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関西医科大学第4回市民連続公開講座
「遺伝子解明で病気は治せるか?」Q and A
黒崎 知博(関西医科大学分子遺伝学教授)
平成13年(2001年)10月20日(土)
関西医科大学南館臨床講堂
司会 松田教授(泌尿器科学)
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司 会 黒崎先生、どうもありがとうございました。遺伝子はどういうものかという話から細胞の中で働いている物質を研究室の中で新たに発見していく過程、発見されたものが病気を治すことにつながっていく道筋の話でした。その中で世界中の研究者が競争しています。冒頭にはもっと視野を大きく、日本とアメリカの社会の違いの話をしていただきました。非常に熱のこもったご講演でしたが、何かご質問はありますか。細かい話は難しいと思いますが、ものの考え方とかどういうふうな思いでいるのか、あるいは世の中の情勢でも結構です。

質問1  きょうは肺癌と脳腫瘍の p53のアポトーシスについてお話ししていただきましたが、癌は形態や性質などさまざまで、それに対して p53はいわば全能のような感じで効くのでしょうか。それとも、例えば胎児が生まれる前に水かきが壊されていくという自然的なアポトーシスに対しても p53が働いているのでしょうか。

黒 崎 一緒に研究をしたいぐらいにいい質問です。生物学をされていませんか。

質問者 やっていません。

黒 崎 やっていないのにそれだけわかりますか。すごいなあと思って。

質問者 割と健康オタクですから。

黒 崎 今おっしゃったことに重要なことが含まれています。その一番大事なところは、水掻きはいったん全部できて、ここの細胞が死ぬから指の形が現れてきます。すなわち、生体が一つの統合的な組織としてあるためには、生きないといけないし、死なないといけない。これを忘れてはいけないと常々思っています。我々にとって非常に都合のいい話をすると、生きてもらいたい細胞に生きてもらって、死んでもらいたい細胞にはとっとと死んでほしいということです。

 今のお話を生命の生死に大きく関係させて考えてみます、研究をやるとそういうことばかり考えるのですが。我々は生死を全く逆のベクトルで考えています。生きることを善とすると、死ぬことは悪になります。でも僕は生きることはバラ色であって、死ぬことはまっ暗闇だとは思っていません。細胞レベルで見ると生死は一寸の違いです。ちょっとしたセットの違いで生死を変えていって、生きるべきものには生きてもらいたいし、死ぬべきものには死んでもらいたい。逆に言えば、死ぬことは決して悪いことではない、ということが細胞の研究をやっている者のメッセージになります。

 そのことと p53を関連させていくと、 p53は一般的に言えば、ゆきすぎた細胞にブレーキをかけます。ただ個々の細胞で見ると、必ずしもその考え方ですべて正しいということでは恐らくない。当然ながらビデオのように p53に対して非常に有効な癌はありますが、肺癌一つにしても、このタイプの肺癌には有効だけど、そうでない癌があるに違いない。生体の反応、機構は基本的に3万個の遺伝子からなる複雑なループでできているので簡単ではない。ですからそういうループの研究を応援してくださいというのが僕のメッセージです。答えを出すことは非常に難しいけれども、一生懸命やります。

司 会 癌に対する p53の遺伝子治療を肺癌を例にビデオでご紹介されましたが、例えば私の専門である泌尿器科で p53を使った前立腺癌の遺伝子治療を厚労省が認可をするかどうか。実際に始まりかけていると思いますが、前立腺癌の場合、あのように見事には効きません。理論と実際の治療効果とがしっくりうまくいくには、かなりの時間と新しい技術の開発が必要かと思います。

質問2 先生方が研究されている世界と、特殊な者に対する遺伝子治療は理解できますが、我々一般の者が悪い遺伝子をもっているかどうかを調べてほしいとお願いすれば、今はできますか。

