関西医大HOME -> 公開講座 ->第4回市民連続公開講座->やさしく身につく心肺蘇生法 |
「やさしく身につく心肺蘇生法」 中谷 壽男(関西医科大学救急医学科教授) 平成13年(2001年)10月20日(土) 関西医科大学南館臨床講堂 司会 松田教授(泌尿器科学) |
司 会(松田 公志・関西医科大学泌尿器科学教授) 次に救急医学科教授の中谷壽男先生にお願いします。細胞レベルの基礎研究の先端の話から、一気に臨床の最先端になります。本学の救急救命センターは第三次救命センターですので、北河内の地区にお住まいの方々にとってある面では大変関連の強い施設で、最も大がかりな事故があると、本学の第三次救命センターに搬送されてきます。中谷先生はそのセンターの責任者をしておられます。プロフィールはプログラムの右欄をご参照ください。
きょうは「やさしく身につく心肺蘇生法」ということで、最後には学生さんと同じような実習を企画されておりますので、楽しみにしてください。では中谷先生、よろしくお願いいたします。
中 谷(関西医科大学救急医学科教授)
( slide No. 1 ) 黒崎先生の話は非常に難しくて、大学の公開講座はこんなに難しいのか思われたかと思います。一番難しい話の次に一番やさしい話をさせていただきます。タイトルにも「やさしく」と書いています。「身につく」、頭で覚えるのではなくて体で覚えていただきます。私は以前、アメリカに住んでおりましたが、もう20年も前のことで、ちゃんと日本語もしゃべれますので。
( slide No. 2 )
------------------------------------------ 心肺蘇生法 心臓の働きや呼吸運動がなくなった場合に その機能を体の外から補って、 その患者の生命を維持する手段 人工呼吸と心臓マッサージ 最終目的:全人格的に社会復帰させること ------------------------------------------
まず、心臓の働きが止まってしまった、呼吸をしていないという場合に、その機能を体の外から補って、その患者さんの生命を維持する手段を「心肺蘇生法」といいます。簡単に言えば人工呼吸と心臓マッサージをします。
これは、心臓が止まって、呼吸も止まった人が最終的に社会復帰して、倒れる前と同じ状況に戻っていただくためです。ですから、心臓と呼吸が止まって来られた患者さんが自分の足で歩いて帰ること、これが一番好ましく、我々が一番望んでいることです。そのためにはどういうことに気をつけてやらないといけないか。そのお話をさせていただきます。
( slide No. 3 )
---------------------------------------- A なぜ心肺蘇生法が必要なのか。 1)社会復帰率 心肺停止→社会復帰 0.5〜2% 軽い機能障害 重い機能障害→植物状態→死亡 脳死 →死亡 心肺再開せず →死亡 ----------------------------------------
「社会復帰」という言葉を使いましたが、そのために心肺蘇生法がどうして必要なのか。心臓が止まって呼吸も止まった人が病院、例えば我々の救命センターに運ばれてきますが、その中で社会復帰、つまり自分の足で歩いて帰られるのは、つい10年くらい前までは 0.5%でした。搬送されてきた 200人のうち、残念ながら1人ぐらいしか歩いて帰ることがなかった。
そして救急救命士の制度ができて、最近ようやく2%になりました。50人に1人ぐらいは歩いて帰っていただけますが、それでも非常に少ない。心肺停止状態で救命センターに運ばれた50人のうち49人は自分の力で退院できません。
そのときにどういうことが起こるかというと、まず一番悪いほうから。病院に運ばれたけれども心臓も呼吸も戻らず亡くなってしまうのがだいたい 1/3ぐらいです。全く反応がなく、我々が手を尽くしても心臓は動きません。
残りの 2/3ぐらいは、心臓は動きはじめます。心臓だけ動いてくれればいいということであれば、心臓停止後30分ぐらいなら、我々にとってそう難しいことではない。時間が経って硬直した状況で運ばれてきた人の心臓を動かすのは無理ですが。そして、心臓が動くようになった後どうなるか。
