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関西医科大学第4回市民連続公開講座
「動脈硬化を防ぐにはどうする?」
高橋 伯夫(関西医科大学臨床検査医学教授)
平成13年(2001年)11月17日(土)
関西医科大学南館臨床講堂
司会 西川 光重教授(内科学第二)
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司 会(西川 光重・関西医科大学内科学第二・教授)  皆さん、こんにちは。これより市民公開講座2日目を始めます。きょうは少し曇り空ですが、気候もよく勉強するのによい日となっています。私は第二内科の西川と申します。きょうの司会進行役を務めさせていただきます。

 本日はお二人の先生から講義をしていただきます。それぞれ1時間弱話をしていただいて、最後に5分か10分程度討論や質問をしていただきたいと思います。

 早速ですが、最初の高橋伯夫先生をご紹介いたします。後ろのプロフィールのように高橋伯夫先生は臨床検査医学教授で、現在付属病院の副院長も兼任され大変ご多忙な先生でございます。昭和47年に京都府立医科大学をご卒業になり、臨床検査医学のみならず高血圧、高脂血症、腎臓病などをご専門にされておられます。

 本日は「動脈硬化を防ぐにはどうする?」と題して、私もぜひ聞かせていただきたいテーマです。よろしくお願いいたします。

高 橋(関西医科大学臨床検査医学教授)
 皆さん、こんにちは。西川先生は勉強するのにちょうどよい気候だとおっしゃいましたが、本当は外に出て体をもっと動かしていただきたいという話をきょうはいたします。

( slide No. 1 ) 3日ほど前に富士山の近くを通りましたら、今の富士山はこのように大変きれいな頃で、新幹線の窓から写真を撮りました。

( slide No. 2 ) ご紹介のように、私は臨床検査医学を専門にしております。医学では検査を抜きには語れないぐらい大事な部門ですが、付属病院循環器科でも高血圧の患者さんを中心に診療を担当しております。今後ともぜひとも関西医大をどうぞよろしくお願いしたいと思います。

( slide No. 3 ) きょうのテーマを考える上でどうしても考えなければならないのは、我々はヒトの進化の歴史に逆らうようなことを現実にやっているということです。これが動脈硬化の一番の原因です。

 人類はだいたい 450万年前ぐらい前に海から上がってきて今のような形に進化してきました。この気の遠くなるような時代の中で、石器時代の生活習慣を逆上って考えてみると、生のものを食べて調理することはほとんど稀でした。生のものにはカリウムが大変多く含まれ、一方では塩分が手に大変入りにくかった。日本の歴史にも「敵に塩を送る」という言葉があるように塩は大変貴重なものでした。当然、時には食べ物が全くない飢餓の時期もあり、動物と戦う必要があって怪我も大変しばしば起こしていたはずです。

 ところがこの年表の中で1本の線にもならないような短期間に我々の生活は一変しています。ほんの 200年ほど前に産業革命が起こって大きく変化したのは、一つは食事の内容で生のものを食べなくなりました。きょう野菜サラダを食べた人は何人いらっしゃるでしょう。恐らく少ないと思います。

 一方、塩分は安く簡単に手に入ります。塩で料理をすると大変おいしく、どんどん摂取するようになって、現在の私たちは「塩中毒」に陥っているとも言われています。塩を一切加えないで料理を作っても、生の材料だけでだいたい1日2gぐらいの食塩を摂取することができると言われています。2gは私たちが生きていくには十分量です。さらに体には塩分を保持するためのいろいろなメカニズムがあり、いったん摂取した塩分は決して逃さないようになっています。

 それともう一つは運動不足です。これはご存じのとおりで、社会的にも非常にストレスが強くあり、加えておいしいものをどんどん摂取しますから、飽食の時代でもあります。こういったことがすべて病気と関係します。

( slide No. 4 ) その長い歴史の間に飢餓の時期はしばしばありました。飢餓になると生きられる人は限られていますから、エネルギーを体内に溜めておかないといけない。(1) エネルギーが非常に備蓄しやすく、いざというときに元気が出るように(2) 血糖値がすぐに上がらないといけない。(3) 血圧を上げ、血が止まらないと当然死んでしまうので、(4) 止血機構を作り上げました。一方、一番下にあるように、昔はコレステロールとか油分を摂ることができませんでしたので、(5) いったん摂取したものは逃すまいと体内にはリサイクル機構が発達しています。これらのおかげで最終的に動脈硬化、血が固まりやすい血栓症、高血圧、糖尿病、高脂血症を起こすようになります。

