関西医大HOME -> 公開講座 ->市民連続公開講座2->パーキンソン病 |
「パーキンソン病について −神経疾患とうまくつきあうために−」 関西医科大学神経内科学教授 日下 博文 平成11年(1999年)10月23日(日)14時00分〜15時00分 関西医科大学南館臨床講堂 主 催:関西医科大学 司会 松田教授(泌尿器科学) |
司 会(松田 公志・関西医科大学泌尿器科学教授) 関西医科大学第2回市民連続公開講座に起こしいただきまして、どうもありがとうございます。私はこの講座の企画を担当しております松田と申します。きょうは司会をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
私どもの大学では昨年創立70周年を迎えまして、今まで以上に市民に開かれた大学を目指して、連続公開講座のほかに市民の方を対象とする講演会、高校生を対象とする講座など、いろいろな企画を行いました。昨年に続いて、ことしもこういう企画を立て、連続公開講座には合計 111名の市民の方に参加していただくことになりました。3回にわたって行いますので、最後までよろしくお願いいたします。
お手元のプログラムのように、本日の後、第2回が11月6日、第3回が11月27日、3回終了した時点で修了証書を用意しておりますので、楽しみにしていただきたいと思います。昨年も熱心にご参加いただきました。講師をする私どもも学生相手と違って、皆さん非常に熱心なものですから、一生懸命やっております。
では、きょうのプログラムに入りたいと思います。きょうは2つのお話を準備しております。第1番目の講座は本学の神経内科学教授をしております日下博文教授にご講演いただきます。ごく簡単に日下教授のご紹介をさせていただきます。昭和27年大阪のお生まれで、昭和52年に京都大学医学部を卒業されております。神経内科学をご専門に、平成9年10月1日付で本学の神経内科学講座の教授として着任しておられます。
本日はプログラムにありますように、「パーキンソン病について−神経疾患とうまくつきあうために−」というタイトルでお話をしていただくことになっております。日下先生、どうぞよろしくお願いいたします。
日 下 (関西医科大学神経内科学教授)) 私はこういう会で話すのは初めてですので、うまくしゃべれるかどうか、朝から緊張しております。つい先ほどまで部屋でこの原稿を見ながらどうしようかと思っていました。無事に私のメッセージがうまく伝わればありがたいと思います。よろしくお願いいたします。
( slide No. 1 ) 最初に神経内科はどういう科なのかということからお話ししたいと思います。というのは、普段外来をやっておりまして、今でも、最初から神経内科にいらっしゃったらよかったのになあと思う方が他の科に回り道をして来られたり、逆に神経内科ではなくて、違う科に行かれたほうが本当はふさわしいと思われる方がお見えになることがしばしばあります。他の科に行かれたほうがいいという方がたまたま神経内科にお越しになったときには、こちらで軌道修正をしますが、回り道をされる場合にちょっと問題があります。
日本では精神科という科には神経内科よりも歴史がありますし、精神科のことを神経科、あるいは精神神経科、逆に神経精神科という場合があります。神経内科という科がわかりにくく、大きな混乱のもとになっているのは、恐らくこのような背景があるからではないかと思います。
神経 | 経脈 | 神経内科 |
nerve | neuron | neurology |
精神 | 精神科 | |
psyche | psychiatory |
( slide No. 3 ) 神経は本来はこのような神経細胞とここからたくさんの出ていて体中にネットワークを張りめぐらしているその紐の集まり、筋の集まりです。よく information super highwayとかインターネットの時代にネットワークと言われておりますが、神経内科はこのような連絡網(ネットワーク)がどこかで遮断されたり、これを構成している物質が異常をきたして、連絡網がうまく機能しなくなったときに起こる疾患を扱う科です。精神科あるいは診療内科が対象とする心に原因があって起こってくる病気とは少し異なった疾患を対象としております。