次に悪いのは、心臓が動きだしたけれども、やがて脳の機能がだめになってしまいます。一度心臓が止まって脳の血流がなくなった後もう一度血液が流れだすと、脳がどんどん腫れてきて脳死の状態になります。比較的軟らかい脳は頭蓋骨という硬い大きさの決まった入れ物の中に入っているので、脳がどんどん腫れてくると、弱いところにしわ寄せがきます。その一つは血管です。これは血液で満たされたストローのような中空の管ですから、周りから押されてくるとペチャンコになってしまいます。ですから脳が腫れて脳圧が上がってきて血管が押されると、心臓が動いていても脳に行く血流がまた止まってしまいます。
また我々の頭から背骨に向けて大事な脊髄が出ています。ここには脊髄が通るだけの孔が開いていて、脳が腫れてくるとそこからはみ出ようとします。これが脳ヘルニアです。はみ出ようとするところに、我々が動物として生きていくために一番大事な、例えば心臓を動かす機能や呼吸機能を司る部分があります。脳ヘルニアを起こすと、それが押されて潰されて脳死になります。
幸い、脳がそんなに腫れなくて脳死を免れたとしても、意識が戻らない、場合によれば呼吸が十分できないような植物状態になります。そしてやがて肺炎や尿路感染を起こして亡くなることが多い。
もうちょっといい状態では軽い機能障害が残ります。例えば、目は開いていても意識が通じるのか通じないのかわからない。中には家族がやってみると目で追いかけてくれる人もいます。もう少し軽いと家族の言っていることがわかります、だけど言葉が出ないということもあります。
さらによいと社会復帰できます。
我々が治療する際、心臓と呼吸が止まった人でも社会復帰してほしいと願っていますが、残念ながら 1/3は死亡し、2/3 は命は取りとめても障害が残るというのが現状です。このへんをできるだけ社会復帰の方向にもっていくためには心肺蘇生法がどうしても必要になります。
例えば家族の方の心臓あるいは呼吸が止まったとき、病院に搬送されます。我々は家族の方から「先生、何とか命だけも助けてください」と言われ、治療して心臓が動きだすと、「ああよかった」と喜ばれます。ただ心臓が動いて社会復帰まで回復してくれるといいのですが、心臓が動いたけれども意識が戻らないという状況になることがあります。実際、脳がだめになって意識が戻らないという状況で止まってしまうことが非常に多く、その多くは植物状態になってしまいます。
それでも家族の方は初めは「心臓が動いてよかった。助かってよかった」と思われます。我々はCTなどの検査で、よくてこうだろうというのがわかりますが、家族の方は心臓が動いたのでもっとよくなると期待されます。ところが1週間、2週間、3週間経っても、心臓が動きだしたけれども意識が一向に戻らない、よくならないという状況が続きますと、家族の方は初めは一生懸命毎日病院に見舞いに来られますが、やがてその足も遠のくわけですね。2日に1回から3日に1回になって。さらに経済的にもしんどい。
もう一つは医療経済の話になります。皆さんがみんなでお金を出し合って保険を支えていますが、こういった状態の患者さんは非常に医療費を使います。しかし患者さんにとって病院のベッドに意識がないまま寝かされて何もわかりません。そのメリットがない。家族にとっても初めはよかったと思ったけれども、意識が戻らないとなると、やがて肉体的にも精神的にも経済的にもしんどくなります。保険財政にしても、その人がよくなって将来、社会のために何かしてくれるかというと、そういうことはない。
我々としても植物状態の患者さんを作ることに非常に戸惑いを感じます。単に心臓を動かしたらいいというのでは決してない、できれば社会復帰の状況にもっていきたいと、常々思っています。
そのために心肺蘇生法を習得していただきたいということになります。
( slide No. 4 )
-------------------------------------- 脳は脆弱 高等な脳は酸素欠乏に非常に弱い 血流が途絶えると ・数秒で意識喪失 ・数分で取り返しのつかない障害 --------------------------------------
我々のような人間という動物では高等な組織ほど弱く、脳は非常に弱い組織です。酸素がなくなると本当に弱い。テレビドラマのように、首を絞められて血流がなくなると、あるいは心臓が止まってしまうと数秒で意識がなくなってしまいます。また数分で脳に取り返しのつかない障害が起こってきます。たとえその後血流が再開しても取り返しのつかない障害が残りますから、その数分が勝負の別れ道になります。数分以内にきちんと酸素(血液)が脳にくれば回復する可能性がありますが、数分以上経ってから、たとえ心臓が動きだしても植物状態になって脳の機能が戻らないか、脳死になることも往々にしてあります。