 飢餓の時代を経る間に肥満傾向の人が全体的に選りすぐられて残ったのですが、それが今、裏目に出ています。こうことで病気が発生します。では一言で動脈硬化を防ぐためにはどうしたらいいというと、「原始時代の生活に戻りなさい。野山を駆けめぐって体を十分動かして、自然の食品をたくさん摂取しなさい」。きょうの話はこれでおしまいと言っていいぐらいです。それでは終ってしまいますので、もう少し詳しく話をいたします。

( slide No. 5 ) ご承知のように現在は車社会です。車の登録台数は1960年から1980にかけて、ごらんのように鰻登りです。脂肪の摂取量も極めてふえております。これに呼応するように糖尿病の発症率も全く同じようなカーブで上がっています。

( slide No. 6 ) 現在、生活習慣病が話題になっていますが、生活習慣病には糖尿病、高血圧、高脂血症等々があり、それによっていろいろな病気が引き起こされてきます。このほとんどが動脈硬化に基づいている病態です。

( slide No. 7 ) 現在考えられている根本原因はどこにあるのか。運動不足やエネルギーの過剰摂取であることは間違いないのですが、実際に体内で何が起こっているかというメカニズムでは、インスリンが効かなくなってくる「インスリン抵抗性症候群」が言われています。インスリンは膵臓で作られる糖分解ホルモンです。これが効かなくなると糖尿病になるというのは皆さんご存じだと思いますが、実は糖尿病の原因になるだけでなく、いろいろな作用を持っています。インスリンが効かなくなると、インスリンをたくさん作って何とか血糖値を下げよう、糖尿病を予防しようと体内のインスリンがふえてきます。ふえてきたインスリンはここにあるようなメカニズムを経由して最終的に高血圧を起こしてきます。一番大きなメカニズムは腎臓から塩分を排泄しにくくして、そのために高血圧を起こしてしまいます。

 インスリンが効かないことで糖尿病になると、体内に油分がたまってきて高脂血症を起こしてきます。そのときに動脈硬化も起こってきます。この糖尿病、高脂血症、高血圧、その結果として起こる動脈硬化は一連の病気で、高血圧の患者さんを診ていると、糖尿病を持っているあるいはいつの間にやら糖尿病を発症する方も確かに多い。そういうふうに現在は理解されています。

 遺伝的素因はもちろんあって、これは残念ながら現在の技術では修復はできません。ただ最近始まっている遺伝子治療は、本学でも始まりますが、こういう病気に対しても将来、治療ができる可能性があります。肥満は何とか頑張れば対応できるという要素です。また塩分の摂取量もインスリンを効かなくしたりしますが、コントコールできる要素です。他の項目でまだ努力できます。

( slide No. 8 ) 生活習慣病を予防するために、(1) 肥満をまず何とかする。(2) 塩辛いものを過剰に摂取しない。(3) カリウム、カルシウム、マグネシウムという金属類はだいたい体にとっていいものですから、たくさん摂るように努力しよう。(4) 繊維の多い食事はインスリンを非常に効きやすくしてくれる作用があります。(5) 脂肪はできれば不飽和脂肪酸を摂って飽和脂肪酸を摂らないようにしてください。飽和脂肪酸は非常に香りがよくてついついたくさん摂ってしまいます。例えばバターなどにはまさに飽和脂肪酸が非常にたくさん入っています。一方、不飽和脂肪酸はおいしいとか香りがいいということがなく、むしろ臭い。鰯の油分などは体にとってはいいのですが、実際に食べるにはおいしいものではありません。(6) 運動がもちろん必要ですし、(7) ストレスを避けてください。(8) タンパク質の比較的多い食事を勧めます。

( slide No. 9 ) 食事療法の基本的な原則として(1) 食べすぎないというのは一番ですね。(2) 栄養のバランスについての詳しいことは別の機会に聞いていただきたいと思いますが。(3) 飽和脂肪酸を減らす。(4) 規則正しい食事時間を作ろう。(5) できれば朝昼晩とも同じような食事量にしよう。朝4、昼5、夜4というのは一般的に摂取するカロリーの目安ですが、一度にたくさん食べない。おいしいからといってたくさん摂取すると必ずいろいろな問題が発生します。後の糖尿病のところで詳しく話をします。