( slide No. 4 ) いろんな神経疾患がありますが、どういう症状が出るかということを羅列的に書いてみました。神経は脳あるいは脊髄から出て本当に体のすみずみまで非常に幅広いネットワークを持っています。ですから神経が破綻しますと、例えば「頭痛がする」「めまいを起こす」「痙攣発作がある」「脳卒中発作」「視力・視野の異常」「二重に見える」「瞼が下がる」「うまく飲み込めない」「ふらつく」「痺れが出る」「手足が震える」「勝手に動く」「筋肉が痛くなる」など、そういうさまざまな症状が出てまいります。それは神経のネットワークが全身にくまなく張りめぐらされているということを想像していただくと、わかりやすいかと思います。
皆様方も椅子に座って私の声を聞いて、スライドを見て、言葉を理解されていますが、そのときに、そういうことのために努力しているという意識は持っていないと思います。神経は、全身にくまなく張りめぐらしたネットワークの中で情報交換をやりながら、我々が日常生活で何ら意識することなく行っているいろいろな動作のすべてに関係しています。
ですから逆にそういうところで破綻が起こりますと、きのうまで何ら努力することなくできていたことができなくなってしまいます。そういう重篤な障害を起こしてきます。
( slide No. 5 ) 神経内科の「神経」という言葉から精神や精神科と誤解を招くということでは、「神経内科」という呼称が本当によかったどうかわかりませんが、日本では比較的新しい診療科です。実は昭和50年(1975年)にようやく法律ができ、「神経内科」という診療科名が法的に認められました。高々24年程度の歴史しかありませんが、ことしで第40回目の神経内科の学会が横浜で開かれておりまして、いろいろな新しい進展があります。そういう比較的新しい科です。ですから、皆様にも馴染みが薄いかもしれません。
ちなみに本学では、一昨年に私がここにまいりまして、神経内科学講座が新しくできました。関東の大学では神経内科学講座を持っていない医学部はほとんどないのですが、関西は残念ながら非常に遅れておりまして、近畿でも関西医大がようやく5番目、大阪では第3番目になります。神経内科という診療科の数も専門としている医者の数も少ないのが現状です。きょうを機会に、神経内科を理解していただけたらありがたいと思います。
( slide No. 6 ) 患者さんをご紹介いただいたときにお話を聞きますと、神経の病気は治らない病気だというイメージが非常に強い、私には残念なところがございます。神経内科で診てもらうようになったらお終いではないかという陰口を時々耳にすることもあります。
そうではない、神経内科でも治せる病気がこんなにたくさんあるということをわかっていただきたくて、作ったスライドです。この中にはきょうお話しするパーキンソン病の他にも脳卒中のように、耳にしたことがある疾患名が出ています。治せる病気が意外と多いということがわかっていただければありがたいと思います。
( slide No. 7 ) 少し話の方向が変わりますが、昭和49年に厚生省が、原因がよくわからない、あるいは治療法がうまく確立されていない病気を、特に「特定疾患」として指定して、疾患の研究を進め、さらに疾患を持つ患者さんの支援をしていこう、世間の意識を高めようということで、特定疾患という制度がスタートしました。現在のところ44の特定疾患があります。
これはいわゆる難病と言われる病名の診断を受けた患者さんの推移を表したグラフです。平成8年で約36万人の患者さんがおられます。
( slide No. 8 ) 44ある難病の中でも、赤い字で書いている11の疾患が神経内科で扱う疾患になります。さらに紫で書いている14の疾患は神経内科でも非常に深くかかわっている疾患です。通称「難病」はよく使われている言葉で、それが本当にいいかどうかわかりませんが、約半数の疾患は何らかの形で神経内科とかかわることになります。その神経内科がかかわる疾患の中で一番多いのがパーキンソン病です。
( slide No. 9 ) 平成8年で約39,000人のパーキンソン病の患者さんがいるといわれておりまして、神経難病の中の1割を占めております。それがきょう、特にパーキンソン病を取り上げた大きな理由です。
