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関西医科大学第2回市民連続公開講座
「唾液は“気分”の代弁者」
関西医科大学第2生理学教授 玄番 央恵
平成11年(1999年)10月23日(日)15時00分〜16時00分
関西医科大学南館臨床講堂
主 催:関西医科大学
司会 松田教授(泌尿器科学)

司 会(松田 公志・関西医科大学泌尿器科学教授) きょうは神経でまとめるような企画になっていまして、2番目の講座も神経のお話です。講師の玄番央恵先生のご略歴をごく簡単にご紹介いたします。昭和42年に京都大学をご卒業され、平成5年9月1日付で本学の生理学第2講座主任教授にご着任されておられます。ご専門は神経生理学です。本日は「唾液は“気分”の代弁者」と、非常に文学的なタイトルでお話ししていただくことになっております。それでは玄番先生、よろしくお願いいたします。

玄 番 (関西医科大学第2生理学教授) みなさん、こんにちは。この会場の中の68名の方は去年もおいでになったとか、大変熱心なのでびっくりしました。またお会いすることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

 きょうから日本シリーズが始まりますね。皆さん、どちらのファンですか。中日ファンですか。恐らく、にわかダイエーファンが多いかと思います。私もそうですね、勝ちますとどうなるか。楽しみですね。詳しい方に聞きますといろいろ技量伯仲ということで、きっとおもしいろ試合が展開されるかと思います。

 きょうの皆さんは球場にはもう間に合わないと思いますが、試合を見ていますと、「ここで打ってほしい」と思うと胸がどきどきと心臓が速く打ちます。「ここでうまくスクイズが出たらなあ」と思うと手に汗握る状態になると言いますね。どちらが勝つか知りませんが、やはり大抵の人はダイエーが勝ってほしいと思うでしょうね、中日ファンの方には悪いのですが。ダイエーが勝ったとしましょう。勝ったし、帰りにはちょっと飲みに行くことになりますね。きょうはステーキでも焼いてもらって食べるとしましょう。ジュージューとしますとどうなりますか、よだれが出そうになりますね。よだれの出るような料理、そこを例えば美人がすっと横切ると、よだれの出るような美しい人となります。

 さて「手に汗握る」「心臓がはやがねのように打ちだす」「よだれの出そうな料理」「よだれの出そうな美人」、こういう言葉は言葉のあやとして言われてきたのでしょうか。これは実は本当なんですね。きょうはそういう言葉は本当なんだよということをお話ししたいと思います。

 自律神経に支配されている心臓は基本的には動かそうかやめようか、皆さんの意思で決めることはできません。汗もそうです。今から汗を出してやろう、気温が上がってきたから、ここらでにわか汗を出して、暑いと文句を言ってクーラーをかけてもらおう。そういうわけにはいきません。よだれ(涎)というといいイメージがしませんが、唾液、つば(唾)ですね。その唾液も勝手に出したりやめたりすることはできません。手の指の一つの筋肉だけを動かすということは随意運動と申しまして、訓練すれば自分の意思に従ってできます。筋肉を使ってなら一部の横紋筋は可能です。

 しかし先ほど言ったような内臓器は、−−汗腺は体の表面に出ていますから、内臓器 organと言ってもらっても困るわけですが、自律神経支配といって、私たちの意思で勝手にできないようなものですが、皆さんの意思が反映されています。つまり「気分」が大事だということはわかりますね。「気分」は自律神経系を介して、いい気分だとやる気を起こすし、誰かに文句や厭味を言われたりするとしおれてしまいます。

 例えば近親者が癌でなくなったとすると、途端に気が滅入ってご飯もおいしくないし、じっとしていると病気にもなります。配偶者を病気で亡くした人は免疫力が落ちて、病気になると言われています。これも本当です。

 そのように、「気分」は非常に大事で、どんなものにもかかわっていて、いい気分でいると体調がいい。腹を立てたり憂鬱になっていると病気になります。そういうことは暗に知っていて、職場においても家庭においても、いい気分でにこにこっと「おはよう」「さようなら」と言ったら、あの人の笑顔を見たいから明日も頑張っていくかというふうになります。それは人間関係だけではなく、皆さんの体にとってもやはりいいんですね。そういうことが少しずつわかってきました。

 それらに関連して、自分の気分を測るのに唾液が役に立つという話です。ところが、唾液の出る口に関するところは、どちらかいうと歯科医さんの領域です。歯科医さんにとりましては虫歯や歯槽膿漏の問題が主で、気分がどうか、そんなことに関心をお持ちにならなかった。他の医者も歯科医さんの領域だからあまり気にしなくてもいいという感じがこれまであったと思います。もちろん、唾液腺自体はこの連続講座の耳鼻科の山下教授の領域ではあるのですが、やることがたくさんありますし、なかなかそこまで入らない。唾液が気分の評価に使えるとは、誰も考えてこなかったんですね。