黒 崎 僕の個人的な意見では、それは研究モデルとして進めることができても、プライバシーの問題をクリアしないといけないし、我々はフランイングしてはいけない。逆の変な言い方をすると、知ることでその人を不幸にするかもしれない。

質問者 私が調べてほしいとお願いしてもですか。

黒 崎 そこらへんのことは今後、インフォームドコンセントがあれば調べてもよいという方向になっていくかもしれないと個人的には考えられますが、まだ大きな問題があって、医学部の学生や教官の間でも議論があります。

 その遺伝子がいい遺伝子か悪い遺伝子かは人間が決めますが、それを当然ながら、苦しい、悲しい、大変である、愛する者を失いたくない等々の次元で我々は考えます。それは私もそうですし、皆さんもそうです。ところが今のその遺伝子の善し悪しの基準が例えば 100年後の人類にとっていいかどうか、これはまた別問題です。

 こういう言い方をすると怒られるかもしれませんが、時々学生に言っています、「特に男性の人生は非常につまらないものです」。この子供は……、今はわかりますが、今まではわかりませんでした。女性の方はやはりすごいなあと思います。大きいスパンで見ると、男は精子の中の遺伝子を伝えるためだけに生きているようなものです。

 もう一つ言いたいメッセージは、我々の理解では遺伝子が変わらない限り、絶対に細胞の形態や機能は変わりません。そうすると、雑種だからいいという理屈はそこにあります。遺伝子を変えるためのチャンスは我々には2回しかありません。一つは精子や卵子を作るときの減数分裂です。普通の細胞分裂では、お父さんとお母さんからもらった遺伝子がそれぞれ同じように分かれますが、精子と卵子の細胞は違います。この場合、お父さんお母さんの由来に関係なく、2つに分かれていずれか片方だけになります。

 もう一つはセックスです。精子と卵子の細胞が受精して一緒になったときに1+1の2になります。最近の研究でわかったことですごい研究だと思いますが、受精時に実は遺伝子の shufflingが起こります。

( board )   実はお父さんからきた遺伝子、お母さんからきた遺伝子、この2つは微妙に違います。そして受精したときには父親由来と母親由来の別々のペアではなくて、それらが入り交じったまだらのペアになっています。

 遺伝子を変える、すなわち遺伝子のシャフリングができるのはセックスしかないんです。セックスをすることによって遺伝子が変革され、それによって人間は変わる可能性 potencyを持っています。古くからいとこ同士は結婚するなと言われていますが、片方の遺伝子が悪いと片方の遺伝子が補って発病しないのもそのためです。近い者同士ではそれがないので悪い方向に振れることが多い。もちろんいい方向に振れることもあります。ですから遺伝子のシャフリングを大きな目で見ると、それが起こったから我々人間はこれだけのことができたと、個人的には思います。  

それにおごっていると、我々は撲滅するだろうという予測もあり、それもまた正しいと思います。その中で我々は英知を使って何とか頑張っています。質問から外れましたが。

司 会 どうもありがとうございました。きょう、お話しいただきましたように、ものすごいスピードで基礎的な研究は進んでいて、遺伝子の配列がわかって、機能まで全部わかっています。そのつながり、ネットワークがわかると、どこを変えるとどう変わるかまでわかってきます。僕らには細胞と細胞のつながりでも大変細かい話ですが、先生がご専門にしておられる細胞の中では、どういう物質がどういうふうに関係してどうなるか、その中でどういう名前の物質がどうつながって細胞から何が出てくるか、そういうところまできています。

 逆に言えば、それを使う人間の社会とか組織、倫理などが実は遅れています。恐らくごく近い将来、例えば癌のような病気になりやすいかどうかということは調べられるようになると思いますが、それをどういうふうに利用するかというのは研究者や医者だけの問題ではなくて、社会全体の問題として皆さんにお考えいただく必要が出てくるようになります。

  黒崎先生は大変熱意を持った講演をなさいます。いつもこういう感じで学生さんに教育をされておられます。どうもありがとうございました。

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この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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