( slide No. 10 ) 昭和53年にパーキンソン病が特定疾患の指定を受けてから、患者数はうなぎ上りにふえて、現在約4万人の患者さんが登録されています。パーキンソン病はその重症度(症状の程度)によって5段階に分けて評価し、3段階以上の方が難病(特定疾患)の指定を受けることができるようになっていますので、実際の患者数はこの数の2〜3倍はいるだろうと思われます。ですから、全国で10万人を超える数の患者さんがいるだろうと思います。
パーキンソン病が非常に多い病気であるというのが、今回の講演に取り上げた一つの理由ですが、それ以外に大事なことは、パーキンソン病がこの20年余りの間に治療法が非常に進歩してきたのも、取り上げた理由の一つです。
( slide No. 11 ) 今もよく言われていますが、高齢化社会でこういう神経系統の病気で悩む患者さんがますますふえておりますから、きょうはパーキンソン病を例に取って、神経内科はどういう診療をする場所かということをお話ししたいと思います。
( slide No. 12 ) パーキンソン病という名前はすぐにお気づきになるかと思いますが、実はこれはジェームズ・パーキンソン(James Parkinson)というイギリスの医師の名前を付けた病名です。彼が1755年4月11日に生まれていることから、4月11日は世界パーキンソン病の日と呼ばれるようになり、一昨年から世界中各地で誕生日を記念した集会が開かれるようになっています。
有名なところではムハメド・アリとか映画俳優でパーキンソン病になった方も参加されているようです。日本ではことしの9月に千葉県の幕張メッセでアジア・オセアニアのパーキンソン病の会が開かれて、いろんな情報交換あるいはいろんな社会的な問題が討議されております。
パーキンソンという病名が生まれるもとになった、「 Essay of Shaking Palsy 」という名前で呼ばれている有名な論文があります。これは1817年の随分昔にパーキンソンが発表した66ページに及ぶ論文ですが、これが最初だと言われております。
この中で彼は6人の患者さんの臨床症状を非常に細かく記載しております。私自身はこの原典を読んだことがないのですが、東京大学のトヨクラ先生がこの原典の訳を論文として発表しておられます。それを読んでみて非常におもしろいのは、6人の患者さんのうちの2人は彼が街角でたまたま歩いている姿を見てこの病気だろうと診断して、その症状を細かく記載したいうことを書いております。
パーキンソンという方は非常に多彩な人で、この医学論文のほかに、考古学、地質学、化学などの著書も書くほどに有名だったようですし、非常に革新的な政治家で政治的な仕事もたくさんしておられます。当時、そういった面では有名だったようですが、この論文に関しては残念ながら発表した当時はほとんど注目されませんでした。ほぼ50年ほど経って、フランスの非常に有名な神経学者のシャルコー (Jean Martin Charcot)がこの論文に注目して世に広めたことがきっかけで、彼が亡くなってから逆に注目を浴びました。
彼は「 Shaking Palsy(震える麻痺)」、日本語では「振戦麻痺」と訳しますが、そういう病名を使いました。麻痺といいましても、筋肉の力が落ちるような麻痺を起こしてきませんので、この呼び名はふさわしくないだろうということになり、むしろ彼の栄誉を讃えるために「パーキンソン病」という呼び方をしようと、現在ではパーキンソン病という名前が広く使われるようになりました。日本では1890年頃からこの病気の記載が残っているようです。
( slide No. 13 ) 少し繰り返しになりますが、パーキンソン病は決して稀な病気ではない。神経内科で扱う疾患の中では、脳卒中に次いで多い疾患です。いろんな疫学調査をまとめてみると、人口10万人に対して 100人ぐらいの患者さんがいるだろうと言われていますから、日本の人口1億2千万人を考えると、10万人を超える患者さんがいるだろうと思います。
古くは、白人種に一番多く、その次に黄色人種に多く、黒人種に少ない、そういう人種差が言われておりましたが、−−ここには米子のデータが出ておりますが、最近の1980年とか1990年のデータを見ますと、北欧ともかわらない。以前に言われたほどの人種差はどうもなさそうだということが、最近指摘されております。恐らくこれは診断の精密度が上がったきたのが一つの理由ではないかと思います。