( slide No. 5 )
------------------------------------ 数分が勝負の分かれ目 数分で取り返しのつかない障害 救急隊が来るまでの数分 鍵を握るのはそばにいる人 心肺蘇生術の実施率 約10% ------------------------------------
その数分が勝負です。今、皆さんのご自宅で家族の方が倒れたとすると、救急車は何分で来てくれるでしょうか。今までに救急車を呼ばれた方は恐らくおられると思いますが、2、3分で来たというのは非常にラッキーです。隣に消防署があっても2分くらいかかることがありますから。隣の消防署の救急車がどこかに出ていたら、次に近い消防署から来ます。ですから決して救急車はすぐには来てくれません。
東京で地下鉄サリン事件があったとき、私は東京消防庁で救急隊の指導の仕事をしていました。あのとき東京には消防署が 200カ所あって、200 台の救急車がありましたが、事件発生後、10台だけ各方面に残して、残りは全部現場に集結しました。そうすると、サリン事件がないところは普段 200台ある救急車がそのときは10台になり、1/20に減ってしまいました。
今でも残念ながら救急車をタクシー代わりに使われる人が時々います。消防署に電話をしてきて「明日の朝10時に来てください」。実際にあるんですよ。もしそういうことに救急車が使われると、本当に心臓が止まって救急車が必要なときにすぐに来ないことになります。
救急車が到着するまでの平均時間は、全国平均でほぼ6分です。東京でも大阪でもほぼ6分です。先ほど5、6分が勝負だと言いましたが、この間には救急車は来ないと思っておいたほうがいい。そうすると、倒れた人の脳にちゃんと酸素を送ってその人の脳がダメにならないようにできるかどうかは、そばにいる人、すなわち家族の人が鍵を握っていることになります。救急車を呼んで10分かかると、特にこういう状況ではなかなか来てくれないとものすごく時間がかかったように感じます。いらいらして、救急隊に遅いとどなる人が結構いますが、どなっている暇があれば自分で心臓マッサージをしてくれるといいのですが。
心臓が止まって呼吸が止まって救急車を呼んで、その間に心肺蘇生術をやっているのはだいたい10%で、90%の家族の方はやっていません。この数字は残念ながらこの10年間でそんなに変わっていません。
( slide No. 6 )
------------------------------ 院外心肺停止 家庭内で起きる 75〜77% 通報者 配偶者 35% 他の家族 38% 第三者、他 27% ------------------------------
ところが、病院の外で心臓が止まり呼吸が止まるというのは、電車の中など出先で起きることもありますが、その7、8割は家の中で起きてきます。
どうしても高齢になって家の中で過ごされることが多いためですが、119 番に通報するのは倒れた患者さんの配偶者あるいは家族が多く、7割ぐらいは家族が119 番されます。そうすると、家族が患者さんに対して一生懸命心肺蘇生をやってくれたかどうかが、その患者さんの脳を助けられるかどうかの鍵となります。ですから、ここに来ていただいた方には後で是非とも実習をやっていただきたいと思います。
( slide No. 7 )
---------------------------------------- B やさしく改定された心肺蘇生法 ・医療従事者にも大きな変更 全世界共通の心肺蘇生法を目指す ・一般市民には簡単に身につく心肺蘇生法 いざというときに使える蘇生法を 最低限必要なことだけは確実に ----------------------------------------
心肺蘇生法は国際的な基準が変わったのに伴って、去年大きく変わりました。特に一般市民を対象にした場合には非常に簡単になりました。これは特に家族の心臓と呼吸が止まって気が動転している中で難しいやり方をお話ししても、いざという時に役に立たないあるいは間違うことになります。学生の講義でもそうですが、難しいことを教えてもいざというときに役に立たないと、結局何も教えていないことになります。ですから、できるだけ必要最小限のことを確実にやってもらえるようにしましょうと、国際的にも特に一般市民には今までのやり方を随分簡単にして、手を抜いてもよいところは抜いてもよろしいという基準になりました。