( slide No. 10 )  薬物治療の歴史は長いか短いか難しいのですが、実際に治療が本格的に行われるようになって50年ぐらいです。決して長くはないのですが、50年というと人の一生の大半を占めるぐらいに長く、この間にいろいろな試みがなされてきました。すばらしい薬だと評価されて出てきたものがダメだったということが何度か繰り返されて、厚生労働省も大鉈を振って効かない薬を入れ換え、結局今では本当にいい薬が間違いなく残っています。新聞紙上を賑わすような問題が出てくることがありますが、これは極めて稀です。治療効果の確実な薬がどんどんふえて、薬に対する信頼感は非常に高まっていると言えますので、薬についてはある程度の信頼をもって主治医から言われたことをそのとおり守る必要があると思います。

 特に最近の動脈硬化に対する治療効果は確実なものがあって、長く飲めば飲むほどその人の長期予後、例えば将来的な死亡率を下げるとか腎臓病への進行を抑制するなど、明らかにわかってきています。

 また、一つの薬がいろいろな作用を持っている薬剤が最近たくさん出ています。特に大切な心臓と脳の病気を予防する薬剤がたくさん出ていますので、ぜひ薬剤をばかにしないでいただきたいと思います。

( slide No. 11 )  厚生省から発表された1950年からつい最近の1998年までの死因別に見た死亡率の年次推移ですが、脳血管障害の死亡率は1970年ぐらいをピークに減ってきています。ところが癌は一方的にどんどんふえています。心疾患はどんどんふえて、最近になって矢が折れたように減っています。これは診断基準が少し変わったために下がったのですが、基本的には全く変わっていません。どんどんふえています。

 さてこのグラフから、問題は癌であって、脳や心臓の血管病は大したことではないとお思いかもしれませんが、実はそうではありません。死亡率は治療法がこの間に発達してごらんのように減るわけですが、罹患率は脳血管障害もどんどんふえていて、決して減っていません。

 ところが脳血管障害を発症して治療しても、その方々はすべてハンディキャップを背負いながら長い間世の中を生きていかないといけない。こういうことが今起こっています。これはある意味では社会が大変なお荷物を抱えることになります。心臓病についても全く同じで、死亡率は確かにいくらか頭打ちの傾向にあると言われていますが、実際の発症率は決して減っていません。これが問題なのです。ですから病気にならないようにしないといけない。

( slide No. 12 )  国は最近、ご存じのように大変な努力をして医療費を抑えようとしています。急性心筋梗塞の患者さんは年間11万人ぐらい、その他の心疾患で年間80万人の方が罹っておられます。そして毎年ふえています。これは運動不足や食べすぎが原因ですが、その方を治療するのに一人当たりだいたい 350万円ぐらいかかります。これを今の医療保険財政で支払っているわけです。これをもし30%でも防ぐと、大変な額の医療費を削減することができます。私が専門としている臨床検査を例に取りますと、いい検査法が見つかって、それによって3割くらいの病気を未然に防ぐことができるなら、年間で1000億円とか2000億円の医療費の削減につながります。

( slide No. 13 )  医療費の年次推移を見ると、現在の医療費は年間で30兆円を超えています。ですから非常に大きな問題になっています。特にお年寄りの医療費がどんどんふえています。ただ本当のところの問題は、皆さん方の負担が大変目立ってふえてきていることにあります。

( slide No. 14 )  国民医療費はごらんのように3〜4%と、ずっと毎年同じぐらいの率でふえています。最近になって急にふえたわけでは決してありませんが、不景気のために私たちの国民所得がどんどん減ってきていますから、この差、つまり国民医療費がふえて収入が減った状況下の差し引きで出てくる医療費の所得に占める割合がふえてきて、現在8%を超えました。これが大問題になっています。

 欧米では医療費にかける所得当たりの割合は13%ぐらいです。日本は8%ですから、余裕があるといいますか、本来の医療をするのであればある程度の支払いは仕方ないというのが私たちの主張です。しかし実際にお金を払う皆さん方の立場では少しでも安いほうがいいので、そんなに医療費がふえると我慢できない。こういうところから議論になっていると思います。

( slide No. 15 )  そこで厚生労働省は「健康寿命」を打ち出しました。ハンディキャップを持たずにある年齢まで健康に過ごされた後、老衰で亡くなってほしいということです。そうすると医療費が少なくて済みますから。