( slide No. 14 ) もう一つ、私どもは外来でパーキンソン病という診断名を告げることがありますが、そうすると、患者さんとか家族の方が非常に悲嘆に暮れられます。というのは、「パーキンソン病=寝たきり」というイメージが非常に強いと思われているからですが。
20年ほど前の厚生省の古いデータで恐縮ですが、「パーキンソン病=寝たきり」では決してない。これは発病してから何年経過した方でどれくらいの介助が必要かということをグラフにしたものですが、一番わかりやすい例で言いますと、発病して10年経ちましても独立して生活をしている方が実に半分もいます。決して、パーキンソン病になったからといってすぐに寝たきりになってしまうわけではない。不幸にして全面介助になる方もおられますが、むしろそういう方は少ない。
( slide No. 15 ) これは鳥取大学の中島先生たちのデータをもとにしたスライドですが、パーキンソン病にかかっても寿命は決して短くならないというデータです。パーキンソン病でない方(黄色)とパーキンソン病の方(緑)の死亡時の年齢分布を調べたグラフですが、1980年では残念ながらパーキンソン病の方のピークが5年ほど早いというデータが出ておりました。ところが1996年の統計では、大体80歳代ぐらいのところに死亡年齢のピークがきまして、パーキンソン病の方とそうでない方とでは寿命にほとんど差がありません。
ですから、パーキンソン病という診断を受けると、すぐに寝たきりになるわけでもなければ寿命が短くなるわけでもない。そういう傾向がだんだんと出てきております。もちろん、それにはいろんな治療法や診断の精度の向上とか、いろんな要素があるかと思います。
次に病気についての説明をしたいと思います。
( slide No. 16 ) これは皆さんがどんなふうに体を使っておられるかということを表した模式図ですが、人が体を動かす場合に、例えば立ち上がったり歩いたりすることは意識的に行うことができる運動で、「随意運動」と言われています。その随意運動をするために、大脳の特に前頭葉でプランを立てて、それが最終的に筋肉に命令が伝わって運動が行われるという仕組みがあります。そういうプランを作って運動を遂行するまでの間に、いろんな運動の調整をしている大脳基底核という場所が脳の深部にあります。
( slide No. 17 ) 脳の前半分を割ったところの図ですが、脳のちょうど真ん中に大脳基底核があります。ここの神経細胞の塊はいろんな情報を伝えるのにメッセッジャー(仲介役)として、ドパミンというアミノ酸を使います。
( slide No. 18 ) 脳の下のほうにある中脳に「黒質」と呼ばれる黒く見える神経細胞の塊があります。この細胞がドパミンという物質を作って、基底核で情報伝達がスムーズに行われるような仕組みになっております。パーキンソン病の方ではこのドパミンを作る黒質の神経細胞数がだんだんと減っていることから、これが原因で起こってくる病気であると、いろんな検討から明らかになりました。これが正常の方の黒質の色合いで、パーキンソン病の方では黒質の色合いが非常に薄くなっています。
黒質がどうして黒いかといいますと、皮膚のメラニンとは少し違いますが、なぜかメラニンという黒い色素を持った特別な細胞がここに集まっているためですが、そういう神経細胞が壊れる途中で左の図のような赤い物質が神経細胞の中に溜まるということもわかっております。
( slide No. 19 ) では、パーキンソン病の人ではどうして黒質の神経細胞数が減るのか。これはよくわかっておりません。これが非常に大問題です。一つにはパーキンソン病の大部分のものは遺伝しませんので、そういう原因はどうもなさそうです。どういう方がパーキンソン病になりやすいかという目で見ますと、一番関係あるのが年齢です。これについては後で少し説明いたします。
それ以外の生活習慣では、野菜を食べない人が多い。意外に思われるかもしれませんが、煙草を吸わない・お酒も飲まない人がパーキンソン病になりやすいというデータがあります。趣味が少ない、仕事人間である、性格的な話もあります。いろいろ言われていますが、因果関係がはっきりしているものはありません。
人の性格を大雑把に、ドンキホーテのようなタイプの人とハムレットのようなタイプの2つに分けると、ハムレット型の人がパーキンソン病になりやすいということになりますが、それが原因なのか結果なのかわかっておりません。