参考までに皆さんの中で、今、目の前で家族が倒れたら任せてください、自分で心臓マッサージ、人工呼吸がきちんとできるという方はどれくらいいらっしゃいますか。
車の免許を取るときに、これを習わないと免許をくれないことになっています。ところが若い人に「ではできますか」と尋ねると、たいていできませんと言いますね。車の免許を取るためにある他の場で今までに習ったことがありますという方はどれくらいおられますか。半分強の方は一応習ったことがあるということですね。
だけどここでお話しするのはもっと簡単なことで、やさしくなりました。
その前に一つの例を考えてみます。目の前で家族が倒れました。その場には自分しかいない。119 番通報をするにも1階まで降りていかないといけない。2階に帰ってくるのに3、4分かかるかもしれない。私は先ほど最初の5、6分で人工呼吸、心臓マッサージができるかどうかが勝負だと言いました。とにかく最初に蘇生術をするのが大事ですが、それをしていると電話のある所に行けないので 119番通報が遅れます。逆に電話のあるところに行って 119番通報すると、心臓マッサージ、人工呼吸ができません。その間、その人の脳には酸素が行きませんから、それに時間がかかりすぎると取り返しのつかないことになります。どうしますか。
( slide No. 8 )
-------------------------------------------- まず通報か? まず心肺蘇生か? phone first? phone fast? 救助者があなた一人しかいない時 原因は心停止か呼吸停止か 大人は通報、子供は蘇生術を先に 成人心停止のほとんどは心室細動→除細動 小児では人工呼吸を1分間 --------------------------------------------
そのとき、どう行動すべきか。その基準も定めてくれています。結論から先に言いますと、それは倒れた人が大人か子供かで対応を変えます。大人の場合はとにかく先に電話をしてください、phone first 。子供の場合はまず心臓マッサージを含めて人工呼吸を1分間ほどしてから119 番をしてください、phone fast。大人の場合は真先に(first) 、子供の場合はできるだけ早く(fast)通報してください。
参考のために、心臓マッサージと人工呼吸に関して大人と子供の境は、外国の基準では8歳から大人扱いとなります。その理由は大人の場合、心臓が止まる原因のほとんどが心臓にあり、肺に原因があって呼吸が止まってから心臓が止まるということは少ない。交通事故、窒息、溺れたなどの場合には先に呼吸が止まりますが、それ以外は心臓に原因がある場合が多い。ところが子供の場合、ものを詰まらせて窒息した、けがした、溺れたなど、先に呼吸が止まることが多いので、先にとにかく1分間人工呼吸、心臓マッサージをしてから119 番をします。
では大人の場合、どうして電話を先にするか。大人の心臓が止まるにはいくつか種類がありますが、その中で心室細動といって、心室が細かく動いて脈が触れない止まり方があります。心臓はたくさんの筋肉からできていますが、正常なとき、その筋肉は電気信号で統制のとれた拍動をして、ポンプとして血液を送り出します。この心室細動はその電気信号による統制がとれずにそれぞれの筋肉が勝手な動きをします。外から見るとミミズの塊が動いているように見えるのですが、心筋が収縮ができないので、血液を押し出すことができません。
こういう心室細動に対しては電気的な除細動器を使います。簡単にいえば電気ショックをかけることですが、体外から直流の電流を流して、心臓の筋肉に号令となる電気ショックを与えて電気信号を正常化して、これまでばらばらに動いていた筋肉を元通りのきちんとした動きにさせます。これで劇的によくなって、心臓が動きだすことがあります。