 その領域では、心臓の拍動数とか心電図のRR変動、手に汗握るといった発汗、ストレスがあると胃潰瘍にかかりやすい、ストレスが原因の心身症というものも出てきました。胃電図、心拍数、発汗に関しては気分と結び付けた研究も結構あったのですが、殊、唾液に関しては先ほどのような理由で考えられてこなかった。私が本学にまいりまして、何をやろうかと考えたときにこのテーマを考えました。

 ですから、きょうお話しするのは普遍的な研究ではなくて、ほとんど自分の研究ですが、もちろんこんなことは一人ではできない。後ろにいらっしゃるこの講座の organizerである岩坂教授の坊ちゃんにも、私が本学に来たときに学生として出会って、一緒に被験者になってもらいました。みんなでわいわいがやがや言いながらやった研究です。そういうものを後に紹介したいと思います。

 気分を平静に保つ、平らかに保つ、平和な状態にして快適に過ごすということが大事だというのは、私がここで言わなくてもおわかりのことと思いますが、特に病気の中でも心の病では感情障害は非常に大事です。例えば躁鬱病では、芸術家は感情が躁のときに仕事をして鬱のときは何もしない。感情の起伏が表に出る病気、それが躁鬱病です。あるいは精神分裂病もご存じのように、ある時期に感情が非常に極端な状態で出てきます。あるいはアルツハイマー病という痴呆症でも、よい気分にしてあげると割と調子がよくて、ミスも少ないと言われております。

 とにかくすべての病気、そして皆さんの社会生活すべてにおいて気分が大事だということはわかりますね。

 さて、レジュメにいろいろ書きました。これが唾液と関係あるのかと、1ページ目を読んだ方はびっくりされたと思いますが、「気分」という大事なものの評価を歴史的にどのように見てきたか。それを踏まえて、なぜ自律神経系を介して「気分」の評価をしなければならなかったか、そこのところを見ていただきたいと思います。

( OHP No. 1 ) 皆さんは手相見をご存じですね。この線は運命線だとか恋人に会えるとか金運があるとか。外から目を使って見る、視覚的に状態をとらえるということですが、18世紀には顔の相を見る「観相学」というものがありました。顔の相を見ることで、人間の性格、感情をとらえようとした。鼻が曲がっているとか、目の色はどうか。日本人は大体一緒ですが、外国では茶色の人や、緑の人、青の人もいます。鼻も、日本人はそう高くありませんが、魔法使いのお婆さんのように曲がっている人もいます。
 そういう鼻の形、目の色、頭の骨の形、そんなことから性格がどうか。「だからこの人はよくない」と勝手に言われたら困りますね。差別につながることかと思いますが、しかし残念ながら、ともかく最初は外から見て人間を区別しようというのに、この観相学を使いました。それはあってはならないことだと思います。

( OHP No. 2 ) 初めはどこを見るかというと、まず顔の表情ですね。皆さんは怒ると恵比寿さんみたいな顔をしないでしょう。眉をしかめて口を尖らして怒っているということを見せつけます。これは絵画における「表情解析論」というもので、観相学がざっとした外観の静的 static なものだけを見ていたのに対して、顔の表情(動き)を見ることで随分変わります。これは鎖につながれた狂人で、この表情は狂気を表しています。

( OHP No. 3 ) これは有名なゴッホ(Vincent van Gogh)の絵です。この方は結局、精神分裂病でお亡くなりになりました。悲しみを顔の表情だけではなく、体で表現する、姿勢で表現するといいますか、体全体で表情をとらえた様子です。

( OHP No. 4 ) 皆さんは、『種の起源』を出した進化論で有名なダーウィン(Charles Darwin) をご存じですね。そのダーウィンがこんなことをやっていたというので、私も驚いたのですが、この髪の毛。こんな頭はパーマネントすればいくらでもできます、今頃ははやっていませんけども。この逆立っている髪を見て、動物が怒ったときに毛を逆立てるのと似ているではないかと、ダーウィンが人間の感情表現として見ております。このように18〜19世紀にかけて、顔の表情、体の姿勢、そして髪の毛によってまで感情を読み取ろうとしました。