( slide No. 20 ) 年齢がパーキンソン病と一番関連が深いと言いましたが、それを裏付けるデータがマックギア(P.L. McGeer)というブリティッシュコロンビア大学の先生が発表した論文の中にあります。(Aging, 36, 25-36, 1989)
皆さん方のような健康な方でも黒質の神経細胞は、計算すると毎日3〜4個ずつ自然に減っています。神経細胞には非常に残念なことに、お母さんの体から生まれ出てしまうと、新しく分裂してふえるという機能がありません。ですから、加齢とともに細胞の数が減っていくという宿命を背負っております。
マックギアのデータでは、百歳になると誰でもパーキンソン病の症状が出る程度まで細胞数が減るという計算になります。このへんが本当かどうかわかりませんが、一つにはパーキンソン病の患者さんは生まれた後のある時期に急激に細胞数が減ってしまうような出来事に遭遇しているだろうということが推定されております。これが何かということはわかっておりません。ただ、昔、ロシア風邪−−私自身はそういう患者さんを診たことがないのですが、ロシア風邪がはやった後でパーキンソン病の患者さんがたくさん見られたことがあります。風邪をひいたことで細胞が減ってしまうようなことが起こっていたのです。
風邪のときには神経細胞が残っていますから幸い症状が出てこない。ところが年とともにだんだんと数が減ってくると、発症すると推定されています。だいたい60〜70歳のところで発病する方が多い。
そういう状況ですが、最近、細胞数が急に下がる出来事に関する事件がありました。
( slide No. 21 ) アメリカはコカインとかマリファナなどの麻薬の使用が問題になる国柄ですが、アメリカのある大学の化学を専攻している大学院生が、自分で合成麻薬を作るという犯罪をしたわけですね。
その合成麻薬を飲んだ人が2、3日後に急激に体がかちかちになって涎をたらして動けない状態になってしまって、アメリカの国立研究所にかつぎこまれた。非常に強いパーキンソン病様の症状なので、抗パーキンソン薬を投与したら見事に治って退院した。ただ、その人は残念ながら1年半後に変死しているのが発見され、死亡解剖すると、黒質の細胞が減っているパーキンソン病と同じような所見が見られました。
合成麻薬を飲んだことが原因でパーキンソン病が起こったのではないかという有名な事件です。
合成麻薬を調べてみると、MPTPという物質が不純物として入っているということがわかりました。それが脳の中でMPP+という物質に変わって、その変わった物質がどうも神経細胞を壊すらしいということが、いろんな実験から明らかになっています。普通のパーキンソン病の患者さんはもちろんこの合成麻薬を飲んでいないので、MPTPが入っているわけではないのですが、この物質と同じような神経細胞に毒となる物質が体内で作られているのではないかと想定されています。
MPTPをMPP+に変えるモノアミン酸化酵素(MAOB)が脳の中にあります。この事件から、この酵素が毒性のある物質(MPP+)をつくり出すということがわかりましたから、この酵素の働きを邪魔するような薬を投与しますと、こういう毒物が生成されず細胞が壊れない。そういう推定のもとに、酵素の働きを阻害する薬剤が作られて、実際のパーキンソン病の患者さんに投与すると症状がよくなるということが、試験を通して確かめられております。また、ことしから日本でもその薬が発売されております。そういう新しい展開をもたらした事件です。
ただ、MPTPに該当するような自然の物質は何かということは依然としてわかっておりません。原因が不明ですが、少し手掛かりが見つかりつつあるという状況です。
( slide No. 22 ) それではパーキンソン病はどういう症状を出すか、簡単にお話しします。パーキンソン病では、「振戦」「固縮」「動作緩慢」「姿勢保持障害」という4大症状が出てまいります。
( slide No. 23 ) 有名なのが振戦で、親指と人指し指をすり合わせるように震える、あるいは足や首が震える方もいます。そういう「震え」が出るというのが大きな特徴です。また震えの場合、非常に安静にしていると震えが出やすく、何かしようとしたり何か身構えると止まってしまうという大きな特徴があります。
( slide No. 24 ) 固縮というのは、筋肉が固くなる症状で、患者さんの手を取って動かしてみると、非常に筋肉が固いことがわかります。