( slide No. 16 )  そのためにはどうするか。そこで動脈硬化をどうやって予防するかという話になってきます。

 動脈硬化に伴って起こってくる代表的な病気は心筋梗塞です。最近では急性心筋梗塞を含めて急性冠症候群あるいは急性冠動脈症候群と言っていますが、このような病気がどうして起こるのか説明いたします。動脈硬化の初期病変は脂肪やコレステロールを含んだ脂肪の塊(プラーク)が最初血管壁にできてきます。このプラークが破れると、血管に孔が開いて、そこを補修するために血小板が張りついて土塁(血栓)を作ります。これが最初の病変です。冠動脈内に血栓ができると血管内腔が細くなるので血流が減ってきます。心筋の虚血を来せば狭心症、さらに血が止まる、血流がなくなって心筋の壊死を来せば心筋梗塞になります。ですから狭心症と心筋梗塞は一連の病気と言えます。

 そこで私が関係する検査部では、細かい検査の内容は時間がないので省きますが、各段階でいろいろな検査をすることによって比較的早期に病気を見つけることができます。したがって何らかの症状があるときに早く病院に行くと、その早い段階の病態を判断することができます。

 また時間軸を横にとってみると、動脈硬化の初期の病変があっても症状は全くありません。病気が進んでくると不安定狭心症という病態になって、最後に心筋梗塞になります。縦の軸を見ていただくと、各病態毎の臨床検査にはこういうものがあります。

 さらに動脈硬化が進むと、心不全で亡くなるケースがほとんどです。心臓はポンプですから、体中の血液をくみ上げて押し出していますが、心不全になるとこのポンプの働きが落ちて体内のいろいろなところで滞るようになります。一つには肺に水が溜まると呼吸がうまくできません。いわば真綿で首を絞められる状態になって、少し動いただけで息苦しく、それで亡くなることがあります。

 こういったことにならないように、プラークが破裂する前までに何らかの処置をすれば助かります。それを目指して私たちも診療をしているわけです。

( slide No. 17 )  10年間にどれだけ心筋梗塞を発症するかという予測を性別に見ていますが、何もない人でもこれぐらいあります。そこに危険因子 risk factorがあると、動脈硬化を起こしやすくなります。(1) 収縮期血圧が高い、(2) コレステロールが高い、(3) 善玉コレステロールが少ない。血圧が高いという危険因子が加わるだけでこれだけふえてきます。コレステロールが高くなるとさらにふえてきます。善玉コレステロールが少なくなるともっと上がります。(4) 糖尿病が加わるとさらにあがり、(5) 喫煙をする人はもう一段上がります。(6) 心電図で心室壁が厚くなっている所見(左室肥大)のある人ではもっと高くなります。このような危険因子を持っている方はその因子をそれぞれ潰していかないと、そのうち、そこから芽が出て悪い病態を起こしてしまいます。

( slide No. 18 )  動脈硬化の成立をマンガで描いています。青は血管の中(内腔)で、ここを赤血球や白血球などが流れています。血管内皮細胞が血管壁の表面を覆っています。これに何らかの加減で傷が付くと、うまく働かなくなってきます。例えば血圧が高い状態で血液がさっと流れると、壁を擦って流れていますから、血管壁を傷害します。さらにコレステロールが多いと、コレステロールは細胞膜を通り抜けるので内皮にたまってきます。そうすると、そこをきれいにしようと単球という血球が入り込んで掃除をしてくれます。また、本来の変成していない悪玉コレステロールでは、細胞がある程度取り込むと拒絶するようになりますが、コレステロールに酸素がくっついて変成してしまうと、特別な受容体ができていくらでも取り込んでしまいます。最後には食べすぎてその細胞も死んで、そこにコレステロールの塊ができあがってしまいます。これが脂質コアです。

 血液が流れて、たまたま血管壁が破れてしまうと、内皮下のマトリックスが露出します。そこで止血メカニズムが働いて血小板の塊がここにできあがって、血管を狭くしてしまいます。これが動脈硬化です。

( slide No. 19 )  もう少し詳しく話をすると、脂質コアができて、血管を覆っている内皮細胞に何らかの原因で亀裂を生じると、血の塊がこのようにできてきます。これがひどくなると、血管の内腔を完全に詰めて心筋梗塞になり、塞がらなくても内腔が狭くなるだけで非常に不安定な状態になって狭心症を起こしてきます。この亀裂が小さいと何とか修復されますが、今まで小さかったものが大きくなって内腔をより狭めてしまいます。