( OHP No. 5 ) 「ペット患者」とここに警告が書かれています。シャルコー(Jean Martin Charcot)は精神神経学の本当に大家で、オリジナルに病気を明らかにした方でもあります。ペット患者とは、その大家の言うとおりのいろんな格好ができる患者のことで、こうなりますと危険ですね。その大家が「こういう表情の患者さんを見たらこの疾患だよ」と言って、みんなが信じたらどうなりますか。
 あまりにも視覚的にとらえることが行き過ぎて、このシャルコーの弟子で精神分析論で有名なジグムント・フロイト(Sigmund Freud)が、これではいけない、患者の話の内容、喋り方、音の高低、そういうことにもっと注意を向けるべきだと、20世紀に入りましてから言いだしました。それ以外にも違う観点での仕事をなさっていて、これはフロイトの一面に過ぎないのですが、聴覚的な所見も大事だということ言いだしたわけです。
 しかし、こんなことは名俳優になりますと、いろんな顔の表情、声の調子など、どうにでもできます。だって、一人の女優が娘の頃からお婆さんまでの女の一生を、短い時間に演じ分けるわけですから。このような聴覚的、視覚的なことだけで人間の感情、精神状態をとらえるのは片手落ちです。本当に正直で常に本音でやってくれる人ならば、これは信頼がおけるのですが、建前という言葉がありますように厄介です。

( OHP No. 6 ) ここまで厄介な話をしましたので、少し一休みしていただきます。

( slide No. 7 ) 聴覚、視覚、あるいはここが痛い、こんなに辛いと必死に書きましても、それが建前で言われていたら。要するに、心理テストでは自分の状態を言葉で表現しながら質問に答えるのですから、まさに自己申告で、これも本当に 100%信頼できる人ならば言うとおりにできますが、ちょっと問題が残ります。やはりできるだけその人の作為的な要素の入りにくいものを測定することが大事です。それは私だけではなくて、ずっと考えられていたことで、自律神経で調べようという発想になったわけです。
 3つの表情を見ていただきますと、きょうの皆さんはどの顔だと思いますか。お腹の痛い方はいらっしゃいませんね。3つをなぜ表したかというと、お腹が痛かったら冷や汗が出て、顔は土色になります。そういうふうに体の状態が悪かったら、内臓の具合が悪かったら気分も悪くなります。それがどういう機序なのか、後で申します。
 真ん中の、これはいい表情ですね。きょうは楽しかったなあ、素敵な人に出会うと夕ご飯はとてもおいしい。きのうと変わらなくても、「きょうはおいしく作ってくれたね」とお世辞の 100倍も言う気になります。
 右は実は私の顔です。始まる前にうまく講演できるかしらと悩んでいる顔です。

( slide No. 8 ) さて、いま申しました3つの顔のイメージをよく覚えておいてください。日下先生のお話にもありましたが、神経系を2つに割るとこんな感じに見えます。脊髄で、これが中枢神経系です。
 これが脳で、大脳皮質を外から見たところです。小脳ですね。大脳半球が2つありますが、この脳を正中面で割ると、この真ん中はこんな感じです。この周辺部のところが大脳辺縁系で、どうも感情にかかわっているらしい。その中でも扁桃体がかかわっているかと思います。
 大脳半球の外のところは、判断してこうやろうという随意的な行動の領域です。特にこの前頭葉は、後頭葉や頭頂からいろんな情報が入ってきますから、それらの情報から何をしてやろうかと考えるところです。ですから人間では一番よく発達していて、特にこの前頭葉の中でも前のほうのこのあたり、前頭前野が動物の中でも一番よく発達しています。前頭前野ををよいように使ってくれると、人間は社会に役立ちますが、悪意に使うと、巧妙な確信犯だとか完全犯罪を考えようかということになるかと思います。

( slide No. 9 ) 先ほどいいました大脳辺縁系の中に感情にかかわるところがあります。ここに視床下部という言葉が出てきますが、自律神経系の最高中枢で、栄養、消化、生殖、ホルモンのような内分泌系などにかかわって、意思が入りにくいところです。それと、体性神経系といって、完全犯罪の企画を練って実際に実行するのに、ここを主として使います。
 しかし、それらの間には情報交換が結構あります。今から、この自律神経の交感・副交感神経系を介して心理的な反映を見ようという話をするわけですが、ここで想像されますように、他のいろんな事柄にも関係していることを頭の隅においておいてください。

( slide No. 10 ) 先ほどの3つのかわいい男の子の絵を思い出してください。左のお腹が痛いというのは、最高中枢の視床下部から情報が来て、扁桃体との関わりであのような信号を出すと考えられます。真ん中のきょうは楽しかったなあという顔は、過去の素敵な初恋の人に会ったことを後頭葉や側頭葉あたりに情報(記憶)が残っていて、海馬体や海馬傍回あたりから引き出して思い浮かべて、ああよかったなあという感じ。ですから、このあたりは緑と赤の部分と考えていただいたらいいかと思います。一番右の困ったなあという顔は前頭葉の特に前頭前野を使いますが、こういうところとこれで起こってああいう顔、気分になっていくと考えていただいたらいいかと思います。