その次に大事なのは、「無動」とか「寡動」というもので、動きが少ない、体は前にかがみで肘を曲げて、歩くときにはちょこちょこっと歩いてしまう。足が互い違いに重なるような歩行で「小股歩行」といいます。
あるいは顔の表情が非常に固い。これはリヒターという有名な絵ですが、このように表情が非常に固くて瞬き一つしないこわばった表情が見られます。
それから一つの動作に時間がかかります。例えばボタンを取るのにも非常に時間がかかる、そういう症状が出てきます。
( slide No. 25 ) 4つ目の姿勢保持障害というのは、非常に倒れやすくなる、転びやすくなる症状です。ちょっと体を押すとすぐに倒れてしまいます。あるいは歩いている最中にどんどん速く歩くようになってしまう。そういう現象が起こってきます。
( slide No. 26 ) パーキンソン病の場合は、震え、歩いているときに腕の振りが少ない、転びやすい、すくみ足(まるで磁石で足が床にくっついているように、そこで地団駄を踏んだような状態になること)、前屈姿勢、小書症(文字を書いている間に小さくなってしまう状態)、こういう症状が出てまいります。
( slide No. 27 ) パーキンソン病をどうやって診断するか。皆さんには意外に思われるかもしれませんが、一番大事なのは我々は患者さんをよく診察すること、患者さんには十分に診察を受けていただくことがパーキンソン病の診断の要になります。血液検査、心電図などのいろんな検査をしても、MRIという脳の断層写真を撮っても何も異常が出てきません。それがパーキンソン病の特徴です。ですから、このような検査はパーキンソン病と紛らわしい他の病気との区別をしっかりするためにやります。そういう病気の訴えがある場合には是非専門医の診察を受けていただくことをお勧めします。
( slide No. 28 ) パーキンソン様の症状を出す他の病気はいろいろとあります。一つここで覚えていただきたいのは、ここに「薬剤性」という言葉あります。非常に少ないのですが、薬の副作用として振戦や動作緩慢のようなパーキンソン症状を出す薬があります。受診されるときに、他の医師にかかっていることを伏せようとされる方がいますが、そういう疑いで受診されるときは、今どのような薬を飲んでいるか、どういう治療を受けてきたかということをきちんと伝えられたほうが、診療が非常にスムーズになっていいかと思います。
( slide No. 29 ) パーキンソン病の寿命は短くならないと言いましたが、実際にパーキンソン病という診断を万が一にも受けた場合にはどうしたらいいか、について簡単にお話します。
( slide No. 30 ) 普通、病気のときは安静にしてしっかり栄養を取って休養を取って治すというイメージが強いかと思いますが、パーキンソン病の場合はそれが当てはまりません。診断を受けても、これまでの生活をできるだけ続けるように努力をすることが鉄則です。ですから、原則的に治療は通院で行いますし、少し時間がかかっても自分でできることはできるだけ自分でやる、勤めも条件が許せば勤めていただきます。
パーキンソン病には非常におもしろいところがあって、スライドに「海外旅行」と書いておりますが、旅行をされるなどの緊張をすると、かえって動きやすいとおっしゃる方がいます。私が診ている方にも、「家の中にいると、どうしても転んだりさっと動けないんだけども」とおっしゃる方がいますが、この方が元気になるのは選挙運動に行かれるときですね。緊張をしたり人目を気にしていると、よく動けるという特徴があります。そういう極端なことが周りから患者さんを見ている方の誤解を招く場合もあるようです。それもこの病気の一つの特徴です。
できるだけ通常の生活をするように努める。パーキンソン病だからといって何かを食べてはいけないとか何かをしてはいけないということはありません。睡眠を十分にとっていただいて、ストレスがないように少しゆったりした気持ちで過ごせるように努めるのが原則です。
( slide No. 31 ) 運動能力が損なわれる病気なので、どんどん運動したらいいかというと、必ずしもそうでもない。やりすぎりるとかえって悪くなることもあります。レクレーション的に体を使って、自分の体にあったスポーツをしていただきます。不幸にして症状が少し進んだ場合にも、その状況に合わせたいろんな運動をしていただくことになります。骨粗鬆症のことを問題にされますが、動かないと骨がもろくなりますが、特別リハビリをしないと骨がもろくなるということはないようです。