( slide No. 20 )  これを治すにどうするか。今まで言ったようなことが原因ですから、一つはコレステロールを下げる、血圧を下げる。血管のこういった病気は炎症によって起こっているとも言われているので、炎症を抑える薬剤も効きます。また、クラミジア・ニューモニエ Chlamydia pneumonieという肺炎を起こす夏風邪の原因となる菌が特に単球に寄生して、単球がたまたま脂肪を取りにいこうと血管壁に入ったところで感染を広げてしまって、炎症がひどくなって破れやすくなるといったことも最近では考えられています。この場合には抗生物質を使います。WHOの統計でも抗生物質の使用量がふえてから心筋梗塞の発症率が減ってきています。どの段階からでも結構ですから、これらの治療法に結び付けられれば、動脈硬化による疾患を治療したり進展を予防することができます。

( slide No. 21 )  不飽和脂肪酸をたくさん摂るほど心臓病での死亡率が低くなります。これも皆さんよくご存じのとおりです。

 コレステロールを下げると生存率がどう変わるかという研究を行っています。7年間、 active 群(コレステロールを下げる実薬群)と placebo群(偽薬群)を比べると、偽薬群では生存率が減っています。逆に言えば倍ぐらい死亡率が高く、実薬群はそれを本当に防いでいるんですね。よくこんなことができるなあとお思いかもしれませんが、欧米では非常にボランティア精神の考え方があって、日本人には乏しくて困っているんですが。二重盲験といって投与しているお医者さんももらっている患者さんも知らない条件下で7年間も続けています。ですからこれは非常に信憑性の高いデータです。

 最近ではこういうデータを使って薬物療法や治療法を考えていこうという動きがあります。これを evidence based medicine(EBM)、事実に基づいた治療をしようということです。まさにこのデータが出てから、この薬は実際に効くということがわかりました。コレステロールを下げると死亡率が明らかに減ります。副作用が強いと7年の間に副作用が出て逆に死亡率が上がるはずですから、7年間も続けることで副作用もないということが証明されています。

( slide No. 22 ) WOS studyという同じような形式による研究で、糖尿病が30%ぐらい抑制されることがわかってきました。コレステロールを下げると糖尿病も改善されます。最近のお薬は一つの病気に効くのではなくて、いろいろなことに作用するいい薬が出ています。私は製薬会社の回し者ではないことをお断りしておきますが。

( slide No. 23 )  これも脂肪を下げる治療法の研究結果ですが、この場合にはコレステロールだけでなく中性脂肪までも下げる薬剤を使っています。この薬剤ではコレステロールをそれほど下げていませんが、死亡率を非常に下げています。この結果から中性脂肪にもかなり問題があるということが最近のトピックスになっています。いずれにしても中性脂肪、コレステロールを減らさないといけない。

( slide No. 24 )  血圧を下げることも大事なポイントです。これも皆さんよく知っています。血圧さえ下げると、ほぼ99%と言っていいぐらい脳出血を減らすことができます。脳血栓は残念ながら99%とはいきません。今のところよくいって30%、うまくいけば50%ぐらい減らすことができます。いずれにしても血圧を下げることは非常に大事なことです。これはSHEPという研究結果で、 evidence based medicineというものです。偽薬または実薬を使った場合の脳卒中(脳血栓症)の発症率を、5年、6年治療を続けて経時的に比較すると、どんどん差が開いてきます。偽薬を使っている人では脳卒中が発生しますが、実薬を使っているときちんと抑制されます。

( slide No. 25 )  そこで、高脂血症、高血圧、糖尿病の話を今から具体的にしていきます。まず高脂血症です。油は水には馴染まないのですが、ちょうど牛乳の中に乳脂肪が溶けているのと同じ状態で、血液の中ではリポ蛋白となってミセル化した状態で存在しています。そういう形で血液の中をめぐっています。

( slide No. 26 )  いろいろな油分を含んだリポ蛋白が体内を回っていますが、そのリポ蛋白にはいくつかの種類があります。カイロミクロン、VLDL、IDL、LDL、レックスフォールデンス−LDL、HDL。HDLにも2種類あって、HDL3 はHDL2 に変化しますが、このHDL3 がたくさんあると体にとって非常にいい。余分な油分を引き抜いてくる作用を持っているので善玉コレステロールと言われています。

 リポ蛋白で代表的なものがLDLとHDLです。LDLは悪玉、HDLは善玉と言われています。それぞれの組成を見ると、悪玉にはコレステロールが非常に多く、善玉にはそれほど含まれていません。健康診断のデータを見て「コレステロールが多いですよ」と言われるのはたいていの場合、各々のリポ蛋白のコレステロールを足した総コレステロールですから、実はどのリポ蛋白のコレステロールが多いかわからない。つまり総コレステロールでは善玉コレステロールと悪玉コレステロールの合わせたものを見ています。本当に問題になるのは悪玉のコレステロールですから、これを測らないといけないのですが。ただ最近では悪玉コレステロールだけを簡単に正確に測ることができる方法も見出されていますし、計算式で悪玉コレステロールがどれくらいあるか算出することもできます。