実は私はこの大学に来る前に東京でも救命センターに勤めていました。そこの経験も含めてこれまで救命センターに勤めている間に心肺停止状態の人を2500〜3000人ぐらいを見てきましたが、救命センターに搬送されてきて処置室に入って、そこでまだ心臓マッサージをしないといけないという人で、自分の足で歩いて帰った人はまだ1人しかいません。ほかの皆さんは心臓と呼吸が止まったけれども、救急隊がこの処置をきちんとしてくれた結果、病院に着いたときには心臓が動きだしているという状況が多い。我々の病院に来られたときに心臓マッサージをしなくてもいいという状況の人が50人に1人ぐらいいて、歩いて帰られます。
心臓が止まった人すべてが心室細動ではありませんが、この率は非常に高いと言われています。今まで、日本人の心室細動の発症率は欧米人に比べて低いと言われていましたが、日本人でもやはりだんだんふえています。心臓が止まったときにすぐに心電図を付けられないので、付けたときには心室細動は見られないということが多かったのですが、救急隊が行って心電図を付けるようになって、心室細動が結構多いことがわかってきました。大人で心臓が止まるときの7、8割は最初は心室細動が原因ではないかと言われています。
そこで電気ショックをかけるための器械が必要です。その器械はすべての救急車に積んでいますから救急車がこないことには話になりません。これだけは我々の手で、コンセントを持ってきてもどうすることもできません。救急車に積んである除細動器を使わないとだめです。これについては後でごらんにいれます。
( slide No. 9 ) ここから実際に心肺蘇生をどうやってするかという話をいたします。
( slide No. 10 ) 家族が目の前で倒れると、まず「大丈夫ですか」と大きな声をかけてください。寝た状態で心臓が止まったときは揺すってもいいのですが、倒れてポンと頭を打った場合には頸の骨を折っている可能性がありますので、頭とか頸を強くぶつけた人はあまり頸を揺らさないようにしてください。そこで無理に動かせると頸髄が外れて、そこから下は麻痺してしまいます。たとえ心臓が動いても頸から下の手足が全く動かない、場合によっては呼吸もできなくなる可能性があります。
ですから家族が倒れると、揺すらずに、まず「大丈夫ですか」と大きな声をかけてください。意識がない、反応がないと、大人の場合はまず 119番通報をします。子供の場合は1分間の心肺蘇生法をしてから 119番をします。このへんはお手元の資料に書いています。
( slide No. 11 ) 声をかけたけれども意識がない。そうすると、次に気道(空気の通り道)を確保します。人工呼吸や心臓マッサージは脳に酸素を運ぶことが一番大きな目的ですから、気管が詰まって空気が通らない状態でいくら人工呼吸や心臓マッサージをしても、酸素が脳にいかない。ですから気道を確保します。
これは頸の後ろに手を置いて、おでこに手を当ててちょっとだけ後ろにそらせます。その次にあご先、昔は頤(おとがい)という難しい言い方をしましたが、あご先を口を閉じる方向に押します。その状態で息をすると、肺と直結して空気がよく通る感じがします。頸だけできるだけ大きく後ろにそらせて、あーんと口で息をしても肺と外が直結してよく空気が通ります。これで気管がきちんと開いて気道が確保されます。
( slide No. 12 ) 我々の口の断面ですが、ここが鼻、上唇、下唇、歯、舌です。我々は舌は薄っぺらいものだと思っていますが、断面で見るとこんなに分厚いものです。上を向いて意識がなくなると、舌を動かしている筋肉は重たいので下がってきて、咽頭を狭めます。いびき(鼾)は、上を向いて寝ているときに同様に喉が狭くなって、そこを空気が通ろうとするので、振動していびきの音となります。そのときに頸を少し後ろにそらすか、そうしなくても横に向けると消えます。またお年寄りではここが狭くなるので、喉に詰めて窒息しやすい。また吐いた場合も詰まりやすくなります。
頭を後ろにそらしてあご先を押さえると、舌の根っこが一緒に上がってきて、空気が通りやすくなります。ですから覚えていただきたいのは、頭を後ろにそらして、できればあご先を口を閉じる方向に押さえます。転倒するときに頭を打った恐れのある人では、頭を後ろに強く反らせると脊髄を損傷する可能性があります。
( slide No. 13 ) 気道を確保した後、呼吸しているかどうかを我々の五感を使って確認します。まず目でその人の胸の動きを10秒ぐらい見ます。そして耳をこの人の口許に近づけて、呼吸の音、息をしている音が聞こえるかどうか。また頬で吐いた息を感じるかどうか。こういった我々の五感を使って呼吸をしているかどうかを確かめて、もし呼吸をしていないと人工呼吸をします。