( slide No. 32 ) 息を吸ったり吐いたり、首を曲げ伸ばしたり、こういう簡単を運動をしていただくと非常にいいかと思います。
( slide No. 33 ) 薬がパーキンソン病の治療の中心になるのは事実です。
黒質の神経細胞が減ることからドパミンが不足するということが、いろいろな方の検討からわかってきました。1960年頃に日本のサノ先生とヨーロッパの何人かの研究者が、パーキンソン病の人ではドパミンが減っているということをはっきり証明しました。それからは驚くほどのすごい進歩で、1961年にはすでに注射薬が試みられて治療がスタートしております。ただ、注射薬の場合には効いている時間が非常に短いので、それから7年ほどして現在使っているような経口の薬が作られています。1970年にはアメリカのFDA(食品医薬品局)が認可するというスピードで、L−ドーパという薬が非常によく使われております。現在でもこの薬が主流です。
それ以外に、ここに挙げました6種類の作用機序をもつ薬があります。どの薬を使ってどんなふうに治療するかということは、専門医の診察を受けて決めていくことになります。いくつもの種類の薬がありますので、治療の選択の幅が広くなっております。
( slide No. 34 ) 薬をどういう考え方で使うか、お話ししたいと思います。
パーキンソン病の場合、原則は日常生活に特に不便がなければ薬を特に使う必要がありません。どのタイミングでどの薬を使うかということが非常に大事になります。ひと言で言いますと、患者さんの生活の質を考えて、症状とか生活のパターンに応じて薬を使うかどうかを決めます。
どのような薬をどのタイミングで飲むかを決めるというのが大原則ですから、薬の使い方も最初からいきなり3錠、4錠と使うことはいたしません。まず1種類の薬を選んで、半錠とか多くても1錠を飲んで、その反応を見ながら薬を決めていきます。
反応を見るということは要するに、患者さんと医者との間で日常生活の状態をチェックしながら、本当に今の状態で満足されているかどうかということを確認しながら治療内容を決めていくという、両者の共同作業になります。ここが少し、他の疾患の薬剤事情と異なる点ではないかと思います。患者さんと医師との情報交換がうまくいって評価をしていきながら治療を進めます。
ですから、大事なのは遠慮しないで何でも担当の先生に相談されることです。気にかかることがあればすぐに相談されることです。私も時々失敗するのですが、例えば風邪をひいたから薬をやめてしまったという方がおられます。そういうことをしていいのかどうか、腰が痛いので他の科に診てもらいたいのだけれども、どうしたらいいか。そういったこともすべて相談されて始められるのが一番いいと思います。
( slide No. 35 ) では、薬を出しましょうというときに、副作用がないでしょうかとおっしゃる患者さんが非常に多いのですが、副作用が出るのを待ち構える必要は一切ないと思います。もし出てしまったらその対処法を考えればいいのであって、そういう意味でも抗パーキンソン薬には残念ながらいくつかの副作用があります。
パーキンソン病の権威者である水野先生が書かれた『パーキンソン病 治療と生き方』という本から取ったものですが、副作用が出てしまえばそれに対してどうするかをしっかり考えていけばいいのであって、薬を飲む前から副作用が出るかもしれないと待ち構える必要は一切ないかと思います。
( slide No. 36 ) 皆さんから、いつまで薬を飲めば治りますかとか、薬を飲んでいるけれどもだんだん悪くなっているということを聞くことがあります。パーキンソン病を治療する場合、ここに書いてありますように、「根治療法」という本当の原因を根底から取り除くような治療法がまだないということが一番の大きな問題点です。その症状を抑える治療法(対処療法)にとどまっています。ですが、根治療法がないから対処療法を軽視していいかといえば、決してそうではないだろうと思います。
( slide No. 37 ) 例えば、高血圧では血圧を下げる薬を使います。これもある意味では対処療法です。中には原因が明らかな高血圧もありますが、大部分は原因がわからない本態性といわれるもので、血圧を下げる薬で対応していきます。その結果として、心筋梗塞や脳卒中のような合併症を防ぐことができるという非常に大きな成果が得られるわけです。