( slide No. 11 ) 人の感情の自律神経への関与。なぜ自律神経への反映を考えなくてはいけないかという理由は申しません。皆さん、よくおわかりですね。

( slide No. 12 ) 目だとか心臓、血管とかいろいろ書いてありますが、きょう問題にするのは汗と分泌腺(唾液)、それから心臓の拍動数です。
 右は自律神経の交感神経系、左は副交感神経系、これらによって内臓が支配されています。交感神経系によって支配されるとどんな作用があるか。心臓でも交感神経と副交感神経の両方で支配されていて、そのコントロール下にあるのはよくわかると思います。去年の講演を思い出していただいたらいいかと思いますが、私たちの内臓はこういう自律神経系によってコントロールされています。

( slide No. 13 ) ごちゃごちゃと学生やスタッフと一緒にやった研究で、ここから私のデータになります。
 これはコンピュータで、こうして心拍数を取ります。この tube と書いてあるのは、口の上顎に唾液の出る腺(耳下腺)があります。両頬の耳下腺が腫れるとおたふく風邪です。そこに吸盤みたいにぴたっとくっつけてチューブで誘導して、電子天秤を介してデジタル化して取り込みます。こういう格好で唾液の分泌速度を測ります。これは簡単で全然痛く痒くもなく、私自身も被験者になったのですが、付けたまま踊りもできますし、完全に寝てしまって睡眠の唾液の状態を測定することもできます。こういう方法を編み出したのは世界で初めてだろうと思います。論文が出ましたので、今頃はよそでもやっているかもしれません。
  それとは別に睡眠時の脳波を取ります。夢見るときはレム睡眠といいますが、レム睡眠と普通の睡眠のときに唾液の分泌がどうなるか。それも知りたかったので、筋電図(EMG)や眼電図(EOG)と一緒にとりました。要するに一緒にデータを全部まとめてとったというやり方を示しています。

( slide No. 14 ) データを実際に示します。実は、有名なこの世界の権威者が言っていた仮説に対して、私は文句をつけた格好になっています。といいますのは、唾液の分泌速度は昼間の2〜4時が一番よく出て夜はどんと落ちる、きれいなサインウェーブを描くだろうと言われていました。これが世の中の通説になっていましたが、実はそうではなかった。

( slide No. 15 ) 実際に測ってみました。このあたりは脳波、これが心拍数、これが耳下腺(唾液)ですね。唾液の分泌が0ですから5分間あたり何も出ていません。下に下がっているところが夢見る頃(レム睡眠)で、他は普通の睡眠です。これは2時間ぐらいの例を示していますが、寝ている間は耳下腺から唾液が全くでない。心拍数はちょっと速くなって、数値が高くなっています。レム睡眠のときには少し速くなると、今まで言われていたこととそう変わらない。

( slide No. 16 ) これは3人のデータです。左が寝てから朝起きるまでで、wになると目が覚めています。ここは先ほどと同じで夢見る頃(レム睡眠)です。この真っ直ぐが普通の睡眠。この凸凹になっているところで目が覚めています。この人は寝ている間は全く唾液が分泌されません。起きると唾液が出ます。
 別の人では、夜中の寝ているときに時々ぽっぽっとでます。起きるとよく出るのですが、出ないときもあります。
 要するに、夜、寝ているときにはあまり出ない。しかしレム睡眠だから出るかというと、全く関係がないということを示しております。
  右は昼間の活躍時です。別の日の3日間ないしは4日間のデータを取りますと、要するにむちゃくちゃだということです。トイレに行ったりご飯を食べているときは外して、それ以外は採っているのですが、5分間あたりの耳下腺から出る唾液は全く出ないときもあり、平均してみると、2〜4時が一番よく出ているということはあり得ません。だからあの大家が言ったことはおかしいということになります。

( slide No. 17 ) この色違いは別々の被験者です。憎々しくというのではありませんが、見比べてみると違いますね。サインカーブのようにきれいにならない。ですから、時間によって変動するとは言えない。言えることは、寝ているときは非常に出にくい、でも個人差が若干ある。昼間は出るけれども全く出ないときもある。時間には関係ない。それだけしか言えません。
 でも今考えますと、禅僧のような心を非常に平静にできる人ならば、こんなことがひょっとするとできるかもしれませんが、我々凡人はそうはいかない。上がったり下がったりということではないかと思います。
 さて、そうすると、唾液は活動時のどういうときに出てどういう時に出ないのか。私はそこを調べたくなりました。