( slide No. 14 ) 昔の人工呼吸は口対口の人工呼吸ではなくて、患者さんの後ろに回って腋に手を入れて体を持ち上げる方法でしたが、そういうのは非常に効率が悪いので、患者さんの口あるいは鼻に我々の口をくっつけて、自分の吐いた息を吹き込んでいきます。
空気中には21%の酸素があります。患者さんが必要なのは酸素ですが、我々が吐いた息、つまり我々の使った残りカスを状態の悪い患者さんに吹き込んでいいのかという疑問があります。我々の吐く息の中には17〜18%ぐらいの酸素が残っていますので、それで十分です。大人の場合、口から息を吹き込むときには、鼻から漏れないように鼻をつまんでください。おでこを下げてあご先を上げて、鼻を摘んで息を吹き込みます。
実は今、話をしている手順はもっと省略できます。最後にはもっと簡単なことだけ申し上げます。
( slide No. 15 ) 子供の場合、小さな子供の口と鼻を一緒に覆って人工呼吸をします。
( slide No. 16 ) 家族なら口対口の人工呼吸はできても、たまたま通りかかった路上で倒れている人に出くわしたときに、美男美女ならいいのですが、吐いたり血が付着していることもあって、そこに自分の口を付けるのはどうしても気が進みません。そういうときにはハンカチあるいはタオルを患者さんの口に被せて、その上から吹き込んでも十分息は吹き込めます。
息を吹き込んだときに胸が上がるかどうか。少し上がるだけで結構です。人工呼吸で頑張ってぎゅーっと吹き込むと、肺に入らずにたいてい胃に入ってしまいます。胃に入ると胃が膨らんでやがて嘔吐するか、横隔膜が上がってきて胸を圧迫します。せっかく胸に空気を送り込みたいのに、お腹ばかり膨らんで呼吸もできなくなってしまいます。去年までは「しっかり吹き込みましょう」でしたが、今回、「少し胸が動けば十分」ということになって、少し胸が持ち上がるのが見えたら十分です。
( slide No. 17 ) 次に患者さんの心臓が動いているかどうか。心臓が動いていなかったら心臓マッサージをしないといけない。従来は、倒れた患者さんの脈が触れるかどうかを確かめて、脈が触れなかったら心臓マッサージをしてくださいとなっていましたが、それが簡略化されました。
我々は生きていますから、自分の脈を触れるというのはそう難しくはないのですが、動いているかもしれない止まっているかもしれないという心臓の脈を触れるのは、決してやさしいことではない。医者がやっても間違うことがありますし、一般の方では 1/3は間違うと言われています。
倒れている人の脈の触れ方は、喉の真ん中に手を当てて、そこから2、3cmずらしていくと、最初の大きな窪みに当たります。そこで手を止めて、心臓が動いている人であれば脈に触れます。これまで脈に触れてみると規定されていましたが、緊張したら自分の脈に触れることもあり、心臓が止まっているのに脈に触れたと勘違いしてしまう可能性があります。脈に触れたと判断してしまうと、心臓が止まっていてもマッサージをしてくれません。これが一番困りますから、一般市民には「心臓が動いているかどうか、脈が触れるかどうかの確認は省略してもよい」と変わりました。
先ほどのように人工呼吸を1分間したのに呼吸も再開しないし、嘔吐様の運動もない、何も反応しないときには心臓が止まっていると判断して、心臓マッサージ(胸骨圧迫)をします。
( slide No. 18 ) 心臓マッサージの仕方ですが、手を重ねただけで押すと、指先にかかる力で肋骨を折ってしまうことがあり、よくありません。正しくは両手を重ねて指を絡ませるように組みます。そうすると指には力が入らないので、肋骨を押すことはなくなります。
( slide No. 19 ) 組んだ手を胸に置き、胸骨を押します。写真で見ると、指の影ができますので、指が浮いていることがわかります。
どこを押すか。今まで、自動車学校で心肺蘇生の講習を受けられた方は「肋骨弓に沿って手を進めてくると鳩尾に突き当たります。ここから指2本分離れたところに手を置いて押してください」と言われていました。それが気が動転しているときに思い出せない、迷って間違う、あるいはできないこともあります。
それを避けるために今回、ここが非常にやさしく簡単になりました。両側の乳頭を結ぶ線と体の正中線の交点に手を置いて押します。こういう話をすると、「男の場合はいいのですが、年を召したご婦人の場合はどういうふうにしたらいいかわからない」という質問が必ずありますが、「元あった場所」と答えています。