 またリポ蛋白には中性脂肪(トリグリセライド)も含まれています。橙色が中性脂肪です。特にカイロミクロンには非常に中性脂肪が多い。カイロミクロンは腸管から入ってくるリポ蛋白で、ご飯を食べた後、中性脂肪が非常に高くなるのは実はこのカイロミクロンがふえるからです。こんなふうに油が体内であります。

( slide No. 27 )  実はこういった油は本当は体にとって大事なものです。ただそれを取りすぎているから問題になるわけです。総コレステロールが高くなれば心臓病がふえるということも皆さんご存じだと思います。だいたい220mg/dlを超えると、心臓病のリスクも上がってきます。

( slide No. 28 )  一方、HDLが 40mg/dlを切ってくると心臓病のリスクが上がってきます。善玉が少ないと危険になります。

( slide No. 29 )  数年前に日本動脈硬化学会がこういった数値の人にはこういう治療をお勧めしようというガイドラインを作りました。

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      カテゴリー        生活指導と食事療法      薬物療法      治療目標値
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  A:冠動脈疾患  (-)   LDL-C 140mg/dl以上   160mg/dl以上    140mg/dl以下 
      他の危険因子(-)   (TC 220mg/dl以上)   (240mg/dl以上)  (220mg/dl以上)   

  B:冠動脈疾患  (-)   LDL-C 120mg/dl以上   140mg/dl以上    120mg/dl以下 
      他の危険因子(+)   (TC 200mg/dl以上)   (220mg/dl以上)  (200mg/dl以上)    

  C:冠動脈疾患  (+)   LDL-C 100mg/dl以上   120mg/dl以上    100mg/dl以下 
                        (TC 180mg/dl以上)   (200mg/dl以上)  (180mg/dl以上) 

  冠動脈疾患: 心筋梗塞、狭心症、無症候性心筋虚血、冠動脈造影で有意狭窄あり
  他の危険因子: 加齢、家族歴、喫煙習慣、高血圧、肥満、耐糖能異常、
                高トリグリセリド血症、低HDL−C血症
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 一般に心臓病を一切持たず喫煙しない、肥満でもない人には総コレステロールが220mg/dl、LDL−Cが140mg/dlを超えたときには食事で何とか減らそうという話をします。240mg/dl、160mg/dlのレベルを超えると薬物療法をしなさい。その場合には220mg/dl、140mg/dl以下になるように指導します。

 血圧が高いとか他の要素を持っている人にはもう少し厳しく指導します。総コレステロールが200mg/dlを超えるかあるいはLDL−Cが120mg/dlを超えると食事療法を考えます。220mg/dl、140mg/dlを超えると薬物療法になり、200mg/dl、120mg/dl以下に下げようと指導します。

 狭心症とか心筋梗塞を持っている人にはもっと厳しくなります。180mg/dl、100mg/dlで食事療法を指導して、200mg/dl、120mg/dlで薬物療法。そして180mg/dl、100mg/dl以下に下げるようにします。

( slide No. 30 )  最近、これとは違ったデータが出てきました(J−LIT)。コレステロールを下げる薬剤(simvastatin)でどうなるかという日本で行われた13,000人から28,000人を対象にした大規模研究です。男性ではTCが220mg/dlまで下がると横ばいになってしまいます。女性でも同じように240mg/dlを切ると横ばいになってしまいます。

( slide No. 31 )  ある程度下げればいいだろうという日本人を対象としたデータが出たので、少し基準を緩めて220mg/dlは240mg/dlでいいのではないかという案も現在出てきています。悪玉コレステロールは160mg/dl以上、善玉コレステロールは 40mg/dl以下、中性脂肪は150mg/dl以上です。中性脂肪の150mg/dlはごく最近では100mg/dlにしたほうがいいのではないかという考え方もいろいろな研究結果から出ています。

 こういう基準とご自分の検査結果とを考え合わせて、そろそろ医者にいって薬をもらわないといけないかなあとお考えいただきたいと思います。

( slide No. 32 )  最近では、心臓病やいろいろな危険因子のある場合にはもう少し詳しい、細かい基準がありますが、これについてはやめておきます。

( slide No. 33 ) 危険因子がたくさんある中で、特に問題になるのは糖尿病です。糖尿病は他の危険因子もよりはるかに重みを持って心臓病になりやすい。日本では糖尿病が非常にふえていますが、糖尿病を抑えておかないと大変なことになります。