( slide No. 18 ) 酸っぱいものが嫌な人は、酢の物を見ただけであるいは考えただけで唾が出てきます。そういうふうに、まず味覚によってどう変わるか。味のサンプルとして私は家にあるものを持ってきました。ume は梅干しの梅(酸味)、おいしいキャンディー(甘味)、塩昆布(辛味)、アロエ(苦味)、これで4つの基本味がそろいました。
 ●が上にいくほど唾液がよく出たという結果ですから、同じ人でも酸っぱいもので多く出るのはわかります。甘いものはこれぐらい、塩辛いものではこれぐらい、苦いものはあまり出ない、という結果になります。この結果だけでは「ああなるほど、酸っぱいものを聞いただけで唾で出るというのは本当だった」というので終わるのですが、本当かなあというので4回繰り返すと、3回まで上がったのですが、4回目に全然出なくなりました(sourの一番下の●) 。おかしいなあ、どこが悪いのか、どこに欠陥があるのか一日中調べて、念のために「あなた、きょうは気にしていることがないですか」と尋ねると、信頼のおける人ですから、「どうしてそんなことがわかるのですか」。実は心にかかることがあったということがわかりました。酸っぱいものでもこんなに変わるんですね。

 ドラエモンシリーズの『体大探検』という本について私は孫のために調べに行ったんですが、「おいしいときには唾が出るよ」と書いています。藤子不二雄さんは嘘をついていないというので、安心してその本を買うことに決めたんですが。というふうに、感情が非常に影響するということが、まずこのテストをして感じ始めました。
 では徹底してやってやろうということで、たくさんの人に同じレモンキャンディーをある一定時間舌の上に乗せてもらって、出てくる唾液の量を測ったんです。その後、どんな感じだったのか、「おいしい」「全然こんなもの早くやめたかった、嫌だ」「何も感じなかった」「まあまあかなあ」。これは絶対本音で言ってねという約束の上で調べた結果で、そのインタビューでご意見を聞きました。たくさんの人の結果を一つのグラフに並べると見事にこんなふうになって、おいしいときには唾液がたくさん出ます。0は「何ともない、嫌だなあ、何ともなあ」というもので、そういう時には出ません。おいしく食べるほうが唾液が出るからやはりいいですよ。怒って食事をしないほうがいいということがよくわかりますね。

( slide No. 19 ) 味覚でそういう結果になりましたが、我々の日常生活でいろんな音を聞きます。落語も見ます。スポーツ番組を見ます、いい音楽も聞きます。ピアノタッチの音や腹立つほどの音もあります。そういういろんな状況で唾液分泌は一体どうなっているのか。それを調べないかぎり、これが本当に気分の評価として使えるかどうかわからない。ということで、いろんなことをやってみました。
 私は昔演劇をやっていましたから、そういうことが大好きで、実験室にまるで高校時代の演劇部の部室かなあというぐらいに物をいろいろ持ち込んで、情景を作って調べました。
 auditory は耳から入る刺激で、 visual は目から入る刺激です。ビデオで落語を見るというのは両方にかかってくると思います。そういうことをやりながら測って、そのときの感情を聞きました。「おいしい」というのは味覚の話ですが、ここでは「すごく集中できておもしろかった」「感動した」というのがP2、「ほっとした」というのがP1、「何とも感じない」というのが0、「悲しい」「不安」「ストレスを感じる」というのがN1、そして「腹が立つ」「怒り狂う」「憎々しい」というのがN2です。

  ここで使った素材は例えばアルツハイマーの人の一生を書いた本を図書館で調べてきてそこからスライドを作るとか、第2次世界大戦の後の悲惨な焼け跡の写真集などで、そういう刺激を受けたときに、何ともなかったか、悲しそうだったとか、日本の政治は悪かったかなど、いろいろ質問していきます。ですから、この素材にはいろんなものを作りました。
 本音の言葉をP2からN2までの感情に分けて、そして測った唾液量をプロットすると、見事にこうなっています。ともかくここでわかることは、「すごく集中して読んだ」「すごく感動した」「腹が立って仕方がない」「騒音で腹が立つ」「ここから逃げたい」というときには唾液はすごくよく出ます。その次にP1の「リラックスした」「ほっとした」というとき。それから「ストレスがかかって物悲しい」「ちょっと嫌だなあ」「憂鬱だ」というとき。最後が「無関心」。