胸骨の真ん中、両側の乳頭との交点に手を置いて、肘を伸ばして腕を真っ直ぐ立てて、胸の骨を5cmぐらい沈ませるぐらいのつもりで、上半身の体重をかけて押します。1分間に 100回、つまり5秒間に8回のリズムで胸骨を圧迫して心臓マッサージをします。
( slide No. 20 ) さらにここでも去年から簡単になって、救急隊員が来るまでの数分間の短い時間であれば、人工呼吸ができない人あるいはやりたくない人は人工呼吸をしなくてもよいことになりました。
例えば 119番に電話をすると、「今、救急車が出ました。もうすぐ着きますが、その間に心臓マッサージ、人工呼吸ができますか」と消防署員が尋ねます。家族の方に心肺蘇生の経験がなかったら、消防署員が電話の向こうからあれこれ教えてくれますが、家族の心臓が止まっているような状況では動転して、電話だけではとてもそのとおりにはできません。そのときには救急隊員が来る数分に限って人工呼吸は要りません。我々はそうはいきませんが、できないあるいはやりたくない人は数分間であれば人工呼吸を省いて結構ですから、胸に手を置いて1分間に 100回のリズムで胸骨圧迫だけをします。救急車が来るまでの数分はそれだけ頑張ってやってください。それだけでも頭にいく酸素は随分違います。できれば、人工呼吸を2回吹き込んだ後心臓マッサージを15回する、これを繰り返します。例えば道で全く知らない人が倒れていた場合、吐血している、病気を持っているかもしれない、服毒しているかもしれないなどが考えられますので、口をつけての人工呼吸ははばかられます。このときも同様に救急隊が来るまで胸骨だけ押していただければいいと、そこまで基準が簡単になりました。
( slide No. 21 ) これで心臓マッサージ、人工呼吸の方法は終わります。これだけではあまりにも簡単で、せっかく大学の市民講座に来られましたから、先ほどの黒崎先生のようにはできませんが、少しだけ学術的な話をします。
心臓マッサージをすると、血液はどうして動脈側に流れ出て静脈側から戻ってくるのか。
昔、心臓マッサージは文字通りの心臓のマッサージであって、心臓は胸骨と背骨の間に挟まれていますから、胸骨の上から圧迫すると心臓が圧迫されます。そこで、僧帽弁とか大動脈弁、三尖弁などの心臓内の弁がきちんと動くから、逆流せずに血液が流れていくだろうと考えられていました。
ところが心臓を超音波で見る方法が進歩してきて、心臓マッサージをしているときの心臓の動きを見ると、胸骨を圧迫しても心臓は押されていなくて、押すたびに横に逃げているだけです。もう一つわかったことは、心臓の中にバルブ(弁)がバルブとしての働きをすると逆流しないのですが、心停止後心臓マッサージをしている間バルブは中開きです。そうすると心臓の中のバルブは静脈から入って動脈から出ていくという正常な血流の逆流防止にはほとんど関与していません。
ではどうして血液はきちんと流れるのか。この疑問に対して出てきたのがこの説です。
( slide No. 22 ) 我々の胸郭は前は胸骨、周りは肋骨、下は横隔膜で覆われた入れ物です。こういった入れ物全体に圧力をかけると、中の圧が上がるので心臓から血液が出ていこうとしますが、そのとき心臓の弁が機能していないので、心臓の動脈側にも静脈側にも血液が出ていこうとします。ところが静脈の中には逆流を防止するバルブがついています。我々が立っていても血液が全部下に沈まないように血管にバルブがついていて、それが逆流を防止しています。ですから押せば静脈側に流れなくて、動脈側に流れることになります。
心臓マッサージは心臓に圧をかけるのではなくて、胸全体に圧をかけると言われています。ですからアメリカの本を見ますと、「心臓マッサージ」という言葉を使わずに、「胸骨圧迫」としか言っていません。
私は指に力が入って肋骨を折らないように手を組むと言いましたが、肋骨を折ってしまうと、せっかく胸にかけた力が分散してきちんと力がかからなくなります。こうやって手を組んで胸骨だけを押して肋骨を折らないようにしていただきたい。私自身も若い頃は心臓マッサージは心臓を押すと思っていましたから、肋骨の1本や2本を折らないことには効率が悪いと。「肋骨が折れたことは気にするな。肋骨を折ったほうが効率がいい」とも先輩の先生は言いましたが、実はそうではありません。