ただ高血圧の場合、血圧が上がり下がりしてもほとんど症状がないので、ご自分では病状の変化に気がつかないことが多いのですが、パーキンソン病の場合には目に見えてわかります。薬をきちんと使って症状を軽減していくことで、寿命も短くならないし、肺炎とか寝たきりという状態を遠ざけることができるという大きな成果が得られます。対処療法でも軽視するあるいは絶望的になることはないだろうと思います。
( slide No. 38 ) 薬以外にも定位脳手術や、最近、岡山大学で認可されてスタートしているパーキンソン病の遺伝子治療が始まっております。もう少し根治的な意味合いの強い治療法も今後見つかるだろうと思います。そのへんも新しい展開ですし、希望の持てるところではないかと思います。
( slide No. 39 ) 最後に、パーキンソン病の治療では薬剤での治療が非常に進歩してきましたが、やはりここに掲げましたようないろんな方のいろんな支援の輪があってこそ、パーキンソン病の患者さんの生活の質がよくなっていると思います。今後ますますこの輪が充実していくことを願いますし、神経内科医もこの輪の中の一員であると思っております。
きょうは神経内科の診療とはどういうことかということを少しでも理解いただいて、こういう組織が今後ますます充実していくことがあればありがたいと思います。
司 会 日下先生、どうもありがとうございました。神経のお話、神経内科のお話、それから代表的な神経疾患としてのパーキンソン病について非常に詳しいお話をいただきました。源氏物語絵巻のような非常にきれいなスライドをたくさんご用意いただきました。
質問1 パーキンソン病は治療すれば治るんでしょうか。
日 下 私の説明不足だと思いますが、根底にある原因を取り除く治療法は現在のところ残念ながらありません。ですから、いろんな薬を使った対処療法で、少しでも患者さんの過ごし方をよくするように、生活の質をよくしようという意味合いの治療が可能だという話です。治るか治らないかという択一的な言い方をしますと、治らないということになります。人は年齢とともに体の状態がどんどんと変化していきます。生まれたままの姿で一生を過ごすことができないわけですから、そういう見方をしますと、パーキンソン症の治療もある程度根本的に治しているという部分も出ててきいると思います。
質問2 パーキンソン病は遺伝しないと伺いましたが、遺伝子治療が可能だというのと矛盾しないのでしょうか。
日 下 遺伝しないというのは、通常の優性遺伝子とか劣性遺伝子という言い方をする形での病気の世代間のつながりはないということであって、最後に示した遺伝子治療は全く別の考え方です。パーキンソン病の場合は、ドパミンを作っている細胞が減ってドパミンがどんどん減っていきますから、遺伝子治療でドパミンを産生するような遺伝子を外から脳内に入れようという試みです。あるいは、年齢とともに神経細胞が少しずつ減ってしまいますので、そのプロセスを調節するような遺伝子を外から体内に入れて、そういう経過を少しでも遅くしようという試みです。
言葉が似通っているので、誤解されるようですが、遺伝するしないというのとは全く関係のない治療法です。
質問3 パーキンソン病とは直接には関係ないかもしれませんが、神経科の薬でSSRIというセロトニンをふやして神経伝達をよくするような薬が春から認可されて処方されていますね。ああいう薬の副作用や効果はどうなんでしょうか。日本では導入されてごく日浅ですが、アメリカではSSRIという薬が役に立って、脳疾患にいいと聞いています。
日 下 私はその薬についてはあまり存じませんので、答えが正論ではないのですが、少なくもパーキンソン病の治療にそういうセロトニン系の薬剤を応用しようという動きはまだありません。
司 会 大変新しい薬の話で我々も戸惑ってしまいます。
皆さんの周りにもパーキンソン病の方がいらっしゃると思います。非常に特徴的な姿勢や運動能のようですが、いろいろといい治療法が開発されているようです。今回の講演もお役に立てていただきたいと思います。日下先生、どうもありがとうございました。
関西医大HOME -> 公開講座 ->第2回市民連続公開講座->パーキンソン病 |