形が変わるということで、おっしゃった状態だと思います。
例えば、非常に深い切り傷をしたときあるいはひどい火傷をした後に、傷あとができます。それと同じように考えてもらっていいと思います。我々の言葉で瘢痕(ばんこん)と言いますが、その場合に肝臓の働きの面、形態の面で非常に強い影響が残っているかどうか。
機能面では全く正常になってきます。例えば先ほど言ったようなICGの注射をして調べても全く正常であって、GOT、GPTも上がってこなくなります。肝臓の病気は原因となるものが除去されると、例えばC型肝炎ウィルスがインターフェロンによって患者さんの体からいなくなると、肝臓は回復力が非常に強い臓器ですから、機能は割と早く戻ります。
形態の面では何年もかかりますが、時間をかければもとに戻る可能性はあります。我々の経験では、慢性肝炎でかなり線維がふえている状態でも、C型肝炎ウィルスをインターフェロンによって患者さんの体から追い出して2〜3年と経つと、線維化がだんだん減ってきます。そういう意味で、いま言われたでこぼこの肝臓がある程度もとに戻る可能性がないとはいえない、だけど、そう簡単には戻りません。
司 会 まだまだ尋ねたいことがたくさんあるかと思います。ご質問のある方は井上先生の外来に行けば、個人的に十分時間を取っていただけると思います。
井 上 月曜と水曜ですから。いつでもおいでになってください。私は患者さんとお話をする、いろんなお話を聞かせていただくのは割と好きですから、外来というのは楽しみでございます。どうぞいくらでもおいでください。
司 会 それでは先生、ありがとうございました。
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