( slide No. 23 ) 1人でやるときはできれば2回人工呼吸して15回心臓マッサージをしますが、2人で交互にやる場合には、片方の人が2回吹き込んだら、もう片方の人は15回押します。前に習った人は違うと思われるかもしれません。以前は2人でやるときはと1:5でしたが、今回は2人でやるときも2:15と国際的に変わりました。それは、15回連続して心臓を押したほうが、心臓の周りを流れる冠状動脈の血圧が高くなることがわかったからですが、冠状動脈に流れる血流がよくなると心臓は動きを取り戻しやすくなります。
( slide No. 24 ) 心室細動で心臓の機能が止まったとき、電気的な除細動をかければ劇的によくなります。心室細動が起こって倒れたかもしれない。こういう人を何とか助けましょうと、まず 119番して救急車に搭載されている除細動器で電気ショックをかけます。そうすると劇的に心臓が動きだして、病院に着くころには心臓がちゃんと動いている。そうなれば自分の足で歩いて帰っていただけます。
( slide No. 25 ) 最近になって、一般市民の皆さんにも使える自動式の除細動器が出てきました。我々の病院にあるのは手動式でモニターのある大きな器械です。救急隊員が使っているのは半自動式で、電極をつけてスイッチをいれると器械が心電図の波を解析して、これは心室細動だから電気ショックをかけてくださいと器械が判断します。そうすると救急隊員は医者から指示をもらって電気ショックをかけることになります。
自動式はそんな手間も不必要になります。電極をつけて器械のスイッチを押すと、心電図を自動的に判断して、心室細動だと判断したら自動的に器械が放電して電気ショックをかけるという一連の操作を器械がすべて処理してしまいます。その代わり信頼性が高くないといけないのですが、そういう器械がもうできています。
アメリカでは除細動器を街角に置こうとしています。空港や駅、そしてアメリカでおもしろいのはカジノです。高齢でお金と時間があって、当たってもびっくりするし損してもびっくりして心臓が止まるかもしれないので、カジノにも置いています。最近、日本航空の国際線にはこれを積んでいます。ところが日本の法律では除細動器は医師と医師の指示を受けた救命士しか使えないことになっています。単に電極を付けて押すだけですので、将来的には警察官とか消防隊員、スチュワーデス、さらには一般市民の皆さんにもやっていただけるようにしようとしています。それこそ消化器が街角にあるように、除細動器を置けるようにしてほしいと国際的な運動が上がっています。実際、ボルチモアという町で小学校6年生の女の子がこれを使って人を助けたという例があります。
( slide No. 26 ) 簡素化された点だけをお話しします。(1) 意識がなければ気道を確保してください。気道を確保するには(i) 頭を後ろにそらす、(ii)あご先を上げます。(2) 呼吸していなければ人工呼吸をします。人工呼吸は胸が持ち上がるのがわかる程度で、ゆっくり吹く混むだけで十分です。それで反応がなければ(3) 胸骨圧迫をします。胸骨圧迫は1分間に 100回のリズムでやります。
これだけ覚えて、家族の人が倒れても最低限これだけやっていただいて、救急隊が来るまで何とかもたせてください。大阪の救急車には全部救命士が乗っていますので、救急隊がくれば救命士の方が引き継いで処置をしてくれます。
最後に実習をします。人形を2体起きますので、心臓マッサージや人工呼吸をやってみようという方はどうぞ経験してお帰りください。どうもありがとうございました。
質議応答 |
司 会 せっかくの機会ですから実習をしてお帰りください。次回は11月17日(土)になります。今回は二百数十人の応募がありましたが、会場の関係で抽選で 140名の方にお越しいただいています。来たくても来られなかった方がいるということをご理解いただいて、是非第2回、第3回とご出席いただくようお願いいたします。次回は動脈硬化と形成外科のお話です。司会も変わりますので、私が皆さんとお目にかかるのは来年となります。どうもお疲れさまでした。
この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
関西医大HOME -> 公開講座 ->第4回市民連続公開講座->やさしく身につく心肺蘇生法