 この「無関心」をどうやって作ったかというと、学生さんに「授業が終わったら夕食をおごってあげるから来て」と頼んでおいて、英語の本を読んでもらうという作業をしてもらいました。横から見ると大抵、眠そうな顔をしてめくっていますね。やっと起きているという状態で関心がない。こういう状態が無関心です。要するに睡眠に近い状態で、何とか起きているというときは非常に出ない。そういうことがわかりました。

( slide No. 20 ) これまでの実験は私のほうからいろんな物を見せたのですが、今度は計算をするとかいろいろアイデアを考えるという mental workと、音楽を聞いてダンスをするとかあるいは絵が好きな人には絵を描いてもらう、あるいは脳波の電極を付けたまま走ってもらって、どんな気分で走れたか、というものを physical workとしました。
 そしてこれが大事なんですね、「 at rest」。これは何も刺激を与えないし、何をせよとも言いません、じっとしていてほしいと。しかし、じっとしているというのは実は何もないことはないんですね。ここには臨床の先生がたくさんいらっしゃって悪口を言ってはいけませんが、この実験をやって正常値はおかしいということに私は気がついた。正常なとき人は雑念をいっぱい考えています。腹立つことをゆっくり考えて、こうしてやろうかと悪知恵を働かせることも考えています。何の刺激がなくても、積極的に何かをせよと言われなくても、一人一人の頭の中にはいろんなものが去来して、なかなかじっとしていません。
 しゃべるための書くための筋肉を使っていないだけで、眠っていない限り頭は考えないわけにはいかない。それが人間というものですから、この at restというのは怪しいと思います。じっとしていて、唾液だけを採って、どうだったかご意見を聞いてみると、やはり何ら今までとかわらない。そこのところをきちんと調べない限り、at rest だから血圧がどうだと決められないし、そういうことで簡単に正常値も作れない。何もしていないときが at restだと一括りに考えることは危険だと、私は考えました。

( slide No. 21 ) 先ほどは全体として見ましたが、10人各人をきちんと調べてやっても、人によって唾液のよく出る人と少ない人がありますが、傾向は各人一緒です。一人の人で何回も繰り返しやって、個人でもきちんと分かれていることがわかりました。だから唾液は指標として使えます。

( slide No. 22 ) 先ほどの分類は6つでしたが、「腹立つ」「感動する」「集中した」というのを一緒にしました。この「 tens 」はちょっと「ストレスがかかって物悲しい」、こちらは「リラックス」、こちらは「無関心」。4つを全体で見ますと、非常に興奮しているときに唾液はよく出ます。その次は「ほっとしてリラックス」のとき、「ストレスがかかっている」ときは落ちて、「無関心」ではほとんど出ない。こういう4相の違いがきれいに出ました。この違いは実は発汗や心拍数では出ないんですね。そういう意味では唾液は役に立つ。少なくとも感情(気分)を分けることができます。

( OHP No. 23 ) ちょっとほっとしていただいて、あまり数字などを見せられると嫌になりますね。−−笑っていただいてありがとうございます。
 私は清水次郎長のファンなんです。肩をもつわけではありませんが、結構いろいろ大事なこともやっていらっしゃいます。組織化してけんかしたことはあまり褒められないのですが、それ以外にもいろいろ行って、日本にもおもしろい人がいたものだなあと。菩提寺を旅したときにきれいなスイレンを見て、その近くに次郎長の銅像があって、おもしろいので写真におさめました。「清らかな日本」というイメージと次郎長とどう結びつくか、皆さんいろいろだと思います。
 一息ついて、後のコースを頑張りましょう。

( slide No. 24 ) 唾液の話ではなるほどなあ、何人かの人がにこにこっとされて、私もよかったあと思っています。
 さて次に、手に汗握るという汗もとりました。てのひらと足の裏の汗は昔から情動性発汗ということで、気分によって変わります。それ以外のところの体表面は温熱性発汗で、体温が高くなったら汗を出して下げるように働きます。ですから、発汗には情動性発汗と温熱性発汗の2種類あります。
 300万円も、ないお金を叩いて買った発汗を測る装置で2チャンネルで測っています。唾液と発汗とそして心拍数、脳波のことはきょうは話をしておりません。この装置を使って調べてみました。

( slide No. 25 ) 一番下が唾液、その上の2つは発汗です。この Palmar sweating(てのひらの汗)は寝ているときは、ポツンポツンだけで、ほとんどでないですね。レム睡眠とかノンレム睡眠とも関係ありません。
 それから Non Palmar sweatingは額で測った温熱性発汗です。これは実は寝ているときは結構働いています。起きているときは温度によって変わるわけですが、あまり働きません。  こちらが出ているときにはこちらが出ていないという、ちょっとそんな関係があるかと思います。寝ているときは非常に違う behavior(動き方)をします。ですから、汗と唾液に注目をして見ていただきます。