( slide No. 34 )  何万人かの糖尿病の人を対象に何年間かずっと経過観察をした疫学的研究で、どういうときに亡くなるかを観察していくと、心臓病、特に心筋梗塞や狭心症、突然死が多いことがわかっています。右が糖尿病を合併してる場合、左側が合併していない場合です。(Framingham study)

( slide No. 35 )  糖尿病の血糖値は簡単には上がってきません。最初に申し上げたようにインスリンというホルモンをたくさん作って血糖値が上がらないように押さえ込んでいます。ある程度までインスリンはどんどんふえますが、それ以上になると音を上げます。つまり「これ以上作れません」というので横ばいになります。そうすると抑制が外れて一気に血糖値が上がってきて、ここで糖尿病が明らかになります。こういう経過ですから、糖尿病になる方はこのグラフで言えば実は16年前からその芽が出ています。つまりそのときにはインスリンが普通の人より高くなっています。インスリン抵抗性の方はもうこの頃から血圧も高くなり高脂血症にもなり始めています。

 今、コレステロールの多い人、中性脂肪の多い人、肥満の方は糖尿病の予備軍であるかどうかの詳しい検査をしていくとわかります。その時点から治療を始めると、健康寿命が達成できます。

( slide No. 36 )  これについては家系、つまり遺伝が関係しています。遺伝子の構造を模式的に描いていますが、くわしい話は黒崎先生からお聞きになっていますね。

( slide No. 37 )  遺伝子については何度か聞かれていると思います。遺伝子には塩基がたくさん並んでいますが、途中で入れ代わると遺伝子異常となります。例えば一つの塩基CがAに入れ代わると、アルギニンがプロリンというアミノ酸に変わってしまいます。そうすると全く違う作用のタンパク質ができて、糖尿病に関係してきます。これを point mutation と言いますが、一部の遺伝子が欠損することもあります。

( slide No. 38 )  糖尿病に関係する因子は細胞の中にいろいろあります。糖尿病に関連する遺伝子の欠損あるいは異常を調べていくと、今わかっているだけでもここに挙げているものが既に確認されています。こういうのがはっきりわかっている人には将来、遺伝子治療ができるかもしれませんが、現在はまだできません。こういったものが見つかったとしても、基本は同じです。食事療法、運動療法、薬物療法になります。

( slide No. 39 )  糖尿病が疑われるとき、ブドウ糖の負荷試験を行います。 正常な人では血糖値は160mg/dlを超えることはありません。インスリンがちゃんと早い時期から出て血糖値を抑え込んでいるので、いったん上がってもせいぜいこの値ぐらいまでしかあがりませんし、きちんと下がります。ところが軽症糖尿病になると、インスリンの出具合がちょっと遅れるので、血糖値を抑えきれなくなって上がります。もっとひどくなってインスリンの出が悪くなると、もっと血糖値が上がります。最後にはインスリンが出ないので血糖値は非常に高くなります。この曲線を見て糖尿病の最終的な診断をします。

( slide No. 40 )  糖尿病がひどくなると血糖値が高くなりますが、上がった血糖値自体がまたインスリンを効きにくくしてしまう、あるいは出にくくして糖尿病をさらに悪化させます(糖毒性)。

 いつもはごちそうを食べないように食事療法に耐えているわけですから、たまにはホテルに行っておいしいものを食べたいと思って、ついつい食べますと、そのときに血糖値が非常に上がります。そうすると、次の日から当分の間、血糖値は下がりません。せっかく我慢して糖尿病をうまくコントロールしていたのに、それを転機にまた悪くなることがあります。だから糖尿病の人は非常にかわいそうな運命にあります。たまにということができない、常に同じようにしておかないといけない。非常につらい病気です。

 年をとってくると細胞自体の代謝能力が落ちてきます。若いうちは若い細胞で代謝が活発ですから、同じ量を食べても簡単には糖尿病になりませんが、高齢になるとどうしても糖尿病になってきます。だんだん悪化してくるので、年々努力を重ねていかないといけないようになります。

( slide No. 41 )  もう一つ、脂肪毒性があります。脂肪食を摂るとインスリンが効かなくなって、糖尿病を悪くしてしまいます。だから油分の摂取しすぎもいけません。