( slide No. 26 ) これはPS(てのひらの汗)と額の汗で、3人のケースで寝ているときのものです。wで目が覚めています。一番上の人はどちらも出ていません。2番目の人では、情動性発汗(てのひら)と温熱性発汗の交換現象が見事に見られます。3番目の人では寝ているときは情動性発汗がちょっとは出ますが、あまり出ていません。ということで、汗の出方はてのひらと額とでは相当違うということがわかっていただけましたか。

( slide No. 27 ) 最初の6つの心理状態を分けたものを思い出していただくといいのですが、P1は preasant の「楽しい」「リラックス」です。P3は「すごい」「興奮して楽しんでいる」と思っていただくといいですね。このP secretionで、これがてのひらの汗でこちらが額の汗、そして心拍数(heart rate)、唾液、これらを同時記録しております。
 そうしますと、楽しいときよりも興奮したときのほうが、汗が出やすい。この人はわずかですが出やすい。ゆったりしていると出にくい。ところが温熱性発汗(額の汗)はそういうことには関係がないということがわかります。心拍数はやはり嬉しいときのほうがリラックスしているときよりも高い。唾液も先ほど言ったとおりですね。

( slide No. 28 ) これはちょっと違う状態ですが、このN1(ストレスがかかった場合)について見てください。実は、これは学生のデータで、計算をやらせて必死で追い込んだときの結果です。「間違うとこんなもの恥よ」と一生懸命脅かして、恥ずかしさを売り物にしてやらせました。ですから最後に、「嫌やった」と言っていたN1の状態です。「リラックス」(P1)と「嫌だった」(N1)を比較しますと、唾液は先ほどの例のように落ちます。ところが、額の汗は関係ありませんが、てのひらの汗はよく出ます。そして心拍数は上がります。唾液と逆の動きをしています。

( slide No. 29 ) 今の3つ(発汗、唾液、心拍数)を、これまでは全体のケースとして見ていましたが、個人でどうかを見るために10人各人を測ったけれども、やはり問題がない。量の多少はありますが、やはり汗はストレスがかかるとよく出る、心拍数も上がる、しかし唾液は落ちる。その傾向はみんな一緒でした。

( slide No. 30 ) まとめるとこのようになります。ですから発汗と心拍数だけを見ると同様の変化ですから、どちらか一つを使うといいですね。しかも、発汗と心拍数は唾液のように4相に分けることができません。ともかく発汗と心拍数には「リラックス」に比べて、怒っていても、興奮しても、ストレスがかかっても、喜んでも上がります。ですから2相しかありません。その意味で唾液では差が出ますから、少なくとも唾液と発汗か唾液と心拍数か、そういうふうに2つを組み合わせて使うと、ストレスがかかっているのか怒っているのかということを診断するのに便利かと思います。

( slide No. 31 ) 私は次に、唾液はこれまでは単に分泌速度だけでしたが、本当に物の量として測ってみるとどうかということが、また気になりました。唾液分泌が薄まって速度が速くなっていると、出ているものは少ない。ということで、ちょっと気になりましたので、定量することにしました。

( slide No. 32 ) 唾液にはアミラーゼという消化酵素があります。唾液が出る、すなわちアミラーゼがよく出ると消化によい。だから、おいしく食べると唾液がよく出る。唾液がよく出ているときにアミラーゼが本当によく出ていると、これは理にかなっていますね。ということで、アミラーゼを測りました。
 もう一つはIgAが粘膜下から分泌されます。IgA(イムノグロブリン、免疫抗体)が高いと抵抗力が大きく、風邪をひきにくくなります。本当に気分よくしていたら風邪を引きにくいのか。憂鬱になったら風邪を引きやすく、抵抗力が衰えるということが言えるか。消化の問題とこの問題の2つを知りたくて、単に分泌速度だけではなくて、その量にまで踏み込むことが次のステップでした。
 これは速度(rate) だけを測っていますが、R(リラックス、前述のP1)とS(ストレス、前述のN1)か、その状態を変えて調べると、この人の例でわかりますように、アミラーゼはストレスがかかると出ない、IgAも落ちます。これは被験者10人全員でそういう結果になりました。

( slide No. 33 ) これは唾液の分泌速度とアミラーゼの分泌速度の関係ですが、気分が悪くてストレスがかかると、唾液の分泌速度が落ちて、アミラーゼの分泌速度も落ちるということがわかります。
 濃度を調べたらほとんど同様で、アミラーゼはやはり唾液が出ないと、その率も落ちるし量も落ちます。やはり怒ったりストレスがあると唾液の出方も悪く、消化も悪いということが言えるだろうと思います。

( slide No. 34 ) 問題のsIgA(唾液中のIgA)も同様ですね。IgAの出方は個人差がありますが、もっとストレスがかかると、リラックスのときよりももっとひどくなる傾向があります。唾液があまり出ないときでも、ストレスがかかって出ないときは、リラッスクしたときの低い分泌速度よりももっとIgAの出方が悪い。ということで、私はゆったりしよう、腹を立てても腹を横にしよう。免疫抗体を強くする、風邪を引かないようにする、病気にならないようにするには、嬉しそうな楽しい気分にしなくてはならないと、毎日、寝る前にバッハ(Bach)を聞いています。

( slide No. 35 ) ということで、ちょっと細かくなりますが、これは私の全くの仮説です。視床下部があって、唾液は耳下腺から出ますね。ここに口蓋扁桃と書いておりますが、IgAが作られるところです。実は、IgAは耳下腺を介して安定した形で出ますので、IgAが作られるのは、多分この前の免疫系ですね。候補の一つとして、この口蓋扁桃のリンパかと思います。気分が悪くてストレスがかかっていると、IgAの産生に影響して、口蓋扁桃を介して耳下腺から出ているIgAの量が変化する、そういう仮説を図にしております。

( OHP No. 36 ) どうぞ、素敵な日本を味わっていただきたいと思います。これで終わります。どうもご清聴ありがとうございました。

司 会 玄番先生、どうもありがとうございました。まさに気分が自律神経を介して、唾液と汗とか心臓をコントロールしているというお話でした。玄番先生は去年もこの講座にご出演いただきましたが、きょうは去年来られた方が60人ほど今年もお見えになっておられます。去年とはちょっと違うお話をしていただきました。皆さん唾液はたくさん出ましたでしょうか。

質問1 年をとると唾液の出方が少なくなると聞いたのですが、そうですか。

玄 番 多分、個人差があると思いますので、はっきりとは言えないと思います。それと人によって汗の出やすい人と唾液の出やすい人とちょっと分かれているみたいですね。

・・・・ 私は一本も虫歯がなくて、歯槽膿漏にもなってないんですね。歯科のお医者さんがおっしゃるには唾液が人より多いのではないか、それが原因で虫歯にならないのではないだろうかと。それも 200〜300 人に一人だそうです。だから今のところはとても健康です。

玄 番 きょうのお話にとってこういうご発言は非常にありがたい。唾液が出るのはいいんだというのは。ありがとうございました。

司 会 新説ができそうですね。

質問2 こないだの「きょうの健康」というNHKの番組で、75歳以上では塩分の感度が悪い。塩分の摂取量は7g/日が標準ですが、感度が鈍くなっているからもう少し低くしないといけないというのは本当ですか。

玄 番 年齢とともにいろんな機能は落ちていくと思います。でもお元気ですね。

質問2続 そういうことは、非常に敏感に受け止めてしまうのですが。

玄 番 控え目がいいようですね。貝原益軒のいう「腹八分に医者いらず」でいったほうが。

質問3 口がすごく乾燥しますので、キシリトールの入っているガムを噛むのですが、それはいいのでしょうか。

玄 番 それは甘味が入っていませんね? 別の病気が起こってしまうといけませんから。噛むだけで唾液はよく出るようになりますので、いいのではないでしょうか。

質問3続 梅干しを使っていますが、実験では梅干しはなめているでしょうか。

玄 番 これは舌に乗せているだけです。

質問3続 レモンキャンディーはどうでしょうか。

玄 番 みんな同じ方法です。両方ともいいですよ。

質問3続 唾液腺はここにもあるんですか。

玄 番 ありますよ。耳下腺はここですが、舌の下にも舌下腺と顎下腺があります。

質問4 びっくりしたときあるいは非常に怖いものを見たときに、「生唾(なまつば)を飲む」と言いますね。この「生唾」は唾液でしょうか。

玄 番 そうだろうと思います。

質問4続 それは negative のほうの部類になりますか。

玄 番 そうですね。腹を立てて怒るときには唾液は出ると思いますが、ぐっと引いてしまいます。鳴りをひそめるというか用心するというのは、ここではN1になりますね。でもそれは新説かもしれませんね。

司 会 これから唾液の感じで自分の感情や気分を逆に推し量るような非常に冷静な人がふえるように思います。では玄番先生、どうもありがとうございました。

この講演記録は、ボランティアの方々が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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