( slide No. 42 ) 食事の基本についてはおわかりのことだと思います。ただダイエットをするために絶食をすると、体重は同じように減りますが、インスリンはむしろ効きにくくなって糖尿病を悪化させます。ですから運動しながら食べ物を減らす方法で、しかも急激にはだめです。

( slide No. 43 )  糖尿病に関していろいろな検査があります。血糖値を測る糖負荷試験の他に、採血をしたときの1〜2日前の血糖変動の指標は1,5-AG (1,5-アンヒドロ−D−グルシトール)で見ます。この値が下がってくると、尿に糖がたくさん出ていることのサインになります。2週間ぐらい前の血糖変動の指標には糖化アルブミンやフルクトサミンがあります。さらに2〜3カ月前の血糖値を表す指標がHbA1c(糖化ヘモグロビン)です。こういうものを私たちは調べながら患者さんの糖尿病のコントロール状況を見ています。

( slide No. 44 )  食事療法の原則は(1) 食べすぎない、(2) 飽和脂肪酸を摂らない、(3) 一度にたくさん食べない、(4) 一気にダイエットしない。1日せいぜい1000Cal ぐらいに抑えて、体重が1週間に1kgぐらい減量できるぐらいで抑えておきます。無茶をするのはよくない。(5) 栄養素のバランスはタンパク質が25%、脂肪が15%、糖質が60%の食事内容にすればベストです。朝御飯を食べない人が非常に多いのですが、(6) 朝御飯はきちんと食べて夜の食事を減らして、(7) 4:5:4になるような食事の配分にします。(8) 食物繊維をたくさん摂りましょう。

( slide No. 45 )  運動はできるだけ全身の持久力をつける運動で、いったん始めると10分間以上継続するようにします。細切れにしてもだめです。始めると十分続けられる激しくない運動を長い間続けるのが糖尿病の一番の治療法です。

 そのとき脈拍数が目安になります。例えば60代の方では 100をちょっと超えるぐらいの数になればいいのですが、脈を測りながらというのは非常に難しい。脈が早くない運動では運動にならないし、実際に少しも糖尿病の対策になりません。自分の体と相談しながら脈が少し早くなっているのがわかる程度で、しかも息切れをしない程度の運動です。隣にいる人と会話ができて、でも少ししんどいかなという程度の運動になります。それをできれば30分くらい途中で休まないで続けてください。

 階段を上がりなさいと言いますが、この場合はなるべくゆっくり上がります。脈拍数がせいぜい 100を超える程度の運動を長く続けることが理想ですから、階段を上がるときにはゆっくり上がらないと心臓に負担がかかります。ジョギングをしていて亡くなる方がいますが、脈拍数を急に上げると心臓が止まる場合があるのでよくありません。

( slide No. 46 )  糖尿病の治療法をまとめます。運動療法と食事療法は常にやらないといけない。他に、インスリン抵抗性を改善する薬やブドウ糖の吸収をわざとゆっくりさせる薬などを早期から使うことができます。経口糖尿病薬はインスリンをたくさん出させるような薬です。

 もっとひどくなるとインスリンを外から注射します。昔はブタやウシのインスリンを抽出して使っていましたが、今ではヒトインスリンが遺伝子技術を使ってできるようになりました。それにヒトインスリンでは抗原性がないので抗体も作らず、注射をすればちゃんと効いてきます。

 最近では、糖尿病の悪い人には一時入院してもらって、とりあえずインスリンを使って血糖値を無理やり正常値まで下げてしまう方法が考えられています。そうするとインスリンをやめてもコントロールできるようになって、インスリンをずっと使わなくてもよくなります。この方法でインスリンの注射をやめて経口薬でコントロールしていくというのが一般的な治療法になりつつあります。

( slide No. 47 )  次は喫煙です。煙草を吸うと心臓病になりやすいのは、皆さんよくご存じだと思います。ヘビースモーカーになればなるほど心臓病に罹る率が高くなります。

( slide No. 48 )  その一つの原因はヘビースモーカーでは総コレステロールがふえて、悪玉コレステロールがふえて、善玉コレステロールが減ることにあります。

( slide No. 49 )  そのメカニズムがいろいろ考えられています。煙草を吸うと非常に悪い。喫煙しない奥さんでもご主人が煙草を吸えば、副流煙を吸うので同じことです。社会全体として煙草を減らしていく必要があります。

( slide No. 50 )  最後に高血圧の話題に入ります。

講演後半と質議応答に続く

この講演記録は、ボランティアの方が録音から起こした筆記録のディジタルファイルをもとに作成されたものです。
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